第7曲 箝口令
金曜日の放課後。
明日はお休みということもあり、たくさんの生徒が残っておしゃべりしたり休みの日の予定を約束したりしている。
喧騒の中、わたしの名前を呼ばれたような気がしてそちらを向くと男子生徒が数人集まってスマホを覗き込んでいる。
スマホから聞こえてくるのはこの世で一番聞きなれた声。わたしの声だ。昨日の告知の配信を見ているらしい。ちょっと照れるんですけど。
「な!この子めっちゃ可愛いだろ?」
「絵師は日向キリか。俺も推しの絵師だけど、これはいつもよりクオリティが高いな」
さすがキリママの力作!やっぱりみんなかわいいと思うよね!自分のことのように嬉しい。まぁ自分の分身なんだけど。
「それにこの子の声よ!チョーかわいくね?」
「キャラによく合ってるな」
わたしがまだ中学生ということもあってキリママの書いた絵も幼い印象だったので、意識して少し高めの声で話してよかった。普段そんなに高い声で話してるわけでもないしこれで身バレすることはないだろう。
「歌とダンスが好きなところといい、名前といい、……広沢っぽくね?」
えぇぇ!そんなあっさり……?名探偵すぎない?いやいや、ここは他人の空似ということでしらを切りとおすべし。ワタシカンケイナイ。心を無にしてやりすごそう。
幸い話をしていたのが男子だけだったので、直接聞かれることはなかった。
女子なら遠慮なく聞いてくるけど、男子はいまだにわたしに対して遠慮がち。
女子はもうみんな『ゆき』か『ゆきちゃん』って呼んでくれるのに男子は全員『広沢』って呼んでくるし。広沢は各学年にいるんだけどな。
ともあれ余計な火の粉が飛んでくる前にさっさと退散。
(ゆきとひよりはもう待ってる頃かな)
そんなことを考えながら急いで教科書をカバンに詰め込む。今日は日直だったので時間が遅くなってしまった。
帰り支度をしているとクラスメートが話しかけてきた。わたしは普段から無口なので友達とおしゃべりに興じることはほぼないんだけど、別に友達がいないとかじゃなく日常会話を交わす相手くらいはいる。
「茜ちゃんの弟って確か自分のことを雪の精霊だって言い張ってるって言ってたよね?」
他の話題なら帰り支度を優先するけどゆきのことならいつでも大歓迎だ。他ならぬゆきのことなんだからあの2人ももう少し位は待ってくれるだろう。
弟の魅力はいくら語っても語りつくせない。なんならこのまま明日のホームルームが始まるまで語り続けてもいいくらいだ。転校初日からその美貌と歌唱力で瞬く間に全校生徒から注目を集めているらしく姉としても鼻が高い。
ブラコンなのは自覚しているし、隠す気もない。出会ったころからずっと好きなんだからどうしようもない。
そういえば昨日、自分を雪の精霊って言い張っているところがかわいいって友人に熱く語ってしまったな。
「うん、ゆきは小さいころからそう言ってる」
「いや、昨日から配信を始めたVtuberがさ、『雪の精霊/YUKI』って名前なんで茜ちゃんの弟さんじゃないかって噂になってるんだよね」
しまった、余計な情報を流してしまったか。でもゆきは普段から口癖のように言ってるからな。その本人がこんなチャンネル名つけて……悪いのわたしか?
