第154曲 時には惰眠をむさぼって
大阪旅行も半分を過ぎてしまった。
明日にはもう帰りの電車に乗っているのかと思うと、少し寂しいものがある。考えてみればいろんなことがあったな。
たくさんのことがありすぎて、まだ四日目だというのが信じられないくらい。もう二週間近く経ったような……。そんなわけないよね。
今日はいよいよ食べ歩きの日……なんだけどまだみんな眠っている。
とっくに朝ごはんの時間は過ぎており、誰も起きる気配がないので一人で食べに行った。
なんでこんなことになったかというと。
「はい、ひよりさん、茜、お茶入れましたよ」
「あ、かの姉ありがと。ん? なんだか変な味のするお茶だね」
「これは……おいしい」
かの姉が淹れたのはただの烏龍茶のはずなんだけど。変な味のする烏龍茶ってなんだろう。
まぁみんな機嫌よく遊んでるし、わたしもテレビを見ていよう。
と、思っていたんだけど。
しばらく時間が経って。
「あはははは! なんだかわかんないけどおかしー!」
「えへへへへ。ひよりご機嫌」
いや二人ともご機嫌になってるし。何があった。
「ゆきちゃ~ん」
突然ひよりが飛びついてきた。めっちゃ懐いてくるし。って酒くっさ!
「ちょっとかの姉! 二人に何飲ませたの!?」
犯人はやつしかいない。さっき飲ませてた烏龍茶に何かあるはずだ。
「わたしは依子さんが作ったお茶を二人にお渡ししただけですよ~」
なんだかいつも以上にフワフワした感じで応えるかの姉。この状況で嘘をつくとは考えにくい。
となると下手人は決まったようなものだ。
「より姉?」
「なんだよ。あたしは楓乃子が飲むと思ってウーロンハイを作ってやっただけだっての~」
やっぱりお酒じゃねーか! しかも微妙にどっちが悪いと決めにくい状況にしてやがる。狙ってるのか?
「そんなことよりゆきも飲めよ~」
「未成年に勧めるなって前から言ってるでしょ! 飲ませるのも犯罪なんだからね!」
ほんとにこの酔っ払いどもめ。あか姉とひよりも出来上がってしまったのか、上機嫌で笑っている。何が可笑しいのやら、ちょっと怖い。
「さっきのお茶もっと欲しい」
「あか姉はそれ以上のんじゃダメだってば!」
おかわりをせがんでくるあか姉を阻止。ひよりも飲みたそうにしてるけど、ダメだからね。
だけど初めて飲んだお酒はなかなか体から抜けないのか、その後もしばらくどんちゃん騒ぎ。
日付が変わってからも大いに盛り上がり、深夜になってからようやく布団に入ったのであった。
そんなことがあって未だに寝ている四人。お酒が入ってるから余計に眠りが深いんだろうか。
昨日までならわたしが起きるのとほぼ同時くらいに起きてたのに。
「みんなまだ起きないの~。そろそろお腹空いたんだけど~」
声をかけるも返事はなし。爆睡だなこりゃ。
わたしも昨日は遅くまで付き合っていたせいか少し眠くなってきた。
一人でテレビを見てるのも飽きてきたし、少し横になろうかな。
端っこにお邪魔します。
横になって目を閉じると、ほどなくして睡魔がやってきた。やっぱり寝不足だったみたい。
一時間ほど眠ったらいけるかなぁ。
……なんだか体が重い。手足を動かそうとして見たけどビクともしない。
まさか金縛り!?
ヤダヤダ怖い! このまま目を開けたら世にも恐ろしいものが飛び込んでくるんじゃないだろうか。
怖いものを見るのは絶対無理なので固く目を閉じていると、ひそひそと話声が聞こえてきた。とうとう声まで!
