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六話

 冒険者は口を揃えて言う。自分たちの最大の天敵は獣人だと。正確な統計など取れるはずがないのでこれは憶測にすぎないが、多くの冒険者は同業の死亡率の堂々一位を飾るのが獣人に食べられることだと感じているだろう。それほどまでに獣人によって殺された冒険者は多い。幸運にも初心者教習を受けられた冒険者が初めに言われることは、獣人に会わないことだという。


 その理由は何か、と問われて返る答え、実は、これは数パターン存在するのだ。初めに、狡猾さ。集団が正直に直面から襲ってくるのなら対処は比較的楽だが、策を巡らせて襲ってくるのだ。前衛後衛の概念が存在しているだけで、十二分に脅威となりえる。さらに、武器を使う。剣や槍は勿論、弓と言う飛び道具も使うのだ。脅威を感じないほうがおかしい。その上、足は人間の速度を優に超える。逃げるのでさえ一苦労、というわけだ。そして、犬並みとはいかぬまでも、人間を凌駕する嗅覚。それに農作業までするらしく、食糧は安定生産されている。


 元来から建築が苦手らしく、建造物より洞穴で共同生活をすることが多いらしいが、襲われる冒険者にとって、これは大した弱点となりえない。

 獣人は人間を捕食するため、積極的に襲うものだからなおさら手におえない。トレジャーハンター、亜人狩り、魔物狩りや隊商などの護衛でさえも獣人には苦労するのである。唯一苦労しないのは海上で行動する海賊くらいの物か。


 それに、三人組にカルンを加えた四人は襲われているのだ。

「数は多い……予想以上に居るぞ」


 自慢のハンターとしての経験値による嗅覚や感覚を全力で研ぎ澄ませる。嗅覚は獣固有の非常食ですら吐き出しそうなきつい臭いに、少しだけ森の清涼な空気が風に乗って運ばれてくるも、微々たるものだ。


「厄介――俺は、よくて二匹。倒した後は、わかんね」

 いくらザーグが鉄の腕と脚を持っているとしても、すべてを受け持つというのは不可能だ。そもそも、このパーティーは大物を得意としている。


「ヘスソスの魔法からクロスボウで一匹は殺せるはずだから、それを初手にするか」

「それに乗じて、右ストレート。吸血鬼は?」

「否応なしに巻き込まれないか? 人数が増えるのは」

「だが、戦力として大きいのは事実」

「私はたぶん大丈夫だが、いちおー、魔人だし」


 カルンに気負いはなさそうだ。もしかしたら、吸血の礼とでも考えているのかもしれない。

「連携は、」

 それに反論するのはトマナ。この三人が今まで生き残ってこれたのは、基本的なパターンによる連携を構築し、実践してきたからだと彼は思っている。急なメンバーの増加。それがたとえ吸血鬼と言う能力がずば抜けて高い存在だとしても、構築された戦略は崩れるのだ。尤も、構築通りに行くことなどほとんどなく、ザーグはこれのカルンと言う句吸血鬼の加入を誤差として考えているのかもしれない。


「急がないと。立っているだけでも標的にはなり得る。それより攻撃に参加してもらった方がまし――如何に、巻き込みたくないとしても」

 珍しく長いザーグの言葉。それに対して思わずトマナは舌打ちをした。心中を察せられていたような言葉――的は射ていたが――は不快になる。トマナは表層的心中では確かに連携を考えていたかもしれない。だが、それの源泉となる深層心理の部分はカルンに対する戦闘へ巻き込むことへの心配があった。それは自分ですら否定できない事実だった。


 次の葛藤の原因は指摘されただけで簡単に決意を覆してよいかというものであったが、本人も出ることを拒否はしていない。何人いるかすらわからないこの状況なんだから――

 言い訳を心の中で一通りし終えた。

「仕方がない――ごめんな、カルン」

「いや、だいじょーぶだ。血だけもらって何もしないっていうのも、悪いしな」


 トマナとしてはそんな責務を感じてほしくなかった。決してリターンを求めて血を吸うことを許容したわけではないのだ。

「行くぞ――贖罪も謝礼も後で出来る」

 ザーグはそう言い、光魔法で灯された火を手で拭った。ばっ、と一瞬だけ照らされていた新緑が黒く染まり、月や星――それに、何処か光ったように見えた目だけが支配された空間に陥る。


