19
地面に落ちると土煙に埋もれた。
腹が痛くて声が出せない。
腕が変な方向に曲がっていることに気付く。完全に折れている。
「……【ファイアボルト】」
形態【焚火のぬくもり】でなんとか回復する。
足がも手も体も動くようになり、俺は煙が抜け出した。
すぐに女王と対峙した。
「――何をした!」
女の怒号が平原に響いた。
使用可能な残りの【ファイアボルト】はあと一発。
「何をしたかと聞いている!」
女王の急所を捕捉する。
すると眉間ではなく、おそらく額に灯った。
人間と同じ位置だが狼の仮面のせいで詳しくは分からない。
「その目、まさか……」
「またそのセリフか」
オルギエルドさんと同じ口だろう。そう思った。
それでギドラ人だとかレッテルだとか、意味不明な単語を並べ始めるに違いない。
だが女王の口から飛び出した言葉は違った――。
「そんな……」
俺は黒鞘を抜き【触角】の構えに入る。
これでダメなら最後の一発を撃とう。
「――シンク、なのか?」
――頭が真っ白になった。
「……は?」
「そうなんだろ?……覚えていないか? 私だ、レナトゥーレだ!」
女王が面を取るとそこには銀色の目ではない、エメラルドの目をした赤毛の女が立っていた。
「人間……」
そんなはずはない。
グリムの一人は人間を軽蔑するようなことを言っていた。
だというのに、その長が人間であるはずがない。
だが女王には獣やモンスターの特徴が見当たらず気配も感じなかった。
「レナトゥーレ?」
そう口にした瞬間、何かの映像が脳裏にかすめた。
レナトゥーレという響きに懐かしさを感じた。
俺はいつもよりも正確に【触角】を構えなおした。
剣先を女王に向け睨んだ。
「誰だよお前……なんで俺の名を」
「そうなんだな! シンク、覚えていないか? 私はお前の!」
「――知らん!」
そこで気を取り戻した。
力み過ぎていた剣を緩める。
「危ないところだった……なんという話術、表現力。目から涙まで流して」
懐柔させたスキに殺すつもりだったのだろう。
女とは恐ろしい生き物だ。
ブラッディーウルフの長の座をはってるだけある。
妖艶な魅力が目で見えそうなくらいだ。オーラが体から漏れ出ている。
操られまいと俺はすかさず剣を突き出した。
だが女王は、悲し気な表情を浮かべたまま容易く避ける。
「マジかよ」
「シンク、話を聞いてくれ。私はお前の姉だ!」
「残念だが女王、俺にその手は効かない。何故なら俺には両親がいないからだ。失敗だったな」
「違う、お前はギドラ人だ! ちゃんと親もいる!」
「またそれか……」
【触角】をこれほど連発したこともない。
だがそのすべてがするりとかわされる。
まるでどこを狙っているのか分かるみたいに。
「これじゃあ埒があかない」
おそらく額を狙っていることがバレたのだろう。
俺は一度距離を取った。
そして最後の一発を詠唱する。
「――【ファイアボルト】!」
すぐにブラッディーウルフの討伐に向かおう。
それが済んだら王都の死人どもを殲滅だ。
これだけ貢献したのだから、それなりの報酬はあとで要求するとして――。
「――【蛇水】!」
くねる水の蛇が見えたかと思うと、衝撃波があり、辺りは一瞬にして水蒸気で満ちた。
煙が晴れてくると、そこに二つの赤い点があった。
「目が……」
女王の瞳が赤く光っていた。
まるで【致命眼】のようだ。
「私も半分ギドラの血が入っている。シンク、これはお前のそれと同じ【致命眼】だ」
「俺と同じメリットだと……」
「メリットではない、レッテルだ。思い出せないか?」
「……」
「そうか……」
女王の目が元のエメラルドに戻った。
口笛を鳴らして――「撤退だ!」と女王は号令を出す。
戦場に広がっているブラッディーウルフたちが防壁から遠ざかっていくのが見えた。
「シンク」
「……」
「いつかきっと思い出すだろう。そのときは私を探せ」
女王は上空へ高く飛んだ。
くねる体はみるみる肥大し、それは大きな赤い狼となった。
「シンク、大丈夫か!」
「シンクさん!」
近くで二人の声がした。
冒険者による勝利の歓声が平原に響いている。
女王が逃げていくだとか叫んでいる声が聞こえる。
天を駆ける狼は、遠くの空に消えていく――。
〇
目を覚ますと天井が見えた。
枕元には俺の装備があって、水やパンなどが用意されている。
だれかが看病してくれていたのか。
体が重く、ベッドから出るにも一苦労だった。
装備に着替え、盾と剣を持って部屋を出る。
廊下へ出ると欄干下から賑やかな声が聞こえる。それでここがどこなのか分かった。
ギルドの憩いの場は冒険者たちで溢れていた。
誰もがジョッキを手に笑っている。
手すりに体重をあずけながら階段を下りていくと「シンク!」とロードリーさんがやって来る。隣にはパールさんの姿もあった。
「体の方はどうだ。動いて大丈夫か?」
「どのくらい眠ってたんですか? 女王は?」
「二日だ。女王は王都を去った。あのあと死人が一掃され、王都は助かったんだ」
――王都6日目。
俺が目を覚ましたのは、女王襲来から二日後のことだった。
「おいみんな、【F+】の英雄が目を覚ましたぞ!」
輩のような冒険者がテーブルへ来いと肩に手をまわしてきた。
全然知らんおっさんだった。
ロードリーさんが「労われ」と怒っているがお構いなしだ。俺はテーブル席へつれていかれた。
「ぐっといけ、ぐっと!」
ジョッキを渡されすきっ腹に酒を入れる。
