第75曲 夏休み、2人の時間
生徒会長は長期休暇に入ってもやることがいろいろとある。
特にわたしの場合は全校生徒に楽しい高校生活を!というスローガンを掲げているだけになおさらだ。
1学期に不登校気味だった生徒の家に訪ねていったり、生徒が変な事件に巻き込まれたりしないよう繁華街をパトロールしたりでゆっくりしている暇もない。
だけど、このまま放置するとまた姉妹たちのフラストレーションが溜まってしまう。
時にはオフの日も作って家族サービスしないとな。って社畜のおとうさんか、わたしは。
それに放っておくとだらけた生活になってしまうのもこの姉妹たちの困ったところだ。
今日もクーラーのかかったリビングで溶けている。
「みんなー!海行こうよ海ー!」
もそもそと動き出す姉妹たち。芋虫みたい。
「やだよー。どうせまたゆきがしりとりして終わるだろ」
より姉、言い方。去年の事なのにそんな細かいことまでよく覚えてたね。
あれはやりたくてやったわけじゃないんだけど……。しりとりは勝手にやってたことだけど。
「それじゃプールは?プールなら監視員もいるし」
「海と変わんないじゃん。水遊びしたいって気分でもないかな」
ひよりはなんでそんなにやる気がないの?
「やっぱり家でゆっくり涼むのが一番です~」
かの姉が一番溶けてる。
「みんなバイトが忙しくて疲れてる」
それもそうか。あか姉の言う通り、何か月か前からひより以外突然アルバイトを始めてしまったんだよね。
自分の欲しいものくらい自分のお金で買うため、なんて言ってたけどそれにしたってみんな一斉に始めなくても。
「そっか。みんな疲れてるんだね。じゃあわたしもおとなしく曲作りでもしてくるね」
せっかく時間を空けたけど、無理を言っても仕方ないから引き下がったけどなんだか寂しいな。
今までわたしが遊びに行こうって言って断られたことなんてなかったのに……。
すごすごと引き下がりスタジオに下りていくわたし。なんだかなぁ。
* * *
「より姉、デジャヴなんだけど」
非難の目を向けてくるひより。
「誕生日の時と同じ展開ですねぇ」
無言でジト目の茜。
「うぐっ……。しょうがねーじゃねーかよ。正直に話したら絶対反対するぞ、あいつ」
サプライズにするつもりはないんだけど、あたし達には計画がある。
それも次のお給料が入ってきたらみんな達成だ。
「アルバイトをすること自体にあんまりいい顔してませんでしたもんね、ゆきちゃん」
そーなんだよな。あたしらがバイトするって言ったら「なんで!?」って迫って来たもんな。
あたしらがバイトするとなんかよくないことでもあるのか?
「でももうすぐみんな給料日だろ?目標金額は貯まりそうなのか?」
「大丈夫ですよー」
「余裕」
ひよりとゆきの分はあたし達が分担して払う予定だ。ゆきはともかくとしてまだ中学生のひよりはいいなぁ。
でも自分で稼いだ方がきっと嬉しさも倍増するだろうし、ひよりも来年からはバイトすんだろ。
「給料日一番遅いのが茜か。そしたら茜の給料日にみんなで誘うからな」
「わかった」
「また寂しそうな顔しなきゃいいけどねー」
「それを言うなよ、ひより。今度ばかりはしゃーないんだから」
みんなで顔を見合わせて少し心配そうな表情。でもそのうち楓乃子が笑い出した。
「でも楽しみですね」
「違いない」
「だな。あー給料日早く来ねーかなー」
ソファーで伸びをしながらこぼしていると、ひよりが立ち上がった。
「わたしちょっとゆきちゃんの様子見てくるね」
心配なのはあたしも同じなんだけどな。ちょっとうつむいてたし。
でもここは小さいころからゆきにかわいがられてる末っ子に任せるか。
「泣いてたら慰めてやってくれー」
「もしゆきちゃんが泣いてたらより姉殴りに来るから」
* * *
スタジオに下りてきたらゆきちゃんはダンスの練習中だった。
「ゆきちゃん全然気づかないや」
踊る姿をじっと見つめているわたしの存在にも気が付かないその集中力はすごいなと思う。
キレがありながら無駄のないステップは流麗で、遅れてついてくる絹のような髪さえダンスの一部のよう。
いつも優しく微笑みかけてくれる瞳に宿るのは、本当に歌と踊りが好きな人にしか出せないであろう情熱の色。