 其れは合図だった。

 ヘスソスが寝ていた付近に、十数の記号の様な物――魔字が、灯り始めた。詠唱だ。

 そして、周囲一帯がばっ、と夜とは思えない程明るく光った。だが、それは視界を失わせるものではなく、助けるものだった。鮮明に、森の木々を幾重にも縫った先でさえも確かに獣人の姿が見える。

――数は、八。


 それを確認した瞬間ザーグは駆けた。手近な一体に寄り、宣言通り顔面へ向かって思い切り腕を振るう。その獣人はナイフを持っていたが、急な出来事に気が動転していたことと、ザーグの速さに目が追いつけなかったことの二点から反射的に手で防ぎそうになる以外の防御は出来なかった。そのまま、命中。


 ごきっ、という骨が割れる嫌な音。すこし遅れてどさっ、という体躯が地面へと落ちた音。

 トマナは、魔法での発光と同時に流れるようにクロスボウを手に取り、矢をつがえていた。何百では足りない程にやったこの動作。幼少期からの地道な研鑽で培ったそれは芸術と呼んでも問題はないほどに流麗だった。


 それすらも森閑とした木々に溶け込み、静まり返った後、一寸の時間。それをトマナは集中で過ごす。照射を合わせていると考えても良い。


 そして、一筋の線が木々の合間を進む。ばっ、ばっ、と今にも落ちそうで枝との連結感を失いかけている葉に掠り、地面に落としながらもその線は衰えなかった。クロスボウの威力とは恐ろしい。


 反動は堪えている。倒せても次が居るという状況は満足に倒れることすら許さない。敵を倒しながらも地面に落ちるという贅沢が、トマナは少しだけ好きだった。それは隙であったが、一つの矜持ととらえてもいい。生命を大事にするのは重要なことだが、矜持が無い人生など誰が歩みたいだろうか。


 ぷしゃっ、と血が飛ぶ。人為的な光の中、数本の木や風に揺れる葉、立っている地面に肥料になれる枯葉に赤色が塗られる。


 枯葉が少しだけジャンプした。少年の身長ほどの獣人がその上に覆いかぶさったからだ。天然の枯葉のベッドに横たわった彼は既に永遠の眠りに落ちていた。


 それすらも確認する暇がないトマナ。余裕が少しあったオークと違い、今回は完全に切羽詰っているのだ。すぐさま矢を装填し直す。敵は、まだ多くいる――


 二人を見ていた。反応は遅れていた。予定通りに行動できるなど戦闘と言う不確定要素の集合体のような場所ではまずありえなく、それが初陣ならば尚更だ。少しだけ開いた口には赤い髪が風に吹かれて含まれそうだ。ぼぉ、としてしまったのは事実だ。これが劣勢で始まった戦闘ならば殺されていただろう。


 動くことを認識したのはトマナの矢が獣人の脳髄を精確に打ち抜き、ザーグの右ストレートが完全に入って、彼が別の標的へと反転するころ。それを早いとみるか遅いとみるかは初陣の経験の有無により大きく左右されるかもしれない。初陣の種類にもよるが。


 殺気立った目がカルンを捉えていた。立っている六人の獣人も流石に呆けることは無くなっていた。二人も倒されれば事情は異なる。数の優位を少しずつ失っているのだから。


 その中で、手近に居たカルンを標的と定めたその獣人の判断は失敗とは言い難い。残念なのは、手に持っていたのが弓ではなく何人もの人間の血を吸った剣であったことか。


 弓ならば、吸血鬼であるカルンをもしかしたら仕留められる可能性があっただろう。いくら生命力が高いと言え、頭や心臓などの急所を矢でぶち抜かれれば死ぬのだから。彼女は吸血鬼の利点の一つである敏捷性の高さを完全に放棄する行動に出ていたのだから、矢が当たる確率は十二分にあったはずだ。


