《双剣士》と《滑空者》・2 10月26日→27日/142→143
う~む……どうした物か……。
【自己鍛練場内にて】
◆◇◆◇
「……はぁ~……」
「……溜め息で幸せを逃がしてるのか?」
「……いえ全くそのつもりはありませんけれども……」
「ならやらない方が良いぞ。あと敬語禁止」
「……はい……」
――そんな事言っても吐きたくなる様な状況なんですってば……。
そう脳内で呟き、胡乱気な視線をグルリと巡らせる。
今、あの匣先輩に言い含められてから早くも12時間以上が経過しようとしている。場所は昨日の夜と同じく、演習場の、正確には『自己鍛練場』の隅。
別に他に誰も居ないのだから、中央でやっても良いようなものだが……。
ちなみに、演習場と言っても幾つかの区画に分かれている。
この演習場と言う建物は、1言で言うなら、
「もの凄く広い」
……である。MSPを構成する建物の総床面積の半分が演習場の床面積で占められているのだ。更に演習場は1階建てなので場所を移動するだけでも大変。2階を作ると太陽光などを利用する術士は術が使えなくなるし、2階で術を行使して床を突き破ってしまう――逆も然り――可能性があり危険だからである。
演習場内のスペースを役割ごとに分けると、大きく4つ。運動場、機器訓練場、認定所、今居る自己鍛練場である。
運動場は研修棟で等官になる為に勉強している研修生専用の区域で、研修生が自身の能力を磨いたり、術の練習をする所である。西側に位置し、大きさは全体の5分の1ちょっと。
機器訓練場は主に《開発隊》等技術屋志望の人間が、《開発隊》、《鍛冶隊》で使用する必要最低限の機械の使用方法の訓練をする場所。南側の壁に東西に細く存在している。大きさは全体の10分の1弱。
今日の午前中、匣先輩達と共闘していた認定所は、言わずもがな等官のレベルを測る所で、東側入り口付近にあって利用者も多い。森、砂漠、街等々、様々な条件のフィールドが用意されているのでかなりのスペースを誇る。具体的には、全体の2分の1ほど。
で、今居る自己鍛練場は……大袈裟なネーミングセンスだが、要するに大きな運動場だ。1辺100mぐらいの、ちょっと歪んだ四角形をしていて、端2mぐらいがゴムの様な弾力性のある床になっていて、内側に土が剥き出しと言う構造。認定所から見て北の端にひっそりと存在しているが、利用している人は余り見かけない。大きさは5分の1ほどだ。運動場よりは若干大きいかな? 認定所が先にある所為で見えにくい上に認定所とは対比的に狭いわ利用者も少ないわで、特に夜になると人なんてまず見かけない。
お陰でこうして秘密理に滑空者先輩に会えちゃったり敬語抜きで話してても怒られない訳だけど。
今日は珍しく滑空者先輩が早く来て、自己鍛練場の区域の外側――床がゴム状に変わっている場所――で今だ終わっていない筋トレをしている間、滑空者先輩は滑空者先輩で体を鍛える――ヨガみたいな柔軟体操的な物――運動をしている訳だ。
ちなみに自分は今腹筋中。
「……で、何で今日はそんなに溜め息ばっかり吐いてるんだ?」
「……へっ? え、ああ……」
唐突の話題変換に一瞬ポカンとしてから、腹筋を一旦中断し、体育座り状態で若干悩んだ後要点は伏せて相談に乗ってもらう事に。
「……先輩って、必殺技ってあるんで――あるの?」
「……え? ……なんとまあ、唐突だな」
今度は滑空者先輩の方がポカンとした後、滑空者先輩は苦笑いを浮かべつつ首を捻ると言うなんとも微妙な状態で、それでも一応答えてくれた。
「……うーん、俺の場合大技はあるけど、必殺技と呼べるかと言うと何か違うんだよなぁ……必殺技って、『相手を一撃で絶命に到らしめる技』ってイメージがあるし、俺の技は殆どが束縛系と気絶用の物ばっかだし」
「……」
「《補給隊》のメンバーに能力の大半知られてるからなぁ……でもなんでそんな事を?」
滑空者先輩が違う方向に向けていた視線を自分の方へ向けて――
ドスッ。パリン。
と言う2つの高低差の違う音が、滑空者先輩の脇腹近くで鳴った。
「……え?」
自分に向けかけていた視線をゆっくりと滑空者先輩が下げていく。そこには。
脇腹に刺さる一歩手前、ほんの数ミリを残して空中に静止していた小さなピックが、今まさに地面へカランと落ちた所だった。
「……嘘だろおい」
「嘘じゃないですよ滑空者先輩、隙だらけ」
「うあ~、まさか先手|を取られるとは」
自分が滑空者先輩に殺意満々のピックを投げたと言う事を丸っきりスルーして、滑空者先輩が頭を抱えて呻く。敬語の訂正すら忘れている。余程悔しいんだろうなぁ。
まあこれで怪我をしたのならすぐ病棟行きな上に自分は最悪謹慎処分にまでいく行為だが、ピックが刺さっていた場所には傷1つ無い。と言うか、滑空者先輩が怪我した場合、多分自分ではなく《鍛冶隊》の責任になるだろう。
「……はー、お前本当に音無いよな、ピックとか投げる時」
「叩き込まれましたから……投げるのも避けるのも。少なくとも最大限警戒していない人になら当てられると思ってますよ」
「……叩き込まれたって、師匠か誰かが居るのか?」
その問いかけに、今この場に居ない師匠の顔を思い浮かべ、あの人のスパルタぶりは常軌を逸していたよなぁ、と苦笑。
――あれ、
「ええ、まぁ」
――スパルタぶり? スパルタって、何に対する……? 剣を使いだしたのはMSPに来てからだし、『切り札』のは師匠に指導してもらうには方向性が違いすぎて無理だって言われて自主鍛練してたし……自分、師匠に一体何を習って――
「ふぅん……俺も師事してみようかな」
――……。
ピー、と頭の何処かで音が、した。
「あー無理です、あの人今どこに居るのか定かじゃないし」
