第25曲 忘れていた悪夢
忘れていた。というより忘れたままにして何事もないように過ごしていたかった。
だけどそういうわけにもいかず、とうとうその日を迎えることになってしまう。
プール開き。
来週からいよいよプール授業が始まる。どこの学校にもある行事だろう。
楽しみにしていたという生徒も多い。
無料でプールに入って涼めるのだから日本の暑い夏を過ごすのにこれほどありがたい授業は他にないだろうとも思う。
だけどそれはあくまで一般生徒にとってのお話。いや、わたしも一般生徒だけれども。
ただわたしには決して忘れてはいけない特殊な事情がある。
この無駄に膨らんだ胸だ。
どうすんだよ、水着。
もちろん男子と同じ下だけというわけにはいかない。
かといって女子用のスクール水着だと股間が大変なことになってしまう。
いっそのことずっと見学ということにしてもらおうかと思ったが、ズルをしているみたいで心情的にイヤだし、クソ暑い中水遊びに興じるクラスメートをただ眺めているだけというのもなかなかに拷問チックな絵面。
学校には校則と言うものがあるので、より姉が主張するように好きな水着を一人だけ着させてもらうというわけにもいかないだろう。
というわけで担任の瑞穂先生に相談しているのだけど、なかなか妙案と言うのは浮かばない。
職員室のパソコンで水着を検索しているのだけど出てくるのはより姉が見たら喜びそうなかわいいものばかり。『学校 水着』で検索すれば出てくるのはスクール水着のみ。これもう詰んでない?
ちょうどその時、2年生の体育を担当している船越清美先生が授業を終えて帰ってきた。
「瑞穂先生に広沢さん、2人揃ってパソコンにかじりついてどうしたの?」
「広沢さんの水着を探しているのよ。ほらこの子、男の子なのに胸が出てきちゃったでしょ?それで学校指定の水着では男女どちらのものを着ても問題があって……」
さすがに職員室の中なのでバストや股間と言ったセンシティブな単語は避けて話してくれてはいるけど、自分の体の事を説明されているこっちとしては恥ずかしくて仕方ない。
相談している相手が女性教諭でまだよかったようなものの。
「あーそういうことか。それなら競技用水着とかで探してみるのはどう?」
それだ!現れました救世主!
さっそく検索すると出てくる出てくる!これですよ、求めていたのはこういうものなんです。ただ清美先生から注釈が入る。
「でもスクール水着は紺色だからせめて色だけは統一した方がいいでしょうね」
体育教師直々の注文だからこれには従わざるを得ないな。まぁこれだけあればいいのがあるでしょう。
と探し出してはみたものの。意外と股間がきわどいものばかりなのにびっくり。これはさすがに着られない……。
折衷案として下は男子用の学校指定のものを履くとして、それに合うトップスを探そうという案に落ち着き、『競技用水着 セパレート』で検索してみることに。
いろいろと出てくるんだけど、条件に合うものがなかなか出てこない。たまにこれだ!というのがあってもやたらとサイズが大きくて「これ誰用?」と聞きたくなるようなものがヒットする。
しばらく探してもうこれしかないよねと瑞穂先生と顔を見合わせて選んだのだけど……。
そして迎えたプール開き。
今日は絶対迎えに来るなと男子たちに釘を刺していつものごとく3階の空き教室で着替える。
そこから校舎内を水着のまま移動するのは羞恥プレイもいいとこなのでバスタオルで体を隠してそそくさとプールに向かったのだけど、みんな学生服を着ている校舎内でバスタオルを巻いて走る姿は逆に目立って注目を集めてしまった。もうやだ。
なんとかプールにたどり着いたころにはわたしのHPは残り僅か。勇気を振り絞り、いざバスタオルを脱いで瑞穂先生と選んだ合作水着を披露。
クラスメート全員の視線が突き刺さる。そりゃそうだろう。下は学校指定の男子用の水着を着用しているものの、上半身には紺色のスポブラタイプの水着。
結果クラスでひとりだけセパレートタイプの水着ということになってしまい、おへそ丸出し。
見方によってはエロいのだろうか、男子生徒が赤くなっている。
でもなぜか女子生徒たちには好評で「なんかかっこいい」という意見も。普段からかわいいよりもかっこいいと言われたいとは思っていたけど、こんな変な恰好で言われるとは思わなかった。
これからプールの時間になるたびこの妙な恰好をしないといけないのね……。もうHPが尽きそうです、清美先生。
こうしてわたしの日本でのプールデビューはなんとも恥ずかしいものとなってしまった。あと何回プールの授業あるんだろうなぁ。しかも来年も……。




