第38曲 クリスマスラバーズ②
最初に見た時、とてつもない衝撃を受けました。
お人形さんみたいにかわいいという表現がありますけど、そんなの生ぬるいです。
同じ人類とは思えないほどに整ったその美貌はまさに芸術作品のようで見たものの心を瞬時に奪ってしまいます。
まさに一目惚れというやつでした。
小さいころにお母さんを病気で亡くし、家族と言えばお父さんと妹の茜だけでした。
ある日突然、お父さんから家族が増えると告げられた時は驚きました。しかも一気に4人も増えるというじゃありませんか。
新しいお母さんに、私より年上のお姉ちゃんが1人、そして弟と妹ができると聞いて最初に思ったのは賑やかになるだろうなということ。
一気に倍以上に増えるんですから。
そしてやってきたのが可憐を絵に描いたような男の子だったんですから、心を奪われて当然というものです。
おまけにお姉ちゃんも一番下になる妹もかわいいときたら歓迎しないはずがありませんね。
そして始まった両親と5人姉弟での共同生活。
ゆきちゃんはその見た目どおり心の中まで美しく、最初の方こそわたし達に気遣って他人行儀な所もありましたがすぐに打ち解けてとても仲良しに。
心を開いたわたしのかわいい弟はとても感情が豊かで気配り上手。
それでいて自分には厳しくストイックな面もあり柔道に合気道、時には空手にも打ち込みアメリカに渡ってからはマーシャルアーツも習得し、そして何よりも大切にしている歌とダンス。
全てにおいて決して手を抜くことなく努力を重ねる姿はその可憐な容姿に反してかっこいい姿として目に映りましたとも。
人は彼の事を安易に天才などと呼びますが、確かに多様な才能にあふれており運動神経も人並外れていますが、その実力はただそれだけのものではありません。
天才は天才でも努力の天才と言っていいでしょう。
そして成績も優秀でまさに文武両道を体現した存在。
そのうえ料理の腕も抜群でわたし達姉妹全員が舌を巻くほどの腕前。
ハッキリ言って完璧超人です。
しかし我が愛しの弟は決しておごり高ぶることなく、謙虚で礼儀正しく、武道の達人であるにもかかわらず人を傷つけることを極端に嫌う優しい心を持っています。
わたしはいままでこんなに魅力にあふれた人間というものを見たことがありません。
きっとこれからもないでしょう。
ゆきちゃんに比べればその辺の男などまさしく有象無象。興味すら持てません。
ビバゆきちゃん!です!
そして成長するにつれてその可憐さは妖艶さすらまとった美しさへと変貌し、その優れた容姿にさらに磨きがかかってきました。
最近ではゆきちゃんの姿を見るだけで顔が上気するほど魅了されてしまっていますね。
周囲に血のつながりはないことが周知されていることもあって、わたしはゆきちゃんへの想いを隠そうともしていません。
ゆきちゃん自身は一向に気づいてくれる気配はありませんけど。
だけど全てにおいて完璧な人のそんな鈍感さも可愛くて、より人間的な魅力が引き立つというものです。
ゆきちゃんのちょっとした欠点など些細な事、全て許せるどころかそれすらも愛嬌というものです。
クリスマスツリーに飾り付けをしながらずっとゆきちゃんのことを考えてしまいました。
ふと横を見るとひよりちゃんがボーっと考え事をしているようですね。
この顔は……ゆきちゃんの事を考えていますね!邪魔してやりましょう。
「ひよりちゃーん。手が止まってますよ」
「まったく、何を考えていたかすぐに分かるような顔をして……。しょうがありませんねぇ。ひよりちゃんは本当にゆきちゃんの事が大好きなんですから」
ひよりちゃんはゆきちゃんにとって唯一の妹。
ゆきちゃんもたった一人の妹がよほどかわいいのか、見ていてうらやましくなるほどに甘々です。
たしかに依子さんやひよりちゃんに比べれば付き合いは短いですが、それもたった数年、些細な事です。
わたしの実の妹、茜をふくめてこの家の姉妹は全員想いを寄せているようですが、わたしとてゆきちゃんへの愛情に関して誰にも引けを取るつもりはありません。
中学生にしては純真な心を持つゆきちゃんはまだ色恋に疎いのでまだ強引に迫ることはありませんけど、いずれは……。
「ただいま」
おや、茜が帰ってきました。
「おかえりなさい、外は寒かったでしょ」
にこやかにお出迎え。
ふふふ、実の妹といえどあなたにも負ける気はありませんよ、茜。
「寒い」
クリスマスケーキを引き取りに行く係なんかに任命され、冬空の下をひとりぼっちで歩く羽目になってしまった。
わたしもゆきと一緒に買出し行きたかったのに。
「あか姉だったら落ち着いてるし寄り道なんかもしないから、ケーキが崩れたりしなくて安心!ひとりで行かせるのは心配だけどごめんね」