その音を意識する事も無く、自分は師匠の事から意識を外し、ヒラリと右手を振って滑空者先輩の言葉を否定した。
「あ、そう……とりあえず、お前が先制点だな」
パチパチと目を開閉させた滑空者先輩が、一転して溜め息を吐きつつ半壊している指輪を、着けていた左手から外した。
……そろそろネタばらしをすると、今自分と滑空者先輩は、「相手の急所に先に3回当てた方が勝ち」と言うルールで、不意討ち・ドッキリありきの勝負をしているのだ。ピックでも剣でも魔法でも、果てには自分の拳でも良い。とにかく3回、相手に攻撃を食らわせれば勝ち、と言う。
ただ条件が「急所」なので、足や手など直接攻撃を食らっても致命傷にならない場所を狙うのは無し。ついでに言うと自分はまだ筋トレが全て終わっていないので、滑空者先輩も筋トレをしながら相手の隙を伺う――つまりどちらかと言うと「相手に気づかれない様に、相手の急所を狙え」と言う暗殺みたいな感じになっているのだ。
勿論模擬試合だが非公式なので、明日の任務(自分は試合)に響かない様に本来なら怪我しない様な試合をする方が良い――と言うか実際滑空者先輩にそう言った――のだが、自己鍛練場に入ってきて開口一番にそのルールを宣った滑空者先輩は、自分の言葉にニヤッと得意気に笑って、懐からある物を取り出した。
それが、先刻滑空者先輩が捨てた指輪。1人にそれぞれ3つずつ。
《開発隊》が発案し、今では《鍛冶隊》の収入源の1つになっている(同じ組織の中でも金の流通を認めている為)《御守り》である。
構造は《鍛冶隊》のメンバーじゃないので知ってる訳が無いが、ある一定の力を受けると、その指輪についている石が割れてその力を相殺し、怪我を「無かった事」にしてくれるのだ。
研修棟ではよく使用するアイテムで、模擬試合などでも怪我をしにくくなる上、外に出る隊(《調査隊》、《諜報隊》、《パトロール隊》、《補給隊》)のメンバーでは実践に持っていっている隊員が殆ど。
……自分は使ってないけど。
有能アイテムなのでやはりと言うか値段も高く、使いきり(外側の部分はリサイクルできるが、実践に持っていった場合戦闘の副作用で外側も壊れやすいのだ)な為高コストでもある筈だが、自分の分は払うと言う自分に、暗い笑みで笑った滑空者先輩が提示した条件――それの所為でこの勝負に負ける訳にいかなくなってしまった。と言うか《御守り》を1つでも壊されたら致命傷レベル(金……と言う意味では無いのが嫌な所)なのだ。
つまり、もし《御守り》が発動せず滑空者先輩が怪我を負ったら、ちゃんと作れていなかった《鍛冶隊》の責任、と言う事である。
◆◇◆◇
閑話休題。
滑空者先輩が壊れた《御守り》を袋に入れ(外側はやはりと言うかリサイクルするらしい)、昨日と同じ場所に置いている大剣の横にその袋を置いた。そこから戻ってくると、柔軟の続きを始めようとする。
それを横目で見ながら自分も腹筋を再開し、先刻投げたピックを拾って、
キンッ、っと言う硬質の音が響いた。
「……くそう、無理か」
「……流石に今相手にするのは通じないと思いますけ「敬語禁止!」ど……ならなんでさっき訂正しないんですか……」
寸前で気がつきピックで飛んできた小石を受け止める。危ない危ない。
全くの無モーションで――比喩ではなく本当に全く動かなかった――小石を投げた滑空者先輩は、若干悔しそうな表情を作り立ったままで前屈を再開。おお、掌までついてるし……。
と言うか、
「先輩、今のどうやったんです? 何もしてないのに石浮きましたよね?」
「敬語禁止。……お前そこまで見てたのかよ」
「まあ普通に。先輩の事だから自分が成功して気が緩む瞬間を狙ってくるだろうと」
「考え読まれてるし……ま、自力で調べろよ」
おう、やっぱりのスルー。
プイッと横を向いた滑空者先輩は、今度は前後に足を開いて――うわぉ股までついたよ、体柔らかいな。
この時点で自分も腹筋が終わっていたので、次は背筋である。うつ伏せになった状態で手を背中の上に置いて、反っては戻し、反っては戻しを繰り返す。って言うか背筋って、早くやった方が良いんだっけ遅くやった方が良いんだっけ? ……遅い方が良かった気がする。
凄くゆっくりで(5秒で上げて、5秒で下ろす感じ。やってみて、案外キツイ)やっていると、滑空者先輩は無言で此方を見て呆れた表情になり、その後ふとこの自己鍛練場に備え付けられている――昨日自分が時間を確認したやつ――を見上げた。
「?」
「あーえーと、お前のその筋トレ量にはもう突っ込まないけどよ……そのスピードで終わるのか? 今もう12時ちょい前だけど……」
「あ? ああ、大丈夫……その分スクワットのスピード上げて調節するんで」
「……さいっすか。……えーと、何の話してたっけか? ……あー、お前が必殺技があるのかって聞いて、何でそんな事聞くんだって問い返したんだったか」
「……そうだった。……何で、か……えーと」
話題を思いだし、さてどう返そうかと悩む。丸々言っても良いものか、と数秒唸って、
――……よし、相手が誰かを隠して(言ったら止められそう……と言うか匣先輩の所に乗り込みそう)言う事にしとこう。
と言う事で足を開いたまま前傾姿勢になった滑空者先輩に対して口を開く。
「……えーとですね、何の因果か強い人と戦う羽目になりまして」
「……強い人? 先輩とかか?」
「ええまあ……少なくともデフォルトで勝てる相手じゃないのは確定してて、で『切り札』使わないと勝つどころか引き分けるのも難しい相手で……本当になんでそんな奴と戦う羽目になったんだか……」
……自分で言ってて士気だだ下がりなんですけど。
「……ふむ」
