第96曲 優しい嘘
「それでこれからゆきちゃんの入浴シーンを隠し撮りしに行くんですか?」
「ぶっ飛ばすぞ」
本当に努力する気あんのか? こんなのが日本の歌姫なんてなぁ……。
「なにか気になることでもあるの? より姉」
ひよりはさすがに鋭いな。伊達に姉妹やってねーか。
「あぁ。ゆきのことなんだけどな。なんであいつはああも恋愛に対して頑ななんだろうなと思ってな」
もうすぐあいつも16歳だ。そろそろ恋愛に興味くらい持ってもおかしくはねーと思うんだが。
「そうですね。いくら初心で奥手で、おそらく女子よりも男子に人気のありそうなゆきちゃんと言えど変かもしれません」
容赦ねーな、楓乃子。
「わたしもゆきちゃん以外に興味がないのを除いて、お仕事が忙しくて恋愛どころじゃないって思うこともありますからそのせいでは?」
確かにゆきは学校では生徒会長、家では家族の世話に配信活動とそんじょそこらの芸能人より忙しくしてるけど、本当にそれだけか?
それを考慮してもあの拒絶の仕方は普通じゃねー気がする。
「やっぱり何か隠してる」
茜の言うとおり、ゆきはきっとまだ何かを隠している。あの海へ行った帰りの電車内のことが頭をよぎる。
ゆきの世界には色がない。後天的なものだと言っていたからきっとあの雪の日の後遺症に違いねー。さすがにこのことを他の姉妹に言うわけにはいかない。これまでゆきが隠し通してきたことをあたしにだけ打ち明けてくれたってことは、あいつにとって何か意味があると同時にあたしのことを信頼して言ってくれたことだろう。その信頼を裏切ることはさすがにできねー。
もしかして後遺症は目だけじゃないんじゃねーだろうか。ゆきの異常なほどの運動神経、反射神経、動体視力や空間認識能力、それに身体能力。そして色覚異常。全部神経にまつわることばかりだ。神経系の異常……。だめだ、あたしには詳しいことは分かんねー。かといって相談するわけにもいかねーし……。
「そんなに考え込んでどうしたの?」
ひよりに声をかけられて我に返った。ひよりのまだあどけない顔を見てふと思った。ゆき、もしかしてひよりのために?
色のことに関してもあたしでさえ相当なショックを受けたんだ。物心ついたころからゆきのことが大好きなひより。まだ幼さの残るこの子がゆきの異常を知ったらあたしよりも深い傷が残ってしまうかもしれない。だとしたら今はまだこれ以上詮索するのもまずいのかもしれないな。
「いや、いろいろ考えてみたんだけど何もわかんねーなと思ってな。何か隠してるとしてもゆきのことだ、何か考えが合って黙ってるんだろうから時期が来たら自分から言ってくんだろ」
「ゆきちゃんはいろいろ考えすぎちゃうからねー」
無邪気にニコニコしているひよりのことを見ていたら、ゆきの考えてることがなんとなく分かるような気がした。
「そうだな」
思わずひよりの頭を撫でてしまう。
「どうしたの?より姉がそんなことするなんて珍しい」
「たまにはいいだろ。かわいい妹の頭を撫でたって」
ひよりは返事をせずあたしのなすがままにされている。心地よさそうな顔しやがって。
ちょうどその時、ゆきが風呂から上がってきた。
「はー気持ちよかったー。みんなも一緒に入ってきなよー」
風呂上がりのゆきは、アップにした髪と白い肌が上気してほんのりとピンク色に染まっているのもあって妙に色っぽい。
始めて見た琴音ときらりも見とれて赤くなってやがる。
「わーお風呂上がりのゆきちゃんだー」
ひよりがゆきに抱き着いていく。ゆきも嫌がったりせず頭を撫でてやっている。やっぱりゆきはひよりに甘い。さっきの考えもあながち間違ってねーかもしれないな。
「ひよりちゃんは抱き着いてもいいんですか!?」
琴音が抗議の声を上げる。
「わたしは妹だからいいんですよーだ。ねーゆきちゃん!」
ゆきはそれに対してうなずくだけで、黙ってニコニコしながら頭を撫で続けている。かわいくて仕方ねーんだろうな。ちょっとうらやましいかも。
「さすがに6人は狭いような気がしますね。ここは3人ずつで入りましょうか」
楓乃子が突然そんなことを言い出した。別にそこまで窮屈ってわけではねーと思うんだが、確かにちょっと手狭にはなるかもな。
「ひよりがお客さん2人と入る。あとであたしらが入る」
茜まで。
「別にいーよー! それじゃ、琴音ちゃん、きらりさん一緒に入ろっか」
