第37曲 クリスマスラバーズ①
大盛況だった『YUKIの応援ありがとう恩返し企画!』が終わったころには世間はすっかりクリスマスモード。
あちらこちらに煌びやかなイルミネーションが施され、見慣れたはずの街にはどこか幻想的な雰囲気が漂ってる。
「さみー!」
寒さに弱いあたしと違って、ゆきは元気だ。
「日が沈むのもすっかり早くなったね」
そう言って振り返り、あたしに微笑みかける。
キレイだ……。
白のファーコートに身を包み、スキニージーンズでその脚線美を惜しげもなく披露しているゆきの姿には通行人皆の視線が釘づけだ。
当の本人はもう慣れたもんで気にする素振りすらない。
クリスマス仕様に彩られた街とゆきの組み合わせは見ているものをうっとりさせるほどにマッチしている。
さすが雪の精霊ってところか。
これで本当に雪でも降ってたら背中に羽根が生えている幻覚でも見てしまいそうだ。
「寒いの苦手なの知ってるだろ~。早く買い物すまして帰ろうぜ~」
明日はクリスマスイブ。
そしてあたしはゆきと2人で買出し係としてこの寒い中商店街を歩いている。
ゆきと2人きりというのは思いがけないラッキーチャンスだけどとにかくさみー!
「より姉ってほんと寒がりだよね。ほらマフラー貸してあげるからもうちょっと付き合って」
その細い首に巻いていた赤いカシミアのマフラーがわたしにかけられ、ゆきが丁寧に巻いてくれる。
顔が近い……。
相変わらずキレイな顔してるよなぁ……。キスしたい……。
って何考えてんだ、あたし!
ボーっとゆきの顔を眺めていたらそんなことを考えてしまって顔が熱くなる。
巻かれたマフラーからゆきの香りがして余計に顔の熱が上がってしまう。最近のあたしは変だ。
ゆきとただ一緒にいるだけでドキドキしてしまうし、今みたいな近距離にゆきがいると逃げ出してしまいそうになるほど照れくさい。
これじゃまるで恋する乙女みたいじゃねーか!
みたい、じゃねーよな。
……本当は自分でもよくわかっている。
だってずっと昔からそうなんだから。
ゆきと初めて会った時のことを思い出す。
栄養失調でガリガリにやせ細った体をしていたけど可憐さは少しも損なわれておらず、今にも消えてしまいそうな儚さもあいまってまるでおとぎ話の住人みてーだった。
守ってやりたい。
最初に抱いた感情はそんな気持ちだった。
親から虐待され育ったゆきは最初の頃、少し大きな音を立ててしまっただけで飛び上がるように体を反応させてしまい、怯えた表情を見せた。
記憶がないと聞いていた。なのに暴力の記憶ってのは体が覚えているものなのかと思ったら、可哀想という思いと同時に愛しさが生まれてしまった。
「大丈夫だよ、ここにはあなたにひどいことをする人なんて誰もいないよ」
当時は言葉遣いも今みたいに荒くなかったわたしがそう言って頭を撫でてあげると少しは安心してくれたのか、猫のように目を細めてわたしの手に頭を預けてきたゆき。
かわいかったんだ、本当に……。
栄養たっぷりのご飯を食べてお風呂にもちゃんと入って、だんだん健康を取り戻していくゆき。
するとその可憐さは目をみはるほどに増していった。
青白かった肌は透き通るような白い肌に変化し、ぼさぼさだった髪も羨ましいくらい艶のあるストレートヘアに。
徐々に心も開いてくれて、笑顔も見せてくれるようになった。
まだ言葉もままならない幼児だったひよりをとても可愛がって、歳もひとつしか変わらないってのにひよりを見つめる瞳はまるで聖母のように慈愛に満ちていた。
最初の内はやせ細った体を見られるのが恥ずかしいのかお母さん以外とお風呂に入ることはなかったけど、そのうちあたしとひより、それにゆきの3人で入るようになった。
あたしはゆきとひより2人の面倒を見る必要があったけど、全然苦にもならなかった。
かわいい2人の面倒を見ることが楽しくて仕方がなかったんだ。
そして今でもハッキリ覚えているのが、3人でお風呂に入ることにも慣れてきたある日、あたしがゆきの頭を洗ってあげていた時の事。
シャワーでシャンプーの泡を全て流し終わり「終わったよ」と言うとゆきがこちらを振り返った。
「ありがとう、お、おねえちゃん」少しはにかんだその笑顔はかわいいなんて言葉では表しきれないほどに破壊力があり、心を完全に撃ち抜かれた。
何があってもこの愛しい弟を守って見せる。一生そばで見守っていたい。
……それがわたしの初恋だった。
初恋は実らないなんて言うけど、そんなことはわたしには関係ない。
実らないのはそれが幼い恋ゆえの勘違いだからだ。
