26
ユリちゃんが手慣れた上級魔術でゾンビを拘束する。
「先生!」
「任せとけ」
そこにマサオが女神パワーで治療を施そうとした。
すかさずカミキリさんが刀でとどめを刺す。
「カミキリさん!」
ユリちゃんが憤りみせながら怒った。
そんなことが回廊を走り続けている間、さっきからずっと続いていた。
老人の名はカミキリと言った。
ムウではないらしいが催眠の類ならそうでなくとも容易いじゃろうということらしい。
ゾンビでもリビングデッドでも好きに呼べばいいが自分は気に食わない。あれは奴らのカモフラージュだと言って詳しいことは話さない。
だから生かしても利用されるだけで無駄なのだと。
長い回廊には不気味な静けさが続いていた。
「カミキリ殿、いい加減教えてくれてもいいのではないか?」
ロードリーさんがうんざりしながら言う。
「よそ者に話すようなことではない。第一、己らにこれがどうにかできるとは思えん」
「あなたならできると?」
「事態を知らぬお主らが論外なのじゃ。まだ奴が蘇ったと決まった訳ではない。なにごともなければすぐに封印の補修作業にはいる。それで事が終わるようなら、この遺跡は遺跡としてあればそれでええ。ただの冒険者が首をはさむ必要はない」
しばらくして回廊の最奥へ辿り着いた。
そこにはセロリン王城の謁見の間のように広々とした空間があり、奥に台座が設けられていた。
「あれが封印の祭壇じゃ。昔はギドラ人が管理しておった。封印式自体も彼らのものじゃ」
脈が早くなった。
またギドラ人……。
まるで自分のことを言われているようだ。
お前はギドラ人だ……私にも半分ギドラの血が入っている……。
何度その言葉を耳にしたか。
カミキリさんと目があった。
俺は思わず目を逸らした。
今のはなんだったのか。まるで人を疑うような目だった。
「カミキリさん、あなたがここでおこなった殺人については女神大聖堂ならびに国へ報告する必要があります。用が済んだらご同行願いますよ」
「儂がお主らに願うことは何もない。お主を見て聖堂が機能しておらぬことは既に理解しておる。平和が欲しくば儂に従え。回廊では大目に見たがここでおかしなことをすれば殺すぞ」
ユリちゃんは怒りを押し殺し黙った。
だがカミキリさんの腕は確かだ。ゾンビを仕留める際の動きには無駄がない。
初めから急所も知っていたようだし、口ぶりからして俺たちよりもゾンビに詳しいことは聞くまでもない。
俺やロードリーさんやパールさんが、ここまで何もせずにいられたのはカミキリさんがいたからだ。
祭壇の前まで来るとカミキリさんは距離を保ち、触れずに物色した。
祭壇には花や銀食器が置かれている。
正面に壁に物理的な魔法陣らしきものが描かれていた。
黒い線で一、二、三……八重の円が描かれており、円の外四カ所にもそれぞれ四重の魔法陣があった。
各魔方陣は中心から線が引かれて各中心へと結ばれている。
それで鋭角な砂時計のような絵になっていた。すべての交差点には壁に蝋燭が埋め込まれ火が灯っている。
カミキリさんは祭壇の前を行ったり来たりして魔法陣を確認していた。
「魔法陣ですか」
俺は興味本位で訊ねた。
「ギドラの封印魔術じゃ。壊れておるのか健在なのか……」
なぜだかカミキリさんの表情から血の気が引いていた。
視線は俺たちの後方を見ている。
振り返ると、初めからそうであったかのように回廊への入り口が消え、他と同じ真っ白な壁となっていた。
薄暗く部屋の隅まで見えない。何が起こったのか。三人の松明と蝋燭の灯りが頼りだ。
「これは一体……」とユリちゃん。
「閉まってもうとるやないか!?」
パールさんが強張った表情で「入口が……」とロードリーさんの袖をつかむ。
「パール、警戒しろ」
俺は【致命眼】を発動し室内を見渡した。
「それは、【致命眼】か……」
カミキリさんが驚愕する。
まただ。この人も同じか。
そして二言目には……。
「お主、ギドラ人か?」
カミキリさんは震えるほどに驚いていた。
それから「何が見える」と恐る恐るといったように訊ねた。
意味が分からず聞き返すと、壁の魔法陣を見ろと急かされた。もう一度何が見えるかと聞かれた。