「……お願い、本人には黙っていてあげて」
「やっぱり弟さんなんだね……なんというか名前安直すぎない?」
「本気で隠す気あるのかわたしも疑問。でも近しい人に見られることは恥ずかしいみたいで頑なに隠そうとはしてるから」
「けっこうあちこちで噂になってるけど……割と天然なのかな?そゆとこなんかかわいいし黙ってた方が面白そうだね。部活や委員会で後輩にも箝口令出しとくよ」
そんな天然なとこもゆきのかわいさのひとつ。またゆきの魅力の片鱗を知る人が増えた。惚れるなよ?あげないからな。
「ありがとう。本人が気づかなければいい。温かい目で見守ってやって」
きっと明日の朝にはほぼ全校生徒が知っているってことになってそう。知らぬは本人ばかり。
「よろしくお願い。弟たちが待ってるから帰るね。また来週」
「うん、またね。陰ながらゆきちゃんのこと応援してるからね」
「ありがとう。それじゃ」
クラスメートに別れの挨拶をして校門に向かうとすでに2人とも待っていた。
「ごめん、日直で遅くなった。待った?」
「ううん、そんなに待ってないし大丈夫。日直だったら仕方ないしね」
ゆきの様子を伺うにVtuberの件は本人の耳には入ってないのかな。「2人とも今日は何の問題もなかった?」それとなく話題になっていないか探ってみる。
「今日は何事もなくいたって平和な一日だったよ。さっそく昨日の配信を教室で見てる生徒もいたけどわたしだとはバレてないみたいだし」
あー本人から何も言わないしクラスメートもきっと気を遣ってくれたんだろうな。良い友達に恵まれてよかったな、ゆき。無邪気な笑顔してるけど今頃校内はおまえの噂でもちきりだよ。
「どうしたの?なんか切なそうな眼をして」
「いつも思うけどゆきちゃんってよくあか姉の表情の変化に気づくよね」
「そう?わかりやすいよ?」
そんなことを言ってくれるのはゆきだけだ。大体の人たちはわたしが何を考えているかわからないと言う。
生来の観察力の鋭さもあるだろうけど、それだけじゃなくいつもわたしのことをよく見てくれているということなんだろう。
それはそれで嬉しいんだけど、そんな頭のいいゆきがまさか普通に考えたらバレるってわかりそうな安直なチャンネル名をつけるなんて。普段の完璧さとのギャップがたまらない。不憫かわいい……。
「あれ?今度は哀れむような目でわたしを見てない?」
「気のせいだ」
ほんとよく見てるな。大丈夫、どんなことがあってもお姉ちゃんはゆきの味方。何かあったときにはフォローくらいはしてやるから。
帰り道、少し歩調を遅らせてゆきと距離をとり、本人に聞こえないくらいの声でひよりが尋ねてきた。
「あか姉のクラスでも噂になってた?」
それだけでひよりが何を言いたいのかわかってしまう。やっぱりすでに全校生徒に広まってるであろう確信が持てた。
「うん。口止めしといた」
「わたしもみんなにお願いして本人には伝わらないように頼んだよ」
「世話のかかる弟だ」
「そんなこと言いながらあか姉笑ってる。さすがにその顔はわたしにもわかるよ」
「そんな抜けたところもかわいいから」
「ほんとゆきちゃんは何をしてもかわいいよね。かわいいのオバケだ」
そんなことを話していると前を歩いていたゆきが振り返って声をかけてきた。
「ちょっと2人ともそんな後ろで何してんの~?ひとりにしちゃイヤだよ」
少し話し込みすぎたみたいで距離が開いてしまい不審な顔をしている。こんなことでバレてしまっては何のために口止めをしたのかわからなくなるというものだ。話は打ち切って何事もなかったように追いつく。
「ゆきは後ろ姿も美人だなってひよりと話してた」
「そうそう、全距離全方位どこから見てもスキがないなって」
「なにそれ。そんなおだてても晩御飯のおかずが好きな物になるくらいだよ」
「それは十分なご褒美だ」
ゆきが作るご飯+大好物となれば最強の組み合わせで自然とテンションが上がる。ひよりは飛び上がって喜んでるくらいだ。そんなことを言われたら遠慮なく好きなものをリクエストする。
ゆきの作るものは何を食べても美味しくて、それこそ高級レストランにでも行かないと食べられないくらいレベルが高いのだけどそれが好物ともなれば格別だ。
ひよりはハンバーグを、わたしは海老フライにした。
ゆきは上機嫌で「期待しといて」と言うが毎日のご飯自体が期待度Maxだよ。こうして毎日愛情たっぷりで作ってくれた美味しいものを食べられることがいかに幸せな事かをゆきはわたし達に教えてくれる。
そんな他愛ない日常会話も、ゆきと話しているというそれだけのことで楽しくて幸せで愛しさがあふれて止まらない。
いつも変わらず仲良しでいられることを誰かに感謝したいくらいに嬉しくて、いつまでも姉弟5人で仲良く楽しい毎日が続くことを切に願う。




