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雪の精霊~命のきらめき~  作者: あるて
第1章 充電期間
24/39

第24曲 飛躍の結果とフラストレーション

 翌日、週初めの学校では彩坂きらり×YUKIコラボの話題で持ちきりだった。


「すごくよかったよね!」「歌も当然だけど2人の掛け合いも息が合っていて面白かった」「ほんとあの2人の歌唱力は抜群だよね」「プロの中でもあの2人より上手い人なんてなかなかいないんじゃないか」聞こえてくるのは好評の声ばかり。少し面映ゆい。


「あの2人と同じくらい歌が上手いプロって言えば岸川琴音くらいじゃない?」


 その名前を聞いて思わず体がピクリと反応してしまった。幸い誰にも気づかれていなかったけど、懐かしい名前を聞いたもんだ。


 岸川琴音。ピーノちゃんの名前が売れすぎて陰に隠れてしまっていたけど、2人で踊るふわふわダンスの相方だった人。


 わたしが引退した後は子役から歌手に転向し、今では押しも押されもせぬトップアイドルの歌姫。歌だけじゃなくダンスのセンスもあるのだけど、「ダンスはピーノちゃんとしか踊りません」と封印してしまい今はその抜群の歌唱力のみで歌姫として芸能界に君臨している。


「怒ってるんだろうな」


 もともと引っ込み思案で子役たちの中でも目立たない存在だった琴音ちゃん。ピーノちゃんの番組が始まるときに「この人と歌いたい」と言って歌の世界に引きずり込んだのは他ならぬわたしだ。


 その張本人が突然理由も告げずにいなくなってしまったのだから残された琴音ちゃんには恨まれて当然だろう。


 わたしが素顔の露出を躊躇してしまうもうひとつの理由であったりもする。


 でも逃げ回っていても仕方ないし、不義理をしたままなのもイヤだ。来年素顔を出したときにはこちらから連絡を取って素直に謝ろう。


 連絡先知らんけど。


 今はまだVtuberとして素顔を隠しているので、子役のこと含め正体を明かすわけにはいかないけど、これも素顔をさらすときに覚悟しておかないといけない課題のひとつか。


「ゆきも岸川琴音は知ってるでしょ?」


 ふいに穂香が話題を振ってきた。今まさに考えていたことを突然降られて少し動揺してしまったけど、気持ちを落ち着けて何食わぬ顔で返答する。


「もちろん、日本の歌姫って呼ばれてるんだから知ってるよ。去年デビューしてあっという間に歌姫って呼ばれるようになったんだからすごいよね」


 ピーノちゃんが脚光を浴びすぎて目立たなかったおかげで琴音ちゃんが名乗っていたポロンちゃんは知名度が低かった。


 おまけにわたしが引退した後、彼女も一時期芸能界から遠ざかっていたようだ。


 そんなわけで岸川琴音がかつてのわたしの相方だったと知る人はほとんどいない。


 実際にわたしをピーノちゃんと見抜いたクラスメートもポロンちゃんのことは覚えていないようで話題にも出てこない。


 わたしが引退してからずっと歌のレッスンに励んでいたんだろう。


 去年デビューしたときにはもう歌手として完成された歌唱力を持っていた。その歌唱力はすぐに評価されあっという間にヒットチャートのトップに躍り出た。


 わたしはアメリカでそれを聞いて驚いた。昔から歌がうまくてわたしも彼女の歌を聴くのが大好きだったくらいだから納得した面もあるけど。


 楽屋でよく歌ってとせがんでいたことが昨日のことのように思い出される。


 わたしもせがまれてたけど。


「ゆきも芸能界に戻ったら岸川琴音と共演したりできるかもしれないのに」


 何も知らない穂香は無邪気にそんなことを言ってくるけど、ことはそう簡単なものじゃないんだよね。


「わたしはもう芸能界に戻る気はないよ。だって友達のみんなともっと青春を謳歌したいからね!」


 これは誤魔化しではなく本音だ。


 芸能界に戻れば過密なスケジュールに忙殺されてしまい学校がどうしてもおろそかになってしまうことをわたしは経験則として知っている。


 いわば芸能界と言う檻の中に閉じ込められてしまうようなものだ。


 わたしはもっと広い世界で生きていきたい。


 CDを発売したりコンサートを開くなりの目的で音楽事務所へ所属することになったとしてもテレビに出演するなどの芸能界復帰は絶対にないと言い切れる。


「それにわたしはまだ充電期間だから。満タンになったらもう一度わたしの歌声を世界に届けるよ!」


「それは期待してるよ!あの歌声を埋もれさせておくのはもったいない!」


 (あくまでVtuberのYUKIは隠しておきたいんだね。かわいいなぁ)


