第153曲 綺麗なものほど意味がない
大阪滞在三日目。
昨日までのテーマパークを離れ、今日はまず水族館にやってきた。
「でっかーい!」
ひよりがジンベエザメを見て歓声を上げる。
「ジンベエザメは魚の中で一番大きい生物だからね。飼うのが難しいから、日本でも三カ所かでしか見られないんだよ」
全て西日本に集中していて、東日本では見ることが出来ないらしい。
しかも残りは鹿児島と沖縄だから、東日本から見に来ようと思ったら大阪が最寄。
「ん? 一番大きい魚はクジラじゃねーのか?」
「え?」
「お?」
おいおい、マジか。
「より姉、クジラは哺乳類だって知らないの?」
「そうなのか? じゃーサメも哺乳類なのか?」
サメは魚だって言ってんでしょうが。
「サメは卵で子供を産むんだよ。キャビアとか知ってるでしょ。卵じゃなくって子供をそのまま産むのが哺乳類。母乳をあげる動物だね」
「水の中で産むんだな。溺れねたりしねーのか?」
どこまで本気なんだろう、この人。
「もともと水の中に住んでるんだから大丈夫だよ。まぁ母乳は海水中に出して、赤ちゃんは海水ごと飲むらしいけどね」
「マジか。しょっぱいミルクだな」
だから海水の中に住んでるって言ってんだろ。四六時中しょっぱいわ。
意識してるのかわかんないけどちょいちょいバカを発揮してるよなぁ。
会話が聞こえてしまったのか、周囲の人がくすくすと笑っている。ちょっと恥ずかしい。
「次行こうか。ほら、あっちにクラゲの水槽があるよ。わたしクラゲ見たいな」
より姉の腕を取って連行。バカなことばっかり言ってないで、幻想的な光景を見て心を洗ってください。
「おぉ。クラゲだ」
そのまんまやんけ。
もうちょい他にないのか。
「ほらほら、半透明でキレイでしょ。触手には毒があるけど、見てる分にはキレイだよね」
「まぁキレイと言えばキレイだが。……こいつらがいる意味ってなんだ?」
また身も蓋もないことを。
「ぷかぷかと漂ってるだけだろ。ちゃんとメシ食ってんのか」
クラゲをじっと見つめてご飯の心配をしてあげる女性の図。プランクトンとか教えても「どこに口があるんだ」とか言いそう。
「ずっとふよふよしてるだけで気楽そうだな。何のために生きてるんだろうな」
クラゲの生きてる意味を真剣に考える人なんて初めて見たよ。
彼らには脳がないからそんなことを考えることもないんだろうけど。
生きてる意味か。
透明な水の中、優雅に漂うクラゲたちを見て考えてしまう。
「それを言うなら人間だって似たようなもんだよ」
人間だって確たる意味を持って生きてる人なんていないんじゃないだろうか。
「確かにあたしも何のために生きてるかって言われたら、明確に答えることは出来ねーかもしれないな」
誰だってそんなものだろう。
「その点ゆきはすげーよな。是非はどうあれ、人々を幸せにするっていう明確な使命を持って生きてるんだもんな。真っすぐに突き進むゆきはかっこいいぞ。もう少し自分の事を考えて欲しいとは思うけどな」
こっちを見てにっこりと笑うより姉。
わたしの使命……。
「そんな大したものじゃないよ。本当にこれでいいのかも分からないんだから」
クラゲから視線を逸らすことなく答える。
何も自分で考えず、与えられた命を守るためだけに漂う生命。
使命という名の膜を被り、他には何を成すこともないわたし。何が違うと言うんだろう。
「ゆき?」
心配げに覗き込むより姉。
「キレイだね」
「ん? あぁ、そうだな」
そう言いながら水槽の方を見ていないでしょ。わたしの横顔を見つめても仕方ないだろうに。
「薄明かりに照らされたゆきの方がもっとキレイだ」