5つの円からなる砂時計の魔法陣には、部分的に黒い火が灯っていた。
だがそれをこの人に行って理解できるはずもない。
そう思ったところ……。
「黒い火が見えるか?」
驚いた。
まさかそこまで分かるとは。
「いくつか灯っていますけど……」
その前にすべき会話があった。
なぜカミキリさんはこの目のことを知っているのか。
そろそろギドラ人についても知っておく必要がある。それは何で、俺は誰なのかということを。
もちろん俺はケイデンスのシンクだが、それ以前は知らない。
「似ているとは思っておった。だがまさか生きていたとは……シンク」
オルギエルドさんや赤狼の女王と同じだ。
この人も俺を知っている。
俺は「あなたは誰ですか?」と正直に呟いていた。
「儂はお主の父親を知っておる。お主にも何度か会ったことがある。それだけじゃ」
ふと周囲で一つ足りなくなっているものがあることに気付く。
恐怖でべらべらとやかましかったマサオがいない。
「女神がいない」
俺の言葉に反応し、それぞれが辺りを窺った。
だがいつのまにいなくなったのか、どこへいったのかマサオの姿は見当たらない。
ロードリーさんの緊迫した声が聞こえた。
「上だ!」
俺たちは一斉に天井を見上げた。
人が蜘蛛のようにへばりついていた。首を傾げ、高をくくったように嫌な笑みを浮かべ、誰かが見下ろしていた。
カミキリさんが溜息をもらすように言った。
「遅かったか……」
天井から降って来たそれは見事に広間に着地した。
顔を上げた男の肌は蒼白で、瞳には白目が無かった。ヘドロのようにどす黒い。
足元には首を噛まれたマサオの姿があった。
魚のようにぱっちり目が開いているが動かない。死んだのだと思った。
カミキリさんは男を「オクムラ」と呼んだ。
オクムラは剣を構えるカミキリさんへ無表情に言った。
「その構え、立ち、殺気、雰囲気からして……腐浮き印飼いの者か」
「オクムラ。まさか目を覚ましておったとは」
細見でありながら筋肉質ながっちりとした体形に佇まい。貫禄を感じる。
オルギエルドさんと対峙した時の感じた殺気。それ以上の危ない気を感じる。
「その名で呼ばれるのは久しい。お前らがこんなところに閉じ込めるから外の空気も吸えない。陽が差さないからかどれだけの時間ここにいたのかも分からない。ギドラはどこだ? 今度こそ皆殺しにしてやる」
「一足遅かったな。ギドラはとっくに滅びたぞ」
「なんだと」
「赤い目は病魔人を連想させる。もっとも真の病魔人は赤い目などしていないがな、お主のように黒く薄汚い目をしておる」
「ギドラの王もな。まさか、あいつまで死んだのか?」
カミキリさんが黙ると、オクムラは笑った。
「なんということだ。もはや俺を止める者などいないということだ、そうだろ?」
「儂が止める」
「無理だ。この世で俺たちに対抗できるのはギドラ以外にない。愚かな人間どもだ。自分たちが守られていたことにすら気付かず、ギドラを滅ぼすとは……だがみすみす滅ぼされるとは、よほど人間に絶望したか。でなければあいつが負けるはずがない」
「ギドラ王は自決したそうじゃ」
「だろうとも」
呆気なく死んだマサオを見て、ユリちゃんは口を押さえショックを浮かべていた。
ロードリーさんが杖を構え周囲へ警戒するようパールさんへ促す。
だが何を血迷ったのかパールさんは詠唱した。
「【ライトニングレイン】!」
まるで恐怖をかき消すような必死の声だった。
降り注ぐ無数の電撃に対しオクムラの片手が残像を残し高速に動いた。オクムラは電撃のすべてを素手で受け止め防いだ。
あくびをしながら「小石以下だ」と言い放った。
パールさんは尻餅をついた。表情は震え怯えきっている。
よく見るとロードリーさんがすごい汗をかいている。どういことだ。
一瞬の間にカミキリさんとオクムラが剣を合わせていた。
剣が合わさった際の衝撃波と金属音が広間に響く。
ユリちゃんは足をがくがくと震わせながら言った。
「こんな化け物が遺跡に……」
完全に取り乱しているように思えた。
ロードリーさんが「ここから脱出するぞ」と言った。俺が何を言っているのかと問うと、俺たちではあんな化け物には勝てないのだという。
「でも入り口が」とパールさん。