その言葉に数秒思案気な表情を作った滑空者先輩がそのまま口を開かない(体は裏腹に上体を倒して足抜きと言うのを数回繰り返しでやっているが)ので、渋々自分が口を開く。
「でも『切り札』って『最終手段』なんで、それに対策講じられると困るんですよね……出来るだけ人前に晒したくないんですよ「敬語」……あーはい。それに相手十中八九――いや絶対『切り札』の半分ぐらい効かないから、『切り札』の『奥の手』を使う羽目になるだろうなぁと。でも出来るだけ人前での使用は避けたいって言うか……そう言う状況だったら、先輩はどうし――どうする?」
そう結ぶと、顎に手を当て考えていた滑空者先輩は、人差し指を立て困惑した様な表情で聞いてきた。
「あーと……まず確認、お前『切り札』の『奥の手』ってなんだそりゃ……」
「あーと、自分が使える『切り札』の中でも、一番威力が――って言うか効果が強いヤツで……」
「……それも入れて、『切り札』の数――」
「3つ程」
「――言っていいかよ、切っちまえ1個ぐらい……いっその事一番大きいヤツ使っちまえよ……」
「だから、それが嫌だから相談してるんじゃ……って言うか、めんどくさがらずに考えて下さいよ」
「ああいやその……あのな、普通『必殺技』って言うなら1つだろ、何で3つもあるんだよ――」
いや確かにご尤もだけれども。MSPに居る人の定石的に。
――……あーうん、説明しようか細かいこ、
「――って言うか」
――……ん?
「お前の必殺技、答えられる範囲でいいが、どう言う系統のなんだ?」
唐突な質問に、質問の意味を測りかねて、首を傾げる(勿論背筋は続けている)。
「……あの、系統って、……何?」
今度は滑空者先輩の方が首を傾げる番だった。ん? と首のみを此方に振り向かせ、自分の顔が純粋に疑問で埋め尽くされているのに、キョトンとした表情をする。
「……あ? ……もしかしてよ、お前系統とか対価とかの分類法、まさか知らない……?」
「……えーと、多分」
そう返答すると、滑空者先輩は立ち上がっていた状態で呆れた――と言うか頭痛がする様で、拳にした右手を額に当て、言いにくそうに続きを口にする。
「……ちょっと待てお前、研修棟で習わなかったのか……?」
「……習った、様な気もするけど――あー、自分に関係ない事はすぐに忘れちゃってた様な……記憶がある様な無い様な」
「……あーもう、簡単でいいなら説明するぞ……「じゃあ、それで」……えーとだな」
数秒うーあーとか唸った後、滑空者先輩はどこからか紙とペンを――その裏でいつの間に引き抜いていたのか千本の様な細い針っぽい物を投げられたのに気がつかず、残機が減ってしまったが今は割愛――取り出し書き付け始める。それを覗き込むと――ついでに滑空者先輩にその千本を返したが止められた(ちっ)――滑空者先輩は紙の上に書いた重なりあう3つの円の内、一番上にある物を指差す。それに背筋も終わったし寝た状態で見るのもどうかと思ったので、座って――何故か正座――それを覗き込む。
「まず、MSPでは個人個人が持つ技能には一応分類がされてる。系統と対価&代償、あと規模だな。――系統だが、どういう種類の物か、っつーだけの事。技能――は分かるだろうけど、個人個人が持ってる固有魔法とかそこら辺の総称な。それの火魔法の火とか水龍弾の水とかの属性が『系統』だ。例えば――あー、お前、誰かの名前1人挙げてくれ」
「えーと……邀撃先輩ですかね」
数秒考えた後の返答(匣先輩じゃないのは明日の試合との関連性を疑われたくなかったからである)に、滑空者先輩は意外そうな表情を作った。
「……あー、邀撃さんか「知ってるんです?」……いや、俺は直接会った事は無いが、あの人が堕落さんだった頃に面識があるだけで――って、話が逸れた。うーん、あの人か、お前も例えにくい人挙げるよなぁ……あーそうそう。あの人、戦闘スタイルは転生する度に変わるが、知識は異常な程だろう? 多分、分かるだけで20回以上転生してるぞ」
「……え、そんなに……? 精々10回程度かと」
「一度MSPに居る・居た人のデータベース見てみろ、邀撃さん、輪廻って名前使い始めたのまだ10回だぞ」
「そうなんですか……って言うかそんな物あるんですね。まぁ、暇な時にでも」
……と、自分がそう答えた時だった。
ギイィ。
「「……へ?」」
2人して音の発生源に目を向ける。自分が右手にはめた物も、滑空者先輩の物も壊れていない。つまり――と言うか今の音は《御守り》が割れた音じゃないぞ絶対……。
今まで失念していたが、この自己鍛練場は人気がないが、認定所は普通に人が居る。任務で夜遅くにしか認定試験を受けられない人の為に、1日ごとに夜も開くのだ。昨日は開いていない日だったが、今日は開く日だった筈。
つまり、認定所で試験を受けた後、もうちょっと鍛練しておくか~的なノリで人が来ないとも限らないのだ。
自分達は丁度自己鍛練場の中心方向を向いて会話していたのだが、その反対――入り口側、つまり南側の扉を開けて誰かが入ってきたと言う事に理解が追いついたのは、その入ってきた人物がポカンと口を開けた後だった。
「……」
「…………」
「………………」
妙な沈黙がその場に満ちる。
……これ、入ってきた方から見たら色々誤解を招く位置に居るんじゃ……端的に言えば、滑空者先輩に自分が身を寄せている――
つまり恋人同士のように。
「……し、」
「あ、いや、その――」
「しっ失礼致しました~~~~~っ!!」
言葉を紡ごうとする滑空者先輩の言葉を聞かずにその人物――《諜報隊》所属の、……誰だったか――ああそう、紺・鼠先輩はすぐに身を翻してその場から逃走を図った。
――って言うか今の言葉からして、紺先輩絶対変な方向に解釈してるよねこれ?
