第6曲 配信、はじめました
疲れた体を引きずるようにして家に帰ると、みんなまだご飯を食べずに待ってくれていた。
温めれば食べられるようにしてあったのに、誰も文句など言わず思い思いにソファーでくつろいでいる。
「先に食べてくれてよかったのに」
「いつも道場行ってもそんなに遅くなるわけじゃねーだろ。ご飯は1人で食べるよりみんなで食べた方がおいしいんだから気なんてつかわなくていーんだよ」
ソファーに寝転がっていたより姉がそう言ってくれる。そんな思いやりが身に染みるほど嬉しくて、さっきまで感じていた疲れもどこかへ行ってしまった。
「ありがとね。じゃあすぐ温めるからみんなで食べよ」
わたしの一番大切な人たちに感謝の気持ちを込めた笑顔を向けて、食事の支度にとりかかった。
* * *
「くっ、あの笑顔は反則だろ……」
台所に立つゆきには届かない声でつぶやく。
「なんかドキドキしてるよぉ」
ひよりもダメージを受けてるみてーだ。
「なんであんなに愛らしい笑顔ができるのかしらね~」
「正に規格外」
いや、全員やられたらしい。
「みんなどうしたの~?ご飯すぐできるよ?」
ほんと、弟が可愛すぎるんだがどうしたらいいんだ……。
そんなかわいい弟にご飯の用意をすべて押し付けるわけがなく、それぞれが何も言われなくてもやることを見つけて手伝う。
ひよりがそれぞれのお米を茶碗によそい、楓乃子が食器類をテーブルに並べ、わたしは茜と一緒に配膳を手伝う。
準備が整ったところでいつもどおりわたしのよびかけにあわせてみんなで『いただきます』
今日の食卓での会話、もちろん主役はゆきだ。
「今日からいよいよ配信開始だな」
「うん、今日は自己紹介と活動内容の告知くらいだけどね」
「第一印象は大事だよ、ゆきちゃん! がんばってね!」
さりげにプレッシャーかけてねーか、ひより?
「人前に立つのは慣れてるし平気だよ。それにとってもかわいいイラスト仕上げてもらったしね!」
経験も舞台度胸にも問題はないのに、いざ生配信を見せてくれと言うと真っ赤な顔でイヤだと拒絶するのが謎だ。
他人の前では堂々と披露できるのにどうして身内にはそんなにシャイなんだ?
恥ずかしがる顔もいちいちかわいいな、おい。
「どうしてわたし達には見せてくれないの~?歌うことは別に恥ずかしくないんでしょ?」
ひよりが疑問を口にした。まったくだ。どうして隠す必要があるんだか。
「生配信の時は歌だけじゃなくてリスナーさんといろいろお話したりもするからね……テンション上がったら余計なことまで言っちゃうかもだし……」
テンション上がったら何を口走ってしまうってんだ? 余計気になるじゃねーか。
「で? どんなイラストを描いてもらったんだ?」
ゆきがスマホをいじって画面をみんなに見えるように掲げる。
「確かにかわいい……でも」
「でも?」
「なんでもない」
ゆきは不思議そうな顔をしてるが何を言いたいかわかるぞ、茜。中の人の方が断然かわいいとかいいのかって言いたいよな。絵師さんに失礼だから言わないけど。
「そういえば打ち合わせの時に、絵師さんがこの依頼は自分史上最大の力を振り絞ってやりとげる! って言ってたからかなり気合入れて描いてくれたんだと思うんだよね。ほんとかわいいもん」
史上最大の力ねぇ。それってやっぱり……。
「打ち合わせの時に顔は見せたのか?」
「うん、イメージを知りたいからってビデオ通話したよ」
「「「「あー……」」」」
全員声を揃えて納得。この弟の分身になるかわいい絵を描いてとかどんな無理難題だよ。そりゃ最大の力を振り絞らないと描くことなんてできないわな。ゆきは別の意味にとってるみたいだけど。
でもゆきがこんなに生き生きとした顔をしてるのは、見ているこっちも嬉しくなってくる。
いつも人の世話ばかりで自分の事は後回しにしてしまう弟が楽しんでいるんだ。精いっぱい応援してやりたい。
いつもどおりゆきの作った美味しい料理に舌鼓を打ち、満足して食後のお茶をすすっていたらけっこういい時間になっていた。
「時間は大丈夫なのか?」
「あ! もうこんな時間になってたんだ! そろそろ準備するから行くね!」
声を揃えて発破をかける。