「私が魔術で壁を破壊する」
三人共、逃げることしか考えていない。
「いやいや、カミキリさんが戦ってるんですよ? 一緒に戦いましょうよ」
「バカをいえ、シンク、正気か? あれの強さが分からないお前じゃないはずだ」
「そうですよシンクさん、あんな魔力感じたことがありません」
魔力……。
それならオルギエルドさんよりも多いくらいだ。
俺が「大袈裟ですよ」というと二人は真面目に、キレ気味に逃げるべきだと訴えてきた。
カミキリさんが俺の名を呼んだ。
「シンク、魔法陣を撃つのじゃ」
「はい?」
「見えるのじゃろ? ならば迷わず撃て、それでオクムラの力が弱まる」
もう一度【致命眼】を現した魔法陣を見る。
するとオクムラが言った。
「ギドラ人だと?」
もういいわ、それ。
「なんだ生きているじゃないか!」
俺は速やかに詠唱した。
「――【ファイアボルト】!」
――形態【線香花火】。
火種が飛び出し、火種から無数の小さな火花が散った。それは壁の魔法陣に灯る黒い火すべてに向かう。
命中した直後、オクムラの叫び声が響いた。
「な、なにが滅びただ……いるじゃないか、そこに!」
苦しそうにふらふらと立つオクムラは、胸が痛むのか押さえながら、感激するような表情で俺を見た。
カミキリさんは剣を構え、すかさず彼の胸に突き刺した。
だが目の前には誰もいなかった。
すぐに周囲や天井を見渡すが、オクムラの姿はない。
声が反響した。
「ここから出られないと思っているだろう? ん、どうだ……違うぞ。お前たちは遅すぎたのだ。本当はあいつを待っていた。あいつが来るまでは大っぴらには姿を現すものかと思っていた。だが気が変わった。爺とギドラの小僧の二匹。それでいい」
声は止んだ。
回廊途中から始まり、この広間に至るまでにあった張り詰めた空気が消えていた。
カミキリさんが「いかん」と言った。
「いますぐここを出るぞ」
焦っているように見えた。
今すぐに脱出しなければいけない理由でもあるような気がした。
だが入り口だった場所は今も壁で塞がれている。
そこでいつものように目が痛んだ。熱くなると火の玉が現れ、それは俺の額に入ってきた。
――『ファイアボルト、形態【超加重火力砲弾】を習得しました』
目を丸くして凝視し「隔世経験か」とカミキリさんはいつかのオルギエルドさんと全く同じことを言う。
俺は入り口方向に魔術を放った。
「【ファイアボルト】!」
俺の身長の二倍はある赤い魔法陣が現れた。いつもよりもデカい。
魔法陣から巨大な鉄球のような火球が放たれた。溶岩のように内側から表面に至るまで燃え盛っている。
それが壁を容易に打ち砕くと、そこにはさきほど回廊が見えていた。
ユリちゃんが絶句するように言った。
「なんという力……本当に【F】ランクですか?」
「【F+】です」
「どちらでも構いません。ファイアボルトと詠唱されていたように思いますが」
「はい、ファイアボルトです」
「そんなはずはありません。あれは初級上位の魔術ですよ? 今のは上級上位にも匹敵するほどでした。ありえません」
「ありえるのじゃ」とカミキリさんが言った。
ユリちゃんが眉に皺を寄せると、カミキリさんは「これこそギドラの力」と言った。
「これがシンクの力じゃ。ギドラ人は魔術の本質を操る。彼らには詠唱など飾りなのじゃ。普通、人は魔術を耳や目で知る。しかしギドラ人は血で知るのじゃ。それが隔世経験。まるで初めから知っていたかのように思い出し、強力な魔術を使うことができる。何百何千年も前のギドラ人たちの記憶が、シンクの中には流れておる」
「聞いたことがあります……その昔、非常に魔法に長けた一族がいたと。人における熟練の魔術師は、彼らにおける少年にすら及ばなかった。そして、彼らは赤い目をしていたと」
ユリちゃんは俺を見た。
だがロードリーさんもパールさんも何のことだか分からないようだった。
カミキリさんはとにかく今は遺跡から出ることが先だと、回廊へ走った。俺たちも後に続く。
話は馬車の中ですると、俺たちは遺跡の外へ向かった。
階段を駆け上がり遺跡の外に出ると、スバラ方面の空が異様に黒かった。
カミキリさんは言った。
「手遅れか……」




