第145曲 ゆきとひよりのターン
「面白かったー!」
幼少期以来のジェットコースターを満喫してご満悦。
「後ろ向きがこんなにスリルあるとは思いませんでしたね」
かの姉も楽しんでたみたい。
「あたしはやっぱり前向きがいいかなぁ。もうすぐ来るぞーって待ち構える方が楽しい」
なるほど。確かにそういう楽しみ方もあるよね。なんというかより姉らしい。
「あか姉は楽しめた?」
ひとり黙っているので聞いてみた。
「それなり。もっと激しいのを求む」
おっと。あか姉は意外とスリルジャンキーなのね。
「恐竜エリアのコースターに期待してる」
プテラノドンにさらわれた体で下向きのまま疾走するらしいね。確かにそっちも楽しみだ。
合流したひよりは信じられないと言った様子でこちらを見てるけど。
「ひよりもいるし、恐竜エリアはまた後でね。それよりテーマパークの名前が冠されたこのエリアと隣のハリウッドは、いろんな映像技術が駆使されたアトラクションが目白押しだよ」
「行く」
さすがあか姉。映像技術と聞けば目の色が変わる。
「ゆきちゃん、ありがとね」
ひよりが服の裾をつかんできた。
もう、気にすることなんてないのに。
「何のこと? みんなが楽しめるものはいくらでもあるでしょ」
苦手なものなんて誰にでもあるんだから。
「そうだね! ここにはお化け屋敷がなくてよかったよね!」
そう来たか。
「あ! ハロウィンにはホラーナイトってあるらしいから、その時にまた来る?」
分かって言ってるよね?
「文化祭の準備で忙しい時期なので来れません。残念でした」
11月の文化祭に向けて一番忙しいタイミングだ。大義名分があるので堂々と拒否できる。わずか数年後に常設のお化け屋敷ができるとは思ってなかったけど。
「だったら来年以降にまた来ようね!」
「来れたらね」
「わたしが大学に入学出来たら時間の都合はつけやすくなるでしょ。かの姉が就職する前に来たいよね」
かの姉も来年は4回生だから、チャンスは来年のみじゃん。
「就職しても有給というものがありますから。全ての有給休暇は家族のために使いますよ」
かの姉も会話に参加してきた。
「何も全部使わなくても。たまにはお友達と旅行するのもいいんじゃない?」
「ゆきちゃんも来てくれますか?」
なんでだ。
「いや気まずいでしょ。かの姉の友達ってわたし知り合いいないし」
「ゆきちゃんが来てくれないなら旅行に行っても意味がありませんね」
すごい極論だね。十分に意味はあると思うんだけどなぁ。
「そんなにわたしにべったりしてたらそのうち飽きちゃうよ」
「「飽きない」」
ひよりまで。
そう言ってくれるのは嬉しいけどね。でもそんなことを言ってられるのも今のうちだけなんだよ。
「自分の交友関係もちゃんと大切にしないとダメだよ」
「普段はちゃんとお付き合いもしてるもん。旅行までするのは別ってだけだよ。ね、かの姉」
「そうですよ。過保護なゆきちゃんですね」
どっちが過保護なんだか。
「それならいいんだけどね。それじゃ、そろそろ恐竜エリアのジェットコースターに向かおうか」
「なんで!?」
わたしをお化け屋敷に行かせようとしてるやつが何言ってんだ。
「……もうダメポ」
出てくるなりベンチに突っ伏してしまうひより。
プテラノドンにさらわれるのが相当怖かったらしい。
「あははは! お化け屋敷後のゆきみてーだ」
失敬な。いくらわたしでもここまでぐったりは……してるか。
うん、なんも言えねー。
「ほら、お水。大丈夫? 吐きそうになってない?」
自販機で買ってきたお水を手渡しながら、背中を撫でてあげる。
「ゆきちゃんありがと。吐きはしないから大丈夫だよ。でも気持ちいいからもう少し撫でて」
甘え上手だこと。
「高いところってそんなに怖い? 地面に立ってるだけで地球の中心から6300km以上高いところにいるのに」
「その理屈はおかしいでしょ。地球の中心に落ちたやつなんて聞いたことないし。第一見えないから」
確かにマントルを突き抜けたってのは聞いたことがないな。そっか、地面があるから怖くないのか。
「見えないのがいいなら下を見なければいいんじゃない? ここは地面だと思い込めば」
「……ゆきちゃんの発想って独特だよね。科学的なようでちっともそうじゃない」
「えぇぇ。でもよく『下を見るな』って言うでしょ」
「下を見たらもっと怖くなるって意味であって、もともと怖いことには何の変りもないから」
そういうものなのか。
高いところを怖いと思ったことがないからよく分からないけど。
「ほら、高いところから下を見たらおケツがヒュンってなる感覚ない?」
乙女がおケツとか言うんじゃありません。
でもそういう感覚ならなんとなく分かるかも。
「なるほど、あれが怖いという感情になるのか」
「……なんか感情を覚えたてのロボットみたいなこと言ってるよ」
AIゆきちゃん?
