第79曲 白糸の姫君
「ううぅ、一生の不覚です……」
「無念」
朝から落ち込んでいるかの姉とあか姉。
昨日先に眠ってしまったことを生涯最大の失敗とか言ってかなりヘコんでしまっている。
そんな大げさな。
「今日で終わりじゃないんだからさ。今夜だってあるじゃない」
そう声をかけた瞬間、2人の瞳が確かに光を放ったような気がした。
漫画やアニメでよくみかけるあの「キュピーン」ってやつだ。
「依子さん、ひよりちゃん!今日の部屋割りのために勝負ですよ!」
「手加減しない」
じゃんけんで手加減ってどうやってするんだろう。
「今日こそは負けないもん!」
「へへへ。かかってこいや」
挑戦を受けた2人もやる気満々と言った様子。
なんだろう、この茶番。
「ううぅ、まさか2連敗なんて……」
「なんじゃこりゃぁ……」
両手両ひざを地面につき絶望に打ちひしがれるより姉とひより。
そして勝者の2人は歓喜のハイタッチを交わしている。
結局昨日と同じ部屋割りに落ち着いたのね。
荷物の移動しなくていいからいいじゃん。
「まぁまぁ2人とも!家に帰ったらどうせひとつ屋根の下に住んでるんだからさ!」
ぎぎぎぎぎ……。
という音がしそうな動きで首だけをこちらに向ける敗者2人。
「バカヤローそれとこれとはわけが違うだろ」
「そうだよ、ゆきちゃんは何もわかってないよ」
はいはい、悪かったって。
そろそろ立ち上がってくれないかな?
往来のど真ん中で何やってんだか。
今日は軽井沢を観光するんだからいつまでもそんなところにへたり込んでないで早く行こうよ。
「それじゃ打ちひしがれてる2人はほっといて3人で行く?」
もういい加減恥ずかしくなってきたのでそう言って歩き出そうとすると2人が立ち上がってしがみついてきた。
「なんだよゆき~!お前をそんな風に育てた覚えはないぞ!」
育てられた覚えもないよ。
「ゆきちゃんはいつからそんなひどいお兄ちゃんになっちゃったの?ひより悲しい、よよよ」
なんだその三文芝居は。キャラブレてるからやめなさい。
しばらくブツブツ言っていた2人だったけど、最初の目的地に着いた途端にすっかり機嫌が直っていた。
やれやれ、現金なものだ。
だけど、観光名所なだけあってさすがの環境だ。
訪れたのは白糸の滝。全国的に有名な観光スポットだ。
白糸の名称通りに滝の水は幾筋にも分かれ、本当に無数の糸が垂れているかのようだ。
周囲は緑に囲まれ、流れ落ちる滝がマイナスイオンを発生させているのか空気は澄んでいる。
平日だからか他に観光客がいないこともあって静かな環境に響くのは水の音だけ。
生を謳歌するように生い茂った木々から差し込む木漏れ日が辺りを優しく照らす様子は幻想的だ。
「この上にいかなる姫かおわすらん おだまき流す白糸の滝」
つい口ずさんでしまった。
「ゆきちゃんナニソレ?川柳?」
短歌だよ。この子本当に来年同じ学校に来れるのかな……。
「源頼朝が詠んだ短歌だよ。この優雅な滝と高貴な姫君を結び付けて詠んだ歌なんだよ」
「なるほど。で、おだまきって何?」
はぁ。まぁさすがにこれは知らなくても仕方ないか。
「おだまきってのは昔の絹糸を巻いていた糸巻きのことだよ。ほら、筋がとてもキレイでいくつもの絹糸を垂らしているみたいでしょ」
「へー。さすがゆき、物知りだな」
横で聞いていたより姉が感心したような声を漏らす。
「高貴な姫君。ゆきちゃんみたいですね」
「しらゆきの滝」
意味変わっちゃうじゃん。
せっかくのロマンチックな雰囲気が台無しだよ。
「ふふ、突然そんな歌を詠むなんてゆきちゃんはロマンチストですね」
かの姉に指摘されるとなんだか恥ずかしくなってきた。
いざロマンチストって言われると想像以上に恥ずかしいもんなんだな。
「ロマンチストなくらいじゃないと歌なんて作れないもん!」
照れ隠しのつもりがつい言い方が子供っぽくなってしまった。
「ゆきちゃんかわいい!」
ひよりが飛びついてきた。人が羞恥に悶えているところのどこがかわいいんだか。
意外と女性よりも男の方がロマンチストなのかもしれないな。
古来より風流人って言われるのは男性の方が多いもんね。うん。
せっかくのキレイな景観も騒がしい姉妹にかかっては台無しだ。
できれば野生動物なんかも見てみたかったけど、さすがにそれは山奥まで入っていかないと無理な話だろう。
か弱い?女性4人を連れていけるとは思えない。
となると景観を楽しめる場所と言えば碓氷峠だろうか。
「みんな、次はどこか行きたいところある?」
