第84曲 激戦区
「ただいま~」
帰宅して声をかけるとみんなが玄関先まで出迎えに来てくれた。
「おーゆきおかえ……」
固まるより姉。だよねぇ……。
「あ!依子お姉さん、お久しぶりです! すごくおキレイになってて素敵です! 陽愛さんもすごく可愛くなってますね! わたしの事覚えてくれてますか?」
隣で明るく挨拶をする琴音ちゃん。子役をやっていたころ、家に来たこともあるのでより姉とひよりは顔見知りだ。
けど……。
「ゆき、いつも言ってるだろ。なんでもかんでも拾ってくるんじゃねー。ちゃんと元の場所に戻してきなさい」
なぜか仲良くはないんだよねぇ……。
「ちょっとひどいです依子お姉さん! 人を捨て犬みたいに!」
「あーうるせーうるせー。なんでここにいるんだよ」
ほんとそれ。
昨日あの後、同じホテルに空室があったのでそのまま宿泊した琴音ちゃん。
朝からわたしの部屋を訪問してきて家についてくると言って聞かなかったんだよね。なんで家まで……。
きらりさんは今日仕事があるからと帰ったけど、去り際の顔が何とも言えない悔しそうな表情をしていた。
「今日はゆきちゃんのご家族にご挨拶をと思って。わたし、岸川琴音はゆきちゃんのお嫁さんになることにしましたので!」
あー言っちゃった。
しばしの沈黙が流れる。
「「「「はぁぁぁ!?」」」」
キレイにハモりました。
「てゆーかわたしはその話オッケーしてないよね?」
「大丈夫、まだ時間はあるし。必ずゆきちゃんを振り向かせてわたしの全部をあげるんだから」
その自信はいったいどこから来るんだろう。
あとその全部をあげるっていう表現やめてほしい……。
「ゆきちゃーん、どういうことですかぁ?」
ほら、こーなるんだから。かの姉がいつになく怖い。
「だからわたしは頷いてないってば、かの姉」
険しい表情の4人。第一印象めちゃくちゃ悪くなっちゃってるよ、琴音ちゃん。
「ゆきちゃん、知らない方が2人いらっしゃるんですけどこの方たちは?」
そっか。子役時代ってお母さんが再婚する前だから、お父さんの連れ子のかの姉とあか姉のことは知らなくて当然か。
「この人たちは新しいお父さんの娘だからわたしにとっては新しくできたお姉さんたちだよ」
「わたしが楓乃子です」
「茜」
あか姉の不愛想加減が最大になってる。
「わたしはかの姉、あか姉って呼んでるけどね」
なんとか場を和らげようとそんなことを言ってみる。
だって緊張感半端ないんだもの。正直居心地めちゃくちゃ悪い。わたし何にもしてないのに……。
「とりあえず玄関で立ち話もなんだし、上がってもらってもいいでしょ?ここまで来て追い返すわけにもいかないし」
うっかり追い返しそうな雰囲気なんだけどね。
さすがにそれは忍びないのでとにかく中に入ってもらうことにした。
人数分のお茶を用意している間、にらみ合う5人。
いや正確には威嚇してるのは姉妹たちだけで琴音ちゃんはどこ吹く風といった様子。さすが大物歌手。
これからあの中に入っていかなくちゃいけないのか……。
正直逃げ出したい。さすがにそういうわけにもいかないけれど。
「はい、お待たせ。みんな紅茶でよかったかな? 琴音ちゃんもそれでよかった?」
「ゆきちゃんが淹れてくれた紅茶なら喜んでいただくよ!」
元気いいなぁ。ひよりと気が合いそうなもんだけど。
そういえば昔はひよりが見学に来た時、よく遊んでもらってたような気がするんだけど。
「ひよりは昔スタジオに来た時、琴音ちゃんに遊んでもらってたの覚えてない?」
頼む、かわいい妹よ。この緊迫した空気をどうにかして。
「覚えてるよー。あの頃はよかったんだけどねー」
とげのある言い方。ひより、お前もか。
「えーひよりちゃーん。あんなに仲良く遊んでたのになんか冷たくない?」
「そりゃあの頃は無邪気だったもん。でも久しぶりに会っていきなりゆきちゃんのお嫁さんとか言われたらね」
ブラコンを公言してる4人にとっては一大事なわけね。
「でもそんなことこの捨て犬が勝手に言ってるだけだろー? ゆきも結婚なんかできる歳でもねーしな」
その通りです、より姉! でも捨て犬はひどい!
みんな仲良くしよ?
「捨て犬じゃないですよー。確かに今すぐお嫁さんは無理だから、まずは恋人から始めようって昨日ゆきちゃんと話してたんです!」
「ああん!?」
燃料投下するのやめて!
視線が一斉に集まってきたので慌てて首を横に振る。言ってない言ってない。
「つまり2人は付き合ってるってこと?」
ひよりが怖い! いつもは元気にニコニコしてるのに今日はそのニコニコが怖い!
