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雪の精霊~命のきらめき~  作者: あるて
第1章 充電期間

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第44曲 お花見

 春休みは短い。


 連日の陽気で家族全員まったりモード。


 だけど、せっかくの春休み。ゴロゴロしてるだけじゃもったいない!


「お花見をしよう!」


 わたしがそう宣言するとみんなが立ち上がった。


 お、乗り気になってくれたかな?


「わたしタコさんウィンナーがいい!」


 ひより……。


「あたしはだし巻き卵」


 より姉まで。


「から揚げ」


「シュリンプポテトがいいです」


 結局全員食べ物かい!


 花より団子とはよく言ったものだ……。


 まぁいいんだけどね。作るの好きだし。


 それにしてもタコさんウィンナーて。子供か。


 みんなそれだけわたしの料理に期待してくれているということでもあるし、当日は腕によりをかけて作りますよー!


 ウィンナーは切って焼くだけだけどね。




 そして迎えた当日は快晴!まさしく絶好の花見日和。


 風呂敷で包んだお重箱を抱え歩くわたしの周りを飛び跳ねてはしゃいでるのはひより。元気だなぁ。


 わたしが大きな荷物をもっているせいで誰もわたしにくっつくことができないのでひより以外は手持ち無沙汰に歩いている。


「わぁ~すごいね!満開だよ!ゆきちゃん!」


 到着した河川敷公園の桜はまさに今が見どころ。


 人ごみの中をかき分け、どうにか5人分のスペースを確保。


 レジャーシートを広げてお重箱を開けると美味しそうな香りに釣られてみんなが集まってきた。


 もう、全部わたしに任せて何やってたんだか。


 と思って見てみると手に何か持っている。


 とうもろこし?


「おーゆき!いっぱい屋台が並んでるからちょっと買ってきてやったぞ」


 いやいや。けっこうお弁当作ってきたんだよ?本当に食べきれるの?


 ってよく見たら全員なんか手に持ってるし!


 あか姉焼きそばって!お正月わたしに食べさせてくれなかったくせに……。


 で、なんでかの姉は水風船?いつの間に遊んでたの?


 そしてひよりは……りんご飴好きだな!食べるのめっちゃ遅いくせに。


「ほんとに全部食べられるの?わたしもけっこうな量作って来たよ?」


 かの姉の水風船は食べられないけど、とうもろこしと焼きそばはボリューミーだよ?


「ゆきの料理してくれたもん残すわけねーだろ」


 より姉、食べ過ぎでお腹壊さない?


「ゆきの料理は別腹」


 それ逆!わたしの料理はスイーツか。


「もう……。お弁当の方は残しても晩御飯の材料にできるから無理しないでいいからね」


「心配無用ですよ、ゆきちゃん」


 いや、いくら育ちざかりとはいえ物理的に不可能でしょ。




 なんて思ってた時期がわたしにもありました。


 本当に全部食べ切ったよこの人たち……。


 ひよりは食後のデザートって言ってりんご飴かじってるし。


 でもさすがに満腹にはなったようでみんな食後の休憩中。


 食後のお茶を用意しようとしていると、目の前にひらひらと舞うものが通り過ぎた。


「雪……?」


 思わずそうつぶやいた。


「これだけ桜満開で雪なんて振るわけねーだろ」


「ゆきちゃん、早起きしてお弁当作ってたから疲れちゃった?」


 そっか桜の花びらか。


「わたし雪の精霊だからね!ついそう見えちゃっただけだよ」


 春だもんね。雪が降るなんて冗談みたいな話だ。異常気象じゃん。


「…………」


 かの姉が何も言わずじっとわたしを見てる。


「どうしたの?」


「なんでもありません。桜満開で辺り一面が桜色に染まっていてとてもキレイですよ。ね?」


 どうして問い掛けるの?