南無阿弥陀仏無病息災家内安全安産祈願。
許してください、わたしには何もできません。
「なんか訳の分かんないこと言い出したけど、これ起きてるんじゃない?」
「起きてたら目を開けるだろ。これって寝言じゃねーのか?」
「ゆきちゃんって寝言でもなんだか難しいことを言うんですね。かわいい」
ん? ゆきちゃん? なんで幽霊がわたしの名前を知ってるんだ。
まさかわたしのご先祖様が迎えに来たんだろうか。
ここは思い切って目を開けるしかないのかな……。
「あ、目が開いた」
目を開くと、そこにいたのはわたしの体にのしかかる四体の影。じゃなくて姉妹たち。
「みんなして何してんの?」
金縛りにあったと思って怯えてたわたしは何なの。
「目を覚ましたらゆきちゃんが可愛い顔で眠っていたので、ついくっつきたくなったんですよ」
そんな理由でわたしを驚かさないで欲しいな。
「みんなのこと待ってたんだよ。一向に起きないからつい眠くなっちゃって」
「今日は一日こうやってゴロゴロしてるのもいいかもしんねーな」
確かに家でもこうやってみんなで同じベッドに寝ていることなんてないもんね。
だけどお腹空いちゃうでしょ。
「それじゃ、お昼まではこうしてる? ご飯はお外に行かないと食べられないからね」
「「「「するー」」」」
全員一致ですか。どれだけ甘えたいんだか。
結局それからお昼までの数時間、わたしは四人がかりでスリスリされながらウトウトして過ごしてしまった。
「たまには自堕落に時間を潰すのもいいもんだね」
「ゆきは普段から頑張りすぎなんだよ。少しくらい肩の力を抜いたっていいんだぞ」
毎日朝ごはんを作ってみんなを起こして回るのがルーチンになってるからなぁ。いざそのリズムを崩せと言われても難しいものがあるけど。
「たまに、ならね。そんなことより早くご飯食べに行こうよ。お腹空いちゃった」
何もしてないんだけど妙に空腹。動かなくてもお腹って空くんだね。
「どこまで出るか決めてあるのか?」
「みんなが寝てる間にスマホで調べてた。梅田に出たらいろいろあるみたいだから行ってみようよ」
大阪の人はキタって言うみたい。逆のミナミは難波のことを言うらしい。
「梅田。かつては埋める田と書いて埋田と呼んでいた」
なにやらあか姉が言い出した。埋める田ってことは湿地だったのかな?
「近くに処刑場があって、処刑された人の死体を埋めていたことでついた地名らしい」
「ちょっとやめて!? 梅田って言ってもけっこう広いよ!? どれだけ埋められてんのさ!」
そんなこと言われたら梅田に行けなくなっちゃうよ!
「冗談。本当は湿地を埋め立てて田んぼにしたらしい」
「もう、脅かさないでよ。安心してご飯食べられなくなっちゃうでしょ」
「ごめん。処刑場はもっと北にある妙見山」
「だからやめてって!」
けたけたと笑う姉妹たち。くそー面白がってやがるな。
「今日はキタに行くなら明日はミナミに行くの?」
「あ、それいいね。キタとは違ったお店があるかもしれないし、行ってみよう」
「ミナミにはかつて千日前デパートというものがあって、火災で118人が焼死したらしい」
「だからやめてってば! ホテルから出なくなるよ!?」
またしても笑ってやがる。こいつら……。
「じつはこのホテルにも……」
「おいヤメロ! ここは埋立地だから何もないのは知ってるぞ!」
わたしを脅かしてそんなに楽しいか。
くそーやり返そうにもみんなはわたしみたいな分かりやすい弱点ないからなぁ。
「あ。家に帰ったらカキフライ作ろう」
「「「「ごめんなさい」」」」
あったよ、分かりやすい弱点。うちのみんなはカキフライが大の苦手。おいしいのになぁ。
「まぁまぁゆきちゃん落ち着いて。どこに何食べに行く?」
カキフライが一番苦手なひより。
主犯はあか姉だし、勘弁してやるか。
「うん、阪神百貨店本店の九階にあるフードコートへ行こうと思って。カレー屋さんやベトナム料理もあるよ」
「おお、カレーいいな。甘いものもたくさん食べるだろうし、ちょうどいい」
「カレー好き」
「あか姉はカキフライトッピングだね」
「ひどい」
ひどいのはどっちだ。さんざん脅かしてからに。
「フードコートならいろいろあるんでしょう? 現地についてからいろいろ見て、みんなでシェアしてもいいかもですね」
「それいいね。みんなで違うもの頼もうか」
ベトナム料理にも興味はあるし、カレーも食べたい。アジアンフードってのもあるみたいだけど、なんなんだろう。
すっかりお腹を空かせているので、何を食べるか楽しみにしながら準備を進めた。
いっぱい食べるぞー。