 殺気が中てられたのと、カルンが戦意を持ったのは同時。動き出したのもほぼ同時だったと言っていい。だが、その後の経過は大いに異なる。


 まず、獣人は驚愕した。カルンが普通の人間と全く異なる速度――大体普通の冒険者の二三倍でこちらへと向かってきたからだ。そもそも、無手で来たのが予想外だった。

 だが、彼のこの考えそのものが襲撃者として落第レベルなのだ。そもそも、先ほど動いたザーグが無手かつカルン並のスピードである。


 カルンは自分の爪を鋭く、長くした。東洋刀並の切れ味を誇る爪は脅威以外の何物でもない。たとえば、肉を切る包丁の代わりにも使えるのだ。日常生活では便利なことこの上ない。爪で斬った肉を食べたいと思うかは人次第だが。

 その有用性は戦闘でも例外ではない。


 ぱっ、と獣人が思うより数瞬早く接近した。獣人の方は、危うい足使いで何とか剣を中てようと振るっているが、その剣筋はただの人間ですら命中するか疑問だ。敏捷性に加え動体視力まで人間をはるかに凌駕している吸血鬼に当たるはずがないだろう。


 それに対し、冷静そのもので自慢の動体視力を余すことなく活用したカルンが爪の攻撃を外すことが無かった。小さい首にきちりと剣筋は合っていて、尚且つ硬い骨を断ち切るほどの鋭さも備わっていた。


 綺麗に首が刎ねられる。

 首は慣性に従ってそのまま直下した。犬のように尖った耳や、少し盛り上がって黒い斑がついている鼻、小さく黄色い目などに下から噴射された血がぶしゃぁ、とかかった顔は正視に耐えがたいものだった。

 それは殺した本人すらも同じらしい。すぐさま後ろを振り向くと――

「あっ!」


 トマナの後ろから一人の獣人が矢を射ている場面そのものだった。いつの間にか獣人は更に一人が見えなく、計四人がやっと開けていてテントをうまく設営できた野営地に突入できるというありさまで、夜襲は完全に失敗したと考えても過言ではないだろう。


 逃げるのが常道だが、最後の一矢として文字通りに矢を撃つ獣人が居て何ら不思議はない。

 カルンは一瞬で走るも、間に合いそうもないことを頭の片隅で冷静に考えていた。矢をよけることはできるが、今から戻って止めるには時間も戦闘経験も足りそうに時ないことは自分でよくわかる。


 矢は放たれていた。

 ザーグの場所からも間に合いそうにない。彼はカルンが一匹倒すと同時に二匹目を倒していた。それほどまでに俊敏な動作は、戦闘狂を虜にするかもしれない。


 矢が命中――――しなかった。

 命中の僅か寸前。一寸でも首をそちらへ動かしていれば今頃野営地は血の海と化していただろう。自然は四人分の獣人の赤で彩られているが、今だ野営地まで其れが飛んだ形跡も見えない。


 矢は白い光る腕の様な物に捕まれていた。ヘスソスの右手にある古ぼけた木の杖の前で小さい蛇を象ったようなモノ――魔字が光りながら回っている。

 安堵で胸を撫で下ろす。ヘスソスは少し横に傾き、魔字を回そうとするも、襲撃者は一目散に回れ右して逃げて往く。


「終わった……?」

 ザーグはいつの間にかトマナとヘスソスの隣で、ゴキゴキと鉄の手を鳴らしていた。それの必要性は一介の吸血鬼であるカルンにはわからない。骨なんか無いじゃないか、と。仮にザーグがそれに対して答える機会を持ったとしたら、「雰囲気」と一単語呟かれて終いな気もするが。


「多分、ね。残党が居ないとも限らないけど……五体は殺したし」

 ヘスソスは若干だけ楽観論に傾いているようだった。数の優位と言う絶対的優位を失った獣人の再襲撃の線が薄いというのは当然の推論だ。そして、灯りが消える。戦闘用の光源は広範囲だったので、魔力が削られて堪ったもんじゃない。