 なんか穂香の目が我が子を見守る母親のようになってるけど気のせいだろう。よく見たら周りの人たちも温かい笑顔でこっち見てる。


 そんなにわたしの歌声を楽しみにしてるのかな?本当はYUKIとしてもう歌ってるんだけど。申し訳ないけど来年までもう少しだけナイショにさせておいてね。

 



 その日の夜、月曜日の動画を予約投稿で済ませた。


 その後きらりさんとのコラボの影響で登録者が爆増して60万人を超えたので突破記念の生配信の告知。


 迎えた配信当日。配信が始まるころには70万人を超えていた。えぇぇ……。


 なんかすごい勢いで増えていってるので若干怖い。


「こんばんはー!雪の精霊YUKIが今日もみんなに歌声を届けるよ!60万人突破の記念配信のつもりでいたらなんと待機中に70万人突破しちゃったので、これはそのまま2倍お祝いしちゃおう~!」


 とびきりの笑顔でついでにウィンク!余計な力の入ってない完璧なウィンクはわたしの得意技のひとつ。アバターだからリスナーさんには片目を閉じただけにしか見えないけど。


【ぐふぅ……】【ウィンクは……反則……】【日向キリ:…………】それでも死者多数。


 キリママは完全に逝ったかな。【死屍累々だな】【おまいら帰ってこーい】生存者たちによる救助活動。


「みんな帰ってきて~」


【田舎のおばあちゃんが見えた。生きてるけど】【日向キリ:知ってるだけに想像したら心肺停止してしまったわ】キリママはかなりダメージを受けたようだけどどうにかみんな蘇生したみたい。


「2倍のお祝いってことで今日の動画投稿と合わせたら今日1日で披露する曲は3曲になるね。それでみんなが幸せになってくれるならわたしも幸せだよ!」


【耳が幸せ】【最高のごちそうっす】【彩坂きらり:わたしも楽しみ】コラボの時もそうだったけど、登録者が70万人もいると同時接続も相当な数で現在30万弱。


 コメントは弾丸のような勢いで流れていくけどわたしは見逃さない。


「きらりさんも来てくれてるんだね、ありがとう!みんなも幸せになってくれるし、ごちそうとまで言ってくれるんだからYUKIは張り切っちゃうよ!」


【彩坂きらり:相変わらずコメを全部拾ってるのすごい】【ワイの他愛ないコメも拾ってくれるのマジで神】リスナーのみんなにも周知されてきているみたい。


 動体視力を鍛えていてよかった。


 その後2曲連続で歌い上げ、記念配信は大盛り上がりで最後までコメ欄は洪水状態。極力拾い上げて返すのは結構大変だったけど、それ以上にたくさんの人が応援してくれていることがありがたくてわたしにとっても最後まで楽しい時間を過ごせることになった。


 記念配信は大いに盛り上がり、学校でもわたしの歌声が期待されていることを知り、きらりさんとのコラボでいい刺激を受けたわたしはすっかり気合が入ってチャンネル開設以来初めて月水金の投稿動画をすべて新曲で埋めるという荒業をやってのけた。


 そんなことはプロでもなかなかできることではないとまたしても話題になり、今ではもう急上昇ランキングの常連。こうしてる間にもチャンネル登録者はどんどん増えている。


 完全に乗りに乗ったという状態で今ならいくらでも新曲を作れそうな気がするくらい頭の中にメロディーが浮かんでくる。


 おかげでニュースサイトなんかでの呼び方が人気急上昇中というフレーズから天才Vtuberという呼称に変化しつつあった。


 そして次の土曜の定期生配信に合わせてとうとう登録者80万人を突破。


 今週はいろいろありすぎて完全に配信活動に忙殺されてしまった。気が付いたらすっかり梅雨も明けて外は暑くなり、もう1か月もしないうちに夏休みだ。


 そんな時期にわたしが息をつく暇もないくらい忙しくしていると、当然ながら姉妹たちが心配する。というか寂しがる。


 たしかに忙しさにかまけてみんなの相手をする時間もなく、コミュニケーション不足だったのは認めるけどそこまで落ち込む?