「ひよりちゃんの頭洗ってあげたい!」
「それじゃ、わたしが背中を流してあげようかな」
きらりと琴音もひよりには甘いみてーだ。末っ子気質ってやつかな、誰にでも懐くのがひよりの可愛いとこだ。
2人を案内しながら風呂場に向かったひよりを見送った後、リビングにはゆきとあたし、茜と楓乃子の4人が残された。
……。
なんだろう、楓乃子と茜があたしとゆきをじっと見つめてる。
やがて先に口を開いたのは楓乃子だった。
「それで、依子さんはゆきちゃんの何を知ってるんですか?」
え……。
「より姉、隠し事下手」
マジか。ちょっと考え事してただけなのに。
「なに? どういうこと? わたしのことって」
そりゃゆきはわかんねーわな。
「いや、ゆきが風呂入ってる間にゆきがなんで頑なに恋愛を拒むのかって話になってな。なんか隠してるんじゃねーかって」
「なんだ、そんなことか。……かの姉とあか姉になら大丈夫かな。ひよりにはまだ秘密にしておいてね」
そしてゆきは自分の世界に色がないことを説明し始めた。
たぶんあたしじゃ隠しきれないって判断したんだろうな。ごめん、ゆき。
「ゆきちゃん……」
「ゆき……」
2人ともわたしと同じようにショックを受けているようだ。楓乃子に至っては涙を流している。
「ほら、かの姉。もうすぐひよりがお風呂から出てくるから涙は拭いて」
ゆきが優しい声で楓乃子にティッシュを渡している。
茜が少し厳しめの声でゆきに問い質した。
「ゆき、本当にそれだけ?」
その瞬間、さっきまで柔和な笑顔を浮かべていたゆきの顔がこわばるのをあたしは見逃さなかった。ほんの一瞬だったけど、確かに表情が変わった。
すぐにいつもの微笑みを浮かべると茜の問いに落ち着いた声で答えた。
「何もないよ。考えすぎだってば」
嘘だ。はっきりあたしには分かってしまった。でもゆきが色覚の事をひよりのために黙っていた理由を考えると……。
きっとこれもゆきなりの優しい嘘なんだろうな。
まったく、嘘でさえも自分のためじゃなくて人のためにつくなんて。
一緒に育ったはずなのにこれだけ優しく育つってことは元々の性格なんだろう。ひょっとしたら雪の精霊ってのもあながちただの思い込みでもないのかもしれねーな。
じっと見つめあったままのゆきと茜。厳しい目を向けられているのに、ゆきはそれを涼しい顔で受け流している。
「茜、あたしらの負けだよ。たとえ何か隠していることがあったとしても今のあたしらには言えないことなんだろーよ。これ以上何を言ってもゆきは絶対に話さねー。だよな、ゆき?」
ゆきは返事の代わりに少し寂しそうな笑顔で返してきた。
やめろよ、そんな顔。気になって何がなんでも聞きたくなるじゃねーか。
今日のところは大人しく引き下がってやるんだから、もっと嬉しそうな顔をしてくれ。
「でも、いつかは……な?」
そう言うとようやくいつもの優しい笑顔が戻ってきた。半分答えてるようなもんじゃねーか。元々嘘が下手なくせに無理しやがって。
* * *
ごめんね、大好きなお姉ちゃんたち。
確かに今日話したことは今までずっと秘密にしてきたことだけど、このことはわたしにとっては別に大したことじゃないんだ。
薄々は勘づいているみたいだけど、わたしにはもっと大きな秘密がある。
だけど今はまだ絶対に言えないんだ。自分勝手だって分かってるけど、まだ知られたくない。
ひょっとしたらこの秘密は墓まで持っていくことになるかもしれない。
でも、その時が来てまだわたしの命の灯が消えていなかったら必ず話すから。だからその時まではまだわたしの家族でいてください。
何も話せていないひよりにはもっと申し訳ないけど、あなたはまだ心が幼いから。
わたしが甘やかしたせいですっかりお兄ちゃん子に育っちゃったせいもあるのかな。わたしの世界に色がないことを知っただけでもきっと自分のことのように嘆き悲しむに違いないから。もう少しあなたが成長して、ちゃんと受け止められるようになったら……ね。
本当はね。わたしも怖いんだ。
わたしの抱えているものを全てさらけ出したときに、それでもわたし達は家族のままでいられるのか。
だからひよりの成長を待つというのはただの建前で、本当は自分の気持ちの整理がつくのを待っているのかもしれない。
勝手な事ばかりだね、わたしって。