 いつもの優しい笑顔で答えてくれているけど、なんだか目の奥が笑っていないように感じるのは気のせいだろうか。


「そうだね。春!って感じだね」


 ひよりの言葉を救いにかの姉から目をそらし、周囲を見渡す。


 桜の木には花がたくさん咲いている……。


 少し強めの風が吹いてたくさんの花びらが一斉に舞い散った。


 その花吹雪全てがわたしの方に向かって落ちてくるように見えて思わずゾクッとしてしまう。


 あの日の記憶が蘇る。


 鼓動が早まる。


 息が荒くなってしまう。


 ダメだ。切り替えないと。


「どうしたんだ、ゆき」


 より姉が心配そうな顔をして覗き込んでくる。


 汗が出てきた。マズイ。


「いや、ずっと日向にいたら少し暑くなってきちゃって。ちょっとお手洗いに行ってくるね」


 なるべく冷静を装って立ち上がり、逃げるようにその場を後にする。


 背後から4人の視線を感じる。変に思われたかな。


 公衆トイレの個室に入り、呼吸を整える。大丈夫。大丈夫。


 寒くなんてない。


 春だもん。


 それにわたしにはとても温かい心をくれる4人の天使様がいるじゃないか。


 壁に手をつき、呼吸を整えながら精神の統一をはかる。


 こういう時、武道をやっていてよかったなと思う。


 しかし汗でぐっしょりだ。少し乾かしてから戻らないと。




「ゆきちゃん、どうしたのかな」


 ひよりが心配そうな顔でゆきの後ろ姿を見つめている。


 確かにおかしかった。表情も普通じゃなかった。


 なんといっていいのか、まるで心がここにないというか……。


 何かに怯えているというか……。


「何か考えてたのは間違いねーだろな」


「でも聞いても絶対答えない」


 茜の言うとおりだ。こういう時のゆきは頑固だ。


 こっちは心配してるってのにきっと「大丈夫」の一点張りだろう。


「少し寂しいですね」


 楓乃子も同じ気持ちみてーだな。


 そうだよ、寂しいよ。あたしらは家族じゃねーか。


 あたしらには言わないけどゆきが大きなものを背負っているのは分かってんだ。


 うちに初めて来たときのゆきの顔を思い出す、くそっ。


 ちょっとくらいはその重たい荷物をあたしらにも背負わせてくれたっていいじゃねーかよ。


 ちくしょう。なんだか腹が立ってきた。




「お待たせー」


 何食わぬ顔でみんなの元に帰るとなぜか全員からじっと見つめられてしまう。


 もう汗も拭いたし、心も平穏に戻った。


 何もおかしいところはないはずなんだけど……。


「言え」


 え?


