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雪の精霊~命のきらめき~  作者: あるて
第2章 開花・覚醒

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第81曲 楓乃子の猛追

 枕が変わったせいだろうか。妙な時間に目が覚めてしまった。


 枕もとのデジタル時計を確認すると深夜2時半。丑三つ時が過ぎるころだ。よかった。


 丑三つ時はほら、いろんな噂があるでしょ?あっち系の。


 いや、別に怖いとかそんなんじゃないんだけどね!?


 できれば見たくないというか、一生そんな経験したくないというか。


 怖くないよ?全然!


 誰にともなく言い訳をしていたら余計に目が冴えてきた。


 少し夜風に当たると気持ちいいかな。


 2人を起こさないように気を付けて静かに移動。


 一応持ってきていた白のカーディガンを羽織って、部屋に備え付けられたバルコニーへ出た。


 今日は新月だから月の明かりはない。しかし満天の星空が月の不在を狙ってこれでもかと存在を誇示。


 夏は地球が天の川銀河の中心方向を向いている。そのため夏の大三角形に挟まれ天空を斜めに横切る星の大河が銀河の壮大さを見せつけてくる。


 きらめく星の光に照らされ、ほんのりと浮かび上がる山影はなだらかで美しい曲線美。


 そして山の上とは言えさすがは有名観光地。人工的な明かりは地上全体に広がる。


 天と地上の明るさの間にある山の暗闇はより際立ち、まるで山影の闇を空と地上の光の帯で挟み込んでいるようだ。


 BGMはさまざまな虫やカエルといった生き物の声によるシンフォニー。


 都会のような派手さはないけれど、自然の営みと宇宙を間近に感じられるその光景はまた違った趣がある。

 

    挿絵(By みてみん)

 

 ひとつひとつの星の輝きは小さくても、たくさん集まればこれだけ豪華絢爛な光のショーを演出することができる。


 人間だって同じだろう。個人の力はできることが限られていても、集まれば国や世界を動かす大きな奔流になれる。


 良い方向にしろ悪い方向にしろ、数の力というのはとても大きい。


 そんな数の力をこれでもかというほど主張しているような、隙間などあるものかというほどに敷き詰められた星の光に覆われていても、わたしの目が向くのは何もない暗闇。


 数の暴力に屈することなく、見えずとも輝き続ける星々。


 不変に見えるこの星空も、幾星霜もの年月を経れば太陽系が銀河の中を移動して今見えている星が見えなくなり、まだ見えていない星が見えるようになる。


 夜空の世代交代が起きるということ。


 わたし達学生世代も今は見えない星だけど、世代交代を経て夜空を飾る星のひとつになれるかもしれない。


 その時にどれだけ明るく輝くことができるだろう。


 たとえほんのわずかな期間でも、この夜空を照らすほどの光を放つことができるだろうか。



 何も見えない暗闇を見つめながらそんな可能性に思いを馳せていると、バルコニーの扉が開く音がした。


 シルエットでそれが誰かを判断する。


「かの姉?」


 手すりに寄り掛かったまま、顔だけを向けてそう尋ねた。


「こんな暗いのによくわかりますね」


 当然だ。みんなのことは限られた情報でも十分にわかる。


「ごめん、起こしちゃった?」


「いいえ、たまたまお手洗いにと目が覚めたらベッドにゆきちゃんがいないことに気が付いたんですよ。どうせここだろうと思って来てみたら案の定」


 くすくすと笑いながらゆっくり近づいてきたかと思うと、そのまま背中から抱きしめられた。


 背中に伝わる柔らかい感触。ちょ。やめて……。


 かの姉、何とは言わないけど姉妹の中で一番なんだから。自覚して。


 わたしが顔を赤くしていると、からかうように顔を覗き込んできた。


「あらあら、顔が真っ赤ですよ?さっき茜に襲われたことでも思い出しましたか?」


 違います。今現在あなたに襲われているからです。


「これは抜け駆けにならないの?」


 自分であか姉に言っていたことなのに。


「寝ている茜が悪いんですよ。それにわたしだってたまにはゆきちゃんを独り占めしたいです」


 そう言ったと思ったらさらに抱き着く力が強くなり、背中で潰れているものの感触が大きく広がる。うはぁ。ヤバいヤバい。


 絶対わかってやってるよね、これ。


 そう思っていたら今度は後ろからわたしの首筋に顔を埋めてきた。


「うひゃあ!」


 くすぐったくて声が出てしまった。


「しー。大きな声を出すと茜が起きてしまいます」


 誰のせいだと思ってるの?首筋に息がかかってくすぐったい。


「かの姉、くすぐったいよ」


 苦言を呈しても離れてくれる気配はない。むしろ面白がっているのかさらに顔を押し付けてきた。


 すると生暖かくて少し湿った柔らかいものが首に当たる感触がした。


「ふあ……」


 変な声が出てしまった。だってこの感触って……。背中がぞくぞくする。


「どうしたんですかぁ……ゆきちゃん」


 なんかうっとりしてるよ、この人!