「ちっがーう! 付き合ってないよ! 琴音ちゃんも好き勝手言わない!」
さすがに否定しておかないとそろそろヤバい気がする。
だけど簡単には逃がしてくれない琴音ちゃん。
「ひどい、ゆきちゃん! 勝手にいなくなったあげくに10年も放置しておいてそんな言いぐさなんて!」
「うぅっ……」
それを言われると弱い。
突然引退して音信不通になったのは事実だからなぁ。
「だから、ね? だんだん好きになってくれていったらいいから、もっとわたしの事を見てくれる?」
「琴音ちゃん……」
目を潤ませながら手を握ってくる。優柔不断と言われようがさすがにその手をふりほどくことなんてわたしにはできない。
「ダメだダメだ!そんなの認められるわけねーだろ!」
より姉が断固とした口調ではっきりと反対すると、琴音ちゃんは手を握ったまま不思議そうな顔をした。
「どうしてお姉さんがそんなに反対するんですか? ゆきちゃんとは家族であって恋人ではないですよね?」
それ言っちゃうの、琴音ちゃん。正論と言えば正論だけど、ブラコンな人たち相手に容赦ないね。
「そんなの家族としてゆきがどこの馬の骨とも分からない女と付き合うのを黙って見てるわけにもいかねーだろ!」
いや、全然馬の骨じゃないから。
国民的歌姫だから。
さすがにこのままじゃ埒があかないな。それに勝手にしゃべらせてたらどんどん状況が悪化していく一方。
ここはわたしがきっぱりと……。
「ゆきはわたしがもらう」
あか姉!?
あか姉のきっぱりとした宣言にさすがの琴音ちゃんも驚いたようだ。
「え? でもお姉さんじゃ……」
「血はつながってない。問題ない」
一見無茶苦茶言ってるようだけどその通り。実は法律的にも問題なかったりする。
「それを言うならわたしだって同じです! ゆきちゃんを嫁にもらう権利はありますね」
かの姉……。さらっと嫁って言い切ったね。
さっきまでとはうってかわって妹2人の宣言にオロオロするより姉。
わたしは誰とも血がつながってないんだけど、それを知らないひよりがいる以上より姉としては迂闊なことは言えないんだろう。
と思っていたんだけど。
「わたしだってゆきちゃんをお嫁さんにもらえるの知ってるんだから!」
「ひより!?」
まさか知っていたとは。っていうかよく考えたらわかるんだよな。
あと嫁を定着させようとするのやめようね。
「そりゃわかるよ! わたしとゆきちゃん誕生日9か月しか離れてないんだよ?」
だよね。人間十月十日って言うしね。
よっぽどの未熟児で生まれてこない限り無理だわな。
「だからわたしにもゆきちゃんをもらう権利はある!」
「だったらあたしにだってあるんじゃねーか!」
より姉まで参戦しちゃったよ。このブラコンどもめ。
「え?ゆきちゃんってひよりちゃんたちとも血のつながりないの?」
ほら、琴音ちゃんもびっくりしてるじゃないの。
人様の前でいきなり身内の暴露大会しないでほしい。
「うん、わたしはもらわれっ子なんだ。本当の親は顔も覚えてない」
さすがに衝撃を受けた顔してるな。そりゃそうか。今まで普通の家族だと思っていたのが孤児なんだもんね。
それにしてもみんな白熱しすぎじゃないかな。大切に思ってもらえるのは嬉しいけど。
「ちょーっとみんな落ち着こうか?」
収集がつかなくなりそうなのでちゃんと言っておかないと。
「わたし誰とも付き合う気なんてないよ。まず恋だの愛だのがよく分かってないのんだもん。だから琴音ちゃんとはお友達。みんなもこんなとこで変なブラコン発揮してないでちゃんと自分に合ったいい人見つけなさい」
みんなにはちゃんと幸せになって欲しい。そこにわたしを入れてはいけない。
わたしは誰も愛することなんでできない。その資格がないんだもの。
わたしの使命は人々を幸せにすること。自分が幸せになることじゃないんだよ。
だからわたしはこの命尽きるその日まで歌い続けるだけ。
「わかった? それじゃーこの話はおしまい。琴音ちゃんもね。あんまり困らせると友達も辞めちゃうよ?」
「それだけはイヤ! いいよ、絶対にゆきちゃんを振り向かせて見せるから」
あきらめの悪い人だ、まったく。歌姫がただの配信者でしかないわたしに執着してどうするのさ。
「ゆき……」
より姉はなんて顔で見てくるの。もう成人してるんだし、ちゃんといい男見つけなよ。
「ゆきちゃん」
かの姉も。せっかくの美人がそんな顔してたらもったいないよ。
「ゆき」
あか姉はもうちょっと可愛げ出した方がいいかな。でもきっとそんなあか姉がいいって人が現れるよ。
「ゆきちゃーん……」
ひよりもそんな捨てられた猫みたいな顔してないで。いつもの元気で快活なひよりはすごく魅力的だよ。
「ほらほら、みんなそんなシケた顔してないで。今日はおいしい料理作るからみんなで食べようね」
「ゆきちゃんの料理! 食べてみたい!」
めっちゃ食いついてくるな、琴音ちゃん。
その後はみんなわたしが作った料理で機嫌を直し、そのままわたしの収録を見学。
琴音ちゃんは久しぶりに聞くわたしの生歌に感涙。満足げな顔で帰っていった。
わたしは誰とも恋をしない。
そんな時間がわたしには与えられていないんだから。




