第33曲 『YUKIの応援ありがとう恩返し企画!』打ち合わせ
3人の当選者とDMで連絡先を交換して、その後打ち合わせも兼ねていろんなおしゃべりをしたいなと思ってスマホを手に取る。
Vtuberをはじめてからの出来事やこれからどうしていくかの展望、今回の『YUKIの応援ありがとう恩返し企画!』を思いついたきっかけなど。
話したいこと、聞きたいことはたくさんある。
最初に連絡した水音紡さんは23歳と10コも年上だけどとっても明るくて人懐こい感じがして、なんだかひよりを連想してしまう。
年上の人に妹を重ね合わせるのは失礼かな。
朗らかな笑い声と快活な声を聞いていると太陽みたいな人だなって思ってしまい、いつも笑顔で元気なひよりとかぶってしまうのだからしょうがない。うん。
わたしとのコラボをとても望んでくれていたみたいで、当選したことが余程嬉しいらしく終始大興奮。
とにかく熱量がすごい人だ。
興奮しながらわたしの魅力について語ってくれるもんだから、それを聞かされている本人としては恥ずかしいやら照れくさいやらで顔が熱くてたまらん!
でもわたしのことを応援してくれているのがすごく伝わってきて、純粋に嬉しい。
いろいろと話したいことはまだあったけど、もう遅い時間になってしまったのでお互い後ろ髪を引かれながらも通話終了。
その後、紡さんが運営するチャンネルを教えてもらってしばらく聞いていた。
こうやって画面上で歌っている姿を見ると、この人も同じVtuberなのに大切なリスナーさんのひとりなんだなーと思ってなんだか不思議な感じ。
チャンネル登録者数は22万人。
けっこうな人気なのにコラボに応募してくれたんだ。
歌声は本人の性格を反映したかのように元気で声量もすごくて、表現として正しいのかわからないけどとにかく圧がすごい。なんというかロックだ。
歌唱力の方も文句なしに上手くて特にロングトーンのピッチコントロールと伸びには鳥肌が立った。
わたしとは全く違うタイプながらとても勉強になる。
全く毛色の異なる2人での掛け合いはどんなものになるのか今から楽しみだ。
翌日の日曜日、事前にDMで約束していた午前11時。2人目の当選者である冬空雪乃さんに連絡。
「もしもし。はじめまして、ゆきです。雪乃さんで間違いないですか?」
「…………」
あれ、返事がない。間違えたかな?
「もしもし?間違えていたならごめんなさい、雪乃さんではないですか?」
「はい!はいはいはい!ゆ、ゆゆゆ雪乃でしゅ!はっはははははじめましちぇ!」
うわぁ……ガチガチだ……。噛んだし。
「めっちゃ緊張してる?まずは落ち着いてね」
「う~~~~」
今度はうなっちゃった。大丈夫かな?
「あの……」
絞り出すような声が聞こえてくる。
「ん~?どうしたの?」
「わたしゆきさんにとっても憧れて……Vtuberもその影響で始めたばっかりで……きょ、今日のこともとても楽しみにしていたのに……みっともないところをきかせてしまって、ご、ごめんなさい!」
少しだけ落ち着いたようでさっきよりちゃんと話せているけど、まだ緊張しまくり。
「謝ることなんてないよ。いつも応援してくれてありがとう。そんなに緊張するくらい想ってくれてとっても嬉しいよ?」
「うう……ふええぇぇぇ」
今度は泣き出した。なんだかかわいくなってきたぞ。
「泣かないで。わたしはちゃんとここにいるよ。もっと雪乃さんの事教えて?」
それだけ愛されていることが伝わってきて、ありがたくて嬉しくて、めいっぱい優しい声を出して話しかける。
「ゆきさん、いつも見ているのと同じでやっぱりとても優しいんですね。こんなおかしな反応してもあきれたりしないでくれて……ありがとうございます」
「そんなありがとうなんて。雪乃さんだってわたしにとっては大切な人だからね」
「ゆきさぁ~ん……」
しまった、余計に泣かせてしまった。
「ぐすっ。ダメですよ、大切なリスナーって言わないと。大切な人なんて誰にでも言っちゃダメです。そんなこと言われたら勘違いしてしまう男どもがたくさん寄ってきてしまいますよ」
なんで男ども?
勘違いしちゃうのは普通異性では?雪乃さん意外と毒吐くのかな?
「以後気を付けます……?どう?少しは落ち着いたかな?」
「はい、すいません。感極まっちゃって。昔から泣き虫なんです」
かわいいな。
うちにはいないタイプだけどお兄ちゃんモードになってしまいそう。
これまたひとつ年上なのに失礼。
元気を取り戻した雪乃さんはそれまでのイメージをひっくり返すかのように饒舌で、たくさんのことを質問されてしまった。
家族構成やら趣味、得意なことから普段の生活の様子まで。
なにかの身辺調査かな?
