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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

本伝え

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 本、と聞くとみんなはどのようなイメージがあるかな?

 おそらく、文字がたくさん書かれた紙が束ねられたものを想像するんじゃないだろうか。

 現代でこそ電子書籍が広まり、それもまた本としての扱いを受けるようになっている。しかし、国際的な基準だと表紙をのぞいて49ページ以上からなる、印刷された非定期刊行物であるとされているようだ。

印刷されることによって、紙面をその手に握ることができるかどうかも大事なのだろう。スマホやタブレットでどれほどの情報を見たところで、後生大事に握っているのはスマホたちの本体から変わらないのだからな。

じかに触る、というのは特別な意味合いがある。人が接触すれば肌の汗や皮脂、汚れなどの影響を物質は受ける。それが幸になるか不幸になるかはブツによるだろうけど、触れていないときと比べて確実に状態が、ひいては物体の将来や運命が変わっていくかもしれない。

スマホ本体を握りがちな今は、そのスマホの生殺与奪さえ我々が握っているといっても過言じゃないだろう。スマホの未来を我々が決めている。

ゆえに、今も昔も紙の本を読むという行為は、その握った本の運命さえも左右しているんじゃないかと、先生は思うんだよ。

そう考えるようになったきっかけのできごと、聞いてみないかい?


――あれえ、また貸出状態だ。


図書館に来た先生は、検索用のパソコンで本を探してみて、首をかしげる。

休みの日の図書館通いは当時の先生の習慣になっていて、勉強3割、読書7割ほどで開館から昼過ぎあたりまでとどまるというのが、いつものペースだ。

読む本のジャンルは特に決めていない。その日の気分だったり、タイトルでびびっときたりしたものを直感的にとって読み進めていく。

自分とは性に合わない内容と出会ってしまうこともあるが、大半はアタリだ。そのまま黙々と読み進めることができてしまう。

しかし、当時の先生は習い事漬けな生活で、完全にオフの日というのはとても珍しかった。土日であっても午後のなかばから夜の手前あたりまでの時間も、例外ではなく習い事が入っていたんだ。

そのため、本を読み途中で棚へ戻すことが多かったんだよ。

借りていけばいいじゃないか、と思う人がいるのももっともだと思うが、先生は手前味噌ながら趣味も多い人間でね。帰ったら帰ったで、習い事以外にも別の趣味へ興味が移ってしまうような誘惑が多い。

図書館に来る、というのは読書――とまあまあの勉強――にあえて割いた時間なわけだ。きっちりとスイッチができるように、本は借りないでその場限りにする、という個人的なポリシーがあったんだよ。


 ――なあに、僕の読む本なんてマイナーもマイナー。ほかに借りる人なんて、そうはいないだろう。


 当時の先生はそう考えていたし、実際しばらくの間は、次に図書館へ来た時も、前に読んだ本が先生の戻した棚の同じ位置におさまっている……というのが普通だったのだけど。


 あるときを境に、先生が読みかけで戻した本がやたらと貸し出し中になるようになった。

 戻した棚をひょいと見て「あれ?」と思い、検索してみると貸し出し中の結果が出てくる。

 もちろん、先生が一切ノータッチである、普通の貸し出しの本もあったんだが、7冊も立て続けとなると、どうにも怪しさとか気味悪さが湧いてくるんだ。


 ――まさか、僕が読んでいるのを見張っているのか? だとしたら、僕が戻してから間を置かずに借りていっているのかもしれない。


 正体をはっきりさせんと、先生はひとつ芝居を打った。

 その日に読んだ本を棚へ戻すも、少し時間にゆとりを持たせていたんだ。いったん図書館をあとにする素振りを見せるが、すぐさま複数ある出入り口の別のほうへ移動。こっそり入りなおして、くだんの棚を見張ることのできる位置を陣取ったんだ。


 この計画、おおよそはぴったりはまった。

 先生がスタンバってからほどなく、先生の戻した本棚の近くで、あたりをうかがうような挙動不審さを見せる人が現れたんだ。

 先生はより身を隠すよう努めながら、そっと様子をうかがって驚いたよ。その人は同じ習い事に通っている一人だったからね。同じ時間帯で年齢的にはみっつ上にあたる男性だった。

 その人は棚へ寄っていくと、さっと迷いなく一冊の本に手を伸ばす。

 両親から授かった良い視力、このときばかりは感謝した。それがまぎれもなく、先生が先ほどまで読んでいた本であると、判断がついたのだからね。

 その人は本を手にしたまま、自分の手提げかばんの口へ手を伸ばす。

 両親から授かった良い視力、このときばかりは後悔した。それがまぎれもなく、先生が今まで借りられていた本であると、判断がついたのだからね。


 ――これまでの本、全部この人が借りていたのか!?


 ぞぞっと鳥肌が立ちかけたが、まだ早かった。

 その人は取り出した本の一冊一冊をいとおしげになでながら、習い事で一緒のときには見せないような、恍惚とした表情になる。かなうなら、そのまま天へ昇って行ってしまうのではないかと思うほどの、うっとりとした顔だ。

 それが先生のつい先ほどまで読んでいた本に触れたとき……やや前かがみとなったその人の身から新たに現れたものがあった。


 羽あるいは骨。

 そのいずれかとも断じがたく、でも想像するにそれらが近い、一本の白く細い管のようなものが背中からさっと浮き出たんだ。

 それを目撃したのは先生と、たまたまその人の死角側にあたる背後にいた5歳くらいの男の子だけだったと思う。男の子の声は聞こえなかったが、明らかに驚いて足を止めたかのような仕草を見せていたよ。

 その羽骨は、あの人自身がまったく子供を一瞥しないまま勝手に動き、子供の頭をバサバサと――こちらも音は聞こえなかったが――ほうきのように何度もなでる。

 とたん、子供はあおむけに倒れてしまい、動かなくなったんだ。その直後に羽骨もまたすっとあの人の背中へ、引っ込んでしまったんだよ。


 逃げ帰った先生は、怪しまれまいと、その日の習い事にあえて出席した。

 あの人もやってきて、普段通りに接してきたものの、先生は図書館でのぞき見していたことを気取られまいと、神経を張り詰めっぱなしだった。

 あの人がなにを企んでいたかはしらない。いや、ひょっとしたら何者であるかも先生はしらない。でも先生の触れた本は、もれなくあの人のよからぬことに携わっているのではないか。

 そう思って以来、かの図書館を利用してはいないんだ。

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