またそんな歯の浮くようなセリフを言ってからに。
「何の口説き文句? クラゲと比べられても心に響かないよー」
バカなことばっかり言うより姉にあっかんべー。
スカートの裾をひるがえし、次の水槽へと歩き出した。
「やっぱりその恰好がよく似合うな。女の子っぽくて口説きたくなる」
あんたらが朝から懇願してくるからこんな格好してるんでしょうが。まさかこんなものまで用意してるなんて。
そう、朝から四人に土下座されてしまったのだ。
「お願い! せっかく大阪まで来たんだからかわいいゆきちゃんとデートしたいの!」
ひよりを先頭に立てて申し立てるとは。
わたしがひよりには甘いことを見越しての作戦だろう。
「あと三日! 大阪にいる間だけで構いませんから! わたしたちの厳選した衣装で何卒お願いします!」
かの姉までが真剣に頼み込んでくるということは本気だろう。
「三日って。そんなに衣装持ってきたの?」
「あたしと楓乃子と茜の荷物に一着ずつ紛れ込ませた」
出発前から共謀してやがったな。
「あれ? ひよりは何も分担してないの?」
わたしの服を選ぶのにひよりが関与していないのは珍しい。いつもなら率先して選ぶのに。
「いや~、わたしは別のカバンに全員分の浴衣を……」
一番めんどくさいのを担当していた。五人分の浴衣は大変だろうに。
なんでもいいけど、誰が着付けをするっていうんだろうか。
「あたしとゆきで全員の着付けだな。シクヨロー!」
しくよろじゃねーよ。業界人ぶるな。
その後午前はホテルで過ごし、昼から水族館に来たんだけど、これからもう一度ホテルへ戻り浴衣に着替える予定。
「めんどくさいなー。浴衣は地元のお祭りだけでよかったんじゃないの?」
「まぁそう言わないでください。せっかくの大阪、地元から離れて誰も知る人がいない土地で、かわいいゆきちゃんを堪能したいんですよ」
かの姉の帯を締めながら愚痴を言っていたらそんな言葉が返ってきた。
「地元だと何かあるの?」
「そりゃ、知ってる顔が多いですから。ゆきちゃんを女装させて堪能するのにも気を遣うじゃないですか」
へーそんな気遣いあったんだ。知らなかった。
てっきり嬉々として女装させてるものだとばかり思ってたよ。
「ゆきちゃんを女装させても地元では思いっきりイチャイチャできませんから」
そっちかい。
「大阪に来ても女同士でイチャイチャしてるようにしか見えないのは変わらないよ」
「旅の恥は掻き捨て! あーんなことやこんなことも出来ますから!」
何をするつもりだ。
怖いから聞かないでおこう。
「ゆきちゃーん! こっちも手伝ってよー」
「あいあーい」
より姉があか姉の着付けで苦戦している間に、わたしはかの姉とひよりの着付け完了。
がんばれ、アパレルデザイナー。
「ゆき~、こっちも手伝ってくれ~」
ダメか。
「ゆきは何をやらせても手際がいいよなぁ」
「おだててもダメだよ。アパレル会社に勤めてるんだから、これくらいはできるようになっておかないと」
「はーい」
やれやれ。
どうにかこうにか全員の着付け完了。より姉は結局、自分の分もわたしに手伝わせたし。
電車を乗り継ぎ、川沿いの花火会場へと到着。
「おぉ! ケバブ!」
屋台の出店に目を輝かせるわたし。
地域が違えば出店も違うのか、いろいろと珍しいものがある。たこ焼きやお好み焼きなどの粉もんが多い。
中にはインドなどの海外料理もあったり、バリエーションに富んでいる。さすが食の都。
「わたしタコス食べたーい!」
ひよりも珍しいのか、地元では食べられないような食べ物に釘付け。
「冷やしキュウリ」
