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ラッシュ・フェアマン、日本と言う国に触れる。

作者: 凋朽打破
掲載日:2026/10/10

 先月、ガク・スミサカに負け、クルーザー級世界王者から陥落した。


 それはいい。前日計量後に俺が殴り掛かった件で世界ランクを大きく落としてしまった。


 発表された最新のランキングは12位。

 本来であれば、さらに数十位ほど落ちるのが普通で、さらに最低一年間の出場停止もつく。


 しかし、対戦相手が特に気にせず、俺に対する厳罰を求めなかった事もあり、世界ランク自体も禁止期間中は凍結されたらしい。


 処分が出て一年間は練習メニューをこなしたり、ファイティングスタイルを元に戻す為、同ジムに所属している下位選手のトレーナーも務めて、試合勘を鈍らせないようにした。


 処分から翌々年3月、ヒッタ・イチエから「気分転換に日本に来ないか?」と配信上で連絡があり、俺は了承する。


 ヒッターちゃんねるの視聴者達も見ている中でやり取りしていた為、炎上すると思われたが、心配は杞憂で終わった。


 理由は相手陣営から既に処分済みと判断されていた事と、何より、ガク・スミサカは数日前、ヘビー級世界王者になって即日に引退発表し、既に現役引退していたからだ。


 専ら、書き込みがあったとすれば

「ラッシュは反省してやり直しさえすれば、ヘビー級世界王者に挑戦すればいい」

 とお前がガクに成り代わって、最重量級の世界王者になれと言う事だった。


 普段から朝から晩まで練習に明け暮れている状態だが、たまの旅行ぐらいならいいだろう。


 俺はジムの関係者に報告して、日本への短期旅行の申請をすると


「ヒッタ・イチエから昨日、チケットを関係者伝いで渡された。日程は4月1日になっている。今から旅支度をして来い。俺らは何も問題ないから、日本の文化を見てくるといい」


 既に彼が色々と手配してくれたらしい。


 早速、旅支度の前にヒッターちゃんねるの生配信があった為、今日は自力で日本語だけのやり取りをする事にした。


 今日は雑談配信となり、時間は日本の現地時間で午後7時開始。


「こんにちは、ヒッターちゃんねるにようこそ」

 ヒッタはいつも通り、画面越しに座ったまま一礼する。


 コメントもいつも通りの流れで簡素な挨拶を返して2分ほどで終える。


 俺は深呼吸をしてから、慎重に日本語で挨拶のコメントをする。

「こんばんは、今朝……日本では深夜の時間帯にだった。チケットの手配、ありがとう」


 俺のコメントを見た視聴者達は案の定、様々な反応があった。

しかし、最も多いのはただの挨拶だけと言う物であった。


 彼はコメントが落ち着いたのを確認してから、チケットに関する説明を始める。


「実は先日、傷心旅行の体で日本と言う国がどういう物かを確認してほしくて思い付きました。日本語が結構話せるのにこちらに来ないのは勿体無い。と思い、彼のジム関係者に用件を伝えて、ファーストクラスのチケットを手配しました」


 すると、視聴者達は驚いてコメントが出てくる。


「は?! ファーストクラスって、どこからどこだよ」


「先月、エコノミーで出張で仕事に行ったんだけど」


「いや、ビジネスクラスを手配してもらえよ……」


「ラスベガスから日本なら、エコノミーでも金額は片道15万辺りだな」


「15万近辺は安い方で、高い金額だと30万近くだったが」


「で? ファーストクラスだとどれくらいの値段なんだ?」


「ざっと、200万から300万。しかも片道で」


「ヒッター先生、教えてくれよ。色々と」


 視聴者はあまりの高額に思考放棄し、配信主に答えを求めたようである。


 彼はコメントを見て、少し笑いながら説明をする。


「私の配信と言うのは生活の為にやっていますが、こう言う時の為でもあるので、当チャンネルとしての役割はしっかりと果たしていたりします」


 そして、さらに俺が日本に来てからの説明を始める。


「今回、彼がラスベガスを発つのは現地時間で4月1日の午前9時30分、到着は翌日の午後3時25分と言ったところです。帰りはジム関係者にチケットを手配する事になってますから、滞在期間は未定です」


 彼が飛行機の発着時間を伝えると視聴者もコメントを投げかける。


「それで、わざわざ俺達にその事を伝えると言う事は、ボディーガードか何かをしてくれと言うお願いかな?」


「まあ、少し前に騒ぎになったからしょうがないもあるけど……ん? ジムからの手配はないのか?」


 コメントを見る限り、所属ジムから冷遇されていると思っているらしいが、すかさず彼は答える。


「今回はプライベートと言う面があり、さらに試合出場禁止期間と言う事もあって、私に色々とお願いされました。その一つが私達で周辺警護をすると言う項目が入っていました。私も始めはボディーガードを付ける事を考えました」


