第31曲 秋の夜長
わたしはまたバルコニーに出て空を眺めている。
体育祭も終わり少し経つと朝晩はすっかり冷え込むようになってきた。
24節気でいうとまもなく『霜降』で、文字通り霜が降りてくるようになる時期だそうだ。
地球温暖化の影響かさすがにこの時期に霜が降りることはないものの、夜になればさすがに肌寒い。
体育祭以降はこれといって大きな学校行事もないので、わたしにとってはVtuberとしてしっかり活動ができる貴重な時期。
配信活動の方も順調そのもので、先週登録者120万人突破記念の配信をやったばかり。
年内には150万人くらいはいきそうな勢いだ。
数字だけで見るとたった4文字の無機質な記号だけど、実際120万人というのはものすごい数の人たちがわたしを応援してくれているということだ。
同時接続も常に最低50万人以上をキープしていて、わたしの動体視力をもってしてもコメ欄の流れを追うのが難しいときもあるくらい。
たくさんの応援をいただくことには感謝しかない。
どうやったらこの感謝を伝えられるだろうか、恩返しができるだろうかと思い悩んでしまう。
思えば贅沢な悩みだ。最初はひとりでも多くの人にわたしの歌声を届けられたらそれでいいと思ってやってきたのに、今ではたくさんの人の支持に対して恩返しをしたいなんて言うことで悩んでいるのだから。
秋の夜長は人を感傷的にしてしまうのかもしれない。
いつものように夜空の何もない真っ暗な部分を凝視しながら思いを馳せる。
毎回想像することは同じ。
そこにはどんな恒星が存在しているんだろう。
その大きさは?色は?光の強さは?
色はその星の温度で決まる。低い方から赤、オレンジ、黄色、白、青。
寒色の青が一番高い温度と言うのも面白い。
情熱的な人ほどその思いを心に秘めているかのよう。
大きさはその時の星の状態によって変わるので単純比較はできない。
中くらいの星であっても寿命を間近に迎えた星は大きく膨らんでいく。
赤色超巨星という数十~数百倍の大きさにまで膨れ上がって、それまで我が子のように周囲を回っていた惑星たちを飲み込んでいってしまう。
我らが太陽も50億年後には地球を飲み込むほど大きくなるらしい。なんとも悲しい最後だ。
最初から大きな星と言うのはその最後も劇的。
星は水素の核融合を燃料として光り輝いているのだけど、やがて水素が尽きてくるとヘリウム、酸素と化学の授業で習った元素番号が大きいものへと順番に核融合反応が移動していき、最終的には鉄で止まる。
核融合反応が止まると自分の重力の大きさに耐え切れなくなり星の大きさは収縮していってしまう。
やがてその収縮に耐え切れなくなった時、すさまじい反動力で大爆発を起こして最期を迎える。
超新星爆発、スーパーノヴァだ。
その光は何千億という数で構成される銀河全体よりも明るいほどで、宇宙でも最強規模の現象のひとつ。
どうせ最期を迎えるならそれくらい派手に締めくくりたいと思ってしまう。
わたしが爆発した後に残るのはただの残骸か、中性子星か。それともブラックホールになるのかな、なんて考えてひとり笑う。
どうせなら宇宙の灯台と呼ばれるパルサーがいいかな。
毎秒数百回もの超高速で回転しながら定期的に光を放つため、宇宙の距離を測るための指標にもなれる星なんだとか。
わたしも誰かの指標になれればいいな。
わたしの生き方、考え方、配信者としてのわたし。どんなことでもいい。
たったひとりにでもわたしという存在が影響を与えることができてその人の人生の糧になることができれば嬉しい。もっとたくさんの幸せを届けたい。
配信者としてのわたしは星で言えばまだ生まれたばかりの原始星だ。星の一生はガスがだんだん集まって星の卵と言うべきものを形作っていき、重力が臨界点を突破して最初の核融合が始まり誕生する。
その原始性が生まれて最初の輝きはまるで産声のように大きくまばゆく輝く。
その後は減光しながら安定して輝き続けていくのだけど、わたしにとっての最初のきらめきはきらりさんとの初コラボだろうか。
あれで一気に登録者が伸びて知名度もあがり、最初の輝きを放つことができた。
きらりさんにはその後も100万人記念のお祝いをしてもらったりして随分とお世話になってしまっている。今度なんらかの形で恩返ししたいな。
最初期から応援してくれているリスナーさんたちにも何かお返しがしたい。
わたしは減光なんてしない。巷にあふれるたくさんのアイデアを参考にもっとたくさんのものを学び、配信スキルをもっと向上させていくのだ。
星がその重力で周囲のガスを引き寄せ、さらに輝きを増していくかのように。
ガチャリ!
