第90曲 文化祭に潜む恐怖
文化祭2日目。
昨日と同じように校内の見回りをし、クラスで招き猫をして、休憩を挟んで舞台に上がる。
あか姉は今日もすっかりカーミラになりきっていて、せっかくコンシーラーで隠していた昨日のキスマークとは別の場所に吸い付いてきた。
結局2カ所もキスマークつけられちゃったし。恥ずかちぃ。
かくいうわたしもすっかり盛り上がってしまって昨日以上にアドリブを連発。
観客は昨日の噂を聞きつけて新しく見に来た人が大半だったけど、カーミラとローラの絡みをもう一度見たいというリピーターも多かったみたい。
結果2日目も舞台は大成功。
高坂部長も涙を流しながら喜んでくれた。高校生活最後の文化祭が素敵な思い出になったのならローラ役を引き受けてよかったと思う。
やっぱり人が喜んでくれる姿は何よりもいいものだ。
そして今日は舞台が終わってすぐにわたしの休憩の時間だった。
着替えを済ませ、控室からでてきたところで突然両腕をがっちりホールドされた。
「かの姉!? あか姉まで」
わたしの腕を抱えたまま不敵に笑うかの姉。
「ふふふ、今日は逃がしませんよ。昨日は何も言わずにひとりで自由時間を満喫してたんですよね。ほんとゆきちゃんはひどいです」
拗ねた顔をしてお仕置きとばかりにわたしの二の腕をつねる。痛い痛い。
「ごめんてば。かの姉たちもクラスの出し物とかで忙しかったんじゃないの?」
「それとこれとは別。時間くらい合わせる」
あか姉もご立腹の様子。
気を遣ったことが逆効果になっちゃったようだ。そんなにわたしと一緒にいたかったのね。
「休憩時間も最後のキャンプファイアーももう解放してあげませんよ」
うわ、ずっと拘束するつもりだ。まぁ1日位は姉弟で回ってみたかったからそれは別にいいんだけど、こんなにくっつく必要あるのかな。
はたから見たら両手に花に見えるかな……。そんなわけないよね。どうせ3姉妹とか言われるに決まってる。
もうわかってきたもんね。
「うお!広沢んちの美人3姉妹が勢ぞろいだ!」
ほらね。
もういいんだ……。どうせわたしなんて。
「美人3姉妹じゃない」
あか姉! ここで否定してくれるなんて! さすが優しい、大好き!
「美人なのはゆきだけ。わたし達は普通」
そっちかい! さすがと思った私の感謝を返して!
それに謙遜してるけど2人とも十分に美人なのに。
「そんなことどうでもいいですから、早く回らないとゆきちゃんの時間がなくなってしまいますよ」
かの姉にいたっては興味すらないみたい。
どうでもいいって……。
もういいです……。
そこからはまぁ賑やかな事。あれが食べたい、これが見たい、ここに入りたいと引っ張りまわされてわたしはクタクタ。
どうして女の人って自分が興味ある分野に関しては無限の体力を発揮できるんだろう。
わたしが好きなプラネタリウムをみんなで見に行ったときは4人とも寝てたのに。
あの暗い空間で静かなナレーションだから眠くなっても仕方ないとか言い訳してたけど、目を輝かせて見入ってたわたしは何だって言うんだ。
そして2人に好き勝手連れ回されていたおかげで、わたしは鬼門に近付いていることに気が付いていなかった。
「ゆきちゃん、次はあそこに入りましょう!」
意気揚々と提案してきたかの姉の指し示す方向を見るとそこにあったのはなんともおどろおどろしい雰囲気の教室。
【お化け屋敷】
しまったあぁぁぁぁぁ!
見回りの時点でこの近辺には近寄らないでおこうと思っていたのに、2人の勢いに押されてつい忘れてしまっていた!
「いや、かの姉? わたしが怖いの苦手だって知ってるよね?」
「もちろん! フリマの夜に風紀委員長と楽しく肝試しをしたこと、知っていますよ」
げっ! どこから洩れたその情報!
いや、きっと薫先輩本人か。ゆきちゃん可愛かったとか言いふらしてそう。
そしてそれを聞いたかの姉は対抗意識を燃やしているというわけですね……。
「イヤ、お許しを……」
だけど苦手なものは苦手! どうにか許してもらおうと子犬のような目でかの姉を見つめる。
怯むかの姉。よし、効果は抜群だ! このまま押し切るぞ。
「苦手克服。好き嫌いよくない」
あか姉ぇぇぇ! それとこれとは話が違うと思うんですけど!
