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通常の馬車の10倍はあるだろう馬車は、大通りを堂々と進む。
車体が10倍なら馬も10頭くらいだ。
車内のソファーに座りながら、俺たちは気だるげに窓の外を見つめていた。
ふと溜息が出る。
屋根の上から「救っちゃってもいいかないー?」という鬱陶しい声が聞こえてくるからだ。
民衆からの「救ってくれー!」というレスポンスが街中に響いている。
馬車は現在、パレードの真っただ中にあった。
「あのおっさん、よくやれますよね」
「全くだ、逆に才能を感じる」
「あのカリスマで民衆を騙くらかしているのでしょうか?」
「パール、カリスマと言うのはよせ。あれにカリスマ性などあるものか」
ロードリーさんは認めたくないようだった。
だがその影響力は認めざるを得ない。
天井の向こう側からステップと陽気な声が聞こえてくる。
「この町を救っちゃってもいいかなー!」
まるで方言のように、言葉のイントネーションがぐわんぐわん揺れている。
「救ってくれー!」
「女神様ぁあ―!」
「ミーはユーたちを救ってよいかなー! ホントによいのかなー!」
「救ってくれよ!」
「愛してるわ女神様!」
「ホントにホントに? 病から救ちゃってもホントによいのかなー?」
さっきからずっと同じ言葉が聞こえてくる。
聞いているとこっちがアホになってきそうだ。
奴のしたり顔が目に浮かぶ。
「ロードリーさん私、あの女神を殴りたいです! 殴りたいです!」
「気を付けろパール。影響されて同じ文言を二回言っているぞ」
「むっ!?」
パールさんは口をおさえた。
「奴が思わず殴りたくなるような恰好をしていることは認める。だが本当に殴るのはダメだ」
屋根に上がる前にマサオが「面倒くさいけど仕方ないわな」とか抜かしていたが、声からして絶対楽しんでるだろう。
笑い声も聞こえる。
「お前ら見ろよ、女神様スゲーぞ! 民衆が大通りにこんなに集まってるよ!」
「あんたたち、これは見ないと損よ?」
「ありがとうございます。俺たちはいいので、二人だけで堪能してください」
「おいマドカ、なんだか俺たち凄く名誉な依頼に参加しちゃったな?」
「そ、そうね! 私たち、よく分からないけど今からこの町を救うみたいよ」
「俺たち……救っちゃてもいいのかなー?」
「私たちに救えるかしら?」
「……救えるとして。でも、ホントに救っちゃってよいのかなー?」
「わかんないわよ……え、でも、救ってもいいのかなー?」
ロードリーさんが「あの変態の真似をするのはよしてくれ、気味が悪い」と嫌がった。
二人は完全にマサオの虜だ。
しばらくして外の騒がしさが止み、マサオが部屋に下りてきた。
ソファーへ豪快に座るなり「あー疲れた」とぐったりだ。
助手のユリちゅんが「お疲れ様でした」と汗を拭きドリンクを飲ませている。
マサオは「ユリちゃんのトロピカルフルーツおいちーですわ!」とふざけたように言った。
もう誰もツッコまない。
「大変ですね」と一応労っておいた。
「慣れたもんや。あそうや、馬車はスバラの町を出たで。このまま王都方面に向かって真っすぐ進むから、適当にしといてええで」
「王都に行くつもりなのか?」とロードリーさん。
エリンギン王国にも王都は当然ある。
いずれ行くつもりではある。
「王都やない。目的地はスバラと王都の丁度真ん中にある遺跡や」
「遺跡?」
クレイとマドカが車窓から離れ、ソファーに座っている老人の隣に着いた。
「ここ最近、スバラで病とか呪いが流行っとるやろ。あれの原因やけどな、実は女神大聖堂がちょっと前から総力で探しとったんや。基本的にそれ系は女神大聖堂の管轄やから。国も普通に干渉してくるけど」
パールさんが「それ系?」とマサオのつたない言葉を拾う。
「その原因が遺跡だった訳ですか」