 ダメだ、これは完全に襲われている!


「ひゃ!かの、姉……。ダメ、だって……ばぁ!」


 抗議をしてもやめてくれる気配はない。むしろより積極的になってきてる。そうしているうちに……。


 ペロッ。


「~~~~~~~~!?」


 舐めた!?咄嗟に口を押えたからよかったものの危うく声が出るところだった……。


 いつものかの姉らしくない。なんでこんなに積極的なんだ!?酔ってるの?


 さすがにこれはヤバい。耐えられない。


 無理やり体を反転させてかの姉を引っぺがす。


「ああん。もう」


 いや、それを言いたいのはこっちの方だよ?


 突然何してくれちゃってんのさ!


「ゆきちゃんいけずですね。これからだったのに」


 何がこれからなのかは聞かないでおこう。


「首はくすぐったいし、背中に当たってたし……」


 さすがに言うのは恥ずかしくて口ごもってしまう。


「背中ですか?あぁ、当ててたんですよ」


 やっぱりわざとだったか。そりゃそうだよね。いくらなんでも気づかないわけがない。


「ゆきちゃんだって同じもの持ってるんだから。ほら、これ」


 これって言いながらなぜ人の胸つかんでるの!揉むな!


「ちょ!やめなさいってば!」


「いいじゃないですか。同じもの持ってるんですから」


 全然違うわ!


「いい加減にしなさいって。もう、なんで今日はそんなに甘えてくるの?」


 甘えるの範疇を明らかに超えていたけれど。


「甘えですか……。ゆきちゃんのバカ……。わたしがヤキモチ妬いてることにも気が付かないおバカさん!」


 ヤキモチ……。意外な言葉が出てきた。


 何に対して妬くというのだろう。


「その顔はわかってませんね。さっき茜とあんないい雰囲気になっておいて、わたしを放置してひどいです!」


 あー。あの木彫りの仮面状態はヤキモチを妬いていたんだね。


 それは全然気づかなかったわたしが悪いかも。


「いつものようにあか姉がじゃれついてきてただけだから全然気づかなかった。ごめんなさい」


 素直に謝ったのに、かの姉は何も言わずにじっとわたしの顔を見つめている。


「な、何?」


 ちょっと怖いんですけど。怒ってらっしゃいます?


「ゆきちゃんはあれがじゃれついてただけだと?」


 ……。


「いつも甘えてくる時ってあんな感じでしょ?今日は旅行先でテンション上がってたからいつもより距離が近かったのかなーって」


「はぁ、やれやれです……ほんとバカ」


 心底呆れたような顔しないでほしいな。またバカって言われたし。


 まだ呆れたような顔をしてるけど、どこかスッキリしたような顔で手すりにもたれかかるかの姉。


「ほんと、いつになるんでしょうねぇ」


「何が?」


 わたしがそう問い返すとかの姉はふんわりと微笑んだ。


 星明りの下で見るかの姉の微笑みはどこか幻想的で、聖母のような雰囲気をまとっている。


 思わずドキリとしてしまった。


「もういいですよ。ゆきちゃんがそんな状態ならまだわたしと茜はイーブンですから」


「言ってる意味がよく分からないんだけど……」


 今度はくすくすと笑いだした。本当に酔ってない?


「さて、すっかり遅くなりましたし、ちょっと冷えてきたのでベッドに戻りましょう」


 気が付くとけっこうな時間がたっていたようで、少し空が白み始めてきていた。


 夏は日の出も早い。今から寝れば3時間くらいは眠れるかな。チェックアウトに間に合うようにみんなを起こしてあげないといけないしな。


 わたしは頷き、部屋に戻るかの姉の背中を見送りながらもう一度空を見上げた。


 イーブン……か。その点は間違ってないよ、かの姉。


 さすがにこれだけのことがあれば恋愛経験ゼロのわたしでも……ね。


 でもごめんね。その気持ちに気づいてあげることはできないんだ。


 ごめんなさい。


 わたしはみんなの心の中に住まう存在。リアルでは何もできないんだよ。


 だからちゃんとみんなちゃんと自分の幸せをつかんで欲しいんだ。わたしの大切な4人の天使様たち。

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