 より姉がすごんできた。


「なになに、どうしたの?ちょっと暑かっただけだってば」


「暑いだけであんな顔するか!ふざけんなよ!」


 間髪入れずに怒鳴りつけられた。どうしたの、より姉。


 そんな顔しないでよ。わたしは本当に大丈夫だから。


「なんでもないよ?」


 苦笑しながらそう答えるとより姉の表情がいっそう険しくなった。


「なんでもないやつがあんな苦しそうな顔するか!いい加減にしないとぶん殴るぞ!」


 とうとう胸倉をつかまれた。より姉……。


「そうだよ、ゆきちゃん。上手くやってるつもりかもしれないけどわたし達の目は誤魔化せないもん」


 いつもの元気な笑顔ではなく、真剣な目で語るひより。


 そっか。全部お見通しか。


 そりゃそうか。


 もう何年一緒にいるんだって話だよね。


「辛いことがあるなら吐き出せよ。重い荷物抱えてんなら少しは分けろよ。家族だろ」


 今度は絞り出すような声で。


 心配かけてごめんね。


 でもね……。


 まだ言えないよ……。ごめん。


「その時が来たら必ず言う。でもそれまではたとえ殴られようと嫌われようと言えない」


 もう誤魔化せない。


 でも言えない。


 だからわたしも今度は真剣な表情できっぱりと告げる。


 しばしの沈黙。近くで花見をしていた人たちも何事かとこっちの様子を伺っている。


 静かだ。


 ただ桜の花びららしきものがひらひらと舞っている。


「ゆきちゃん……」


 かの姉、そんな悲しそうな顔しないで。あか姉も、ひよりも。


 そしてより姉……。


「なんだよそれ……。待てってなんなんだよ……。お前は何を抱えてるってんだよ……」


 お願いだから泣かないで。


 悪いのは全部わたしだから。


 泣きじゃくりすがりつくその体をぎゅっと抱きしめた。


 今のわたしにはこれくらいしかできないから。


「ごめんなさい。ごめん。あともう少しだけわたしに時間をください……」


 そうお願いすることしかできない。


「もっとゆきを知りたいよ……。そばにいて支えたいんだよ……」


 ありがとう。そしてごめんなさい。


 本当に大好きだよ。


 気持ちが伝わるよう願い、抱きしめた腕に力を込める。


「ゆき。みんなはゆきの事が本当に大好き。大切」


 うん、わかってるよ、あか姉。


「その時が来たら必ず教えてくれる?」


「それは約束するよ。その時はちゃんとみんなに全部話す」


「……」


 じっとわたしを見つめるあか姉の視線を真正面から受け止める。


 すっと目を閉じるあか姉。


「……わかった。これ以上は聞かない」


「あか姉……」「茜……」


 かの姉とひよりが驚いた顔であか姉の顔を見てる。


「より姉もそれくらいで。気持ちは分かる。みんな同じ。でもこれ以上聞くと、きっとゆきを追い詰める」


「茜……」


 涙でくしゃくしゃになった顔を上げてあか姉の方を見るより姉。


「きっとゆきも苦しい。だからこれ以上ゆきを困らせるのはダメ」


 再び訪れる静寂。


 重苦しい空気がどれくらい続いただろう。


 数分か。もしかしたら数秒かもしれない。


「……わかった。あたしだって苦しめたいわけじゃない……」


 うん、知ってる。ありがとう。


 ゆっくりと離れていく様子からより姉の寂しさが伝わってくる。


 ごめんなさい……。


 さっきまで触れ合っていた部分がまだ温かい。


 桜はまだひらひらと舞っている。地面にもたくさん。


 沈黙が支配する中、わたしは周囲の景色に視線を移す。


 まるで雪景色みたいだな……。




 その後、もう一度ごめんなさいって言ったら泣きはらした目をしたより姉が頭を撫でてくれた。


「もういいよ。こっちこそわりーな。でもゆきのこと大切に思ってるのは本当だから、耐え切れないほどツラい時は必ず言うこと。約束な」


 また涙いっぱい溜めちゃって。


「うん。みんなのこと大好きだよ。わたしはいつでもみんなの幸せを願ってるから」


 レジャーシートにゆっくりと腰を下ろしながらそう言うと、あか姉がずいっと近づいてきた。


 いてっ。


 デコピンされた。


「バカ。ちゃんと自分の幸せも考える」


 自分の幸せ……。わたしの幸せって何だろう。


 わたしは雪の精霊。


 人々が幸せになるのを手伝うのが使命。


 だから人々の幸せがわたしの幸せ。


 リスナーさんも、家族もクラスメート達もみんな幸せを感じてくれている。


 だから今のわたしは十分幸せだ。


「わたし今幸せだよ?だってみんなが笑顔になってくれてるから!」


「…………」


 あか姉はなぜかわたしの顔をじっと見たまま何も言わない。


「ゆきのバカ。……そろそろ日も傾いてきた。帰ろう」


 ええぇぇぇ……。バカって……。


 少し波乱はあったけど、帰り道はみんな元通り仲良く話しながら帰った。


 全員がわたしの手か服の裾をつかんで団子状態になって。


 歩きにくい……。




 もうすぐ春休みも終わる。


 次はいよいよ3年生だ。


 中学最後の年、どんな出来事がわたしを待っているんだろう。

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