配信の時はあんなに笑顔で踊っているのに、練習の時はすごく真剣な顔。
その眼差しからは普段の穏やかさが消え、抜身の刃のように鋭く美しい。
絶え間なく繰り出される手足としなやかな体の動きはなめらかで、声だけじゃなく体全体で楽曲を表現してる。
ダンスそのものが曲に合わせたストーリーを紡いでいるみたいだ。
心臓が跳ねる。一度高鳴ってしまった鼓動はなかなか収まらない。むしろもっと激しくなってしまう。
あの隣でわたしも一緒に踊ってみたいな……。
やがて曲が終わり静かになったスタジオに響くわたしの拍手。
それでようやくわたしの存在に気が付いたようで驚いた顔をしてる。
「ひより、いつからそこに?」
こちらに近付いてくるゆきちゃん。激しめのダンスだったから汗をかいている。
頬を伝う汗まで美しいとかどんだけ美の化身なのさ……。
「割と最初の頃からいたよ。ゆきちゃんダンスに夢中だったみたいだけど」
そばに来たゆきちゃんの汗を置いてあったタオルで拭いてあげた。
大人しくなすがままにされている。なんかこっちが照れてきた。
「それにしても相変わらずの迫力だね。何度見ても鳥肌が立つよ」
顔が熱くなりそうだったので話を振って気持ちを落ち着かせる。
するといきなり顔を覗き込まれた。近いってば!
せっかくの努力もむなしくすっかり顔が熱くなっちゃったじゃんか。もう!不意打ちはずるいよ。
「ひよりもダンス覚えてみる?」
え?
確かに踊ってみたいなとは思ったけど……。
「ゆきちゃん、教えてくれるの?」
忙しそうにしているから無理だと勝手に諦めていたので予想外の問いかけに戸惑ってしまった。
だけど快くいいよと言ってくれてわたしは嬉しさのあまりすっかり舞い上がってしまった。
「ほんと!?教えて教えて!やったぁ!」
つい無邪気にはしゃいじゃった。照れくさいからどさくさに紛れて抱き着いちゃえ。
汗かいててもいい匂い……。安心する。
「ちょっとひより?わたし今汗かいてるから!」
ゆきちゃんは慌てて離れようとするけど放してあげない!だってとっても嬉しくて……大好きなんだもん!
がっちりホールドしたまま汗を拭いてあげると諦めたようでまた大人しくなった。
かと思ったら急に頭を撫でられて、顔から湯気が。また不意打ち……。
「それじゃ、さっそく教えるから練習してみようか」
それからわたしはまず簡単なステップを教わった。
リズムに合わせて足を出して、引っ込めて。
やってみると意外と難しくて、いとも簡単にやってのけるゆきちゃんを改めてすごいなと感じる。
ゆきちゃんも隣で同じようにステップを踏んでくれているのでそれに合わせて同じ動きを繰り返していく。
すると最初はぎこちなかった動きがだんだん滑らかになってきて、ゆきちゃんの動きに追いつけるようになってきた。
休憩を挟みながらずっと繰り返していくうちに、2人のステップがシンクロしていく。
ナニコレめっちゃ気持ちいい!
もう足元を見なくてもしっかりステップを踏めるようになった頃にはお互い顔を見合わせて笑顔で踊っている。
ゆきちゃんがわたしの顔を見て何かの合図?
わかった!
まだちゃんと教わっていないからぎこちないものの、同じタイミングでターン!
できた!
ダンスを通じて心を通い合わせることができたみたいでめちゃくちゃ嬉しい!
これはゆきちゃんがダンスにハマっちゃった理由もわかるわぁ。
わたしはすっかり息があがっているけど、ゆきちゃんは余裕の表情。悔しいけどこれも実力の差だよね。
いつか必ず追いついてやる!
それから時間のある時を見つけてはゆきちゃんからダンスを教えてもらうようになった。
2人きりで過ごす秘密の特訓みたいですごく楽しい。全然秘密でも何でもないけど。
「ひより、すごく上達が早いよ!これならすぐに踊れるようになるかも」
教える側のゆきちゃんもなんだか楽しそう。
文字通り手取り足取り教えてもらえて、以前よりゆきちゃんをグッと身近に感じるようにもなった。
もっともっとそばにいたい。息を合わせて、心も通わせてそのまま溶け合ってしまうくらいに。
この時間をいつまでも続けていられるように。
もっとうまく踊れるようになるから。
いつか一緒にステージに立たせてね、大好きなゆきちゃん!