と言う結論に同時に至ったらしい滑空者先輩と顔を見合わせ、これまた同時に――
「「――ちょっと待てっ!!」」
と紺先輩を追いかけたのだった。
◆◇◆◇
「……はぁ、そう言う事でしたか……」
「そ。だから別に俺等は恋人同士っつー訳じゃないからな?」
「く・れ・ぐ・れ・も、記事にしたり九十九さんに言ったりしないで下さいね?」
紺先輩の肩に置いた右手に力が入り、ミシリと音が鳴ると、紺先輩はコクコクと頷いた。
いくら足の早い人が多い(仕事上)《諜報隊》のメンバーと言えど、(本人曰く)鍛練の鬼である滑空者先輩の鍛えぬかれた――でも本気ではなく、その5割ぐらいのスピードには勝てなかった。ものの5分もかからずに捕まった紺先輩は、想像通りと言うか予想通りと言うか、
「お、お2人の秘密は絶対に言いませんからぁっ!」
とかなんとか盛大に勘違い発言を連発し……。此処に鉢合わせたのは偶然であり、近くにいたのは相談にのってもらっていただけであって、決して付き合っているわけではない――と言う事(一応、嘘は言ってない。「鉢合わせた」のがかなり前なだけである)を理解させるのに、更に10分ほどを要した。
2人分の視線を照射され、縮こまってしまっている紺先輩。
……小動物にしか見えん。一応男子なんだけど、制服を着てるくせして女子っぽいし(ちなみに昨日会った藍さんは女性)……。年は自分より上な筈なんだけど……。
今更ながらな説明だが、MSPにも制服がある。ハッキリ言って服を選ばなくて済むと言うのは有り難い(ファッションセンスなんてないと言う自覚くらいはある)が、これの材料を集めるのも自分達《補給隊》の仕事なんだよな……。
《開発隊》が設計し、《鍛冶隊》が製作しているが、自分で設計図が描けるのなら自分専用の制服を作る事も出来、ちゃんと『認定』されれば他の人でもオーダー出来ると言う随分フリーダムな事で、もはや制服と呼んで良い物かそれ、と言いたい物も多々。
色も様々、形も――動作するのに明らか邪魔になる様な服は流石にアウトだが――多種多様あり、色々な物を見る事が出来る。MSPでは初期制服(つまり《開発隊》が描いた設計図通りのヤツ)と半々ぐらいだろうか。聞いた所、青龍様のあのドレスっぽい物も、一応制服認定されてるとか……。
一応初期制服の説明をしておくと――全体的に基本の布の色が白か黒、それに更に半分くらいを使用者が決めた色で埋められる。自分は白&蒼色だ。イメージ的には某劣等生の通う学校の男性用制服が近いだろうか。ただ、某劣等生さん達の物とは違い、(あくまでこれは自分の場合、となるが)白の下地に蒼の十字架らしき物が斜めに幾つか交差している、と言った若干崩れたチェック柄っぽくなっている。袖や襟の所には選んだ色で縁取りがされる。
ズボンは余り体を締め付けない様に若干ゆったりした作りでベルトで調節し、上はズボンとは対照的にピッタリと体に張り付くTシャツを着て、その上から上着を着込むスタイル。
上着は長袖も半袖もあるが、MSPの中ではそんなに室温が変化しないので、外のSRに出る時に備え長袖を作る人が多い。ブレザーみたく羽織り、前側の3つのボタンで止めるタイプ。手を自然に垂らした場所にポケットが両方共に付いている。胸ポケットは左右両方に付いているが、左側には撃たれた時に死なないよう衝撃&威力相殺用の術(某劣等生で出てくる50を名前に冠する家が得意な某刻印魔法に似た感じ)をつけた金属板が縫い込まれていて場所を取り、実質無いにも等しい。両肩と膝にも同じ金属板――ただ此方は動かすのに支障が無いよう柔らかく作ってある――が縫い付けられていて、付けたい人は更にオプションで腕や太股などにも金属板を縫い込む事も出来るとか。
ただ、オプション(勿論これ以外にも沢山ある)は有料となってしまうので、自分はつけていない。
紺先輩が着ているヤツは、同じ『ブルーマウス』のメンバーである藍先輩と同じ、黒の下地に銀の縁取り、と言った物。初期制服+ズボンの太股辺りにホルスター――ナ〇トの手裏剣が入ってたりするヤツっぽいの――がついていて、更に見る限り上着全体に金属板も付けられている様だ。隠密しやすそうな服装である。聞いた所、変装を見破られない様にその変身技能の効果を増幅する刻印もされているとか。右肩と左胸には、初期制服にも自作制服にも共通して付けられる、MSPの等官(警官、と似た様な意味)の証明となるエンブレムが付いていて、右肩の七望星をあしらったマークの数は6個。紺先輩が6等官である事を示す物である。そうか、1個上なんだったっけ。
……うん? 滑空者先輩はどうなのかって? 滑空者先輩の制服着てる所なんて見た事無いよ、此処に来る時はごく普通の黒っぽい長袖長ズボンのジャージ姿だし。自分も青いジャージだけど。
いまだにオロオロしている紺先輩。
まあ紺先輩は心配性と言うか臆病と言うか小動物的と言うか……とにかく気が弱いし、この態度なら大丈夫かな、とかなんとか思っている内に、
「あ、あの……そろそろ離してくれませんか」
「ん? あ、すいません」
ちょっと力を入れすぎて涙目になっている紺先輩にそう言われ、自分がいまだ肩を掴みっぱなしなのを思い出して手を離す。紺先輩は痛そうに肩を擦ると、ちょっと上目使いで(紺先輩の身長は140㎝もいかない程に小さい)自分に問うた。
「……と言うか、何で九十九さんに話しちゃ駄目なんです?」