 彼は腕組みをして、考えてると言うポーズを数秒してから、言葉を続ける。


「しかし、これは飽くまで旅行。と言う事であれば、彼の勉強の為にも現地の日本人と会話をする事が適切だと思い、視聴者へお願いする事になりました」


 そして、数秒のコメント無しの時間が長考として流れた後。


「ひょっとして、日常会話レベルなら普通に話せたりするのか?」


「今、翻訳機能の使用痕跡ないか調べているけど、今日は一切ないな」


「ああ、今日は……だな。前の配信までは念の為に使っていたみたいだけど」


「なるほど、今日は旅行の前準備として自力でコメントしてるって事ね」


「分かった。俺達もラッシュが着いたら、日本語だけで会話するから英語を求めるのはやめてほしい。なぜならきついから」


「俺らに英語求めるなんて、無理ゲー以外の何物でもないからな」


 彼は視聴者同士のコメントを確認してから、発言を再開する。


「そう言う事なので、現地に着いたら彼に日本の文化を僅かでも良いので伝えてください」

 改めてお願いをすると、画面越しに礼をして、用件を終える。


 そこからは普通に他愛の無い話題で視聴者とやり取りをする流れとなった。

当然、俺も日本語でコメントをして、ヒッタと共に話題の中心になっていた。


 配信は2時間ほどで終了し、配信主との通信も途切れた。


 ここから俺は日本への旅行の準備を始めたが、その日は現地の時間に体を合わせたい事もあり、寝る事にした。


 本来は練習開始時間だが、時差ボケの方がきつい為、無理やり寝たのである。


 しばらくして目を覚ますと、時計は午後2時を示していた。睡眠時間は8時間。


(アメリカでしか試合をした事が無いから、時差の問題は辛いな)

 

 今までの試合は母国であるアメリカ国内でしか実施していなかった為、結構体に疲労が溜まっている様子だった。


 それでも、旅行の準備はまだなので引き続き準備をした。


 結局、一日かけてやれた事と言えば、着替えや歯ブラシなどの日用品の準備くらいである。


 パスポートなど、海外に行く為に元々必要な類の物はどう言った試合スケジュールになるか一切不明だった為、その辺りの準備をする必要がない。


 特別に準備した物と言えば、ドルから日本円への紙幣や電子マネーの両替くらいだ。


 とにかく、日本への旅行準備はこれくらいで十分だろう。

不足分は現地に着いてから確保すればいい。


 次の日から数日間だけ午後1時に起床し、午後10時まで所属ジムで練習メニューをこなす。


 練習を終えて、自室に戻ってから午前6時までにシャワーを浴びてから、食事をしてからジムに行き、午後10時まで練習する流れを繰り返す。


 そして、3月31日は午後7時で練習を切り上げ、自室に戻り、日本へ旅立つ為の準備と再確認をしてから、シャワーと食事をして寝る。


 翌朝7時に目を覚まし、身支度を整えてから外に出て、30分後にジムのマネージャーが車で来てから、空港まで送迎される。


 午前8頃に着き、空港に入ってから手荷物検査などを行い、保安検査を行ってから空港を発つ。


 午前11時過ぎにサンフランシスコで乗り継ぎがあるので、そこでしばしの待機時間となるが、1時間ほどなので気になる程ではない。


 そこからさらに日本へ飛び立ち、現地時間が翌日の午後3時25分に到着した。


(やっと、着いたか……時差ボケ対策はやっていたから、それほどきつくはないが)

 確かに妙な疲労自体はなく、飛行機を降りて入国手続きを行った。


 しかし、そこからが手続き地獄と言っていいだろう。

身体検査だけでなく、書類手続きなどが面倒だった。


 前もって、ジムのマネージャーが仰々しいほどの準備をして手渡されたが、これでギリギリと言った様子で、前後の客達は空港の職員達に取り調べをされていた。


(ああ、これが俺達の周りが日本に行きたがらない理由の一つだな)


 その為、治安が良いと言われればそれまでかもしれないが、日本の事を『島国』と呼ぶ国の人達が居ると言うのは何となく理解ができた。


 諸々の手続きを終え、空港を入口を出る頃には午後5時10分となっていた。

(疲れた……日本の旅行は今回限りでいいだろう)


 特別な用事でもなければ、来るような国で無い事はこれまでの手続きだけで十分理解した。


 思わず、溜息をついてしまう。


 すると「あなたがラッシュ・フェアマンさんですね。ずっと待っていました」と歩道から左側数メートルほどの距離から声が聞こえてくる。


 俺は声が聞こえる方に体を向けると、そこには三人の中年男性が立っていた。


 服装は白のカッターシャツを着崩していて、下はグレーのスラックスに黒の革靴のような何かに髪型や顔も似たり寄ったりの印象だ。


「ようこそ、日本へ。そして、今日の案内役は私達三人となりますのでよろしくお願いします」


 三人とも同じタイミングで俺に一礼した。


「私はヒット面、左後ろに居るのが越後越前で、右後ろに居るのがドッグワンになります」


 ハンドルネームで紹介され、俺はすぐにヒッターちゃんねるの古参勢の三人だと分かった。


「初めまして、いつも最初辺りでコメントをしている人達ですね」


 配信があった時は大体、彼らのコメントを皮切りに次々と別の人達がコメントを重ねて行くので覚えている。


「まあ、ここで話し込んでも何ですから、私達が案内したい所へ車に乗って頂いてもいいですか?」


 普通に考えると誘拐か何かだが、今回の場合はハンドルネームの紹介もあったし、俺も彼らが住んでいる住所を既に特定済み。


 犯罪に巻き込まれると言う事は無さそうなので、大人しく好意に甘える事にした。


 早速、近くの駐車場に案内され、彼らの車で移動した。


 時間は1時間20分ほどで、とある場所に着く。


「ここがグエッサー浜崎選手が主戦場にしていた会場となる建物になります」

(legendary strongest Japaneseの居城か……)


