第61曲 ゆき先生の恋愛相談。そしてヤツの再来!
「おはよう、みんな」
今日も姉妹たちを起こして回ったんだけど、なんだかいつもより甘えかたがエスカレートしていたような気もする。
そして全員揃っておりてきたのだけど、なんだかみんなそわそわしてる。
「どうしたの?朝ごはん出来てるけど、あんまりお腹空いてない?」
「いや、そうじゃねーんだ、そうじゃ。ただちょっとな、ハハ」
より姉、顔が赤いよ?
「本当に?なんか顔が赤いけど体調悪いんじゃないの?」
より姉の顔を覗き込むと「ひゃん」というかわいらしい声を出して飛びのかれた。
わたし、なんかした?
よく見ると他のみんなも様子がおかしい。
かの姉はずっと髪の毛を指でくるくるしてるし、あか姉は一点をじっと見つめたまま動かない。
ひよりはやたら上機嫌でそわそわして……ってこれはいつものことか。
「みんな本当にちゃんと食欲はあるんだね?無理して食べたら吐いちゃうからね」
「ゆきのご飯食べないなんて選択肢はない」
あか姉が最初に席についた。続いてみんなも席につくけど、全員なんだか顔が紅潮してるような気がするんだよなぁ。
風邪が流行ってるとかじゃなければいいんだけど……。
でもご飯の食べっぷりを見ているといつもと同じ。まぁ安心かな。でもなんなんだろう。
「ごちそうさまでした」
全員揃って食べ終わり、食器の片づけ。わたしが進学したことで朝登校する時間が姉たちと一緒になった。
ひよりはもっとゆっくりできるんだけど、途中までゆきちゃんと一緒がいい!というので結局みんな同じ時間に家を出ることになっている、
ひより、こんな早くに登校して時間を持て余してないのかな。
本人がご機嫌なのであまり突っ込まずに、みんな揃って「いってきます」
心配な面はあるけど、朝こうやってみんなで出発できるのもいいよね。
より姉は午前の授業がない時はお見送りしてくれる時もあるけど。
いいなぁ専門学生。
途中でひよりと分かれて、より姉も駅の方へ向かったので学校へ向かうのはかの姉とあか姉とわたしの3人。
わたしが入学してからというもの、かの姉はことさらにご機嫌だ。
「だって1年しかないゆきちゃんとの登校時間は貴重なんですよ。満喫しないとです」
何を満喫するのかはよくわからないけど、ご機嫌なのはいいことだ。
そう思っていたら急にかの姉がわたしの方に振り向いて真剣な表情で話しかけてきた。
「ゆきちゃん、『恋愛学校』読みましたけど、あれに描かれていた内容は全て忘れてください」
へ?
「なんで?男性の気の引き方とかも書いてあったでしょ?」
「その辺りが問題なんです。あれは恋愛指南ではありません。悪女製造設計図です」
そ、そうなのか。
「どこの世界に男性にだけ向かって「んっ」って悩ましい声を出してから話し出す女性がいるんですか。痴女ですよ痴女」
まぁおかしいなとは思ってました。
「それに去り際にウィンク!?いつの時代ですか!女子高生がやったら逆にドン引きされますよ。しかも著者が男性だった時点でアウトです」
「なんで男性だとアウトなの?」
分からないので聞いてみた。
「女心をまるで分っていないからです!あれはただの男性の欲望詰め合わせセットです!茜も読んでみますか?」
あか姉がいつもの無表情で首を縦に振る。見るんだ……。
「逆に内容が気になってきた」
あか姉がそう言うと、かの姉はわたしには聞こえないように耳打ちしだした。
「いくつかはゆきちゃんに使えそうなのがあったので、付箋を貼っておいたから読み終わったらはがしておいてくださいね」
なんていったのかは知らないけど、黙ってうなずくあか姉。そのサムズアップは何?
