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母の家計簿には、毎月ぼくの名前があった

掲載日:2026/10/01

 母の部屋は、思っていたより片付いていた。


 団地の三階、二K。台所の流しには洗った湯呑みが一つ伏せてあって、カレンダーは先月のまま止まっていた。母は几帳面な人だった。死ぬ日の朝まで、きっとそうだったのだろう。


「押し入れ、あたしもう見たから。あとは兄さんの好きにして」


 妹の和美が、ゴミ袋の束を床に置いて言った。


 声に、棘があった。当然だと思う。母が倒れてからの三年、通院の付き添いも、入院の手続きも、最期の夜の病室も、全部和美がやった。ぼくは葬式に来て、喪主の挨拶を読んだだけだ。


 その挨拶の原稿も、和美が書いた。


   *


 ぼくが母と口をきかなくなったのは、二十歳のときだ。


 父が出ていったあと、母は再婚しようとした。相手の男は酒を飲むと声が大きくなる人で、ある晩、まだ中学生だった和美の腕をつかんだ。ぼくは男を突き飛ばして、殴り返された。


 母は、ぼくに言った。


「謝りなさい、慎吾。あんたが先に手を出したんだから」


 口の端から血が出ていた。母は男の背中をさすっていた。


 半年後、母はその男と別れた。けれど、あの晩のことを、ぼくに一度も謝らなかった。ぼくも訊かなかった。家を出て、働いて、自分の金で夜間の学校を出た。


 家を出た最初の月、母から現金書留が届いた。


 三万円と、便箋が一枚。


『ごはん、ちゃんと食べなさい』


 ぼくは封も切り直さずに、そのまま送り返した。表に、マジックで「要らない」と書いて。


 それきり、二十四年。


 年賀状も、電話もなかった。ぼくが結婚したことも、母は和美から聞いたはずだ。


   *


 押し入れの下の段に、段ボール箱が一つあった。


 ガムテープに、母の字で「家計簿」と書いてある。開けると、市販の家計簿が二十冊以上、年ごとに輪ゴムで束ねて入っていた。


 母らしいと思った。一円単位で、毎日つけていたのだろう。


 いちばん古い一冊を取り出した。


 ぼくが家を出た年のものだった。


 ぱらぱらとめくって、四月のページで手が止まった。


 食費、光熱費、日用品。母の細い字が並んでいる。その下の、「その他」の欄に、こう書いてあった。


慎吾へ 30,000 送った


 次のページ。五月。


慎吾へ 30,000 送らず

返された。もう送らない。でも書く。


 ページをめくる指が、うまく動かなかった。


 六月のページを開いた。


慎吾へ 30,000 送らず


 七月。


慎吾へ 30,000 送らず


 八月も、九月も、十月も。


 ぼくは段ボールの中の家計簿を、全部床に出した。年ごとに一冊ずつ開いて、どのページにも同じ行があるのを確かめた。


慎吾へ 30,000 送らず


 二十一年分。


 最後の家計簿は、母が倒れる前の月で終わっていた。字が、少し震えていた。それでも、その行はあった。


   *


「何それ」


 和美が、台所から顔を出した。


 ぼくは黙って、家計簿を一冊差し出した。和美はページを見て、眉を寄せて、それから大きく息を吐いた。


「……やっぱりね」


「知ってたのか」


「知らないよ。でも、あったよ、これ」


 和美はエプロンのポケットから、通帳を一冊出して、ぼくの膝の上に放った。


 ぼくの名義だった。


 表紙は日に焼けていた。開くと、毎月同じ日付に、三万円ずつ入金されていた。最初の入金は、ぼくが現金書留を送り返した翌月。最後の入金は、三年前。


 残高は、七百五十六万円。


 家計簿の、三万円かける二百五十二か月と、同じ数字だった。


「押し入れの、家計簿の箱の下にあった。兄さん宛ての遺言はないけど、名義が兄さんだから、兄さんのものだよ」


 和美の声は、平らだった。


「あたしには、通帳なんてなかったけどね」


   *


 和美は、母の介護のために仕事を辞めていた。