 俺があの史上最強の日本王者に思いを馳せていると

「一応、入場許可も取り付けてますから、入ってみますか?」

 どうやら最初の目的地はここらしい。


「お願いします」

 断る理由もない為、彼らの提案に乗る事にした。


 早速、近くの地下駐車場に入り、車を止めてから会場まで歩く。エレベーターを使い、地上に出て少し歩けば、先ほどの建物の入口らしき物が見える。


 上部が茶色、下部が白塗りが印象的な四角い建物である。

他は簡素な白い看板があるのみだが

「日本のボクシングの会場では、ここはまだしっかりしてる方なんですよ」


 この国にはこれよりも、外観が貧相な会場が存在するらしい。

(それにしても、あのミスターハマザキがここで試合をしていたとは)


 いや、まだ試合会場に入ってないので何とも言えない。

俺は黙って、彼らの後に付いて行く事にする。


 入口を過ぎて受付カウンターがあり、付近には警備員が二人配置されていた。

「この方が例のお客様です。そんなに時間は掛からないと思いますので、入場許可をお願いいたします」


 ヒット面が警備員にスマホを向け、相手もスマホで何やらやり取りしている。


 少しすると「許可は取れましたので、会場内への案内をお願いします」と通行許可が下りた。


 俺はまた、彼らの先導で警備員が居る場所よりも奥へと歩いて行き、横に伸びた道がある。


 長い道の中に等間隔に4つの扉が配置され、案内された場所は一番手前の扉の前だった。


「まあ、どこから入っても試合会場ですので、それなら近い方が良いと思いまして」

 中がどうなっているのか全く想像が付かないが、意を決してドアを開ける。


 広がる景色は前方には大量の赤い座席が規則正しく並んでおり、中央にリングがある。そこから左右と奥の3方向に木の長椅子が3列横にリングへ向くように並んでいた。


 会場の外とは違い、中は意外に広さを感じる所であった。

(ここがミスター浜崎の主戦場だった場所か)

 俺はこの時、なぜか安心感のような物を感じた。それが何か今は不明だが。


 この瞬間、彼らは俺に何かを感じたようで


「がっかりされてないようで良かったです。今日は見るだけしかできないですが、普段はボクシングの試合だったり、メインはプロレスの試合をやっています」


 そう言えば、日本で少し前に流行したキックボクシングは、比較的最近の物だと誰かが話していたような気がする。


「それでは、このくらいにして、今日はある場所に行ってもらって、おそらくはそこで泊まる事になるでしょうが……連絡は既に取り終えていますので、早速向かいましょう」


 俺は試合会場を後にして先ほどの車に乗り、10分ほどで付近のアパートの駐車場に到着する。


 車を降り、入室の為のロックを解除してアパートの敷地内に入る。


 案内されたフロアは5階の左端のドアの前だ。


「すみません、今連れてきました」


(どうして、日本人はすぐにすみませんと枕言葉を言うのだろうか)

 口癖だと思うので、流す事にして大人しく住人が出てくるのを待つ。


 10秒ほどで人が玄関のドアを開けて出てきた。俺はその瞬間、感動した。


 中から出てきたのは敬愛するヒッタ・イチエだったからだ。


「初めまして、ヒッタにお会い出来て光栄です」

 俺は迷いなく、彼に一礼する。


 彼は笑顔で俺を迎えて

「対面では初めまして、ラッシュ・フェアマン選手。さあ、あなた達も中に入って来てください」


 案内してきた三人にも玄関から入ってくるように促してくる。


 彼らも笑顔で「ありがとうございます。では、お邪魔します」と玄関から入り、全部で5人となって少し狭いようにも思える。


 そして、ヒッタはある場所へと案内した。


 それは目の前に据え置き型のカメラが自己主張するように鎮座する簡素な部屋である。


「ここが普段『ヒッターちゃんねる』の雑談配信を行っている場所になります」

(ここがあの場所なのか……)