じつはあか姉も根に持っていたのか、肝試しの件。
「そうですね、いつも依子さんに好き嫌いはダメと言ってるんですから、ゆきちゃんもここで克服しておかないと」
好き嫌いじゃなくて怖いんだってばぁ!
「さ、行きますよ」
ずるずると2人に強制連行されていくわたし。2人ともわたしより背が高いから囚われの宇宙人状態。
イヤあぁぁぁ……!
中は真っ暗で、入り口で渡された懐中電灯を使って進んでいくシステム。
なぜか2人はわたしの後ろに回り服の裾を掴んでいる。
なんで一番怖がってるわたしが先頭なのさ!
「うひゃあぁぁぁぁ!」
「のわぁぁぁぁぁ!」
「うにゃぁぁぁぁぁん!」
「ひぃぃぃぃぃ!」
これだけ叫んでたら脅かす方もさぞやりがいがあることだろう。
そしてようやく出口が見えて安心した瞬間。
「これで終わりと思ったかぁぁぁぁ!!」
飛び出てきたゾンビメイクの脅かし役。
「ぽひゅ……。」
わたしは口から妙な音を発してその場にへたり込んでしまった。
もうダメ……。おかあさんタスケテ。
すっかり放心してしまっていたので、さすがに2人とも心配して声をかけてくれた。
「ゆきちゃん大丈夫?」
全然だいじょばない。
「漏らした?」
漏らしてない! さすがにそこまで子供じゃないよ!
でも……腰は抜けたかも……。立てない。
「立たせて」
女の子座りでへたり込んだまま上目遣いでお願いしたら2人とも口を押えてそっぽ向いてしまった。なんかプルプルしてる?
脅かし役の人もぽかんと見入っている。いや、さっさと配置に戻れ!
怖いんだよ、そのメイク。
「かの姉~あか姉~。肩貸してよ~。立てないんだよ~」
もはや半べそで頼み込むわたし。なんか2人ともくねくねしてるけど大丈夫かな。早くこんなところ出たいんだけど。
「ぐぬぬ、ゆき、それ反則……」
「かわいさが溢れすぎて卑怯です……」
わけわかんないこと言ってないで助けてよぉ……。
「はぁ……ようやく落ち着いた……」
近くでやっていたメイド喫茶でようやく一息。
メイド喫茶というとうちのクラスと被っているように思うかもだけど、違う点は男子も含めて全員がメイド姿なところ。シュールだ。
うちのクラスの男子は執事服なのでちゃんと棲み分けはできている。
それよりもさっきのわたしの叫び声はしっかりと廊下にまで聞こえていたようで、そんなに怖いのかと評判になってお化け屋敷前には行列ができ始めている。
あれを聞かれていたなんて……不名誉だ……。
「まぁまぁゆきちゃん。誰にでも苦手なもののひとつやふたつくらいありますよ」
分かってて無理やり入らせたのだーれ?
「苦手克服失敗」
顔が笑ってるよ。絶対怖がるわたしを見て楽しみたかっただけでしょ。
はぁ、オレンジジュースが染みわたる。ちぅー。
「あ!ゆきちゃんたちみっけー!」
不意によく知った声を聞いて振り返ってみれば案の定そこにいたのはひより。
友達と回るからと言っていたのにどうしてここに?
「いや、なんかお化け屋敷ですごい悲鳴を聞いたって評判になってたからさ。ひょっとしたらゆきちゃんじゃないかなーと思って近くを探してたの」
なんて恥ずかしい推測のされ方。でも合ってるだけに何も言えない!
くっ、殺せ!
「こんなとこでお茶してるってことはやっぱりわたしの予測は間違ってなかったみたいだね!相変わらず苦手なまんまなんだねーゆきちゃん」
そんな慈愛に満ちた目でわたしを見ないで。兄の威厳が……。
「ふふ、わたしも見たかったなぁ。いいなぁかの姉、あか姉」
「それはもうとてつもなく可愛らしかったですよ」
「眼福」
やっぱり邪な目的でわたしをお化け屋敷に連れて行ったんじゃないか。
「依子さんにも見せてあげたかったくらいです」
「そう言えば依子、来てない?」
みんなで顔を見合わせて首を横に振る。あれだけわたしの舞台を見たがっていたのに一度も姿を見ていない。
「わたしも来てないか探したんだけどね。その辺の人に聞いても誰も見てないってさ」
いや、芸能人じゃないんだからその辺の人に聞いても知らないでしょ。
「ゆきちゃんを知ってる人なら大抵分かるはずだから、本当に来てないのかも」
どういうこと?