「頑張ってな!」「いっぱい楽しんできてね!」「応援してますから~」「トチるなよ」
一部煽ってるような気もするけど各々が激励の言葉をかけてゆきを見送る。
ゆきなら大丈夫。見た目どころか性格まで良いところばっかりの自慢の弟だ。
きっとみんなの人気者となるに違いない。
日本どころか世界中で愛されるようになる日がやってくるんじゃないか、そんな気がした。
* * *
ゆきちゃんがスタジオに入ったのをしっかりと確認すると、より姉がわたしに尋ねてきた。
「それで、こっちの手筈は整ってるのか?」
もちろん抜かりはないとばかりに笑顔でサムズアップ。
ゆきちゃんのことに関してはわたしに任せてもらえれば万事大丈夫。マネージャーかってくらい予定を細部まで把握してる。
スマホを取り出し、動画アプリを立ち上げる。そこに表示されている配信者のチャンネル名『雪の精霊/YUKI』
「そのまんまじゃねーか!隠す気ほんとにあんのか?」
わたしもまさかとは思っていたんだけど、ものは試しと検索してみたら一発で見つかったので思わず笑ってしまった。普段から自分を雪の精霊だって言ってるのにそのまんまって。
これでわたし達には秘密にしておきたいって言うんだから、どこまで本気なのか疑っちゃうよね。
「完璧人間なのに変なところで抜けてやがる」
まぁそういうのもゆきちゃんのかわいいところなんだけどね。
「天然さんなのかしらね」
かの姉もくすくす笑いながらスマホを操作してる。
「記念すべきゆきの初配信はスマホじゃなくて大画面で見たい」
「ナイスアイデア、さすがあか姉!テレビにつなげるね」
アプリを使ってスマホをテレビ画面にリンクさせたところで配信開始3分前。
今頃ゆきちゃんはどんな気持ちでいるんだろうな。
不安半分ワクワク半分ってところかな?
わたしもまたこうやって画面の向こうにいるゆきちゃんを見ることのできる日が再び訪れたことをとても嬉しく思っている。
子役の頃から画面の向こうでキラキラと輝いているゆきちゃんを見るのが好きだったから、突然引退したときは寂しくてわたしの方が泣いちゃったくらいだったもんね。
アメリカではヒットしなかったせいですぐに活動休止しちゃったから、テレビで見る機会もほとんどなかった。
媒体は変わったけど、こうして画面越しにキラキラするゆきちゃんをまた見ることができる。ゆきちゃん本人よりわたしの方が嬉しさで興奮してるかもしれない。
「始まるよ」
カウントダウンが終わって画面が切り替わり、さっきゆきちゃんに見せてもらったアバターが画面に大きく映し出された。おー動いてる!
『見に来てくれたみなさん、はじめまして~!わたし、今日からVtuberとしてデビューしました雪の精霊、YUKIです! 初配信なのに160人も来てくれたんだね! ありがと』
絵師さんの最高傑作だけあって確かにかわいいし、コメントを見ていても見た目の賞賛がたくさんある。でも、なんというか……。
「毎日あの顔を見ながら話してるからあんまり意識したことなかったですけど、ゆきちゃんって声もかわいいんですね」
そう! いざ声だけに注目して聞いてみると抜群にかわいい。多少余所行き用の声を作ってはいるものの、聞いてるだけで癒されるような、笑顔になれるような。
ドキドキする。
「声だけで十分お金とれる」
違いない。ゆきちゃんの声にはそれだけの魅力がある。Vtuberでも十分人気が出るだろう。
「その声で毎朝起こしてもらってるあたしらは幸せもんだな!」
より姉の言う通り、ゆきちゃんに朝起こしてもらうと目覚めがいいのも、このかわいい声を聴くことができるからかもしれない。
コメント欄も最初はキャラの見た目への反応だったけど、ゆきちゃんが自己紹介をするとコメントの内容も変わっていく。
【これは声とキャラが見事にハマってますな】【カワユス】【耳が幸せ~】【推し決定】
声に対する評価も好評なものばかりで、みるみるうちにチャンネル登録者が増えていく。
その流れに便乗してわたしもちゃっかり登録。お姉ちゃんたちもこのタイミングを逃さずにしっかりチャンネル登録をしたみたい。
「これでまたゆきちゃんを愛でる機会が1つ増えたね」