 正直、試合会場を案内された時よりも数倍嬉しかったりするので、複雑な心境でいると


「ここがヒッターちゃんねるの配信部屋か」

「普段、適当な事言ってるな、俺達って」

「ここが平和回の放送場所って考えると感慨深いな」


 ここまで案内してくれた三人が、俺の気持ちを代弁してくれたようで安心した。


 そして、雑談配信と言う事は比較的、落ち着いた内容やボクシングに関する談義だったりと平和と言える内容が多いからだ。


 これが別の実技を含んだ内容だと事件が高確率で起こる。


 先日、ヘビー級の世界王者になって、引退したガク・スミサカがKO負けした件は、その最もたる出来事である。


 だから、視聴者によっては『平和配信』と別称が付けられたりしている。


 当の配信者は知ってか知らずか気にする様子を全く見せていない。


「お? もう7時半か、そろそろ配信始めないと。ラッシュ選手は私と配信に出て頂けないですか?」


 突然の提案。しかし、俺は彼からの提案が嬉しくて快諾する。


 しかし、案内してきた配信常連の三人は

「顔出しNGなので、マスクさえ被らせて頂ければ喜んで出演します」

「「彼に同じく!」」


 どうやら、顔だけは出したくないようだ。

「それで大丈夫です。紹介だけさせて頂いてから、後はラッシュさんと雑談しますので」


 今日の配信のメインは俺のようだ。少しだけ緊張していると

「色々質問したり、日常会話をひたすらやるだけなので、考えなくて特に問題ないですよ」


 トークの内容などは既に彼が色々と決めているらしい。

当然、俺にはありがたい状態なので、笑顔で了承して配信の準備に入る。


 俺とヒッタが横並びに座り、外側に右に一人、左に二人と座って行った。


 2分後、ヒッターちゃんねるの生配信が始まる。


「こんばんは、ヒッターちゃんねるにようこそ」


 彼はいつも通り、カメラ越しに一礼する。俺や彼らも後から一礼する。


「今日はこのような面々となっておりまして、被り物をしている三人は左から越後越前さん、ドッグワンさん。そして右端に居るのがヒット面さんになります」


 三人はもう一度、カメラ越しに礼をする。


「古参勢の三人については顔出しNGと言われましたので、このような形を取らせて頂いています。そして、今日のメインで私の右側に居るのがラッシュ・フェアマン選手となります。どうぞ拍手を」


 すると、前面に出てくる半透明なコメント表示画面から拍手のみのコメントや『海を渡りし犬』など失礼な物まであった。


「はーい、今日は出場禁止期間中の旅行に来ただけなので、海の犬などとレッテルに近いコメントはやめましょうねー」


 すかさず、ヒッタから視聴者に向けて注意喚起をした。

すると、コメント欄も謝罪コメントで一杯になり、一気に大人しくなった。


「ちなみにアメリカの関係者や情報筋で独自に聞いたところ、もうすぐ試合の出場禁止期間は解除されるようです」

(どこから、そんな情報を仕入れているんだろうか)


 時々、配信でのコラボ相手にとって重要情報が突然言い放たれるので、彼の配信は視聴者もそれなりに警戒しているのが特徴である。


「まあ、重要情報はこれだけにして、早速質問攻めにしたいと思います。まず一つ目、出場禁止措置を下された相手となった旧姓、住坂雅玖の対戦で何か感じた事はありましたか?」


 いきなり、微妙な質問をしてきた。まあ、批判をする為の意図が無いのは今までの配信を見て分かり切っている事なので、気付いた事を答える事にする。


「彼はとにかく、体幹が強かったです。そして全身を使った圧力の掛け方が非常に上手い。さらにはガードをどうにか突き通す事が出来る。他にも色々とありそうですが、分かり易い箇所で言えば、こんなところです」


 俺があの時、ガク・スミサカと対戦した感じではガードを固めてからの攻撃自体はしっかり入ったと自負しているが、それ以降はあの手この手で良いようにやられた印象だと俺自身は思った。


「まあ、でも……あの試合は結局、グエッサー浜崎選手の次に良く頑張ったと褒められていましたが、その辺りはどのように思っていますか?」

 

 彼から次の質問がやってきた。


 俺はあの試合の事を思い出して、改めて顔を引き締めて発言する。


「第三者から見ればそのように映ったかもしれませんが、前日計量のあの行動が全てです。どのみち、出場禁止が解除されてから今度は道を誤らず、勝ち進んで行くしかないと思っています」


 他人からどう評価されようが、結局は勝ち進んで行くしかない。

 

 それにヘビー級の世界王者を目指してくれと言う事であれば、見捨てずに今も応援してくれる視聴者の期待に応えるべきだろうと思う。


「ああ、それと謹慎明けの試合スケジュールを何となく聞いていたりします。それは月一で試合を行い、一年以内にタイトル挑戦ができるようにすると言うとんでもプランが出ているみたいです」


 相変わらず、どの関係者に聞いているのか分からないが、本当だとすれば険しい道になる事は間違いない。


 しかし、月一回のペースで試合をする事自体にはそれほど苦にはならない。

俺は元々、そんなに貧弱な這い上がり方はしていないので問題ないと言える。


「相手の攻撃をもらわなければ大した事はないですし、一年以内に世界王者の挑戦権と言う事になると、それで良いのかもしれません」

 なるべく波風が立たないように発言した。


「これからの活躍に期待と言う事ですね。試合に関しては以上です。次は今まで、ジムではどんな事をやっていたのか教えて頂けないでしょうか?」


 ヒッタは次の質問に移った。

今度は普段のジムに居る時の話だが、ここは普通に話して問題ないだろう。


「あれから、すぐに以前のハードガードスタイルに戻しまして、練習メニューはこなしつつ、所属選手のトレーナーをしてミット打ちやスパーリングをしながら、私のガードの反応速度を良くする練習代わりにしていました」