「……あの人に話したら絶対有らぬ事書かれるでしょう絶対……」
「「あ~……」」
納得した表情で(何故か滑空者先輩も)遠い目をする2人が頷いてくれて何より。
ちなみに九十九さん(正確には先輩だが)、と言うのは相部屋で、《諜報隊》メンバーの1人。正式な名前は九十九・通知で、普通にパパラッチをする奴、と言う説明で納得していただきたい。腕は確かなんだけど。
それより紺先輩の目的を聞こうか。
「……と言うか、紺先輩は何で此処に?」
「あ、今日支給された新装備を試しに来たんです!」
「……新装備?」
滑空者先輩が首を傾げる。その態度に嬉々とした表情を浮かべる紺先輩。
……うん、嫌な予感がするのは自分だけか? うん、自分だけなんだろうな。2人とも昨日の事(もう日付的には一昨日の事になりかけているが)は知らないだろうし、このタイミングで《開発隊》が作り上げる物って言ったら――
「はい! これです、幻術のアシスト用の杖なんですが、この杖に術式を刻み込んだ石をつけるだけで新しい術を使えるようになるって言う優れ物で、今日これと一緒に【バグカオス】って言う術が使えるようになる石も追加で支給されたんですよ! この杖使うだけで魔力の消費量が大分減るんです! でもまだこの【バグカオス】は試してなくて……」
「あ~成る程、また良い物作ったな《開発隊》……どんなヤツなのか聞いたか? その【バグカオス】……ってヤツ。直訳じゃ虫の混沌だが――って、どうした?」
ジリジリと逃走しようかと本気で悩んでいる内に、紺先輩と論議していた滑空者先輩が自分の行動に気がついてキョトンとした表情を浮かべる。
――いやもう、ハッキリ言ってあれは勘弁!
◆◇◆◇
紺先輩は、(滑空者先輩に結局問い詰められた)自分が【バグカオス】が一体どう言う物なのかと事細かに話して聞かせると青い顔をして今日は止めておくと言った。紺先輩は典型的な虫駄目人間らしい。いやまぁ、自分も駄目まではいかないけど後々考えるとおぞ気が走るからなあれ。
このまま今日は戻って寝ると言うので、もう一度念を押し――
「無いとは思いますが言ったら貴方の命を取り立てに参りますので……そのつもりで?」
「は、はいいいいぃぃぃぃぃっ!!」
――ゲスいと自分でも思う笑顔を向けながら、自己鍛練場から逃げる様に去っていく紺先輩を見送った。
「……お前、案外黒いな言う事……しかも、【バグカオス】の事どうやって知ったんだよ?」
「さて、なんの事やら? 【バグカオス】は開発メンバーが相部屋なもので」
ジト目を向けてくる滑空者先輩の視線をどこ吹く風と受け流し、ついでにスクワットを始める。
まあ紺先輩に言った事をガチでやる気はないけど。
とそこで、滑空者先輩が首を捻りながらこう言った。
「……んでどこまで話してたっけか」
「……えーと」
紺先輩の乱入(?)で話がぶっ飛んでしまっている。2人して悩んで、漸く邀撃先輩を例にして技能の分類方法を教えてもらっていた事を思い出した。
「……ああそうだった。んで戻すが「戻すんだ……」――だって話が進まないだろ! ゴホン。邀撃さんの場合、『死ぬと転生する』って言うのが1つの固有技能な訳だ。系統だと、無系統……で確か合ってた筈。……って言うかお前、邀撃さんが先輩なのか……って事は匣さんも」
「とりあえず話続けてください」
「お、おう」
今度は自分がジト目を滑空者先輩に向けて言葉を遮る。滑空者先輩は妙にタジタジしながらも頷いた。今明日に直結する事を考えたくない。
「……コホン。次は対価&技能な。技能を使用する時に何かの対価が必要なのか、って事だ、そのまんまだ。邀撃さんは死亡と同時に発動する無条件なもの――もしかしたら転生する様にした時に対価を払ったのかもしれないし、代償があるのかもしれないが、今の所分類は非対価・代償技能、になってる。『対価』と『代償』は一応違うが……」
「あ、それは覚えてますよ。発動に魔力とか、別の物を還元して発動するのが対価技能、発動時には対価が必要無いけど発動した後で発動した分だけ何らかの代償を求められる物が代償技能……で、良かったですよね」
「そうそう。俺は、邀撃さんの転生は代償技能じゃないかと思ってるが……まあ良いとして。対価技能で代償技能でもある条件がキッツイ奴もあるし、逆に対価、代償のどっちにも当てはまらないのもあるし……俺のは――うーん、一番最初にこれを手に入れた時には対価を支払ったけど、今じゃ対価は必要無いから――非対価・代償技能になるな。お前はどうなんだ?」
「自分は……」
そう振られ、ついでとばかりピックを死角から滑空者先輩の左目めがけて投げたのだが、無音で飛来したそれを、滑空者先輩はノーアクションで空中で止める(技能を使ったんだろう)と、此方を見てニヤッと笑ってくる。うぬぬ。
うん、ちゃんと質問にも答えようか。えーと……。
「……自分のも、非対価・代償技能ですね。通常技も切り札も全部」
「……ほう」
キラン、と目を光らせた(実際はそんな事技能でも使わない限り無理だが、何故かそう思った)滑空者先輩は、タジッと思わず上体を引いた自分に指を寸前で突き立た後、グッと顔を近づけ言う。
「代償技能って事は、さてはお前魔力とか霊力とか持ってないな? 対価が必要無いのって、大抵体に負荷かけた所為の反動で、って事が大半だし、魔力とかを支払わなくて済むからな」
しかも図星。
「……ええ、まぁ……って言うか、ブーメランでしょう?」