初めて会った時からずっと思い続けてきたあたしの想いはそんな迷信ごときに揺らいだりしない。
今はゆきがまだ中学生だから見守っているけど……。
「より姉!今年のクリスマスはチキンだけど、アメリカにいた時みたいにまた七面鳥も食べたいよね!」
あたしの考えていることなど露知らず無邪気に語りかけてくる愛しい弟。
「そうだな、いつか必ず……。」
今はまだ言葉にできないもうひとつの意味も込め、笑顔で返事をした。
大好きなお兄ちゃんがいないとどうも調子が出ない。
「ゆきちゃん、まだ帰ってこないのかな……」
飾り付け担当大臣に任命されたわたしはリビングの壁にガーランドを飾り付けながらつぶやいた。
小さいころはゆきちゃんもまだそんなに料理が上手じゃなかったから一緒に飾り付けしてたよなぁ。
幼いころの記憶。
大切な宝物を取り出すかのようにひとつひとつ思い出し、噛みしめていく。
どの飾り付けがいいかで意見が違った時も、常にわたしの言うことを優先してやりたいようにやらせてくれた。
温かい目でいつも見守ってくれて……。
高いところの飾りに手が届かない時も、代わりにやろうかと言ってくれたのに自分でやりたいと駄々をこねていたわたし。
何も言わずにそっと抱き上げてつけさせてくれたな。
あのクリスマスツリーのてっぺんにある星飾りを『ベツレヘムの星』と言って、イエスキリストが生まれる時に光り輝いたんだよと教えてくれたのもゆきちゃんだ。
わたしがあれ何?なんでお星さまなの?ってしつこく聞くからわざわざ図書館まで行って調べてきてくれたんだよね。
クリスマスケーキの生クリームでべとべとになったわたしの口の周りを丁寧に拭いてくれたあの優しい笑顔。
物心がついた時にはもうゆきちゃんの事が大好きで、どこに行くのにもずっとついて回っていた。
嫌な顔ひとつせず、歩みの遅いわたしにあわせてゆっくり歩いてくれて。
公園でよその子にちょっかいをかけられそうになった時も、真っ先に駆けつけて守ってくれたゆきちゃん。
わたしの前に立って鋭く相手の男子を睨みつける顔が勇敢でかっこよくて、あの時初めてゆきちゃんにドキドキした。
それからゆきちゃんが子役としてデビューして、撮影に行くときはわがままを言って毎回ついていった。
ステージに立つゆきちゃんはとてもキラキラしていてキレイで、生き生きと踊るダンスもとっても素敵。
それをステージ横からジッと見ているわたしは毎回ドキドキ。
そのドキドキが最初はなんなのか分からなかったけど、小学校へ行くようになってすぐにそれが初恋なんだということを知った。誕生日が9か月しか離れていないことの意味も。
女の子はおませなんだよ。
ずっとゆきちゃんの事が大好き。
中学生になって他の男子に告白されたこともあるけど、少しも心が動かなかった。
いくら好きでもない男の子からとはいえ、好きですなんて言われたら普通の女の子は少しくらいは嬉しいとか思ったりするものなんだろう。
だけどゆきちゃんしか見えていないわたしにとってはありがた迷惑。
ゆきちゃん以外の男子なんてみんな子供っぽくて優しくなくて、全員同じにしか見えない。
わたしにとって特別な人はゆきちゃんしかいない。
ゆきちゃんがいない生活なんて考えられない。
あぁもう!ほんと大好き!
腕に抱き着いた時の温もり、香水なんてつけていないのに漂ういい匂い、そしてわたしを見つめるあの優しい瞳。
わたしを全部すっぽりと包み込んでくれてるみたいでとっても安心する。
そしてもはや心地いいと思うようになってしまった胸の高鳴り。
あの優しい瞳で「好きだよ」なんて言われたら昇天しちゃうかも!
だけど今はまだあくまでも妹として。
胸に秘めたこの想いはまだ伝えない。
鈍いゆきちゃんの事だから何も言わなかったら一生気づかないだろうな。
だからわたしは決意した。
高校を卒業したら告白するんだって。
学校と一緒に妹なんて卒業してやる。
だって死ぬまでゆきちゃんのそばにいたい想いはもうとめられないんだもん!
「ひよりちゃーん。手が止まってますよ」
やべ、ゆきちゃんの事を考えてたらトリップしてた。
ゆきちゃんがびっくりして感心するくらいの飾り付けをしようってかの姉と約束したんだ。がんばろっと!
「まったく、何を考えていたかすぐに分かるような顔をして……。しょうがありませんねぇ。ひよりちゃんは本当にゆきちゃんの事が大好きなんですから」
微笑みながらひよりに向けられた楓乃子の眼差しはとても優しい。
「だけどね、ひよりちゃんに負けないくらい私だって……」
そのつぶやきはひよりの耳には届いていなかった。




