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雪の精霊~命のきらめき~  作者: あるて
第1章 充電期間

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第56曲 卒業しても終わりじゃない

作中歌

「笑って生きていこうぜ!!」

蒼狼(あおかみ)ルナ【Official】

https://youtu.be/CwdBYZU7_S4?si=AAZqm7u5FRibHoxQ

 寒さが和らぎ春が来て、毎日を精いっぱい活動的に過ごしているとあっという間に卒業式を迎えた。


 中学最後の登校日。


 別に戦いだとか支配だとかそんなものから卒業するわけじゃない、15の昼。


 中学生だけが何かと戦っているわけではない。むしろ自分自身との戦いはこれからも一生続いていく。


 支配されていたわけでもない。ただ子供が大人になる第一歩の段階にいた私たちを管理する必要があっただけだと思う。


 夜の校舎窓ガラス壊して回ったりしたらそりゃー監視もされるって。


 自分の身の程を知ればそれは支配じゃなく保護されていたことに気が付くと思うんだけどな。


 義務教育の本当の意味は教育を受けさせる義務だけど、受ける側からすれば同じこと。


 義務から解放されるということは権利も失ってしまう。


 義務教育の内は大抵のことは親の責任として片付けられ、本人は守られていた。


 だけどその権利は半ば失ってしまう。これからは何か問題を起こせば停学や退学といった形で自分で責任を負う必要が出てくるのだから。


 社会に出て働く人はなおさら。


 完全な大人とも言えないけれど、もう子供とは言えない時代に進むんだ。



 この式典は義務教育の終わりを告げるもの。


 体育館で整然と並び、静かに進行を見守っている卒業生達。


 保護者、在校生、来賓、そしてPTAの方々。


 そんな人々に見送られ、子供時代からの完全な卒業を告げる儀式が進行する。


 壇上では校長先生のクッソ長いだけの祝辞が終わり、卒業証書授与式が執り行われている。


 あか姉の卒業式を見送る側として参加していたのがついこの間のことのような気がするのに、それからいくらも経たないうちに今度は自分が見送られる番だ。


 振り返るとあっという間で、時の流れの早さを実感する。


 早く感じるといってもその間に何も思い出がないわけじゃない。


 修学旅行では結構ひどい目に遭った気がするし、海に行こうって言ったときも水着選びでおもちゃにされた。


 でも海では愉快な人たちに遊んでもらって楽しかったな。


 そしてVtuberの仮面を脱ぎ捨てたこと。


 リスナーさん達に素顔もいいと受け入れてもらえたのは嬉しかったけど、まさかクラスメートが全員知っていたとは予想外だった。


 完璧に誤魔化せている自信があったのになぁ。


 そしてつい最近起きたあの事件。


 このみちゃん、天国にちゃんと行けているかな。わたしの歌声届いたかな……。


 ぼーっとしていたらいつの間にか授与式が終わって在校生の送辞が始まっていた。


 これが終わったら卒業生代表の答辞。そして卒業生の歌だ。


 今回はさすがに事前に瑞穂先生から打診があったので独唱することは了承済み。


 その噂は瞬く間に広まり、生徒から父兄にも伝わったためか今年の卒業式は例年に比べて保護者の数が多い。


 去年は保護者全員が用意したパイプ椅子に座ることができていたのに、今年は立ち見の人が結構目立つくらいだ。


 これってやっぱり……だよねぇ。


 やたらと男性比率が高いのも気になる。


 ごついカメラをばっちり構えている人もいるし。


「それでは3年4組、広沢悠樹君。壇上まで」


「はい」


 返事をして立ち上がり、壇上に向かって歩き出すと保護者席の方からどよめきが聞こえてくる。やっぱりか。


 壇上に上ってぺこりとお辞儀をするとどよめきはさらに大きくなった。なんだってんだ、まったく。


 しかしわたしが答辞の文を読みだすと、どよめきはぴたりと止まり会場は水を打ったように静まり返った。


 滔々と答辞を読み上げるわたしの声に聞き入っているようだ。


 これでも声が商売道具だからね。聞き惚れてくれているなら光栄の至りだ。


 本当はこんな型通りの答辞ではなく自分の言葉で語りたいところだけど、所詮はまだ中学生。


 自分の行動に対して自分で責任を負えない子供なので大人しくしているしかない。


 高校生になったらもっと自由に自分を出していってやる。


 わたしはいつだってわたしらしくありたい。


 ある意味それも高校デビューってやつかもね。



 

 そして答辞を読み終わると次はいよいよわたしの独唱。


 待ってましたとばかりに会場のボルテージが上がるのを感じる。だからライブじゃないっての。


 盛り上がってんなぁ……。


 ……ちょっとはっちゃけてみる?


