第22曲 祭りのあと
配信が21時開始のため終わった時点ではもうすっかり夜更け。手早く後片付けをしてホテルに戻ろうと準備していたらきらりさんから声をかけられた。
「タクシーを手配したから一緒にどうぞ」
同じホテルに帰るのに断るのはあまりに他人行儀すぎると思い、お言葉に甘えて同乗させてもらうことにした。
帰りの車中、今日の感想など語り合いながら楽しく過ごしていたのに、ホテルが近づくにつれ口数が少なくなっていくきらりさん。
「さすがにもう眠くなってきましたか?」
疲れたのかなと思ってそう尋ねると、微笑みながら首を横に振る。でもその笑顔は曇っていた。
「今日はね、Vtuberをやりだしてから初めて!ってくらい本当に楽しかったの。それがもう終わっちゃったんだと思うとなんだか寂しくなってきちゃって」
そこまで楽しんでくれていたなんて!嬉しさに心が躍る。
同時にきらりさんの表情から、そんな楽しい時間が終わってしまったという寂寥感が感染してわたしの胸にも寂しさが湧き上がる。
でも、わたしときらりさんにはきっとこういう湿っぽい空気と言うのは似合わない。リスナーさんたちならそう思うはず。
「祭りの後というのはどうしても寂しくなってしまいますよね。でも今日で終わりってわけじゃないですよ!今日もとっても好評だったしまたコラボしましょうよ。なんならリスナーさんから【またかよ】って言われるまで何度もやったっていいじゃないですか!」
そう言って笑いかけると、目にいっぱい涙を浮かべながら服の裾をつかんできた。
「本当!?また一緒にやってくれる?これで終わりじゃない?またわたしと会ってくれる?」
う……そんな期待に満ちた目ですがりつかれると……。かわいい……。6歳年上なのにまるで少女のような顔で迫られてドキドキしてしまう。
「も、もちろんですよ!またきらりさんと一緒に歌いたいし、今日みたいに楽しい時間を過ごせるのはこちらとしても大歓迎ですよ」
少しでも安心してもらえるようとびっきりの笑顔を向けると、ようやくきらりさんの顔に笑顔が戻ってきた。
車中は暗いからよく見えないけど心なしか顔が赤いような?
「歌だけかぁ……わたしはそんなの関係なしにいつでもゆきさんに会いたいのに……」
ごにょごにょと聞こえないように言ったつもりなのだろうけど、タクシー内は思いのほか静かでしっかりと聞こえてしまった。
え~~~!どういうこと!?コラボ関係なくわたしに会いたいって……。ここは聞き直してもいいんだろうか……。ええい、ままよ!
「えっと、なんて言いました?ごめんなさいよく聞こえなかったんですけど」
「ふふ、何でもないよ。次のコラボが楽しみって言っただけ」
思い切って聞き直したのに、違う言葉で誤魔化されてしまった。ほっとしたような残念なような?
「はっ!!!???」
「どうした楓乃子?」
「今強力なライバルが生まれたような予感がしました!」
「配信は何事もなく終わったし、ゆきも今頃帰りの電車の中だろ。気のせいじゃねーか?」
「だといいんですけど……」
ちょうどタクシーがホテルの前に到着し、きらりさんが支払いも済ませてくれたのでもう一度お礼を言う。
「今日は本当にいろいろとありがとうございました。さっきも言ったようにまたコラボしましょうね」
きらりさんもすっかりいつもの様子を取り戻していて、年上のお姉さんらしい雰囲気に戻っている。
「こちらこそありがとうね。絶対に近いうちもう1回コラボしたいからまた連絡するからね。もちろん配信も欠かさず見させてもらうし」
「わたしもきらりさんの活躍を見てますよ。お互いこれからも頑張っていきましょう」
「ご家族が待ってるんでしょう?早く戻ってあげないと心配をかけてしまうよ」
「はい、それじゃおやすみなさい」
そう言った途端、頬に温かい感触を感じた。すぐ近くまで来ていたきらりさんの顔がゆっくりと離れていく。
キス……された?
「おやすみ」
ホテルの明かりに照らされたきらりさんの顔は赤く染まっている。
はにかみ微笑むその表情にとてもキレイだ、と思わされてしまった。
衝撃に固まっているときらりさんは身をひるがえし、振り返ることなく颯爽とした姿でホテルの中に消えて行ってしまった。お、大人の女性だ……!
まだまだお子ちゃまなわたしは顔を真っ赤にしたまま遅れてホテルの中へと入っていく。こりゃ勝てないな……。
翌日、批難の声を上げる姉妹に午前中だけと謝り倒して、わたしはとある場所に来ていた。
「広沢悠樹さ~ん、1番のドアにお入りください」
消毒のにおいが漂う待合室で長椅子に座っているとそうアナウンスされ腰を上げる。1番と書かれたスライドドアを開け、昔から見慣れた馴染みの顔と渡米以来久方ぶりのご対面。
「やぁ、悠樹君。久しぶりだね、何年ぶりかな」
「アメリカに行く前に来ていますので約4年半くらいですかね」
こちらを向いた顔にはいかにもといった眼鏡がかけられているが確かに知性にあふれており嫌味はない。だけどできれば見に来たくはない顔だ。
別にこの人が嫌いというわけではないし幼いころから知っている人ではあるのだが、その関係性は楽しくおしゃべりに興じるというものではない。
「アメリカではちゃんと診てもらっていたのかな?」
「1年ほど経った頃に1度だけ。だけど結局何もわからないことにかわりはないし、向こうは日本と違って健康保険なんてありませんから」
「なら3年以上は放置というわけか。その間何か変化は?」
「何もありませんよ。いつも通りです」
「いつも通り……ね。まぁいい。ようやく日本に帰ってきたことだしこれからは毎月来れるかな?」
「毎月!?ヤですよ。毎月来たところで何か変わるわけでもなし。前と変わらない場所に住んでるんですよ?片道どれくらいかかるかわかるでしょ」
それは時間もお金も両方だ。なによりめんどくさい。
「ふむ、ならば3か月に1回来てくれるか」
「えー。盆と正月だけでいいんじゃないんですか」
「イベントじゃないんだから。だいたいその時期外来はお休みだよ。何も変わらないとは言うけどね、悠樹君は本来なら入院……」
「あーあーうるさいうるさい。お説教はいいですってば。付き合いも長いんだし言いたいことは分かりますよー」
耳をふさいで聞きたくないアピール。
「はぁ。小さいころはあんなに素直でかわいかったのに……」
「今でもかわいいって言われますぅ!」
そう言って舌を出す。べーっだ。
「それにわたし、ハッキリ言いましたよね。シュレーディンガーの猫にはならないって」
そう言って目の前に座る医師の目をしっかり見据える。こればっかりは譲れない。
「……わかったよ。なら半年に一度だ。今は11月だから次は5月にね」
「めんどくさいなーもー」
「そう言うな。我が大学病院の名にかけて原因を解明してみせる」
「原因が解明して喜ぶのは学会だけでしょ」
不機嫌にそう言い放ってわたしはそのまま診察室を後にした。
それからもうしばらく待って受付で診療費の請求用紙をもらい、お金を払うためにロビーに向かう。
「はぁ。こんな無駄なことに使うお金ももったいないって話だよ、ほんとに」
その手に握られた用紙に記載された一番上に大きく書かれた文字。
『〇〇大学病院 脳神経外科』という文字を睨みながらため息をこぼした。