 マスクを被った三人はこちらを見て、どこか感心している様子だ。


 一方のヒッタは考えるポーズをして

「ハードガードでヘビー級の世界王者になると……その戦い方を参考にするのは日本人だと思いますが、それはどう思いますか?」


 俺は日本人に対して、特に思うところもない為、普通に答えを返す。


「それで日本選手の参考になるのであれば、それでもいいかと。別に母国の選手だけに参考になるような戦い方をしないといけない義務はどこにもないですから」


「そうですか、とにかく頑張って欲しいですね。応援しています。次は普段、ボクシング以外で愛用している物だったり、日本にある物で好きな事は何でしょうか?」


 ここからはボクシングとは無関係の話が続く事となり、特に身構える問題でもない為、配信が終わるまで、ひたすら彼と二人で雑談する物となっていった。


 配信から2時間後の午後9時半。漸く雑談配信が終わり、案内してくれた三人は車があるので、自宅に帰ると言って玄関を出て、アパートから出て行った。


 残された俺はおそらく、この一室に泊まる事になる。


「今日はここに泊まってください。わざわざ宿泊施設を探すのは大変でしょうし、この辺なら普通の部屋でも数十万の家賃になるので、下手なホテルよりは居心地は良いと思います」


 正式にここに宿泊する事が決まった。


 寝る場所と言えば、配信場所となる大きな部屋になるが、近くにはキッチンなどもある為、住居としては自己完結してると言える。


 彼から後に話を聞くと、このような大部屋一つの構造はここだけで、他の住人の一室については、細かく複数の部屋に壁で区切られているようで、他の住居と違って窓も配信の為に用意されていないと言う事だった。


 これは従姉にあたる知念音羽が特殊部屋として、色々と手を回した結果であり、他の住居と違って家賃も数倍に設定されているらしく、まさしくヒッタ・イチエの専用部屋と言ったようである。


 そんな訳で、壁として区切られているのは大部屋とキッチンの間、後はバスとトイレにも壁で区切られていると言うシンプルな造りとなっている。


 ベッドが配置されている位置はヒッタが大部屋に入ってから右手前、俺のベッドは即席で段ボール製の物を左手前に作り、そこに休むと言う事だった。


 ベッド自体は別に強度が弱いと言う事はない。


 このベッド自体はそもそも、天災などで被災した人達用に向けた物となり、彼はその試作品をたまにTrulyOwnsグループから支給されていると言う事だった。


 俺はシャワーを浴び、簡単な食事を摂ってからベッドに横になり、10分後には眠っていた。


■■■


 翌日、俺が外の日の光を浴びないまま起きると、時計の時刻はAM7:00を示していた。


 ヒッタは既に起きているようで、キッチンで何かを作っていたようだ。


 香ばしい匂いと切れたIHコンロの電源を起き上がらないまま、隙間から見える位置で確認する。


「あ、起きましたか。丁度、朝食の準備が終わりましたので、朝はこれを食べてください」


 彼が白い皿を三つと水の入ったコップを、木目加工のプレスチック製で角の丸い四角いトレイに乗せて来る。


 食事の場所はお互いのベッドの間から少し奥の位置、つまりは昨日、雑談配信していた場所にテーブルを置いて、それに乗せる。


 食事メニューはチキンの蒸し焼き、野菜炒め、バナナとキウイのヨーグルトがけと言ったところだ。


 しかし、ここで俺は気になる事がある。

「チョコなどは食べないのか?」


 ヒッターちゃんねるの配信では体に悪そうな物ばかり食べている姿を良く見ているからだ。


 俺の素朴な質問に彼は笑って答える。


「あれは共演者に向けてのアピールですよ。さすがにプロでやっていたら、そのようなウェイト管理できなさそうな物は極力控えます。まあ、今出しているのもウェイト管理に適した物ではないですが、十分でしょう」


 それはそうだ。しかし、復帰戦の階級はヘビー級にする事も既にジムでは決定している為、ウェイトを落とす必要まではない。むしろ、体に悪い食べ物でなければウェイトを上げて問題ない。


 ここ一年間、俺は体に悪い食べ物を特に食べないようにしつつ、徐々にウェイトを上げる食事に切り替えている。


 まあ、そんな事は食後にでも考えれば良い為、今は目の前の食事を美味しく頂く事にした。


 20分後、ヒッタと雑談をしながら朝食を終えた俺は彼の案内で、運転手付きの車に乗る。


「今日は悪いね、知念社長にもお礼を言っておいて」

(そう言えば、知念社長の従弟なのでこのような事をしてもおかしくないな)