「そういうことや。大した遺跡やあらへん、祭壇みたいなところらしいわ。ただ長年調べとんのに何の祭壇か見当もつかんらしい。そんでギルドや機関が職員派遣したりして定期的に調べたりしとる」
その遺跡から帰ってきた人が病だとか呪いだとかにかかっていたらしい。
調査隊はスバラに限らず王都や他の町からも派遣されていたらしい。エリンギン王国全域で今も感染は広がっているそうだ。
「ところで、それってどんな症状なんですか?」
「いたってシンプルや。――無差別に人を襲い、食らうようになる」
「それって……」
「食われた奴も間もなく感染して同じになる。言葉はおろか意思疎通すらできひん化け物になってしまう。さらに肉体が一度死に至ったんか腐敗しとることが多い。まるで歩く死人や」
歩く死人――。
その言葉を聞いた瞬間、俺たち3人は顔を見合わせた。
「それって王子と同じなんじゃ……」とパールさん。
「うむ。数日前、セロリン王国の王都でも同様の事件が起きた」
「うわ、マジか……そうやったんか。じゃあもう結構広がっとるんやな」
「死人が歩く現象だが、セロリンでは正式に【リビングデッド】という名がつけられた」
「リビングデッドなあ。でも俺のいた世界では、死人が歩いて人間の肉を食べたらそれはもう一つしかない」
「……なんですか?」俺は問う。
マサオはイケメン気取りに顎を撫でて言った。
「――ゾンビや」
〇
「パルテノーーーーン!」
馬車を下りるなり道化師マサオは万歳のポーズで到着を祝した。
「パルテノン神殿みたいやなー!」
「なんですかそれ?」とパールさん。
「俺のいた世界にあったもんや」
クレイが「神の世界の話か?」と言って、マドカが「さあ」と首を傾げた。
「よーし! 馬車は馭者の運ちゃんに任せて、遺跡探索に行っくよー!」
護衛される身であるのに、マサオはユリちゃんを連れいつものスキップで遺跡へと入っていった。
「バカですねー」とパールさん。
「私たちも行こう」
「女神様、待ってくださいよー!」
「ちょっとクレイ、置いてかないでよ!」
残された老人と共にゆっくりと、俺たちも遺跡の中へ入った。
中と言っても遺跡は広くない。
主に神殿一個分くらいのもので、中には広間とも思える祭壇があるだけだった。
「陳腐な場所やなー、文明の利器の欠片もないやん」
「遺跡なんですから、こういうものでしょ」と俺は言った。
「先生、汗をお拭きします」
「ありがとうユリちゃん。ところでそちらのご老人はなんやの? 遺跡の次に気になっとったんやけど」
「おそらくムウでしょう」
ユリちゃん曰くムウは言葉を話さないのだとか。
人と言葉を交わすと能力が落ちるといった伝承があるらしい。
「え、ロードリーさんそうなんですか?」
「この人ムウなんですか?」
「言われてみれば……。夢を操るには何十年と修行を積む必要があるらしく、だからムウには高齢の者が多い。うむ、確かにこのご老人はムウに違いない」
「なんで今まで気づかなかったんですか?」
「こんなところにムウがいるとは普通思わんだろう」
よく分からんがそういうものらしい。
「なんだ爺ちゃんムウだったのか」
「そんなすごいお爺ちゃんだったの? なんで黙ってたのよ」
「だから喋んないんだって」
「あ、そっか」
クレイとマドカは老人へ合掌しお辞儀していた。
「先生、これを見てください」
助手のユリちゃんが緊迫したような声で言った。
「ん、どないしたんや?」
「この教卓の足元を見てください」
「……ん、なんか擦れた痕があるな」
教会にあるような教卓の足元に、擦って移動させたような痕があった。
傷跡に従って教卓を少し移動させようというマサオの提案に従い、俺とクレイとマサオで教卓を押した。
それほど重いものでもないしマサオ一人で動かせただろう。
女神の役に立てたからか清々しい笑顔を見せるクレイ。
「ビンゴやーん?」
「ですね」
「完全になんかあるやん」
「ですね」
教卓の下に地下へと続く階段があった。