ゆきにかわいい顔でごめんねと言われたら仕方ない。あの笑顔には逆らえない。
小さいころから笑顔はもちろん全てがかわいかったゆき。
初めて見た瞬間に衝撃を受けて幼心にこれが初恋なんだとすぐにわかった。
あか姉と呼ばれるだけで幸せな気分になる。
ゆきの言葉には魔力がある。
わたしは自分が嫌いだった。無口で、不愛想で、無表情で。
周囲の人間もわたしのことを「何考えてるか分からない」「気味が悪い」と避けていたくらいだ。
自分でも納得できる理由だから反論のしようもない。
それまでわたしの話し相手はお父さんと楓乃子、2人の家族だけだった。お母さんのことは小さかったから記憶にない。
そんなわたしの小さな世界にとても可愛らしい妖精が舞い降りた。
「茜お姉ちゃん?」
初めてそう言われた時に心を盗まれた。怪盗ゆき。
ゆきはどんな人間でも差別をしない。
そして人の表面だけを見て判断しない。
それに人の心が読めるのかと思うくらい観察眼が鋭く、些細な変化にもよく気が付く。こんな不愛想なわたしのことすらよく見てくれている。
「あか姉、なんだか嬉しそう」「なにかあったの?悩みがあるなら相談してね?」
いつもそう。
無表情すぎて楓乃子すら読めないわたしの心の変化を敏感に感じ取っては温かい言葉をかけてくれる。
ゆきの表情が、笑顔が、その言葉ひとつひとつがわたしの凍り付いていた心を溶かしていってくれた。
「あか姉、とっても美人なんだからもっとオシャレしないと」
幼いころゆきに言われたその言葉でオシャレにも気を遣うようになった。
気が付けば姉妹の中でも一番の服好きになっていた。
どうやらセンスがあったようで本当によかったと思う。
おかげでゆきにかわいい服を選んであげることができるようになったから。
わたしが服を選んであげるとゆきは気を失いそうなほどの可憐な笑顔を見せてくれる。
「あか姉ありがとう!とってもかわいいよ」
その笑顔がもっと見たくてついついはりきってしまい、毎回最後は「もう十分だってば。ありがとう」と苦笑いされてしまう。
毎回やりすぎたかと反省はするけど、ゆきの笑顔がかわいすぎるんだから仕方ないとも思っている。
わたしが自分の服を選んでいる間もずっとそばにいてくれる。
「あか姉、その服とっても似合ってる。かわいいよ」
ゆきは嘘やお世辞を言わない。
それは表情を見ればすぐにわかる。
わたしがただ少しかわいい服を着ただけなのに、自分のことのように喜びはしゃいでいるのだから。
褒められると当然嬉しい。それが本心からのものだと分かるとなおさら。
嬉しくて楽しくて、愛しくて……。
ゆきと過ごすにつれてあれだけ嫌いだった自分の事をだんだん好きになることができるようになってきた。
だってゆきはわたしの事を何も否定したりしないから。
「あか姉はけっこう表情豊かだよ?わからないのはよく見ていないだけ。確かに変化は小さいけどちゃんと嬉しい時はうれしそうにしてるし悲しい時は泣きそうな顔をしてる。ちゃんと感情があるって証拠だよ」
どうして。
どうしてどうしてどうして?
どうしてゆきはそんなにもわたしの心の奥にまで優しく踏み込んでくれるの?
どうしてこんなにも愛しい気持ちにさせてくれるの?
あなたが何気なく言ったであろうひとつひとつの言葉がどれだけわたしの心を揺さぶっているか知ってる?
ねぇ聞いて。あなたを好きだと思う自分のことを好きになれたよ。
学校で友達だってできた。
ゆきに会うまでは、わたしに家族以外の話し相手ができるなんて考えたことさえなかったんだ。
こないだひよりに「あか姉笑ってる」って言われた。
ゆき以外の人にそんなこと言われたの初めてなんだよ?
注文していたクリスマスケーキを受け取り、ゆきに早く会いたい想いで家路を急ぐ。
ケーキが崩れたりしないよう慎重に。
だってわたしなら大丈夫だからって任せてくれた役割だもの。がっかりされたくない。
甘いもの大好きなゆきが美味しそうにケーキをほおばる姿を想像して幸せな気分になる。
「ただいま」
家に帰ってそう声をかけると「おかえり」と返事があった。
楓乃子とひよりだけか。
ゆきがまだ帰っていないと知って少し寂しい気持ちになる。
リビングに入ると飾り付けはあらかた出来上がっていた。とてもキレイに仕上がっている。
知ってる。
2人ともゆきに喜んでもらいたくて頑張ったんだよね。
楓乃子にひより、それにより姉もみんなゆきのことが大好きだ。
だけどわたしの気持ちの大きさだって誰にも負けることはない。
だってわたしの全てはゆきが作ってくれたようなものなんだから。
大好きだよ、ゆき。愛してる……。
明日はクリスマスイブ。恋人たちの日。