「Hey! YUKI! 抱っこして連れてって」
「だからSiriじゃないって言ってんでしょうが。それだけ軽口を叩けるならもう大丈夫だね。早く回らないとあっという間に時間が過ぎてっちゃうよ」
待ち時間に夕飯も考えたら、もうそんなに回ることもできないけど。残りは明日のお楽しみだ。
「夕飯は18時に優先予約してあるから、あとひとつかふたつ遊んだら向かわねーとな。本格熟成肉のレストランだぞ」
「「わーい」」
喜ぶひよりとわたし。温かく見守る姉たち。
くそ、子供みたいにはしゃいでしまった。だってお肉好きなんだもの。焼き加減はミディアムレアで。
レストランに向かいながら行列の少ないアトラクションを選んだおかげで、予定より多く楽しむことが出来た。
ちょうど食事時間で混雑していたので少し待たされたけど、優先予約をしていたので程なくして席に案内される。
「お腹空いたねー」
「途中でホットドッグとかいろいろ食べてたじゃねーか」
「そんなの別腹に決まってるでしょ」
ひよりの言うとおり。
途中で食べた間食はもうすっかり消化してしまい、待たされたこともあってお腹と背中がくっつきそうだ。
「わたしはプレミアムコース! 今なら2人前でも食べれそう」
「その細い体のどこに入るんだよ。そんなにお腹空いてないし、あたしのを分けてやるよ」
「ちゃんと食べないと大きくなれないよ」
「これ以上大きくならねーよ。それにもうゆきより大きいしな」
くっ。少しだけ背が高いからって。
「わたしだってまだ伸びる!」
「ねね、ゆきちゃん! ラムチョップと阿波尾鶏どっちがいい? 半分こしようよ」
「阿波尾鶏がいい!」
「横に伸びそうだな」
うっせーよ! まだまだ食べ盛りなんだよ!
「そのうち見下ろしてやる」
「わははは! 無理無理!」
ちくしょー。
「まぁまぁ。よく食べるのはいいことですよ。それにこういうところで食べるご飯は美味しいですからね」
「大したことない味でも雰囲気で美味しく感じるよな。キャンプのカレーみたいなもんか」
何気に失礼なこと言ってるよね。
騒がしいから聞こえることはないだろうけど。
でもより姉の言いたいこともよく分かる。こういったテーマパークでの食事は価格が高い割には残念な味のことが多いから。
だけど、予想に反してここでの食事は高クオリティなものだった。
「肉汁たっぷりだし、すごく柔らかいよ~」
「トリュフなんて初めて食べた」
「ムースもすごく優しい味で美味しいです」
姉妹たちにも好評なようだ。
「でもやっぱりゆきの作ったやつの方が美味いな」
失礼だからやめなさいって。
さすがのわたしも黒トリュフソースなんて作らないよ。
「けっこうボリュームもあるし、お腹いっぱいになりそうだね」
「そりゃおまえらは1.5人前食べてるんだから。それで足りないとか言ったらびっくりだよ」
「え、デザート頼もうと思ってるんだけど」
わたしも。
「ほんと、なんで太らないのかね」
呆れ顔のより姉。そんなこと言われてもね。
「わたし達まだまだピチピチだからね~。旬を過ぎちゃったより姉はもう脂っこいものとかきついんじゃない?」
うわ、ひよりきっつ!
「うるへー! まだまだいけるっての! 焼肉だって3人前はいけるぞ!」
「ロース?」
「……ハラミ」
ほとんど脂のってないね。
「ほら、もう歳なんだから無理しないの」
容赦ないなぁ。より姉半べそかいてるよ。
「ほら、年齢の話は荒れるからやめときなって。それよりこの後って何かあったっけ?」
「なんか海賊漫画のナイトショーがあるみてーだぞ」
そこまでファンってわけじゃないけど、その漫画はわたしも読んでいる。
「じゃ、それ見てからホテルに戻ろうか」
「ホテルに連絡入れとくわ」
その時は何気なしに選んだ選択だったんだけど、まさかあんなことになるとはこの時のわたしは予想もしていなかった。