やがて学校に到着。
いよいよ今日の放課後には恋愛相談だ。
本人も恥ずかしいだろうから、今日は生徒会活動をお休みにして1対1で対話ができるようにしてある。
少し緊張する。恋愛相談なんて生まれてこの方初めての経験だしな。
でもこれで経験値を積むことができれば今後もっと役に立ってくるに違いない。
だって思春期真っ只中のわたし達は恋する年頃でもあるんだから。
わたしみたいな例外中の例外も中にはいるけど。
誰もいない生徒会室。わたしは会長席に座り、ただ待っている。
机に肘をつき、両手を顔の前で組んで完全に第一種戦闘配置だ。
サングラスはしていない。隣に白髪のおじさんも立っていない。
でもこれから始まる極秘会議。気を抜くわけにはいかない。
相手からどんな攻撃を受けるかわからないのだから。
ピリピリとした重い空気の中、生徒会室のドアがノックされた。
「どうぞ入ってください」
できる限り優しい声で先ほどまでの緊迫した空気を吹き飛ばす。
やっぱり相手も緊張しているだろうし、配慮はしてあげないとね。
ドアが開き、入ってきた女子生徒。
「どうぞ、いらっしゃい生徒会室へ」
極力優しい声を心がけて相手の緊張をほぐそうとする。恋愛相談なんてきっと緊張するだろうしね。
椅子に腰かけたのを見届けてからお茶の支度をする。
「飲み物は何がいい?コーヒー、紅茶、日本茶があるよ。全部インスタントだけどね」
ニコッと微笑みながらそう言うとその子も笑顔で「それじゃ紅茶で」と返してくれた。
少しは緊張もほぐれたかな?よしよし、滑り出しは好調だ。
お茶を淹れてわたしも応接用ソファーの対面に腰を下ろす。ちゃんと向き合いながらも優しい雰囲気は崩さない。
「今日は恋愛相談ってことだけど、どうしてわたしを指名してきたのか聞いてもいい?」
まずはジャブとしてどうしてわたしなのか聞いてみる。
恋愛経験皆無のわたしに聞く意図がいまだにわからない。
「会長なら男性女性両方の特質を持っているので、どちらの気持ちも分かるかなと思いまして」
この人わたしを両性具有だと思ってるのかな?わっかんないよ女心なんて!
「んーちゃんとご期待に添えるか不安だけど、まずは話を聞かせてもらおうかな」
苦笑しか出ないよ。ハードル高すぎるよ。
「はい。相手は近所に住む小さいことからの幼馴染なんです」
小さいころから一緒にいる。その言葉になぜか反応してしまい、身を乗り出してしまう。
「ずっと仲が良くて、お互い何でも言いあえるような仲だったんですけど、中学3年生くらいから彼の身長が伸びたこともあってかだんだん男性として意識するようになってきて。
卒業するころにはハッキリ好きだと認識してしまいました」
確かこの人2年生だよな。ということは1年以上も片思いか。それはさぞかし悶々とした日々だったろうな。
「告白しようとはしなかったんですか?」
いきなり核心だが聞いておかないと。
「怖くてできてません。もし断られたらもう幼馴染ですらいられなくなるような気がして」
なるほど。好きで付き合いたいという気持ちはあるけど今の関係性を壊すのも怖い。
ありがちと言えばありがちな悩みだけど、それだけ普遍的な悩みであるからこそ簡単な解決は難しい。
結局は本人の覚悟次第でしかないんだ。
「それで、結局あなたは彼とどうなりたいと思っているんですか?」
あれこれ話していても結論は出ないだろうと思い、核心をついてみる。
「できれば、あの、彼と恋人同士になってデートとかしたいです……」
くっ、甘い空気が……。ひるむなゆき、ここからが本題だ。
「では告白するのは?」
「それが怖いんです。永遠に彼を失ってしまうんじゃないかって」
そうなるよね。思考の袋小路、無限ループだ。
こうなったらもう別の角度から俯瞰的に現実を突きつけて、後は自分で選ばせるしかない。
「考え方を変えてみましょうか。人間はいつも選択を迫られて生きています。
その選択で後悔するかしないかが決まるときもある。
どちらを選んでも何かしらの後悔が残ることもある。
今あなたが置かれている状況というのはまさに後者ですね。
玉砕して後悔するか、永遠に何も言わずに後悔するか。」
彼女は何も答えずわたしの顔をじっと見つめている。真剣に考えているようだ。あと一押しか。
「何も言わずに済ませた場合、あなたは一生後悔し続けることになるかもしれません。
でも万が一玉砕したとしても失恋の悲しみというのは時間と共に薄れていくものです。
ひょっとしたらもっと素敵な出会いがあるかもしれません。
どちらを選ぶかは先輩、あなた次第なんですよ」
彼女の目に意思が宿り始めた。これでとどめかな。
「悲観的な見方で話してきましたが、告白という行動に移した場合は別の可能性も生まれます。
気持ちを受け入れてもらって恋人同士になれる可能性です。」
わたしは身を乗り出し、彼女の目を見据えてハッキリという。
「一生後悔し続ける道を選びますか?」
すると彼女はゆっくりとかぶりを振った。