 大人しくしていようと思ったばかりだけど、我慢できなくなってきた。


 ここはわたしに独唱を任せた先生方が悪い。そうだ、任命責任ってやつだ。


 ということでやっちまおう!


 そう決めたらさっそくマイクをスタンドから引っこ抜いてマイクパフォーマンス!


 卒業生に向かって呼びかける。


「みんなー!わたしも含めて卒業おめでとー!この3年間楽しかったかーい!」


 彼らもわたしが何かするのを待っていたのかもしれない。


「楽しかったよー」「最高だった」と口々に答えてくれる卒業生達。


 さっきまでのいかにも卒業式、といった厳かな空気はすっかり雲散霧消してしまい、今この場の空気を支配しているのはわたし。


「どうせ歌うなら、みんな乗っていくよー!」


 マイクでそう呼びかけると歓声で答えてくれる卒業生達。在校生も一緒になって盛り上がっている。


 歌った曲は柑橘系の名前のアーティストが歌う、栄光に彩られた橋がどうたらと言う曲。著作権保護は大事。


 この歌の最高潮でもあるハイトーンの伸びの部分で会場大盛り上がり。


 音域の広さと声量には自信があるから反応があると嬉しいね。


 歌い終わって一礼すると盛大な拍手とともに「アンコール」の大合唱。


 だからライブじゃねーっての。


「卒業式でアンコールなんて聞いたことないんだけど?でもみんなとっても楽しかったよ!ありがとう!」


 みんな笑顔だった。台無しと言ってしまえばそれまでだけど、湿っぽい空気より明るい空気の方がわたしは好き。


 終わりじゃなくて巣立ち。


 別れじゃなく新しい出会いへ。


 たとえ違う方向に進んでいってもわたし達の道はまた交差することがあるかもしれない。


 それに一度繋がれた絆は途切れることはない。


 だからみんな笑って!笑顔で卒業を祝おう!アンコール上等だ!


 瑞穂先生の顔を見たらサムズアップ。それはやれってことだね。


 校長まで。


 横で教頭が渋い顔してますけど大丈夫?