「あ!すいません、すっかり話し込んじゃって!あのあの、あの!これからも応援していましゅ!」
どもってる。最後は元に戻っちゃったんだね。
また噛んだし。
電話を切って教えてもらったチャンネルの登録ボタンをぽちっとな。
歌を聴かせてもらうのはまた来週。
今週は最初にコラボ予定の紡さんのイメージを掴むと決めているから他の情報を入れたくない。
最後に残すはレイラさん。
夜がいいとのことだったのでお風呂に入った後、連絡することにした。
どんな子なんだろうとワクワクしながらスマホをタップ。
また前の2人みたいに楽しくお話できるかな?
コール音が鳴る間そんな想像をしていたけど、結果は予想とは全く違った。
まるで業務連絡。
必要最低限の打ち合わせだけして余計な雑談は一切なしであっという間に通話終了。
いや、確かに打ち合わせって名目で連絡したんだけどさ。まぁ夜も遅めの時間だから忙しかったのかもしれないし、気にしても仕方ないか。
3週連続コラボの下準備も終わったから、次は自分の方にとりかからないとね。
デュエットする曲も紡さんに聞いたからそれも練習しておかないといけない。
まさか1万人記念のときの『Go ahead』を選んでくるとは思わなかったけど、すごく前向きな性格の紡さんにはある意味ぴったりと言えるかも。
彼女の持ち歌をいつも通りの調子で歌い終えた後は隣に紡さんがいることをイメージして歌う。
あの力強い声に霞んでしまわない声量を意識しながらもただのデュエットで終わらせないようにどこでハーモニーを奏でていくかを頭の中で組み立てていく。
和音についてはどのキーも頭に入ってはいるけど、それをどのフレーズにどのように当てはめて届けるかはこれまたセンスの見せどころだ。
もう一度紡さんの歌声を聴き、脳内で違う音程へと変換し、それに合わせて自分の声を整えていく。
なかなか納得のいくものができなくて、ようやくこれでいける!と思った頃にはもうコラボを2日後に控えていた。
そして前日、明日着ていく服を選んでいると不意により姉が入ってきた。
それはいいんだけど、どうしてうちの姉妹たちはわたしの部屋に入るときだけノックせずに入ってくるんだろう。
わたしも年頃の男の子なんだけどな。
「おーおーえらくおめかしして。Vtuberのお姉さんに会いに行くのがそんなに楽しみか」
ニヤニヤしながら冷やかしてくる割にはなんか言葉にとげがありはしませんかね?それに目が笑ってない。
怖いわ。
「ヤキモチやかなくてもただ一緒に歌っておしゃべりしてくるだけだよー」
そんな軽口を叩いたらこめかみを両手でグリグリされた。
「イダダダダダダ!ごめんってば!冗談だよ!」
「全く。市内まで出ていくんだろ?本当についていかなくて大丈夫か?」
条件に合う場所がなかったので、市内にある中規模程度の箱を借りた。普段は観客が30人程度入るとのことなので無観客のVtuberにとっては十分な広さだろう。
わたしがダンスを踊る以上、カラオケボックスというわけにもいかないからね。
「大丈夫。もう中二だよ?いくらなんでも過保護過ぎない?」
「なに言ってんだ。中二なんてまだまだガキンチョじゃねーか」
より姉が中二の頃って5年前だからアメリカにわたる前か。そういえばその頃ってようやくお父さんと打ち解けてきたぐらいの時期だよね。
「あーそれってもしわたしが反抗期だったら嫌がられるセリフだよ」
「なんだ、もう反抗期を迎えてんのか?」
反抗期って何を言われてもウザいとか常にイライラしたりするんだっけ。
どうもわたしにはその兆候すら感じられないな。それにわたしは……。
今までのことを考えたらできるわけもないよ……。
「反抗なんてする気もないよー。わたしはみんなのことが大好きだからね」
そうやっていつもの笑顔で応えた。
でもより姉はいつものように笑顔で返してくれず、じっとわたしを見つめている。
「ばっか。いつまでもそんなに気を遣わなくてもいいんだよ。わたしらは家族だろうが。そう言ってお父さんと仲良くさせたのはゆき、お前だぞ。これ以上余計なことで引け目を感じてやがったら今度はアイアンクロー程度ではすまさねーからな」
そういうと少し乱暴にわたしの頭に手を置いて撫で始める。
その乱暴さとは違い頭を撫でる手は優しさに満ちていて。
「バカはそっちだよ」
聞こえないよう小声でそう答える。
こんなに優しい人たちのどこに反抗する要素があるっていうのか。
「それじゃ明日はがんばってな。くれぐれも気をつけて行ってくるんだぞ」
「わかってるよ。より姉もありがとうね」
「なんのことだ?それじゃおやすみ。早く寝ろよ」
ありがとうの意味、わかってるくせに。
意地っ張りはいくつになっても変わらないもんなのかな。
「ふふ。おやすみなさい」
もうそれ以上は何も言わず、頬をかきながらそのまま出て行ってしまった。
いよいよ明日。
ゆきの気持ちはすでに切り替わり、ステージ上の顔になっていた。