みんなの意向も聞かなきゃと思って問い掛けたのだけど、返ってきた言葉に脱力してしまった。
「ショッピングセンター」
まったくまた花より団子か。
ちょっとは景色とか歴史的建造物を楽しむとかないものなのかな。
なんとも即物的な姉妹たちだ。
それでも彼女たちの言うとおりショッピングモールに来てしまうわたしもたいがい甘いとは思うけど。
「ここがプリンスショッピングプラザだよ」
こんなことになるだろうなと思って事前に調べておいたショッピングスポットに連れてくると目を輝かせて周囲を見渡す姉妹たち。
やれやれとは思うけど、みんな楽しそうならそれが一番かな。
そこからしばらくはお土産やら雑貨やらを見て回っていく。
特に何かを買いあさるわけでもなくあーでもないこーでもないと言いながらウィンドウショッピングを楽しんでいる姉妹たち。
わたしはご近所に配るお土産を選んでいたけどそんなのすぐに選び終わってしまう。
それでも彼女たちは一向に飽きる様子もなくいろんなお店を覗き込んでいる様子。
女性の買い物ってなんでこんなに長いんだろうな。
手持ち無沙汰にしていると近くのお店の店員らしき人に声をかけられた。
「お姉さん、ひとりぼっちで暇そうだね!俺もうすぐバイト終わるからさ、一緒にお茶でもしない?」
チャラい。高原だからか?見た目も言動も全てがチャラい男がチャラい笑顔で話しかけてくる。
これはいわゆるナンパというやつか。
ナンパ自体は慣れたものだけどここは観光地。どうして女性が1人でぶらぶらしてると思い込むことができるのか不思議だ。
寂しい女の一人旅とでも思われているのだろうか。高校生だぞ。
「連れがいるんでおかまいなく」
ここはやんわりと笑顔で対応。
「そりゃちょうどよかった!こっちも連れがいてさ。休みを利用して住み込みで期間限定のバイトに来てんだよ。みんなで一緒に遊ぼうよ」
なんで連れが女だと決めてかかっているのか。おめでたい頭だな。
それにしても海といい観光地といい、普段と違う場所に来るとどうしてこんなにしつこくなれるのか。
街中でのナンパは断るとすんなり引き下がるのにな。
「出稼ぎ労働ですか、大変ですね。がんばってください。わたしは用事があるのでさようなら」
「そんなつれないこといわないでさー」
そう言いながら腕を伸ばしてくるチャラ男。その腕をどうするつもりだ。いい加減しつこいぞ。
伸ばしてきた腕をひょいとかわすとバランスを崩したのでそのまま背中を押してやった。
前につんのめってそのまま転倒するチャラ男。
「いって!なにすん……」
「しつけーよ」
半ギレで振り返るチャラ男を見下しながらすごんで見せた。
「すんませんした……」
チワワのように縮こまるくらいなら最初からしつこくすんな。
パチパチパチパチ。
拍手の音に振り向くと結構な人が周囲に集まっていた。
「スカッとした!」「すごーい」「お姉ちゃんかっこいい!」
小さい子供まで……。
人の群れの中に姉妹たちを見つけたのでそそくさと合流。まさかこんなに注目を集めてたなんて……はずかちい。
「全部見てたぞー。さすがゆき、手馴れてるな」
意地の悪そうな顔をして。見てたんなら助けろよ。
「ゆきちゃんに助けは必要ないでしょう。かっこよかったですよ」
ナチュラルに思考を読まないで?かっこいいって言われると嬉しいけど……。
「相変わらずすごいね、ゆきちゃんは!なんか格が違うって感じだったよ」
「高貴な姫君」
さっきの白糸の滝の話ですか。って誰が姫君か。
どうやら買い物が終わったのでわたしと合流しようと探していたらちょうどわたしがナンパされていたところだったらしい。
「見てたならどうして助けてくれないのさ」
むーっとした顔をして苦情を言うとより姉が笑いながら肩を組んできた。
「あの場合わたしらが出ていった方がややこしくなんだろ。それにあんなひょろいの相手にゆきがどうこうされるわけもねーしな」
まぁ確かにその通りかも。あの状態でさらに美人が4人も加わったらもっとしつこく食い下がって来ただろうな。
わたしも助けられるよりは助ける方が性に合ってるし。その辺はちゃんと男の子してるな、うん。
「さ、そろそろホテルに戻ろっか。夕飯の時間だし」
ふと見るとさっきのチャラ男がまだこっちを見てた。うわぁ、羨ましそうな顔。
これだけ美人が揃ってたらそれも仕方ないことだとは思うけど。
でもこれだけ美人がいるのにも関わらず、男のわたしにずっと視線を注ぐのはやめてほしいな。