 音源が入ったスマホを瑞穂先生に渡して放送室まで運んでもらい、スタンバイ。


 流す曲はもちろん、『笑って生きていこうぜ!』


 去年の年末に唄った、頑張ってればいいことあるって内容の歌だ。卒業にも相応しいだろう。


 この曲だとさっき以上にみんなノリノリ。跳ねる跳ねる。


 瑞穂先生まで跳ねてるし。


 在校生もかよ。


 歌が終わっても興奮が冷めやらない。


 そしてそのままの勢いで歌った校歌斉唱はみんなこんなに声が出たんだってくらいに元気いっぱい。


 こうして前代未聞の卒業式はつつがなく?終了し、明るい雰囲気のまま卒業生が退場。


 わたしも外に出て春の爽やかな空気を胸いっぱいに大きく吸い込んだ。


「ゆぎぢゃーん!」


 文香!?なんで泣いてるのさ!さっきまでみんな笑ってたのに。


 そう思って周りを見渡してみると、かなりの数の生徒が泣き笑いのような状態になっている。


 さすがに卒業式の楽しさと友人との別離の寂しさは別物ってことか。


 それでもその涙は単に別れを悲しむものだけじゃなくて、感動と少しの寂しさが混じった前向きな心の結晶。


 うん、歌ってよかった。


 友人と談笑している穂香もすっかり涙ぐんでいる。


 そんな光景を眺めていると杏奈がわたしのそばにやってきてそっと袖をつかんできた。


「もっと一緒に学生生活を過ごしたかったな。また連絡するから元気でいてね」


 仲のいい友人のうち、成績の良かった杏奈は将来のためにと進学校を受験し、見事合格を勝ち取っていた。


 穂香と文香はわたしと同じ学校に進学。なのに文香はどうしてこんなに号泣してるのか。


 杏奈も寂しそうな顔をしている。


 特に仲の良かった4人の中で1人だけ違う学校に行ってしまうということで、どうしても寂しさを感じずにはいられないのだろう。


 その瞳に溜まった決壊寸前の涙をこらえ、右手を差し出してきた。


 わたしはその手をしっかりと握り返し、空いた方の手でキレイな形をした頭を撫でつけていた。


 それだけで堪えていた堰はとうとう決壊し、涙を流しながらしがみついてきた。


「もう毎日会えないと思うと寂しいよ。少しだけこうしていていい?」


 私は何も言わずに撫で続ける。それで少しでも寂しさが和らぐなら。


 文香がコアラみたいにしがみついてるけど。


 杏奈の事を慰めてやる気はないのか?


「ありがとう。落ち着いたよ、ゆきちゃん。やっぱり大好きだなぁ……」


「わたしも杏奈の事大好きだよ!いつでも電話やメールはできるし、休みの日はまた遊びに行こうよ」


 ふんわりと笑う杏奈。


 でもその笑顔には寂しさと一緒に、何かを諦めたかのような表情が浮かんでいる。


「そうだね、この鈍チンさん。また買い物にいっぱい付き合ってもらうからね!」


 今度は弾けるような笑顔でそう言って手を振り去っていく。


 その背中は卒業だけではない他のことでも成長したような雰囲気をまとっていて。


 杏奈だけ一足先に大人になってしまったみたい。


「杏奈……」


 見送るわたしの胸がチクチクするのはなんでだろう。


「つくづくゆきは罪作りな女だよねぇ」


 いつの間にか穂香が横に立っていた。すっかり泣きはらした目をして何言ってんだか。


 罪作りってどういうことだよ。あと男だよ。


 ずっと腕にしがみついていた文香も気が付いたら泣き止んでいて、わたしの顔をじっと見ている。


「ほんとに何も気づいてないんだ。まぁゆきちゃんらしいか」


 そんなこと言って笑ってる。なんのこっちゃ。


 わたしは校舎を見上げてこの2年を振り返る。


 いろんなことがあったなぁ。笑ったこと楽しかったこと、苦しんだこと。


 それら全部含めて中学生というもう二度と戻らない時間の1ページだ。


 友達もたくさんできた。


 それぞれの道を歩んで去っていくもの、同じ道を共に歩み続けるものに分かれてしまったけど同じ時間を共有した記憶は決して失われることがない。


「文香、穂香も2年間ありがとうね。そしてまた新しい環境で3年間よろしく!」


 2人は顔を見合せ、笑いながら私の背中を叩いてきた。なんなのさ?


「そうだね、ゆきちゃんは放っておけない子だからこれからもよろしくしてあげる!」


「これ以上可哀そうな犠牲者ができないように見張っておいてやるよ!」


 放っておけない?犠牲者?


 何のこと?


 訳が分からず尋ねようとする前に2人は校門に向かって走り出していた。


「何してるの?3人で一緒に校門をくぐろうよ!」


 振り返ってそう呼びかけてくる文香。


 そういうのも悪くない。


 わたしも急いで2人を追いかけ、校門の前に到着。もう一度振り返り、2年間過ごした校舎に向かって頭を下げた。


「短い間でしたがお世話になりました!」


 そして3人同時にジャンプ!子供と大人の境界から飛び出した。




 青春という時期はもう少し続くけど、中学生というひとつの時代に別れを告げ、小さくて大きな一歩を踏み出したわたし達。


 今までは学校内での保護者といえる先生の管理下で、先生の言うことに従ってさえいればよかった。でもそれももうおしまい。


 ここからは少しずつ大人になっていくわたし達自身が主人公として、自らの手で作りあげていく物語だ。


   ≪第1章 完≫

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