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大浴場を出てギルドで腹ごしらえした。
その後、エメラルダさんにコロシアムへ案内してもらった。
巨大な円形闘技場の真ん中では、無惨に血を散らす剣闘士が斬りつけ合っている。
肉がきれて血が飛び散るたびに、地鳴りするほどの絶叫が飛び交った。
エメラルダさんは言った。
「これが王都だよ」
哀しんでいるように思えた。
紫の肩にはアヒルのルビーが座っている。
剣闘士たちは疲れと悲壮感を表情に浮かべている。
互いに汗と血にまみれ、傷だらけで、息を切らしている。
一方が客席に余所見をした。その瞬間、一方が素早く斬りかかる。
首が斬り落とされ、また大量の血が飛び散った。
客席から絶叫が飛び交う中、どこかやるせない表情で剣闘士は両腕を掲げる。地鳴りが起きた。
両手から盾と剣が崩れるように落ちると、「――勝者、ミルコ!」とアナウンスが流れた。
「応援も野次も暴言も、中傷も、ここでは同じ絶叫さ。愉悦であれ哀しみであれ、不快感であれ、客が何を思い何を表情に浮かべようが、フィールドに立つ者には関係がない」
エメラルダさんはカバの手を合わせ、軽く目を瞑った。
「ゆっくり見るといいさ。ショーはしばらく続くからね」
そう言い残し、会場を去っていった。
担架に運ばれていく死体を横目に、そのまま俺も会場を出ようとした。
その時だった。
――「続いての対戦者をご紹介しましょう、リナリー・ウェストウッド!」
「え、リナリー!?」
いや、まさかな……同名の別人だろ。
――「わずか21歳の若さで宮廷魔導師見習いの座を勝ち取り、大人の事情で惜しくも本コロシアムへ左遷されてしまった後戻りできぬ不遇な少女! ではご鑑賞ください、この若さほとばしる美貌を!」
欄干に前のめりになりながら、俺はフィールド隅の入り口へ目を細めた。
「マジかよ……」
奴隷が着るような薄手のシャツに、上半身のみが隠れるくらいの鎧を身に着けている。
魔術師なのに、右側の門から出てきた剣闘士と同じ盾と剣を持っている。
だがまるで質が違う。
相手の方は全身に鎧をフル装備しているし、盾も剣も立派だ。
それに体格はごっつくて、岩みたいな男だ。
それは紛れもなくリナリーだった。
「こんなもん、死ねって言ってるようなもんだろ。左遷って……」
リナリー、お前いったい何したんだよ……。
――「それでは試合開始!」
俺は客席横の階段を駆け下りた。
一番前の欄干から身を乗り出す。
ニヤついた面がゆっくりとリナリーに近づいていく。
まるでこれから殺すことを楽しみにしているみたいに。
リナリーは表情を引き攣らせ、怯えながら魔術を唱えた。
「――【フレアボルト】!」
流石はリナリーだ。
中級魔術の半歩上をいく【フレアボルト】を、あんなに簡単に使えるなんて。
俺はその一つ下の【フレア】すら使えなかった。
何故だか俺が詠唱しても何も起こらず、毎回スズメのさえずりが聞こえるほどに場は呆れて静かになったもんだ。
懐かしーなー……。
「ってそんなこと思い出している場合じゃない」
相手はリナリーの魔術を盾で防いだ。
複数放つも、魔法でもかけられているのか盾を前にすべて消滅してしまう。
男はニヤニヤと近づいていく。
「――この少女の血が見たいかぁああ!」
男は急に会場を煽った。
応えるように客席から絶叫が飛び地鳴りが始まる。
「――こいつの肉を裂かれ、泣き叫ぶ姿が見たいか!」
――スタンディングオベーション。
観客らは興奮し、「やれえ!」「斬っちまえ!」「焦らすなよ!」と目ん玉むき出しに叫ぶ。
エメラルダさんの言葉が頭の中で木霊した――「これが王都よ」
「――よっしゃあ! そんじゃお前らの伸びやかさを称え、このデスマルト、女を斬り殺した暁には、燻製にしてお前らに振る舞ってやろう!」
何を言っているのかさっぱり分からなかったが、クソ野郎だということは分かった。
ついでに客席にいるこいつらもクソだ。
マジで死んだ方が世のためだろう。
「うおらぁあ!――」
デスマルトは盾をリナリーに叩きつけた。
するとリナリーが体に纏っていた――おそらく体を守る感じの魔術だと思うが。俺はその域に達っしておらず分からん――オーラがガラスのようにパリンと割れた。
リナリーは強打され吹っ飛ぶ。
「きゃあー!」
「闘技場で可愛い悲鳴なんか出してんじゃねえ!」
――『【致命眼】を発動しました』
男の頭に黒い火が灯っている。
いや、分かってんだよそんなことは。
そこが急所だってことくらい、この眼がなくったて分かる。
俺が今ここで魔術を放てば、邪魔するなと会場中が一瞬のうちに敵になり、俺は俺でそいつらを相手しなくちゃならなくなる。
分かり切ったことだ。
リナリーを助けるどころの話じゃなくなり、助けられなくなる。
「ぐっ!」
するとブラッディーウルフを前にした時の同じ痛みが眼に走った。
「熱っ……」
眼が焼けるように熱い。
そして今回も同じように、眼から火が飛びした。
全く同じように、それは俺の額に入る。
――『ファイアボルト、状態【木精の神秘】を習得しました』
「なんだそれ?」
――『木精とはメタノールのことです。メタノールにより火が青くなり、視認しづらくなります。明るい環境ではより透明となるでしょう。火力は弱まりますが、いずれにしろヘッドショット確定により致死率100パーセントを実現しますので影響はありません』
「いける……あ、けど魔法陣が」
魔法陣を出した時点で同じことだ。
周囲の衛兵の相手をしなくちゃいけなくなる。
――『詠唱とは魔法陣を描く意であり、魔術は魔法陣より現象します。従って魔法陣と魔術的現象は同一のものであり、【木精の神秘】発動後は魔法陣も同じく視認しづらいものとなります』
「って、ことは……よく分からんが、つまり魔法陣も透明になるってことか。え、てか俺、いま天の声と会話してた?……いや、今はそんな場合じゃない」
次にリナリーが魔術を使ったら撃つぞ。
――『健闘を祈ります』
なんか天の子が急に話しかけるようになった。
とその時、リナリーが詠唱した。
「【フレアボルト】!」
俺はすかさず、そっと小声で詠唱した。
「【ファイアボルト】……」
これは俺にだけ見えているということなのか。
目の前に半透明の魔法陣が現れ、青い火が放たれた。
会場には天井がない。
そして今日は晴天だ。会場内はかなり明るい。
そのせいもあり、火はほぼ完全に透明となった。
リナリーの放った火が、またしてもデスマルトの盾に防がれた。
ガラスが割れるように火がパリンと飛び散る。
その瞬間、見えない青い火が客席より飛び出す。
デスマルトへ接近し、盾を通り過ぎ太い二の腕を駆け上がる。
「――んあっ!?」
デスマルトが間抜けな声を発したとき、火球は奴の頭をぶち抜いていた。
「ヘッドショット完了……」
白目を向きながら仰向けに傾き、額の穴から初等部生の小便みたいな血が飛んでいる。
デスマルトは倒れた。
会場は一瞬にして静まり返った。
何が起こったのか分からないようで、「何だ?」「どういうことだ?」などの言葉が聞こえる。
リナリーは目を丸くして、絶命する奴を見下ろした。
――「勝者、リナリー・ウェストウッド!」