「……はてさて、何の事やら」
フイッと顔を反らす滑空者先輩。妙に芝居がかってる所とか動揺してるのが丸分かりだ。分かっててやってる様な気がしないでもない。
顔を反らした瞬間に投げたピックが滑空者先輩の《御守り》を破壊する音を聴きながら、呑気にそんな事を思った。これでリーチである。
これがいけなかった。
妙に中指がスースーするな、と思って視線を向けて、2つ残っていた筈の指輪の内、中指に付けていた方が半壊してる事に対して理解するのに時間がかかった。
「……え。…………ぇ、え?」
「ほら、これでお互い残機1個ずつだ」
「……全く、気がつかなかった――って!?」
語尾が跳ねたのは、いきなり目の前に現れた4~50個もの小石に対するもの。その声に反応するように自分に向かって襲いかかってくるそれを、咄嗟に抜刀した剣で弾き返す。が勿論視認が難しいほどのスピードなので全ては無理で、剣の守備範囲を掻い潜って急所を狙ってくる石を、体捌きと勘で避ける。全部避けきれたのは絶対偶然だ。自分にそれほどの技術はない。……筈。
どうやら先輩のあの動揺してるのは演技で、自分が滑空者先輩の《御守り》を破壊した、と思っていた音はどうやら自分の《御守り》の破壊された音だったらしい。一瞬目に映った滑空者先輩の左手には、無傷の《御守り》が2個。
「うーん、やっぱり難しいか……掛け続けるのはいけても定義がムズいなぁ……もっと練習しないと」
「……あの、今まで絶対手加減してましたよね、してましたよねっ!?」
ブツブツ言いつつ、それでも叩き落とした筈の小石をすぐに空中に浮かび上がらせて、攻撃し続けてくる滑空者先輩に反射的に言い返した――ら、
「おいおい、敬語は禁止って――言ったろっ!」
……更に小石の数が増えたのだった。ざっと倍ほど。
◆◇◆◇
……。
パリン。
「いよっしゃあ!」
「……うう、くそっ……」
「約束だからな? そんな視線を向けんなって! ほら」
「……ううう……」
数分後。
自己鍛練場には、orz状態で項垂れる人影と、その人影を満足そうに見下ろす人影があった。
――と言うか、自分と滑空者先輩である。
あの後結局いつもの様に勝負になって、最終的に滑空者先輩の操っている石ころを避けきれなくなって自分が負けたのである。普通に動体視力が追い付かん……。
項垂れている理由は、此処に来た滑空者先輩が宣った――
「いやさぁ、この《御守り》ちょっくら図書棟から掻っ払ってきちゃったんだよな」
「……は?」
「で、これ今から使うだろ? どっちにしろ文句言われるのは確定してるんだからさ、負けた方が謝りに行くってので、どうだ?」
「……は!?」
――と言う事に起因する。
負けたのは負けたので、約束通り(何ともご丁寧な事に約束を破ると相手に分かる、と言う術を仕込んだコアまで使うと言う)自分が行かなければならないのだが、これが凄く荷が重い。
――と言うかせめてお金払ってこようよ……! だって、謝りに行くってどうよ、自分は止めたんだぞ……! しかも謝る相手、自分の上司に当たる人だぞ、何て言われるか……しかも相手、まだ会った事無いし……。
堂々巡りで頭を抱えたい――いや、正確には別の理由で抱えている自分に、滑空者先輩がしてやったり顔で使っていた《御守り》(残骸×2と無傷×1)を放り投げてくる。それに、顔を上げないまま、せめて意趣返しにと全く動かないまま空中で止め、そのまま目の前の地面に下ろしてみせる。
それに滑空者先輩が、軽く眉を上げ、数秒後納得した表情になった。あれ絶対理解されたな。
と言うのも、先刻の石ころ共を避けるのに必死で切り札の1つを半分以上切ってしまったのだ。
使い始めて数分もすればバレるほど分かりやすい技能なので、滑空者先輩は自分の保有する技能を――細かく、とまではいかなくてもほぼ完全に理解したらしい。1ヶ月前からちょくちょく使ってる訳だし、逆によくバレなかったな……。
反対に、滑空者先輩の使う術の見当はまるでつかない。何となく該当しそうな物があるにはあるが、にしてはあんなに多くの石ころを操れるものだろうか。多分、昨日の夜に剣での戦闘で、大剣に重さを付与していた技能と同じだと思うが……。
どう言う事かと言うと。
SRで暮らしていた『裏』側の人が、別のSRがあると気付く事が、《異孝者》になる前提――『表』側の人間が別世界(これはSRでもそのSR本体に付随している異世界でも)の存在に気がついても、これは《原書》に記載されている事なのでこれには当てはまらない――なのだが、大抵《異孝者》は出身SR以外の術を使う事が出来ない。
考えれば当たり前の事で、SRごとに住んでいる人も、使われている言葉や技能も、そもそも世界の成り立ち――《原書》を書いている人物(3次元世界に存在している『作者』の事)さえ違うのだ。出身SRと正反対の体系を持つSRの術は勿論、似た形態の物でも理解するのが果てしなく困難。
例を挙げるなら、同じ様に陣を書いて発動する火属性の同じ規模の魔法でも、使用している陣の形も、式句も、果てまでは同じ魔力でも作り方が違ったりする。