「好きな時に聞けるのがいい」
「こりゃ睡眠用にもいいかもな」
「ゆきちゃんにバレないようにしてくださいね」
本気で隠す気があるのか疑うレベルのチャンネル名だけど、本人が恥ずかしがってるのだから知らないふりをしてあげるのも思いやりだよね。うん。
賞賛のコメントとはじめましてのあいさつが落ち着いてきたころにゆきちゃんの絵を描いた絵師さんからコメントが入った。
【日向キリ:配信開始おめでとう!この日が来るのを指折り数えて心待ちにしてました】
ただの祝福コメントにしては熱量が高いような。
『キリママも来てくれたんだ、ありがとう! みんな、YUKIの産みの親のキリさんです! 以前からわたしの推しの絵師さんなんだ!』
キリさんは絵師界隈でもそれなりに名前が通っているらしく、最初は【おぉキリさんの絵だったのか】【キリさんの絵ワイも好き】なんてコメントが並んでいたけど、そのうち【でもなんか今までの作品よりクオリティ高くない?】【めっちゃ丁寧に書いてある感ある】【レベチでかわいいやん】という意見が出てきた。
【日向キリ:とある事情により、YUKIちゃんの絵は全力を注いで書き上げた最高傑作です】ということなので、知っている人なら誰の目から見ても分かるくらい気合の入れようが違うみたい。
本当に頑張ってくれたんだと、ゆきちゃんの身内としては感謝の言葉しかない。
『わたしも仕上がった絵を送ってもらって一目で気に入っちゃったよ! キリママありがとう!』
【日向キリ:YUKIちゃんのおかげで絵師としてワンランク上がった気がする。こちらこそありがとうだよ】
それだけ苦労したんですね、お察しします。
リスナーの人たちはよく意味が分かってないみたいだけど、わたし達姉妹にはキリさんの苦労が良くわかる。
ゆきちゃんのかわいさを2次元に落とし込むなんてマジ無理ゲーだよね、ほんとお疲れさまでした。今後のさらなる飛躍と活躍が楽しみです。
『挨拶も終わったところで、今後の活動方針を発表します! わたしのチャンネルの主なコンテンツは歌とダンスです!
いいネタがあれば何か企画ものをやるかもしれないけど、メインはあくまで歌とダンス。
基本はわたしが自分で作った曲を歌うけど、リクエストがあれば歌ってみたや踊ってみたもやってみたいかな。
リクエストはボカロなんかの著作権のないものに限らせてもらうけど、希望があればSNSの方にどんどんメッセージくださいね。
生配信は毎週土曜日の21時予定! 初回はいきなり明後日だね! 動画投稿は月水金と週3回を予定してるよ!』
これでわたし達姉妹も、毎週土曜夜の予定が決まった。ゆきちゃんの生配信を見逃すわけにはいかない。
【毎週新曲をだすの?】【ふつーに無理じゃね?】
まぁ常識的に考えて毎週新曲を出すとか無理だよね。でもゆきちゃんはそのへん普通じゃないからなぁ。
『途中リクエストなんかも受けるつもりだし、どうしても間に合わなかったら他の曲もやるつもり。だけど作り貯めてある曲がそこそこあるんでしばらくは大丈夫だと思う!』
【ダンスも自分で?】
ゆきちゃんは歌ができたころにはもうダンスもできている。横で見ていたら神業にしか見えない。
『そうだよ! 曲を作りながら同時に頭の中で振り付けもできていくからそんなに苦にならないし』
当然のことのように言ってるけどそれが一般的なわけもなく。
【え、それって普通なん?】【いやフツーじゃねっしょ】【天才?】【そういえば昔、曲歌詞ダンス全部自分で作っちゃう神童子役っていたよな】
当然そうなるよね。
そんなことを簡単にできる人がゴロゴロいてたまるか。いきなり核心つかれてゆきちゃん動揺中。
『そ、そうなんだ! 世の中上には上がいるもんだね! あははは』
誤魔化すの下手か。とりあえず落ち着け。
『こないだアメリカから日本に帰ってきたばかりで、芸能関係とか疎いから知らなかったよ。わたしも負けないようにがんばってみんなに歌声を届けていくね!』
「……これ誤魔化せてんのか?」
より姉の疑問。だよねぇ。
「さぁ……。突っ込みがないからある程度は信用されてるのかな? アメリカに渡ったっていう情報までは一般に出回ってないだろうし」