「あれ? ゆきちゃん知らないの? ゆきちゃんが前に風邪ひいてるのに無理やり配信したときのおかげでわたし達姉妹もすっかり有名人になっちゃったんだよ?」
そうだった……。わたしのせいでみんなわたしの家族だって身バレしちゃったんだった……。
「ごめんなさい……」
わたしが無理したせいでみんなに迷惑かけちゃったもんね。反省。
「わたし達はもともと同じ学校だったおかげで周知の事実だからね。ほとんど影響はなかったけど、より姉は専門学校でどうなってるのか何も教えてくれなかったなぁ。」
あの日から今日までいろいろと忙しかったのもあるけど、より姉自身も普段と何ら変わりなく生活していたからつい聞きそびれていたことだ。
でもさすがに楽しみにしていた文化祭に顔も出していないとなると何かあったのかと思ってしまう。
これは一度本人に聞いてみる必要があるかな。
「そう言えば、より姉を探しているのはわたしだけじゃないみたい。同じことを知らない男の人に聞かれたって人もいたよ」
男? 今までそんな浮いた話のひとつもなかったより姉のことを探して回る男。
めちゃくちゃ怪しいな。
まだ校内にいるようなら少し話を聞いてみたいところだ。
やがて休憩が終わる時間になり、姉たちは自分のクラスに、ひよりは友達のところに戻るとのことだったのでわたしはそのまま生徒会室に向かった。
ちょうど交代の時間だったのでそこには生徒会役員と風紀委員の面々が集合している。
ここにいる全員がわたしのチャンネル登録者なので、以前の放送事故のことも知っているから話は早い。
より姉を探し回っている男を見つけたらすぐわたしに連絡をくれるようお願いして見回ることにしたが、結論から言うとその日それらしい人物を見つけることはできなかった。
そして文化祭の締めとなるキャンプファイヤー。消防法や近隣への迷惑などを考えて最近では行わない学校も増えているらしいけど、よそはよそ、うちはうち。
こんな楽しいイベントを断念するようなわたしではない。
各方面への根回しをしっかりと行い、どこからも文句のつけようがない状態にしてしまったので学校側も許可を出すしかない。
「広沢会長には政治家の素質もあるかもしれませんね」
なんて校長先生に言われたけど、それって褒めてる?
去年まではやっていなかったとのことなので3年生にとっては最初で最後になってしまうけど、せっかく今年はできることになったんだし、いい思い出にしてくれたら嬉しいな。
学園のグラウンド側は田園風景が広がっていることもあり、夜ともなると人工の光も少なくキャンプファイヤーの灯りがよく映える。
パチパチと燃え上がる炎。その周囲で定番の音楽に合わせて手をつなぎ踊る男女の集団。
それは明かりのない時代から変わらず続く伝統を模しているかのようで、どこか幻想的にすら見える。その雰囲気にあてられたのかいい雰囲気になっている男女もちらほら。
わたしも男女問わずいろんな人からダンスのお誘いを受けたけど、全部丁寧にお断りした。
わたしにとって今日の主役はかの姉だから。高校生活最後の文化祭を心置きなく楽しんでもらうためにもかの姉と踊ると決めている。
やがて自分のクラスの片づけを済ませたかの姉が姿を現した。
ゆっくりと近づき、うやうやしく手を差し伸べてダンスのお誘い。
「お嬢さん、僕と一緒に踊りませんか」
嬉しそうに微笑み、手を取るかの姉。
「喜んで。でもゆきちゃんに『僕』はやっぱり似合いませんね」
「えー」
二人笑いあいながら炎の周りを舞い踊る。大きな炎とはいえ、生徒が多いせいで囲む輪が大きくなりそんなに明るく照らしてくれるわけではない。
自分の周囲だけが切り取られたようなほの明るい空間の中、2人きりで踊っている錯覚に陥りそうになる。
他の生徒もこの雰囲気にすっかり染まっているようだ。勇気を振り絞って告白をしている声がちらほらと聞こえてきた。大胆だなぁ。
でも恋をするのも立派な青春。
華は短し恋せよ乙女。もちろん男子もね。
燃え上がった炎はいつか消えるもの。頑張って組み上げたキャンプファイヤーと言えどその例外ではなく、やがて炎の勢いも弱まり、この祭りの終焉を告げる。
祭りのあとは寂しい気持ちになるのはつきもの。
わたし達も燃え尽きたキャンプファイヤーの跡を見て余韻に浸る。
だけど燃え尽きる炎の残滓と同じように、わたしの心にはより姉のことがくすぶっていた。