これを鑑みれば、別形態の術を、自身が持っている魔力やら霊力やらを流し込むだけで、誰でも使える様に力を吸収しやすい石に術式を埋め込むとか、予め使用者の魔力や霊力だけでなく体力、気力も設定すれば結晶化出来る《錬鉱石》と言う物を使って力を結晶化――これがコアと言う――しておき、それに術式を刻み込んでおく事で解放すれば別形態の術でも使用出来る(滑空者先輩が持ってきた『約束破ると』~云々もこれ)等々、日々四苦八苦している《開発隊》の面々の頑張りは誉めるべき物であり、八つ当たり的な感情を向ける事は間違っているのだ。うん、決して自分に恨みがあるとかでは無い筈。なのに割り切れない物もあるのだ……せめて、自分でも解術に苦労する様な物ばかり実験台にしないでほしい。うん。
匣先輩の様に100年単位で生きていたりすれば理解する事も可能(実際匣先輩は数十個ものSRで使われている中等『魔法』なら使う事が出来る)だが、大抵MSPに居る人間――時たま人間以外の種族も居るが――は『裏』側だった頃に習得していた低位の技能(余りにも高い技能を持っている者は、大抵『表』側の人間になる)を、《異孝者》になった後に開花させた者が大半。自分もその口だ。
と言う事と先刻の話から、滑空者先輩の技能は魔力等の力を使わない=魔法など汎用性のある技能ではない、尚且つこれだけの事が出来ると言う事はその技能の開花に力を注いでいた筈で、その分1つの技能に絞っているであろう可能性が高い――と言う事が推測出来るのだ。
つまり昨日、と言うか手合わせの度に感じていた不自然な程の重さを発生させていた技能と、石ころを操っていた技能は同じ物。……の筈、なんだけどなぁ。
と袋を溜め息吐いて拾いつつ、ズキズキ言っている頭痛から現実逃避していたが、実際痛い物は痛かった。
痛いのは、能力――技能が、いまだに体に馴染んでいないから。いや、半分くらいは最初から馴染んでると思うが、残り半分が邪魔をして、その食い違いが頭痛となって現れているだけ。と言うか出身SRに居た頃には普通に使えてた筈なんだけど……なんでだろう。
此処は風の通り道など無いは筈なのに、周囲に残滓となって残っていた風が、疲れきった頬を撫でた後霧散する。
それに視線を向けていた滑空者先輩が、周囲をぐるりと弊倪した後、呆れた表情で口を開いた。
「……お前の技能、今の手加減モードですら下手するとこの演習場くらい軽く吹っ飛ばせそうな規模だから、あんまり開けっ広げに使われるのは確かに困るなぁ。……ただでさえ、これどうするんだよ」
「いや……半分ぐらい、先輩がやったでしょうに……」
「いーや、俺は石ころを操ってただけで、地面に干渉はしてないぞ!」
「……石ころがぶつかって、似た様な状況になってたと思うんだけど」
右手でこめかみを押さえつつ体を起こし、また怒鳴られて攻撃されても困るので、敬語で言わないよう気を付けつつ抗議する。無言でちょっと苦い表情になった滑空者先輩が、「どこが?」と言いたげに地面を指差した。
ちなみに規模とは、その技能を最大威力で使った際の威力、射程範囲、相手に当たった際の効果、などの事諸々全てを引っ括めて判定する物だ。10段階で判断し、数字が大きい方が上。前測った時は7ぐらいだったか……。
でまぁ、結構高い方の威力を持つ自分の技能を使えば、確かにこれぐらいは軽く出来てしまう。が、やり過ぎ感が否めないのは認める。認めるよ……。
自己鍛練場の地面が、地割れ多数だもんなぁ。
「……て、言うか俺、案外危ない橋渡ってたんだな……これ本気出されたら、俺太刀打ち出来るのか……?」
「大丈夫、自分が負けるから……多分」
「多分かよ」
「だって、この技能で全力出した事な――あったけど、どっちにしろ半分暴走してたからよく覚えてないし……周囲の地面はこれより抉れてたけど」
「えっぐ……」
若干青い顔になった滑空者先輩が、ふとグルッと再度自己鍛練場の惨状を見回して、ついで自己鍛練場の外へ視線を向けて耳をそばたてた。
習って何だろう? と同様にして、微かに認定場の方からざわめきが聞こえるのに、何かあったんだろうかと更に首を傾げる事となる。
「……なんでしょうか」
「さぁ……俺そこまで耳良くないし、そっち方面の技能じゃないし……お前、何があったか分からないか、技能で」
「……」
――ああ、やっぱりバレてるわ。自分の技能で、それが多分出来るだろう事を考慮した上での台詞だ……。
思わず無言になった後、溜め息と共に技能を発動させる。
――……。
「……先輩」
「ん?」
今日は1回も使わなかったからか、振っとこうと言うつもりらしく、振り返った先で滑空者先輩が壁に立て掛けていた大剣で素振りを始めていた。実に様になっていて、見ているだけでも腕が疲れてきそうな大きさの大剣を軽々と振り回す。
……端から見知らぬ人が見たら、若干危ない人だ。――ってそうじゃなくて。
目を向けてきつつも素振りは止めない滑空者先輩に、とりあえず手に入れた情報を諳じる。
「……『自己鍛練場の方で爆発音がしたから、栗に一応向かってもらってる。大した事は無いと思うが、念の為にな』……と」
滑空者先輩の顔が、不自然に強張る。
自分が拾った声の主は、ちょっと考えれば分かる事だ。栗さんはある人の直属で、栗さんんは大抵人に呼ばれる時は「さん」又は「先輩」を付けられる事が多い。実際の栗さんの階級はそれ程高くないが、上司の人の影響でまず呼び捨てる人なんて居ない。
――その、上司以外に。
「……誰、が、それ言った……?」
恐る恐る聞いてくる滑空者先輩に、自分は諦めの笑顔で言った。
「by、白虎様」
「逃げようそうしよう!」