 そう言いたくなるくらいにみんな覇気がなくて目が虚ろな状態。


 〇〇ロスって言葉が一時期流行ったけど、こりゃゆきロスだな。この人たちわたしがもし留学とかしちゃったらどうするんだろう。


 さすがに可愛そうというか申し訳ない気持ちになってきたので、今週の新曲披露はライブの日まで無しにして時間を作ることにした。


「今週は時間作れそうだから今度のお休みにみんなでお出かけしない?」


 たったその一言で4姉妹の目に光が宿る。


「動画の方は大丈夫なのか?」


 より姉が疑心暗鬼に満ちた目で問い掛けてくる。ごめんてば。ちゃんと時間作るからそんな目しないで。


「投稿用の動画はもう撮りためたし、次のライブ用の新曲も出来てるから今週はもうほとんどすることがないんだよ。だから大丈夫だよ」


「本当!?やったー!ゆきちゃんと久しぶりのおでかけだー!」


 ひよりが真っ先にはしゃぐ。久しぶりって言っても1週間なんだけどね。


「どこにいくつもり?」


 あか姉の目がキラキラしてる。大好物をもらう時の猫みたいだ。かわいい。


「暑くなってきたから夏服も見に行きたいし、こないだオープンした喫茶店のパフェが美味しいって評判だから食べてみたいんだ」


「それなら知ってます!聞いた話によるとカップル用の特製パフェだとか」


 カップルと言う単語にピクリと反応する4姉妹。


「それは2人でひとつのパフェを分けるということ」


 あか姉の目の輝きがさらに増し、妖しく光る。


「甘いものが苦手なより姉とかの姉は食べないだろうからわたしとゆきちゃん、それにあか姉の3人で食べる?」


 年長者2人を容赦なく切り捨てるひより。恐ろしい子。


「ちょっと待てぃ!あたしだってたまには甘いもの食べたいぞ!」


「わたしもです!」


 姉2人から異議あり。


「それじゃより姉はかの姉と半分こでいいよね。これで丸く収まったね!」


 血も涙もないよね、ひより。


「全然丸くねー!あたしもゆきと同じパフェを食べる権利を主張するぞ!」


 わかってたけどみんなわたしとシェアしたいのね。カップルパフェだもんね。女同士、しかも姉妹でシェアしても味気ないか。


 それはいいけど、そういう争いは本人のいないところでやってくれないかな。いくら家族でもカップルパフェでわたしの争奪戦されるのは照れくさいんだけど。


「こればかりはそう簡単には譲れませんわ」


 いつもおっとりしたかの姉まで熱くなってるよ。どう収集するつもりなんだろうか。


「あのー、3つ注文して1つはわたしひとりで食べるというのではダメかな?」


 少々多くてもわたしはひとりで食べきれるので試しに提案してみた。


「「「「ダメ」」」」


 はい、満場一致でダメ出しされました。仲いいじゃん。


 なんか開戦前夜みたいな空気を醸し出しているので、どうにか平和に解決させるため最終妥協案を提案。


「じゃ、その1つをわたしがみんなにあーんして食べさせてあげるってのは?」


 一口か二口ずつくらい分けてあげたらたぶん量的にはちょうどいいくらいだろう。クソほど恥ずかしいけど。


「あーん……」「ゆきちゃん直々……」「口移し……」「してほしい」


 1人おかしな発言が混じってますよ!あーんですから、あーん!


「ゆきが食べさせてくれるならあたしはそれでもいいかな……」


「ゆきちゃんと一緒に食べられるならそれでいい!」


「わたしも」


「ウフフフ……」


 かの姉が怪しい笑いをこぼしているけど、ここは気づかないふりをしておこう。ろくでもないこと言うに違いないもん。


「じゃ、それで決定てことで。それじゃ土曜の午前中には出かけることにしようか。夏服ゆっくり見たいし」


「おー夏服ならまかせとけ!とびっきりのを選んでやるよ」


 夏服ならわざわざ選ばなくても布面積の少ないものが多々あるからより姉がはりきる。少々の薄着はかまわないけど限度ってもんがあるからね?


「わたしもゆきちゃんに似合うかわいいの選んであげるからね!」


「みんなでわたしの服を選んでくれるのは嬉しいけど、ちゃんと自分の服もかわいいの選びなよ」


 結局東京観光のときも購入した服のうち3分の1はわたしの服だったんだよね。まぁどれも可愛かったから出かけるたびに違うのを着まわしできてよかったけどさ。


 来年Vtuberを卒業して素顔でカメラの前へ立つことになっても当面衣装に困るようなことはなさそうだ。


 ようやく休みの日の予定が平和的に決まったわけなんだけど、元はといえばわたしがみんなをほったらかしにしたせいで不満が蓄積してしまったのだからそこは反省しないと。


 動画作りは楽しいけど、家族とのコミュニケーションもおろそかにしちゃいけないよね。


 おでかけ当日はみんな終始ご機嫌で楽しい時間を過ごすことができた。時間を作ってよかった。


 他のお客さんもいっぱいいる喫茶店内で4人へ順番にあーんをしていくのは死ぬほど恥ずかしかったけど全員満足そうな顔だったので、やった甲斐はあったかな。

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