「何もしないでうじうじ悩み続けるなんてわたしの性に合いません。たとえどんな結果になっても後悔し続けるよりはマシですよね。勇気を出して告白してみます!ありがとうございます!」
そう言って彼女は深々と頭を下げた。次に顔を上げた時、彼女の顔には確かな決意の色が宿っていた。
「頑張ってください!わたしはいつも応援していますから!また悩みができた時はいつでも来てくださいね」
「会長に相談して本当によかったです。さすが1年生で会長になった実力は伊達じゃないですね」
彼女の顔にはもう笑顔が戻っていた。これならきっと大丈夫だろう。
女の人はやっぱり笑顔が一番素敵なんだから。
その後、聞いた話によれば彼女の告白は成功してめでたく恋人同士になったらしい。リア充め。
ふぅ。懸念事項が解決して安心した吐息を漏らしていると、再度生徒会室のドアをノックする音が聞こえた。
ドンドン!少々乱暴な叩き方だ。
「どちらさまですか?」
すこし怪訝な声でそう誰何すると相手もこちらの雰囲気に気づいたのか扉はそーっと開けてきた。
「もう前のやつの恋愛相談は終わったかな」
「終わりましたけど。なんで知ってるんですか。盗み聞きは悪趣味ですよ」
わたしが険しい表情を崩さずにそう言うとその先輩は慌てて否定した。
「違うよ!相談していた女が同じクラスのやつで今日会長に相談するっていってたからよ!そろそろ終わったかなと思って来たらちょうど出ていったところだったんだよ」
必死に言い訳をする先輩。なぜ先輩か分かるかって?わたしはこの人を知ってるからだ。
「で、何の用ですか?昭和アニメ先輩」
「誰が昭和だ!てかなんだよその名前?」
分かる人は分かったと思うけど、中二の時転校してきたばっかりの時にいきなり絡んできてわたしに投げ飛ばされたあの先輩だ。(第13曲『男友達獲得計画』参照)
「とある人が名付けてくれた名前です。だって先輩の名前知りませんし。」
「富樫だよ!とーがーしー!これで覚えたか!?」
「そんな大声で言わなくても聞こえてますよ。もしかして男の塾とかに入ってたりしませんよね?」
「入ってねーよ!」
「それはよかったです。でもよくこの高校に入れましたね」
言っちゃ悪いけどとてもおつむの出来が良さそうには見えない。
「不正ですか?自首してください。少しは罪が軽くなります」
「必死で勉強したんだよ!なんで普通に落ちる前提なんだよ!」
いちいちうるさい先輩だ。で、結局何の用なんだ。
「あの、そろそろわたしも疲れたんで帰りたいんですけど、いったい何の用ですか?」
「俺も恋愛相談だよ」
「はぁあ!?」
突拍子もないことを言うので思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
産まれる時代を間違えたとしか思えない見た目のこの人が恋愛……。
「ぶふっ!」
思わず噴き出した。
「笑うことはねーだろ!こっちは真剣なんだからよ!」
確かに人の真剣な思いを笑うのは良くない。面白いのは仕方ないけど。
「失礼しました。で、今日はその恋愛相談とやらでわたしに何を聞きたいんです?」
ダメだ。この人第一印象が最悪だったおかげでどうしてもぞんざいな扱いになってしまう。面白い人なんだけどね。
「いや、本気で好きになった相手がよ、全然振り向いてくれないんだよ。どうしたらいいかと思ってよ」
「諦めてください。それじゃ」
帰り支度をしようと立ち上がったら慌てて止めにきた。
「ちょちょ!いくらなんでもひどくない!?俺の扱い軽すぎない!?」
もーめんどくさいなー。さっさと告白でも何でもして玉砕か振られるかしてきたらいいのに。
「そんなこと言われても。そんなどうでもいいことわたしに相談されてどうしろっていうんですか」
「どうでもいいって言った?ねぇ言ったよね!?」
「言ってません!で、なんなんですか?」
「おれが好きなのがおまえだからだよ」
ピキッ。自分の怒りが音で聞こえたのは初めてだ。
「やっぱりあの時打ちどころが悪かったんですね。もう一度ぶん投げたら元に戻ります?」
「待て待て、暴力反対!」
どの口が言ってんだ。
「選択権はあげます。背負い投げと巴投げ、どっちがいいですか?」
「どっちにしろ投げられるのかよ!」
まったく始末に負えない。どうしたらいいものか。
「あのね、わたし普通の男ですよ、お・と・こ。同性を好きになるわけないじゃないですか」
「愛があれば性別なんて関係ないぜ」
ビキビキッ。どうやら火に油を注ぐのが得意技らしい。
「裸締めで締め落とすか」
「下手したら死ぬから!」
「だから先輩に1ミリも興味ないっていってるじゃないですか!好きの反対は何か知ってます?嫌いじゃなくて無関心なんです!つまりどうでもいい存在ってこと!」
「そこから生まれる愛も……」
「ぜったいねー!」
とうとうキレたわたしは生徒会室の扉を開け、そのまま背負い投げでぽいっ。
あー疲れた。もう二度と登場しないでほしい……。
明日は風紀委員と合同で朝の服装チェックもあるし早く帰ろっと。