大いに賛成! と返し、自分達は面倒くさい事になる前に、荷物を引っ掴んで自己鍛練場をスタコラサッサと出たのだった。
◆◇◆◇
「……っは、あ~もう良いだろ此処まで来れば……」
「同、感……」
とりあえず南棟まで戻ってきた自分達。荒い息を苦労して押し殺しながら――見回りの役があり、これに見つかると色々厄介なのだ――1階の食堂(階段に近い側)の壁に凭れる。
南棟は、MSP等官の、宿舎になっている。1階は半分程が食堂だが、他は全て等官が寝起きするプライベートルームになっている。7階建てだが、上の階ほど1室1室が広くなり、階級の高い等官ほど上の階を使える様になる。
――と言うか正確には、部屋の大きさは上の階に行っても殆ど変わらないのだ。ただ、1室を使う人数が違うだけで。
1階の食堂以外の部屋は、研修生が使う部屋で、大抵8人以上15人以下が1室を使う。
2階~4階では、第7等官~第5等官が、大抵5人程度同じ相部屋となって使える様になる。研修棟時代から晴れて新入官になって、一度入れられた部屋から第準3等官になるまで動く事はないので、中には第7等官の時点で4階になっている人も居る。自分は3階だ。
で、5、6階は、それぞれ第準3等官と3等官が使用出来、1人1部屋になる。此処に来れる程の実力がある人は、大半が隊長などの上の役職に当たったりする。匣先輩は第準3等官なので、5階に部屋がある筈。
7階は、第2等官と第1等官――と言うかMSPのトップの麒麟様以外居ないが――が使う部屋になっていて、正直あの階に足を踏み入れるのは本人達ぐらいだろう。
棟は東西を横切る様に走っており、両端に階段がある。丁度中央付近には、北棟中央と繋がる様に渡り廊下があるぐらいで、特に目立ったものもない。
大半の等官は夜に働く事のある《パトロール隊》や普通に夜に帰ってくる事が大半の《調査隊》とか等でない限り、今の時刻は寝ている人が多い。彼等の睡眠を妨げないよう極力静かにしながら、丁度中央の渡り廊下付近に現れた見回りに見つからない位置に隠れて離れるのを待つ。
数分経って見えなくなってから、2人して詰めていた息を吐き出した。
「は~、……久しぶりだぞこんなに焦ったの」
「……ふ~……いやまぁアレだけの事してれば音ぐらい聞こえますよねそうですよね……」
失念していた。ちょっと考えれば分かる筈の事だったのに、何で気を回さなかったかな。と言うかあれほっといて大丈夫かな……後々バレたら――うん、その時はその時で考えよう。
若干の自己嫌悪に陥っている自分に、不意に表情を改めた滑空者先輩が、声をかけてきた。
「あーっとだな、」
「はい?」
「……お前の技能は扱いが難しそうだが、別に強い相手だからって、怖じ気ずく必要は無いし、相手を気絶させたら終わりなんだろ? だったらいっその事あの技能――『切り札』を最初から発動して、最大威力のをぶつけて吹っ飛ばして気絶、っつー事でも良いかもしれないな。相手がどのレベルか分からないんじゃ、こう言う事しか言えないが、相手が避ける事前提で罠を張りまくっといてそこに誘導、でも構わないだろうし……第一、最初から相手が動き出すのを待ってる必要性は皆無だろ? 相手が構える前に特攻かまして倒しちまう、ぐらいの心積もりで良いと思うぞ? まぁどうしても『切り札』を使いたくないって言うなら後者を考えつくだけやっといた方が良い。お前は手数タイプだからな」
いきなり此処までを振り返ってすぐに早口で言われ、一瞬何の話か意味が分からなかったが、そういや自分が何の話を滑空者先輩としていたのかに思い至ってハッとする。
つまり滑空者先輩は、最初の方の『どうやったら「切り札」を使わずに強い相手に勝てるか』、と言う問いの答えを返してくれているのである。
「――そうですね。『切り札』は確かにあんまり使いたくないですが、負けそうになったら仕方ないかなとは思うので、とりあえず罠の方向で頑張ってみます」
「ん、もう遅いし、そいつと戦うのは明日なんだろ? 戻って寝た方が良いぞ」
「はい、そうします。……それじゃあ――」
一度礼をし、ずり落ちそうになった剣2本をからい直して背を向け歩き出す。自分の部屋は3階の東棟寄りなので、食堂の横を横切る方が早い――と。
背後で、
「ま、俺が言えるのはこれぐらいだが――」
滑空者先輩が口を開いたのが、気配だけで分かった。
「月並みだが、頑張れよ、双剣士」
「!」
小さい声だったが、しっかりと耳に届いた、その声。
驚きで硬直し、次の瞬間振り返る頃には、滑空者先輩は中央渡り廊下の方へ向けて背を向け歩き出していた。すぐに角を曲がり、行ってしまう。
――何だ、名前知ってたのかよ滑空者先輩……。
無言で呆れつつ脳内でそんな事を思いつつ、明日の――いやもう今日だけど――戦闘についてどうするか、ここに来た時の気持ちとは違うスッキリした気持ちで、自分の割り当てられている部屋に向かいながら、考え始めたのだった。
以上です。
長いわっ!! 軽く2万文字超えかけてるんだが如何なものかね!?
……すいません、取り乱しました。
予想以上に長くなってしまった……そしてバトってる時間より説明してる時間の方が長いと言う。
これはどちらかと言うと幕間――正確には1日と1日の間の話だから、その1日分より長くなるのはどうなのかと思わなかったりするんですけどね。
今回は――言うなれば説明回です。色々詰め込んだらこうなった、反省はしていないです。うん。