あか姉が選ぶものはいつも渋いけど。酒のつまみみたいだ。
「あたしは串カツと焼き鳥! ……あとビール」
「わたしもお相伴します~」
あの二人はまた飲むつもりか。まぁお祭りだし、一本くらいはいいか。
花火の時間が来たけど、地元と違って穴場とかは知らないのでしばらく彷徨った。すごい人数がいたけど、どうにか腰を下ろせる芝生を発見。
レジャーシートを広げ、買い込んできた食べ物を並べて正座。芝生がクッションになっていて痛くない。
「なんだ、ゆきは行儀いいな」
「ほんとですね~」
より姉とかの姉は女の子座り。あか姉とひよりは横座り。正座をしてるのはわたしだけだ。
「正座が一番体に負担が少ないんだよ。ダンスをしてるから骨盤も歪まない方がいいしね」
そう言うとひよりも慌てて正座をした。ひよりもダンスしてるもんね。
でも無理はしちゃダメだよ。
いろんな食べ物を並べて食べていると、花火が上がりだした。
「た~まや~」
「か~ぎや~」
より姉とかの姉が掛け声をあげる。もう酔ってやがるな。
「玉屋と鍵屋は江戸の花火職人の屋号だからね。大阪でそれはどうなんだろう」
「キレイだからなんでもいいんだよ~」
「ゆきちゃん、酔っ払いはほっておくのが一番だよ」
それもそうか。
「ゆきちゃん、花火の色ってどうやってつけてるの? 絵具?」
「より姉みたいなこと言わないで。花火の色は火薬に金属を混ぜてるんだよ。炎色反応っていうのを利用してるんだ」
「へーそうなんだ。赤は何を混ぜてるの?」
「ストロンチウム」
「緑は?」
「バリウム」
「黄色」
「ナトリウム」
「白」
「アルミニウムかマグネシウムだね。って花火が上がるたびに説明させるつもりか」
「えへへ、バレちゃった。でもさすがだね。生き字引だ」
ただ単に記憶力がいいだけなんだけどね。これくらいで喜んでもらえるなら本を読んだ甲斐もあるか。
「おぉ、連発。キレイだねぇ」
「……そうだね」
打ちあがっては消えていく花火たち。次々と開く大輪の花は圧巻だけど、一輪一輪はとても儚く消えていく。
うっすらと漂う火薬の煙。それ以外には何も残らない。
「キレイなものほど意味がないのかもしれないね」
クラゲも、花火も。幻想的なものほど儚く、存在意義があいまいで、たとえ無くなったとしても誰も困りはしない。
いつか消えゆく人間という存在も似たようなものなのかもしれない。
「違うよ」
ひよりが呟いた。
「たとえ今しか見れないものでも、その美しさは人の心に残って何かの形になっていくんだよ。花火をキレイだと思う心。その心が次の美しいものを生んでいく。この世で意味のない物なんてひとつもないんだよ」
「……」
言葉にならない。ついこの間まで子供だとばかり思っていたひよりにこんなことを教わるなんて。
「何を弱気になってるのかは知らないけど、ゆきちゃんだっていろんな人の心にたくさんのものを残してるんだから。わたしのお兄ちゃんになってくれてありがとうだよ」
「そうだぞゆき! みんなおまえと家族になれて幸せなんだからな!」
突然より姉が飛びついてきた。手に焼き鳥持ってるし。タレつけんなよ。
「もうより姉、危ないよ。ってか酒臭い!」
「わたしもゆきちゃんのお姉ちゃんになれて幸せです!」
結局みんなわたしにくっついてるし。暑いんですけど。
「みんな遊んでないで花火を見なって」
「極上の花火が目の前にあるから目を奪われる」
あか姉はいっつもそんな調子だね。
でも、この姉妹に囲まれることができたのはわたしも幸せだ。
わたしもいつか、大輪の花を咲かせることができるんだろうか。