やや乱暴に自室のドアが開けられ、ひよりが顔をのぞかせる。
「やーっぱり!またそんな薄着でバルコニーに出て!風邪ひいちゃうでしょ!」
開口一番怒られた。
「ごめんって。でもなんで外に出てるのがわかったの?」
「ゆきちゃんの部屋から冷気が出てるのを感じたんだよ」
わたしは幽霊か?
「今日は少し風があるからドアも揺れてたしね。ほらー!またこんなに体を冷やして!」
そう言いながらわたしをベッドに座らせ、横からしっかりと抱き着いてくる。そういや前にもこんなことあったな。
「どうしたの?また何か考え事?」
そんな頻繁に空を眺めているわけではないのだけど、ひよりの言う通りだ。
空を見上げているほうが余計な情報を遮断出来て考え事がはかどるからついやってしまうのだけど、わたしの行動パターンをみなさんよくご存じでいらっしゃる。
「うーん、チャンネル登録者数も増えてきてたくさんの人が応援してくれるようになったでしょ?最初から応援してくれている人もいるし、何か恩返しと言うかイベントみたいなものをできないかなーと思って」
藁にもすがる思いでひよりに相談してみる。こういうのはアイデア勝負なので能力うんぬんは関係ない。
創造力の発露をひよりに期待!
「素顔を公開するとか」
ただの藁でした。
あえなく引っこ抜けてしまい2人で思案にふける。
「部屋でゆきを見かけるといつも誰かに抱き着かれてると思うのはあたしだけか?」
ひよりの悪い癖であけっぱなしになっていたドアの前により姉が立って、呆れ顔をわたし達に向けていた。
「あ!より姉!聞いてよ!ゆきちゃんたらまた薄着でバルコニーに出てたんだよ!」
あ、告げ口しやがった。
「前もそんな理由で楓乃子に抱き着かれてたな。まったく……しょうがねえな」
そう言ってひよりの反対側に腰掛け、わたしに抱き着いてくるより姉。
あのね、そんなことされると両側から柔らかい感触がくるのよ、わかってる?
わかってやがるな、この顔は。
「どうした、赤い顔して」
そのニヤニヤした顔をヤメロ。
あと上半身を思い切り押し付けてくるんじゃない。
「なんでもないよ。両サイドから温められて少し暑くなってきただけ」
純情な中二心をもてあそびやがって……。
何か反撃したいけどより姉に勝てる気がしない……。ちくしょう。
「そろそろ温まってきたし、これ以上くっついてられると暑いから2人ともそろそろ離れようか?」
そろそろ限界が近いのでそう言って2人を引きはがす。
ひよりは不満そうでわたしの腕を離すことはなかったけど、より姉は案外すんなりと解放してくれた。
「で、ゆきは何を悩んでたんだ?」
バルコニーに出ていたと聞いてより姉も理解したんだろう。
そう聞いてくる表情は家族に対する思いやりにあふれていて優しい。
ひよりにしたのと同じ説明をし、何か恩返しになるような案はないかと聞いてみたらさも当然と言った顔で返された。
「自分が育ててもらった感謝を返したいなら今度はゆきが誰かを育ててあげればいいんじゃないか?他人であろうと親子であろうと育ててもらった恩ってのはそうやって返していくもんじゃねーか」
確かに。
孫をみせてあげることも十分に親孝行になるし恩返しにもなる。
わたしにはできない親孝行の仕方なので思いつきもしなかった。
悪戯好きだし口は悪いしすぐ人をからかってくるけど、なんだかんだ言ってもさすがは我が家の長女。頼りになる。
「それだ!新人Vtuberさんとのコラボ!いいね!さっそく募集してみるよ」
まるで霧が晴れるかのように迷いがなくなったわたしは元気を取り戻し、いつもの行動力でさっそくスタジオへ。
「まったく、思いついたら即行動かよ。落ち着きの無い奴だな」
そう言いながらもゆきちゃんを見送るより姉の表情はとっても優し気な笑顔だ。
「ゆきちゃんには思い悩んでる姿は似合わないよ。ああやって積極的に何かに取り組んでる姿が一番輝いてる」
そう言うわたしもゆきちゃんが出ていくのを優しい笑顔で見つめていた。
「がんばってるゆき、いつまでも応援していてやりたいな」
「そうだね、ずっとそばにいたいよ……」
ゆきちゃんの香りに包まれた部屋でわたし達はしばらく黙ったままバルコニーの外を見つめていた。
ゆきちゃんはこの夜空に本当は何を感じていたのかな……。
ゆきちゃんを最初に見つけた時、今にも消えてしまいそうな儚さを感じて慌てて声をかけてしまった。
あれはいったい何だったのかな……。
秋の夜長は人を感傷的にさせる。
少々説明臭い、うんちくを語るような描写が続きましたが、このお話がベースとなる劇的なシーンが後々登場します。
といってもまだだいぶ先の話ですが。
2周して初めて本当の良さに気が付く作品を目指しているので長い目で見守ってください。




