閑話【2】ベルディグリ公爵家の三姉妹
シアンとクロムが庭園に向かって行くのを見送ると、小さく息をついたシャルトルーズはまた頬杖をついた。シャルトルーズはだらしない性格ではないが、たまにこうして、行儀の悪い姿勢になるのだ。輿入れの前、母親に注意されている姿をセレストも何度か目撃した。
「セレスト、エヴァーから手紙は来た?」
少し憂鬱そうな表情でシャルトルーズが言った。ええ、とセレストは小さく頷く。
「社交界に出るのが辛いと言っていたわ」
「ええ。あの子、どんどん引きこもりになるわ」
エヴァー・ベルディグリはシャルトルーズの妹で、セレストの姉だ。こうして姉妹でお茶をすることは度々あるが、エヴァーが訪れることはほとんどない。
「ベルディグリ公爵家本家の女主人だし」セレストは言う。「重圧はかかっているでしょうね」
「そうね。今日も呼んだんだけど、内々のお茶会も嫌がるのだから困ったものだわ。アンリは入り婿ながらよくやっているわ」
次女のエヴァーと結婚した入り婿のアンリ・ベルディグリは、公爵家本家の当主を務めている。エヴァーからの手紙には度々、アンリのことが書かれていた。
「でも、エヴァー姉様にベルディグリ本家の女主人は酷だったかもしれないわ」
ティーカップで手を温めながら言うセレストに、シャルトルーズも息をつきながら頷く。シャルトルーズはおそらく、誰よりもエヴァーのことを心配している。
「お父様も困ったものだわ。エヴァーには無理だと言ったのに。ジャスパーに継がせたらよかったのよ。彼なら適任だったはずだわ」
「けれど、エヴァー姉様に本家を継がせたのはお祖父様よ。私たちにどうこうできることではなかったわ」
「ええ。私は王室、セレストはサルビア家に嫁ぐことが決まっていたものね」
長女と三女の嫁ぎ先は早々に決まった。残ったエヴァーがベルディグリ本家を継ぐことはシャルトルーズもセレストも反対したが、仕来りを重んじる祖父がエヴァーに公爵家を継ぐ権利を与えたのだ。
「“蒼の約束”がなければ、私が継ぐことができたのだけれど……」
「それは仕方ないわ。昔からの慣習なのだもの。ガーネット様がご存命でも、お祖父様はあなたを侯爵の側室として嫁がせていたでしょうね」
シャルトルーズは昔から祖父とは対立関係にあった。王室に輿入れする直前まで祖父と公爵位について話し合い、口論に発展しそうになったこともある。それから、シャルトルーズと祖父は折り合いが悪かった。
「お祖父様は古い仕来りに縛られ過ぎているわ」
「エヴァー姉様も、せめて私たちだけでも会ってくれるといいのだけれど……」
「引っ込み思案もここまで徹底されていてはね。むしろ潔いわ」
シャルトルーズはいつもエヴァーのことを心配している。子どもができてからはさらに会う機会が減ってしまい、シャルトルーズの心配の種は尽きなかった。シャルトルーズはぽやんとした雰囲気だが、長女である自覚はあるのだ。
それにしても、とシャルトルーズは口調を明るくする。
「シアンちゃんはとても素直な良い子ね」
「ええ、ありがとう」
「クロムはどうにも自分に厳しい面があるの。その辺りも夫譲りだわ」
シャルトルーズには、母親として、妻としてだけでなく、王妃という立場もある。昔から周りをよく気に掛ける人で、自分のことを後回しにすることもよくあった。
「クロムも、シアンちゃんになら心を開くかもしれないわ」
「あの年齢なら、これからいくらでも変わるわ。シアンがクロム殿下のお役に立てるなら、私も光栄だけれど」
シアンとクロムが入って行った庭園のほうを眺め、シャルトルーズは朗らかな笑みを浮かべる。ようやく姉らしい表情に戻ったようで、セレストはこっそり安堵していた。
「クロムは王位継承権を重く考え過ぎているの。次期国王として相応しくあろうと、自分を律しているんだわ」