 普通に接しているので錯覚するのだが、彼は巨大企業の社長の親族だと言う事をこう言った場面で思い出させてくる。


 俺達は後部座席に乗り、車で移動する。

「今日はいかが致しますか?」

 運転手が行き先を聞いてくる。


 彼は何気ない態度で「闘拳ジムまでお願い」と簡潔に伝える。運転手は表情を変えずに「かしこまりました」と言って、車を走らせた。


 2時間ほどで目的地に着いたらしく

「では、私は別件がございますので、これで失礼します」

「うん、用事が済んだら連絡するから、その時はお願い」


 送迎してくれた車はその場を去って行った。


 そして、目の前に広がるジムの外観はと言うと、巨大なプレハブで上が赤、下が青で半々で区切られていて、シンプルながらも派手な見た目となっている。


 俺が派手な外観に呆然と見ていると

「今日はここで配信しながら、視聴者でもあるプロボクサーの人と交流をするつもりです。勿論、日本語しか話せないので練習にはなると思います」


 彼は俺の日本語を鍛えながら、日本人との交流を深めるつもりらしい。


 それは嬉しいのだが、ガク・スミサカの件もあった為、少し不安ではある。


「まあ、入って挨拶すれば安心すると思いますよ」

 不安な様子を察して、彼がフォローをしながら施設に入るように促す。


 俺達は気を取り直してジムの入口から入ると、左側に事務などをやっているエリアと右側にリングやサンドバッグなど、ボクシングの練習をする場所が広がっていた。


 そして、右側のリングから一人の選手が降りてきて、俺達に挨拶をする。


「初めまして、ラッシュ・フェアマン選手。私は普段『末尾がK』を名乗っている松斧(まつおの)携(けい)と申します。今日はよろしくお願いします」

 体格から見て、バンダム級くらいの短髪の選手が一礼した。


 俺も礼をしてから自己紹介をする。

「私はラッシュ・フェアマンです。今日はヒッタ・イチエの誘いでこちらに来る事になりました。そして、マツケーさん。あなたに会えて嬉しく思います」


 彼と両手で握手をして、互いの初対面を喜んだ。


 なぜかと言うと、この人もヒッターちゃんねるの配信で良く目にする古参勢の一人で、ヒッタのファイトスタイルに憧れてボクシングを始めたらしい。


 去年の4月にプロテストを合格し、デビュー戦はまだやっていないが、れっきとしたプロボクサーである。


「今日は少しだけ、リングで何度かパンチをして頂いたり、サンドバッグなどに殴って頂いたりして海外のボクサーの凄さを見せる配信をして頂く予定ですので、その時はよろしくお願いします。後は雑談などになりますので」


 どうやら、今日のヒッターちゃんねるは出張配信となるらしい。


 真剣勝負ではない為、事故が起きない限りは平和回となるが、何が起こるかは不明なので気を抜いてはいけないだろう。


 それから一時間後、ヒッターちゃんねるが始まった。


 内容として、俺はサンドバッグに借りたグローブを付けて一撃を繰り出したり、リング上でガードをした状態でパンチを繰り出し、どれだけの威力があるかなどを見せ、後はボクシングの初級講座と言う単純な配信となった。


 ヒッターちゃんねるは配信を終える際「第一部は終了します」と言っていたので、第二部が本来やりたい雑談配信となるだろう。


 その頃には時刻は12時を示していた。


 ここで、入口から誰かが入ってくる。


 一般客も入って来るので初めての来店ではないが、肩に背負うほどの大きな縦長のバッグを右手に持っていた為、ジムの所属選手だとすぐに分かる。


「やっと来れました。上司がここまでは働けって一時間前まで仕事をさせられていたので、今日この場に来れて良かったです」


 こちらも短髪の選手である。

どうやら日本と言うのは、髪型にうるさい傾向があるらしい。


 当の本人は息を切らしながら、右側に配置されているリングの奥にあるドアを開けて入って行き、10分ほどでドアから出てくる。


 ボクシングをする恰好となった為、入った場所は更衣室なのだろう。

「多分、その人がフェアマン選手ですよね? 松斧さん」

 俺を見て、先ほどの彼に聞く。彼は黙って頷き、肯定の意思を示す。


 と言うのも、俺の身長は6フィート2インチ。つまりはcm換算では188cmとなる為、一般人と並んでいればまず目立つ。


(まあ、母国とは違い、人種差別の程度は低いので安心していられるが……)


 ガク・スミサカが6フィートちょうどで、母国においては理想の身長と言われている為、あの選手こそが日本人離れしていて、色々とおかしい。


 俺はガクの事を考えていると、先ほどの彼が自己紹介をする。

「私は壮田(そうだ)羊路(ようじ)と申します。ヒッターちゃんねるではラムネソーダを名乗っております」


 この人も礼儀正しく、こちらに一礼する。

(ラムにソーダか……個人情報は大丈夫なのか?)