「血の匂いに惹きつけられた獣、モンスター、――さらには別の獣人の集団っていう線も無いとは限らないけどね」

「見張りの増員で手を打ちたい」


 狩人としての経験からかトマナは悲観的だ。その進退を決めることで幾人の人が死んだのかを実体験として知っているのだから、その思考になるのは自然か。ザーグの意見はわからない。だが、微妙に瞼が落ちていたことが、視覚までも鋭敏化されているカルンにはわかった。その場所は暗闇であったので、ほかの二人は多分わからなかっただろう。欠伸を出すようなことはしていない。


「こんな血なまぐさい所では寝たくないかな。個人的には」

「なら見張りを残り全てやる?」

「場所のいど――」

「無理。わかると思うが」


 はぁ、とトマナはため息を一つ吐いた。移動をしたら外敵に見つかる確率が段違いで上がるが、嗅ぎたい血の匂いとは破瓜の血の匂い程度なものだろう。それを臆面も無く口に出す彼ではなかったが。

 さらに、この場所は獣臭い。獣人が発する臭いは従来の獣とあまり変わらないと言ってもいいだろう。確かに三人組――付け加えたくはないが、カルンも――本日は行水していない。だが、その臭いと比べることすら躊躇われるほどの臭いなどだ。場所が場所であるので鼻をつまむようなことはしないが、それを思わずしたとしても誰もとがめなかっただろう。


 ぱっ、と灯りが点いた。戦闘に使っていた光源の魔法は既に止んでいたので、真っ暗であった野営地が明るく照らされ、凄惨な光景も再び視界に入ることとなった。尤も、その光は先ほどのよりはよっぽど弱く、最低限必要な程度だ。灯りに誘われるモンスターも当然居るので、大きすぎると隠ぺいを付与することすら困難になるためだ。


「取り敢えず俺は番をしようと思うんだが」

「いいのか?」

 ヘスソスにザーグが聞き返す。


「あぁ、ザーグは結構動いていたし、疲れたろ。その義肢を動かすのも大変だろうしな。まぁ、トマナは寝るべきだしな。流石に徹夜で見張りはつらいだろうしね。俺が就くのが順当だと思うんだ」

 確かに納得できる道理に思える。だが、トマナは理知的な部分とは違う本能的な部分で嫌悪を感じた。それが何か、推測はつくものの言葉に出して説明することはできないだろう。だが、嫌だというのは顔に出ているようであって。


 ヘスソスがトマナに顔を寄せる。耳元。

「大丈夫だ。取るようなことはしないから。正直、怖いしな」

 小さな声だった。ザーグとカルンには聞こえていないとトマナは思う。

「ありがとう、ってのも変な話か」


 こう返した時点で認めているも同然だ。いや、女好きの自分としてはセーフの方向へギリギリ落ちるのではないだろうかと理論で心情にバリケードを積み上げる。

 表情は完全に感謝と取るには明るくなく、後悔をつくろった顔にしては生々しすぎる。昨日の夜に食べた大好物を昼飯に出された時のようなものだった。ヘスソスはそれを見た。


「お前が徹夜するのもつらいだろうしな。感謝してくれて構わないさ」

 少し上から目線にして、他者から押し付けられたと勘違いさせる。糸のように絡まった心情を合理化させるにはちょうどいい方策だ。ヘスソスは魔法学院という閉鎖的な場所で生活していた過去を持つ。そこは思春期の男女が多く、こういう手腕を自然と学んでいたのだ。


 こんな会話をしているうちに、ザーグは寝床に再度入り、気合いを入れながら鉄の義肢の接続を切っているところだった。本能に従って行動するという側面が一番強いのは彼なのかもしれない。また、カルンは野営地の隅の方で顔を赤くしている。眠たいわけでもなさそうだ。


「ん、じゃー、俺も寝るわ。おやすみなー」

 今度は大きな声。それを考えると言った対象はヘスソスよりカルンと考えて問題ないだろう。それは相手方も気づいているようで。

「あ、あぁ、おやすみー」

 顔の赤らみが引くことは無いまま、少し下を向いて挨拶をする。トマナは少しだけ怪訝に思うも、流石に眠気が襲ってきて、寝袋をそそくさと準備し始める。


「じゃ、だるいけど見張りをしますかー。その前に、片付けかなぁ」

 と、ヘスソスは近くにある獣人を解体し始めたので、カルンはそれに寄って行った。月は、少しずつ傾き始めていた。


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