 三年間。その間の収入は、パートの数万円だけだったと、葬式のあとで義弟から聞いた。和美本人は、何も言わなかった。


 その和美の前で、ぼくは、七百五十六万円の通帳を膝に乗せていた。


「……要らない」


 口から出たのは、二十四年前と同じ言葉だった。


「母さんの金だ。和美が受け取れ。介護してたのは和美だろう」


「あたしの名前じゃない」


「名義なんか、どうにでもなる」


「ならないよ」


 和美は、ぼくの前にしゃがみこんだ。母に似た目で、ぼくを見た。


「兄さん、また送り返すの? 今度は誰に? 母さん、もういないんだよ」


 ぼくは、何も言えなかった。


「母さんね、病院でも言ってた。慎吾は意地っ張りだから、受け取らないだろうねって。でも書くのはあたしの勝手だからって。笑ってた」


 和美は立ち上がって、台所に戻った。


 流しの水の音がした。


   *


 ぼくは、家計簿をもう一度開いた。


 今度は、「その他」の欄ではなく、全部の欄を読んだ。


 母は、贅沢をしない人だった。二十一年分のどの月にも、外食はほとんどなかった。服は年に一枚か二枚。化粧品は、同じ品番を同じ値段で、半年に一度。


 その中で、ひとつだけ、繰り返し出てくる品目があった。


ホットケーキミックス 198 贅沢


 「贅沢」と、わざわざ書いてある。


 年に一度か、二度。日付を見ると、どれも五月の、同じ週だった。


 ぼくの誕生日の週だった。


 子どものころ、誕生日の朝は、ホットケーキだった。父がいたころも、いなくなってからも。母は朝早く起きて、焦げないように弱火で、何枚も何枚も焼いた。ぼくが三枚食べると、母は「贅沢な子」と笑った。


 母は、ひとりで焼いていたのだ。二十一年間、毎年。


 食べる人のいない台所で。


   *


 あの晩、母はぼくに謝らなかった。その代わりに、二十一年間、送らない三万円を書き続けた。


 謝り方を知らない人の、それが謝り方だったのかもしれない。ぼくは、受け取り方を知らなかった。


   *


 ぼくは、最後の家計簿を開いた。


 母が倒れる前の月。「慎吾へ 30,000 送らず」の行の、その下が、空いていた。


 鞄からボールペンを出した。


 母の細い字の下に、ぼくの、癖のある字で書いた。


慎吾 受け取りました。


 それから、通帳を閉じて、台所へ持っていった。


「和美」


 妹は、振り返らなかった。


「これ、母さんの介護費の精算だ。三年分。兄さんが払うべきだった分。受け取ってくれ」


「……兄さんのお金でしょ」


「そうだ。だから、ぼくが払う。母さんからもらったぼくの金で、ぼくが和美に払う。それなら、母さんの書いたとおりになる」


 和美の背中が、少し震えた。


「屁理屈」


「母さんの子だからな」


 和美は、ようやく振り返った。泣いてはいなかった。怒ってもいなかった。ただ、少し疲れた顔で、笑っていた。


「全額は受け取らない。半分。残りは、兄さんが持ってて」


「……分かった」


「それとね」


 和美は、流しの下の戸棚を開けた。


 ホットケーキミックスの箱が、一つ入っていた。賞味期限は、まだ先だった。


「今年の五月も、あたしに買ってこさせたの。病院のベッドから。焼けなかったけど」


   *


 母の台所で、ホットケーキを焼いた。


 フライパンは、母が使っていた鉄のものだった。ぼくは火加減が分からなくて、最初の一枚を焦がした。和美が笑って、弱火にした。


「母さん、いつも弱火だったでしょ」


「覚えてる」


「覚えてるなら焦がさないでよ」


 二枚目は、きれいに焼けた。


 換気扇の音だけが、台所に低く続いていた。窓の外で、団地の向こうの空が薄い橙色になっていた。


 和美が、皿を二枚並べた。


 母の湯呑みを、もう一つ並べた。


「贅沢な子」


 和美が、母の口真似で言った。


 ぼくは、ホットケーキを三枚食べた。

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