 なぜか、プライバシーの心配をしてしまった。


 この人も普段から配信で良くコメントをしている古参勢だが、ボクシングをしていると言う情報を聞いていなかった。


 すると、彼は苦笑しながら「いえ、私は練習生です。趣味でボクシングをしているだけなので」とやんわり否定した。


 そして、ヒッタと事務職らしき人達はと言うと、大きな鍋を用意していた。


 IHコンロの類だが、周囲は囲いでしっかり固定されていて、これなら途中で鍋が落ちる事もないだろう。


「第二部は昼食を頂きながらになるので、みんなで囲んで雑談しましょう」

(本当に俺と日本人との親交を深める為にやってくれてるんだな)


 帰国したら、改めてお礼を言っておこう。


 着々と準備が進み、20分ほどで磁石でつくタイプの鍋が過熱された。


 ここでヒッタから俺を含めて、みんな集まるように指示され、俺達は鍋の正面に居るヒッタを中心に横並びになって配信待機となる。


 第二部では、ヒッタが使うカメラは浮遊するタイプの遠隔操作仕様だ。


 据え置き型を使うかどうかは配信に映る人が動くかどうかで決めていて、今回は色々動くからだろうと、こちらを用意したらしい。


 ガク・スミサカがKO負けを喫する瞬間も、このカメラがしっかりと撮影している為、知らないカメラではない。


 そして、12時半となり、配信が開始する。


「こんにちは、ヒッターちゃんねるにようこそ。第二部は闘拳ジムで昼食をとろうと言う事になり、今はみんなで鍋を囲んでいる状態です」


 浮遊しているカメラが横並びになっている人達を左右に角度を変えながら映していった。


「今日はざっと10人ほどです。見えない場所で待機しているスタッフも居る為、もう数人居ますが、飽くまで今日はラッシュ・フェアマン選手との交流を深める場なので、何も問題はありません」


 ここからは横並びに映っていた人が一人ずつ紹介して行く。


 俺やマツケーさんなどは紹介が終わって省略したが、全員の紹介が終わると後はひたすら鍋を突いて雑談するだけの配信になった。


 時間は一時間ほどで終了となり、本当にただ喋っているだけの配信になった。


 違う動きをしていたのはヒッタだけであり、これは進行を滞りなくすると言う理由だけである。


 配信が終わって、みんなで「お疲れ様」と言った後、ヒッタに連絡が入った。


「はい、壱会必太です。はい、はい。そうですか……すぐにラッシュさんに伝えます」


 俺に対する用事でなぜ、彼に連絡が行くのかが不明だが、すぐに相手が判明する。


「ラッシュさん、今あなたのジムから連絡が入って、出場禁止措置が解除されたようです」

(どうして、大事な連絡がヒッタに入るんだろうか)


 その事実に謎を抱いていると

「実はあちらのジムの関係者とも既に何度も連絡していて、マネージャーとも親交があるんですよ」


 聞いた内容がさらに謎だった。

どうして、ジムを管理している人と交流があるのか不明だが、これで今後は試合を組まれる事になる。


 ただ、問題と言えば月一で試合が組まれるハードスケジュールになる事である。


「それと、帰りのチケットはビジネスクラスでジム側が手配したようなので、ラッシュさんのスマホに搭乗券が送信されたらしいです。確認をお願いします」


 俺は彼の指示通りに確認すると、帰国便は4月4日午後5時発の母国時間で同日午後2時35分となっていた。行きと同じサンフランシスコで乗り継ぎの便である。


 チケットを確認したので、ヒッタに伝えると

「もう、ここの近くで車を待機させていますので、車の中で寝始めてください。家に着いたら改めて寝てもらいますので」


 そして、このやり取りには場に居合わせた人達も


「良かったですね。時差ボケを直すのは大変でしょうけど、帰国したら練習頑張ってください」

「試合があれば、ネット配信ですけど応援します」


 ヒッタの計画していた日本人との交流計画に一瞬だけ、彼がニヤりとしていたのを確認した。


「ありがとうございます。今から寝て帰国に備えます。皆様もどうか、お元気で」


 俺はジムの人達に別れの挨拶をしてから、行きと同じ運転手の車でヒッタの住居に帰る事にした。


 車中では時差ボケ修正の為、すぐに寝る事にした。


 行きと同じ2時間ほどで駐車場に着き、ヒッタに起こされてから就寝部屋に入る。


 そこから改めて寝る事になり、次に目を覚ますと、時刻はAM0:00を示していた。


 こんな時間にも関わらず、ヒッタは朝と変わらない声掛けをする。

「おはようございます。本来は日付が変わったタイミングですが、現地時間なら午前8時なので丁度いい起床時間です」


 時差ボケと言う物はいつの時代も大変な物だ。

しかし、このまま帰国便までは暇で仕方がない。


 俺は夜にやる事が無く、時間潰しに悩んでいると

「飛行機に乗るまでの時間潰しなら、既に予定を組んでいます。食事もまず観光場所で済ませましょう」


 そう言って彼は俺を連れて、先ほどの駐車場まで連れて行った。


 すると、駐車場には就寝前と同じ車種の車が停車していたが

「お待たせしました。日中に対応した者は今は就寝中なので私が対応させて頂きます」


 車から出て、一礼したのは若い男性だった。髪型自体は先ほどの運転手と同じで変わり映えしない物だったが……。


「まあ、さすがに深夜の運転となると若い人が担当しないとやっていけないですから」


 本当に俺の為に色々と配慮してくれるのはありがたい限りだ。


 俺も礼をしてから、彼に「よろしくお願いします」と言って、ヒッタと共に車に乗る。


 ここからは空港に行くまで、束の間の観光と言った様子で、最初に着いたのはラーメン屋。

(ここで体に悪そうな物を提供するのか……さすがはヒッタ・イチエだ)


