第3話
「じゃあまずは自己紹介から。僕の名前は橋本朔夜。作曲家です。」
「え?!!」
橋本朔夜は、当時彼が高校生の時に天才作曲家として日本中で注目を浴びており、今も音楽界で大活躍中のトップクリエイターである。メディアに顔を出すことが少ないないので、名前は知っていても顔までは知らなかった為、佳奈は目の前にいる男が超が付くほどの有名人とは思ってもいなかった。
「あ、すみません!実は高橋さんが作曲されている曲すごく好きで!」
佳奈は、邦楽はもちろんジャズやクラシックなど幅広く音楽を聴く程音楽が好きで、特に橋本朔夜が作曲した曲は、何曲もはまっってしまう程聴いていた。
「そうなんですか!嬉しいです。ありがとうございます」
朔夜は、嬉しそうに笑顔でこたえ、その笑顔に佳奈は思わずドキッとした。
「いえ、こちらこそ!すみません、話の腰を折ってしまって」
「大丈夫ですよ。それで先ほど言ってた条件や確認なんですけど、紙にまとめてあるので確認してもらっていいかな?」
そういうと朔夜は、佳奈の前にさっき言っていた紙を置いた。
「分かりました」
そう言い、紙を受け取り内容に目をやると、5つ箇条書きで簡潔に書かれているものだった。
①橋本朔夜が作曲制作中、また部屋にいないときには制作部屋への入室禁止
②家事内容は清掃で、基本リビングや廊下、玄関、トイレのみで、その他の料理や洗濯は手を出さない
③本日より1週間は使用期間とし、その後は使用期間中の働きを見て検討をする
④橋本朔夜の言うことには、従うようにする
⑤橋本朔夜に好意を持った場合、その日をもって契約は終了となる
何これ、何か所か突っ込みたいとこがあるんだけどこれ聞いてもいいのかな?
内容を確認した佳奈は、書かれている内容に少し不思議に思い朔夜の顔を窺うと、朔夜は変わらず優しげな雰囲気でこちらを見ており、佳奈と目が合った。
「確認してもらえたかな?何か質問があれば聞くけど」
「えっとぉ・・・そうですね・・・」
質問したいことはいろいろとあったが、答えを聞くのが少し怖いものもあり躊躇していたが、意を決し佳奈は質問をすることにした。
「あの何点かあるんですけど、いいですか?」
「うん、大丈夫ですよ。何かな?」
「えっと、ではまず。この④についてなんですが。橋本さんの言うことには従うというのは、いったいどういうことでしょうか?」
「え?そのままの意味だけど?僕の仕事は作曲家だけど、作曲以外にもやらなきゃいけない雑務とかあるし、そういうのは手伝ってもらおうと思ってるからいろいろと指示をだすからね」
「あ!なるほど!そういうことですね!!すみません、文に書いているせいか少し不穏な空気を感じて」
佳奈はすっかり安心して安堵の顔をしていると、朔夜は少し含みのある笑顔を浮かべた。
「まあ仕事以外にも、もしかしたらいろいろとパシルっじゃないや、お願いすることがあるかもしれないから、その時はよろしくね」
「え?」
今パシルって言った?この人。
佳奈が先程の朔夜の発言に固まっていると、朔夜はお構いなしに続けて話した。
「それで、他にもあるんだよね。他は何かな?」
「えっと、そうですね・・・」
先程の発言がまだ呑み込めていなかったが、とりあえず置いておくことにして次の質問をすることにした。
「⑤についてなんですが、好意というのはその、いわゆる異性として意識したときということでしょうか?」
「そうだね」
「それはないので安心して下さい。私職場では恋愛しないと決めているので」
はっきりと言い切った佳奈の顔は、先程の安堵した顔とは逆に引き締まっており、声も少し強張っていた。佳奈の態度に朔夜は、少し違和感を覚えた。
「まあそれなら安心だけど。随分言い切るんだね、職場恋愛って多いと思うけど?」
「まあ世間的に見たらそうかもしれないですけど、私はしないと決めてますし。ていうか、職場恋愛も何もここには橋本さんしかいないから、絶対にならないですよ」
ここまで佳奈は、朔夜に対して基本的に穏やかに対応していたが、この話になってからはどこか冷たく態度も少し怖い気配を感じるものがあった。
「まあお互いそういう対象としてみていないってことだね。ならこちらとしても仕事しやすいから助かるよ。他はあるかな?」
佳奈の態度が気にはなったが、これ以上この話を膨らませるのは良くないかもと思い、朔夜は話を変えた。
「そうですね、あとは①と②についてなんですが、①はもちろん仕事の邪魔をしないよう注意を払いますが、基本橋本さんが部屋にいる間は、この②の掃除をしておけばいいんですよね?」
「そうだね、ここは僕の自宅でもあるからこの紙に書いてある所だけ掃除をお願いしたいかな」
「掃除はいいんですけど、料理と洗濯は一切しなくてよいというのは本当にいいんですか?」
「ああそれはいいよ。さっきも言ったけどここは僕の自宅でもあるからね。料理は自分でできるし、洗濯物も下着とかあるからね」
「まあ、確かに洗濯物とかはそうですよね」
「どうかな?まだ質問はありますか?」
「いえ、もう大丈夫です。とりあえず今日から1週間は使用期間ということなんですね」
「うん、ちゃんとその分はバイト代出すから安心してね」
「分かりました!ところで時間とかは何時ごろに来ればいいですか?」
「そうだね、とりあえず今日と同じ時間でいいかな?基本家にいると思うし。それにしてもなんだか僕たち、これから仲良くできる気がするね!」
そういうと朔夜は、今日何回か見たあの含みのある笑顔で佳奈を見ている。
「そうですかね~・・・」
とりあえず会話を合わせる感じで対応をする。
「では、とりあえず1週間よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくね、成瀬さん」
その後、今日はまだ初日だからと部屋の場所の把握をしながら軽く掃除をしてくれたらそれで帰っていいといわれたので、言われた通り場所を覚え掃除をした後は、帰ることを伝えて家を出た。
帰りながら、まあとりあえず1週間がんばるか!今日もすぐ帰れたし明日も大したことないかもだし!などと呑気なことを考えていた佳奈は、次の日から地獄の日々が始まるとはこの日は思ってもいなかった。