「名前もそのまんまだしバレるのも時間の問題……」
「バレようがバレなかろうが、人気が出るのは間違いないですね~。こんなにかわいいんですもの」
それについては同意。容姿と声、両方とも受け入れられてるし、なによりゆきちゃんの歌を聞いて魅了されない人なんていないもんね! 歌声を聞いた後のリスナーさんの反応が今から楽しみで仕方ない。
『それじゃ、さっそく明後日わたしのデビュー曲を披露しちゃいますね! あと、歌の後に大事な発表もあるのでみんなぜひ見てくださいね~!』
Vtuberとしてのゆきちゃんの初舞台は好印象で終わった。大事な発表ってなんなのかすごく気になったけど、本人に直接聞くわけにもいかないから明後日の生配信を楽しみにすることとしよう。それよりゆきちゃんが戻ってくる前に証拠隠滅しとかないと。
スマホをポケットにしまい、適当にテレビのチャンネルを変えて何食わぬ顔でちょうど放送されていたバラエティ番組を見ていた風を装う。
途中からだから内容は誰もわかってないけど。
少ししてゆきちゃんが戻ってきた。
「終わったよ~。緊張したけど楽しかった!」
「お疲れさん。デビューおめでと」
より姉がそう声をかけると、嬉しそうにパタパタとスリッパの音を鳴らしながら小走りで寄ってきて、いつもの指定席にストンと座る。こんな仕草のひとつひとつもかわいい。
「これからまた歌が歌える。ゆきおめでとう」
「より姉、あか姉もありがと! もうデビュー曲はしっかり出来上がってるし早くカメラの前で歌いたいよ」
本当に楽しみで仕方ないんだろうな。子供のように足をぱたぱたさせながら目をキラキラさせている。こうやって生き生きとしているゆきちゃんはやっぱり誰よりも輝いていてかわいいし、キレイでかっこいい。憧れるなぁ。
それぞれが確信をもってゆきちゃんに激励の言葉をかけていく。
「ゆきちゃんならすぐに人気者になれますよ~」
「応援してるから頑張ってね!」
姉妹全員が必ず人気者になれると信じて疑っていないのだ。
「かの姉ありがとう。ひよりもありがとうね! お兄ちゃんいっぱい頑張るからいっぱい応援してね!」
そう言って隣にいるわたしの頭を撫でてくれる。むふ~、顔の筋肉が緩んでしまう……。ゆきちゃん大好き!
「ひよりちゃんだけズルいです!」
「私も頭ナデナデ所望」
2人の姉から苦情が出ると、ゆきちゃんは飛びつくように抱き着いていって、両手を使って頭を撫でてあげている。2人ともだらしないくらい表情が緩んでるね。さっきのわたしも同じような顔してたんだろうな。
より姉は微笑ましい光景を見るかのような笑顔を浮かべて珈琲をすすっている。
元の位置に戻ってきたゆきちゃんは何も言わずより姉をハグしてナデナデ。
「ちょ、わたしは頼んでねーぞ」
そんなこと言ってるけど顔が緩みまくってるよ、より姉。
「顔に書いてあったもん」
ゆきちゃんに強がりは通用しない。些細な表情や仕草から分かるのか、人の心が読めるんじゃないかと思うくらいこちらの気持ちを的確に読んでくる。
寂しかったり、悲しかったりした時、ゆきちゃんは決して見逃さずに声をかけてくれる。相談に乗ってくれることもあれば、何も言わずそばにいてくれることもある。
こちらがしてほしいと思うことを何も言わなくてもしてくれるの。
逆にいいことがあって喜んでいる時も一緒になって自分の事のように喜んでくれる。
そうやって1人1人の心にきめ細かく寄り添ってくれるところがゆきちゃんの本当の魅力なのかもしれない。
ゆきちゃんが隣にいてくれるだけで安心することができる。そういうところも含めてわたし達姉妹は全員ゆきちゃんのことが大好き。
姉妹同士も十分に仲がいいんだけど、なんだかんだで中心にはゆきちゃんがいることの方がほとんど。誰もブラコンであることを隠そうともしない。
こんなにわたし達に溺愛されているゆきちゃん、きっと世間からも愛されるだろうな。ゆきちゃんの魅力の前では老若男女問わずメロメロに決まってる!
初配信でテンションの上がったゆきちゃんがかわいすぎてつい遅い時間まで盛り上がってしまった。
これから頑張って! わたし達はいつでも見守ってるからね、ゆきちゃん。