 ヒッターちゃんねるを見ている人達にとって、配信主の彼は体に悪い食べ物を食べる事が代名詞となっている。


 そして、今の俺はヘビー級に挑戦する事もあり、ウェイトの下限を気にしなくてもいいのでありがたく頂いた。


 ラーメン自体は海鮮風の塩味で、体に優しかった。


 20分で食べ終え、次に行ったのは近くに水辺のある室内温泉施設だった。


 ここでは24時間営業らしく、疲れを取るのには丁度いいとの事で、シャワーに慣れた俺は温泉を初体験した。

(確かに……これは疲れが取れそうだな)


 たまに利用するには十分効果的だが、やはり俺はシャワーに慣れており、たまのご褒美程度でいいと思った。


 ここで一時間ほど消費し、次に行ったのがなぜかバッティングセンター。


 俺は時差ボケの件がある為、ただ眺めるだけにしたが、ヒッタと視聴者の一人である彼の知り合いが、ひたすらピッチングマシン相手にバットを振っていた。


 結果は視聴者が完全勝利だった。


 終わってから話を聞くと、ヒッタはベースボールに関しては完全に素人のそれで、単純にストレス解消だけでやっているとの事だった。


 相手となった視聴者は学生時代、野球部で全国大会に行っており、ベースボールには少々自身があったようだ。結果は見るまでもないと言った感じである。


 午前4時ほどで閉店時間となる為、そのタイミングでバッティングセンターを出て、やっと早朝となる。


 次の目的地に行くまでに10分弱車で行ったところに市場があったが、口頭による説明で終わる。


 店によっては午前5時から開いていると言う事だが、駐車場の問題もあるらしく、ゆっくりするのには向いてないと言う事だった。


 駐車場がある場所の近くに小さな店があり、そこで朝食を摂る事にした。


 入ったのは食堂と言われる場所で、一般人が食事をするようなご飯や野菜やハンバーグなど、至って日本人にとっては普通のメニューが並んでいた。


 ここで食べたのは魚の塩焼き、ほうれん草、豆腐とある程度考えた食事を摂って店を去った。


 次に向かったのは観光地ともなっている商店街の一つだ。


 まあ、ここは本当に時間つぶしにしか使えない程度で、立派な門は街の顔ともなっているが俺には特段、気にするほどでもなかった。


 しかし、利用できる施設もない為、ある程度時間を潰してから、次の目的地に向かった。


 次は各地の公園に行ったりして、ひたすら時間を潰した。


 正午になって昼食を摂り、ここで一気に眠気が襲った。


 それもそのはず、ここで現地時間は午後8時となり、ヒッタが途中で気づいて

「あと5時間で飛行機が出るので、そこまで我慢してください」


 ここからはリラックスできそうな施設で、マッサージチェアに座って時間を潰していたが、何をやっているのか特に覚えていなかった。


 意識が朦朧とする中で、空港に着いた。


 ヒッタは空港内の職員に対して俺の代わりに出来るだけ、手続きなどの処理を行い、何とか飛行機に乗れた。


 最後の力を振り絞って、座席について何とかシートベルトを付けると、そこで眠り込んでしまった。


 俺が次に目を覚ました時は、ちょうど飛行機が停車していて、窓を見ると見慣れた光景が広がっていた。


(なんとか、帰国できたか……いや、まだサンフランシスコだな)


 まだ、ラスベガスへ行く為の乗り継ぎが終わっていない。


 俺は入国審査をしてから、ラスベガスの乗り継ぎをする。


 そして2時間後、ラスベガスに着いてから飛行機を降り、数日ぶりのアメリカの地へと大地を踏みしめる。


 ここからは所定の駐車場にジムのマネージャーが待機して送迎してくれて、束の間の日本旅行が終わりを告げた。


 今回の日本旅行はとても有意義な物だった。


 ヒッタ・イチエの手引きによる物がほとんどだが、日本人の対面での知り合いが多くできた。


 そして、俺は彼の配信に合計3回出て、視聴者からも高評価を得られた。

最初の配信で赤い投げ銭が200万を超えた時は驚いた。


 さらに投げ銭が来たのだが、配信が終わるとヒッタが出してくれたチケット代とほぼ同額となり、俺の為に視聴者全員で出し合ってくれた事を考えるとありがたい限りだ。


 かくして、ヒッタ・イチエを筆頭として、日本人との出会いの数々が俺にとっての第二の故郷と呼べる物になった。


 この時点では、それは俺の勘違いかと、どこかで思っていた。


 それから一ヶ月後にヘビー級のノンタイトル戦が実施されたが、見事に1ラウンドKOで勝利を収めた。


 以降は日本人のファンが以前よりも明らかに増え、日本人と対戦する時もなぜか相手の日本人選手よりも多くの人達に応援される始末となり、ここで初めて本当の第二の故郷と呼べるのではないかと思った。


 そして、帰国してから一年後にヘビー級の世界王者となるが、それはまた別の話となる為、ここでは割愛する。



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