セレストは先ほどのクロムの表情を思い出す。シャルトルーズは「人見知り」と言っていたが、シアンに向ける視線には「警戒」が含まれているようだった。シャルトルーズにとって危険がないか、それを見極めようとしていたのだろう。
「そろそろ婚約者も決めないといけないのでしょう?」
「ええ。順当にいけば、ベルディグリ家の子が候補に挙がるでしょうね。けれど、あの子は簡単に心を開かないわ」
シャルトルーズの表情がまた憂いを帯びる。心優しいシャルトルーズは、いつも誰かの心配をしている。セレストもサルビア家に嫁いだばかりの頃はよく心配されていた。いまはすっかり安心しているようだ。
「王室と貴族にとって政略結婚は当然のことだけれど、王太子妃に苦労をさせたくないわ」
「クロム殿下が苦労させるようなことはないと思うけれど」
「そうね……。でも、私も夫も急ごうとは思っていないの。クロムが人に心を開けるようになるまで待ってもいいと思っているわ」
セレストはこうしてシャルトルーズとは気軽に会えるが、国王となるとそうはいかない。それでもシャルトルーズからは夫として、父親としてのセラドン国王のことをよく聞いている。ふたりとも、自分の子どもたちのことをとても大切にしている。
「けれど、周りはそうはいかないのじゃない?」
「そうなのよ。クロムは八歳……もう婚約者を決めて、王妃教育を始めないといけない頃なのよね。わかってはいるんだけど、どうしても親としての感情が邪魔をするわ」
「陛下もお認めになられているなら問題はないと思うけれど」
「認めてはいるけど、夫は王族としての責任が重いことも理解しているわ。その責任の重さが、クロムに心を閉ざさせているのかもしれないわ」
いまシアンとクロムはどうしているだろう、とセレストは子どもたちを思い浮かべる。シアンのことだから、王太子だとしても従兄であるクロムにそう強い警戒感を懐くことはないだろう。もしかしたらすでに楽しくお喋りしているかもしれない。
「まだ子どもなのに、こんな重圧を背負って……。でも、こんな気持ちじゃ王妃失格だわ」
「そんなことはないわ。母親として、そう思うのは当然のことよ」
子を持つ母として、シャルトルーズの気持ちはセレストにもよくわかる。親はいつも子どものことで頭を悩ませているのだ。
「シアンちゃんの結婚はどう考えてるの?」
「私たちはシアンに任せようと思っているわ。シアンは三男だし、必ずしも結婚しなければならないということはないもの」
シアンはもうすぐ七歳だが、王族であるクロムと違って、婚約者候補を決めるのはまだ先のことでも構わない。シアンが結婚しない道を選択するなら、セレストもゼニスもそれを尊重するつもりだった。
「私も夫も、シアンの自由にさせたいの。ブルーも結婚するなら、ネイビーと同じようにお婿さんを迎えてサルビア家の事業に携わると思うわ」
「サルビア家の事業はこの国にとって重要だものね。働き手はいくらいても損にはならないわ」
「ええ」
サルビア家には、前妻の亡きガーネットが大事に育てた三人がいる。優秀な彼らがいるからこそ、シアンとブルーに自由を与えることができるのだ。いまでは三人もセレストの子。シアンとブルーのために苦労させようなどとは思っていない。
「貴族も母親も悩みは尽きないわね」シャルトルーズは息をつく。「そのうちエヴァーも呼びましょ。あの子の性格上、ひとりで抱え込んでいるかもしれないわ」
「ええ」
セレストは、きょうだいが支え合うことの重要さをよく知っている。これまで三姉妹、手を取り合って来た。それを伝えるまでもなく、サルビア家の五人は互いに互いを尊重し、思い合っている。ガーネットの忘れ形見たちのおかげだろう。小さい弟と妹を上の三人が可愛がるのは、ガーネットの教育の賜物。セレストはそれを大事にしなければならない。セレストにとって、それは決して重圧ではなかった。