「ほな下りるで」
またマサオが先陣を切っていく。
ユリちゃん、クレイ、マドカがすぐに後を追った。
「お先にどうぞ」
俺がそういうと、ムウの老人は会釈して下りて行った。
下から漂う妙な悪臭。
辺りを警戒し俺たちも下りた。
階段の途中で振り返りマサオが言った。
「冒険者のくせに準備悪くない?」
マサオとユリちゃんは松明を手に持っていた。
道具屋で売られている火を使わない雷属性魔法の灯りだ。
風が吹いても消えない。
他は誰一人持っていないと思いきや、ムウの老人も同じものを取り出し点灯した。
「遺跡に行く言うてんのに松明もないってヤバない?」
馬車の中で初めて聞いたのに準備なんかできる訳がない。
パールさんは拳を震わせた。ロードリーさんが優しく押さえる。
「冒険者やなくてムウを募集すれば良かったなユリちゃん」
「これだけあれば足りますよ」
「ユリちゃんは優しいなー。でもな、後ろの魔女っ子と巨乳の子なんか俺を殺るとか言ってたんやで、松明も持ってないのに。どう思う、なあどう思う?」
ここぞとばかりに嫌味の止まないマサオ。
流石のロードリーさんも鼻息を荒くする。今度は「ロードリーさん」とパールさんが優しく肩をぽんぽんと叩いた。
そうこうしているうちに地下の部屋に到着する。
「薄気味悪いところやなー。ただの地下室やと思ったら。見てみ、まだ続いてんで」
「女神様、ここはどのような場所なんでしょか?」とクレイ。
「遺跡やろ? 祭壇あったしなんか祀ってんちゃうの?」
部屋の隅に入り口があった。
部屋を出ると、とんでもなく大きな回廊がまっすぐに続いていた。
天井は王城の回廊ほどに高い。
マサオは「とんでもないなー」と漏らす。
俺たちが始めて見つけたという訳でもないだろう。
何度も派遣されている調査隊は、つまりこの地下遺跡を調査していたのだ。
あの教卓の擦った痕に気付かないはずがない。
わざと隠していたのか、何か閉じ込めたいものがあったのか……。
「ゾンビや!」
マサオの声に俺たちは一斉に振りむいた。
回廊の先にリビングデッド――ゾンビの姿があった。
それはところどころに散らばって徘徊しており、回廊の奥の方まで続いている。
「見て!」とマドカ。「胸元にエリンギン王国の紋章があるわ!」
「多分派遣されたっきり戻ってきてない調査員やろ。ユリちゃん、これどうする?」
「どうするも何も、そのために先生がいるんじゃないですか。太古の時代より女神は病魔を浄化してきたんですよ?」
「って言うけど、あれ患者ってレベルちゃうやろ。皮膚とかでろんでろんやで?」
「女神にはすべての病を癒す力があります、大丈夫です!」
「どっからくねんその自信……ほんじゃあ冒険者諸君、あれ一応みんな患者やから、拘束頼むで」
「――ちょっと待て」
ロードリーさんの声だった。
「あれを拘束するだと……分かっているのか? 少しでも引っかかれたり噛まれたりするだけで感染してしまうんだぞ?」
「仕方がありません」とユリちゃん。「だからこそ依頼難易度もAに設定されていたはずです」
「ゾンビになったら俺が治したるさかい安心せいっ!」と親指を立てるマサオ。
「そういう問題じゃない!」
ロードリーさんは激怒した。
「どういう問題やねん……」
「仕方がありません。やりましょう、ロードリーさん」
「しかし……」
「私の【ライトニングレイン】で拘束できませんかね?」
「パールの魔術はまだ狙いが正確ではない。誤って頭に当たれば死んでしまう」
「じゃあどうすれば……」
「私が拘束魔術でなんとかして――」
「――俺たちに任せろ」
クレイとマドカが二人して前に並んでいた。
「あれはFランクやDランクの手に余る。ここは俺たち――」
「――【B】ランクの出番ね」
言葉だけ聞けば頼もしい。
だが確かエルキンスさんが【B+】だったはずだ。
この二人とエルキンスさんの実力が半歩違い……そんな訳がない。