ギルド内の各モニターに、何かの式典の様子が映し出されていた。
「これは?」
「表彰式だ。お前の名前も出るぞ」
「は? なんで俺の名前が?」
ロードリーさんが説明してくれたが、俺は女王の襲撃阻止にもっとも貢献した冒険者だそうだ。
ユリア団長が証人となり国に報告したらしい。
画面に映っていいる場所は王城の目の前らしく、中央にいるのが国王、その左が王妃と王女らしい。
王女は俺と歳がそう違わないくらいに見えた。
国王たちの目の前にはウラジミールさんなど、冒険者たちが跪いていた。
マカダミアン団長が平然と差別するほどの冒険者だが、国に貢献すれば騎士と同様に扱われ、同じ列に並べるのか――そこにはユリア団長やマカダミアン団長の姿もあった。
エルキンスさんの姿もあり、同じように王へ跪いている。
「あんたも気絶しなけりゃ出れたのにな」
冒険者がそう言った。
「出てなにか意味があるんですか?」
「名誉なことじゃねーか」
「名誉?」
「普段俺たちはドブネズミのように扱われる。ここらの地区まだ寛容だが、貴族地区にでも行きゃ嫌でも分かる。だからこうやって冒険者が騎士と肩を並べて表彰されるってのは、俺たちにとっていいことなんだ」
【F+】の俺があの場にいれば、それはさらに影響力があったらしい。
というのも、冒険者のランクは強さ以外に社会的地位も表すからだそうだ。
よっぽど素行が悪くない限り、たとえばSランク冒険者は一介の貴族にも等しい扱いを受けることがあるらしい。
表彰式の最後、国王直々に俺の名前が読み上げられた。
『――療養中のためここにはいないが、【F+】冒険者シンクに、国から最大の栄誉を与えることとする』
〇
翌日の事。
王都7日目――。
普通に歩けるまでに回復した俺は、国王直々に謁見の間へ招待されていた。
広間の柱にはランスを持った騎士が屹立している。
玉座には白髭を蓄えたいかにもな王がいた。
王を挟む形で王妃と王女もいた。
「こたびの赤狼襲撃での貢献に応じて、そなたには王より最大の栄誉と金品を授与したい」
栄誉――その内容はセロリン王国における「守護者」の称号と、Sランク冒険者への昇級の推薦状だった。
「守護者が【F+】では説明がややこしくなってしまう。そなたは今よりSランク冒険者だ」
「すみません」
俺は挙手した。
「ん、どうした。発現を許す」
「流石にいきなりSランクというのはどうかと。俺……私は魔術の才がなく、初級魔術しか扱うことができません。それゆえ冒険者歴は4年ほどですが、依頼を受けたのもパーティーを組んだのもつい数日前のことで、つまり冒険者としては経験値が不足しています」
「なるほど。それは……なんとも複雑な話であるな。初級魔術しか使えないと申したか?」
「はい」
「それでよく女王を相手にできたものだ」
「偶々であった可能性もあります」
「なるほど。しかし王として一度口にしたことは取り消せぬ。そなたは今日より守護者だ。これにより王都への出入りが自由となる。城への出入りも必要とあらば可能になり、公文書館や王立図書館、銀行など、各施設を制限なく利用することができるようになる」
「ありがとうございます。その、冒険者ランクの方は……」
「推薦状をどう使うのかは、そなたに任せる」
「ありがとうございます」
台車が運ばれてきた。
かかっていた布が取り除かれると、そこには金の板や金貨がびっしりと入っていた。
「金品――5000万Gを授与する」
太っ腹な王だ。
よほど羽振りがいいんだろう。
「ありがとうございます」
胸元から万年筆――「暴飲箱」を取り出し、すべての金を収納した。
王が「【F+】にしても高価な物を所持している」と言った。ラムルドさんか貰ったものだが、王族が認めるほどに高価らしい。
「では、これでお開きとしよう「
「陛下、一つ申し上げてもいいでしょうか。お願いがあるのです」
俺の発現に周囲の者が冷や汗を浮かべているのが分かった。
だが王は許した。
俺はリナリーのことを話した。
「宮廷魔導師……そのような者が?」
王は傍の老いた補佐官へ訊ねる。
補佐官は手元の冊子をめくる。
「リナリー・ウェストウッドという宮廷魔導師ですが、確かにおりました。しかしホワイト公爵への不敬罪を理由に職務を離れています。それ以降は分かりません」
「――コロシアムへ身売りされました」
その言葉に広間がしんとした。
張り詰めているのが分かる。
「それは確証あっての言葉であろうな?」
「はい。確証はあります」
「それで、頼みとは?」
「リナリーの復帰をお許しください。彼女は宮廷魔導師に戻りたがっています」
リナリーの失踪に関して言及されないかと思った。
王は補佐官に「記録に残すな」と一言。
「まずは本人をここへ連れてくることだ」
「身の安全が保障されない限り、連れてくることはできません」
「ふむ。つまりそなたはそのウェストウッドなる者の所在を知っておるということか」
「それは……」
しまった。
ぺらぺら喋りすぎた。
「無理に話せとは申さん。王都に戻り次第、宮廷魔導師への再就職を認める。これで良いか?」
「……ありがとうございます」
「しかしホワイト公爵か……大美豚王国はセロリン王国にとって良い取引先だ。今後、同じようなことがあっても国としては守ってやれぬ」
「そのように伝えておきます」
エメラルダさんの言った通りだ。
リナリーのような者は珍しくない。
それは日常茶飯事で、結局のところ自分で身を守れないうちは戻れないということだ。




