第141曲 五年越しの片思い
昼食以降、文香と穂香のやる気が上がった。
「友人として、ゆきと同じ目線に立ってみたい!」
そんなことを言って一生懸命ダンスの練習に励むようになってくれたけど、何かを忘れようとして無心になっているようにも見える。
何か、なんて考えるまでもないよね。
二人の気持ちを考えると胸が痛いけど、申し訳ないと考えるのは違うと思うから、わたしは何も言わず練習に付き合う。
「三人で踊ったらきっと素敵な思い出になるよ!」
笑い合い、励まし合いながら、動きと想いをつなぎ合わせていく。
ダンスを通じて心を通わせ、わたしの気持ちが少しでも伝わればいいな。
わたしは人に恵まれている。素敵な友人に囲まれ、優しい家族にも愛されて、本当にありがたいことだ。
だからわたしも縁あって出会えた人を大切にしていきたい。
「わたし達の友情はずっと変わらないからね! 三人の思い出作り、がんばろう!」
「ずっ友ってやつか」
「なんか恥ずかしいね」
それはわたしも恥ずかしい。
「わたしたちの絆はそんな軽い言葉では表せないよ。中学からずっと、もう幼馴染みたいなもんなんだから」
「幼馴染かぁ。いい響きかも」
「親友よりも距離が近い気がするね。そっか、幼馴染ならずっと一緒にいられるね」
「うん! これからもよろしくね!」
* * *
ダンスの練習が終わって夕食もいただいた後の帰り道、隣を歩く穂香の表情はどこか晴れやかだ。
「失恋しちゃったな」
彼女は両手を後ろに組み、空を見上げて呟いた。
「そうだね。失恋したらもっと悲しくて泣いちゃうと思ってたんだけどな」
気分は不思議なくらいに落ち着いている。
「サキの言葉で動揺しちゃったからかな。気持ちを貫き通したお姉さんたちが羨ましいよ」
「うん、わたしも勝てないなーって思っちゃった」
何があっても想いは変わらない、そう言い切ったお姉さんの口調や表情からどれだけ深い愛情を持っているかが分かってしまった。
きっとあの人たちはゆきちゃんに他の恋人ができたとしても、それが幸せなら祝福するんだろうと思う。
「真似、できないよね」
「うん、今のままじゃ、ゆきに恋人ができても祝ってあげることなんて出来ないな。こんなんじゃ、友人としても幼馴染としても失格だ」
「もっと、ゆきちゃんに相応しい友人にならないとだね」
彼のそばにいたいなら。
「お姉さんが言った時のゆきの顔、とっても嬉しそうだったな」
「……うん」
穂香も気づいてたんだね。本人は何気ない表情を装っていたつもりなんだろうけど、分かりやすいよね。
「あれだけ想い合ってるのに、どうしてゆきちゃんは認めないんだろう」
見ている限りでは姉妹4人ともゆきちゃんのことを大好きだし、本人も姉妹の事を大切に想っている。
なのにその愛情を頑なに否定するゆきちゃんになんだか違和感を感じてしまう。
「わたし達の知らないことがある……のかもしれないね」
どうしてか分からないけど、いいしれない不安を覚えてしまう。
「お姉さんたちは知ってるのかな」
「どうなんだろう。様子を見る限りは普通にしていたし、もし知っているなら大したことじゃないんだろうけど」
もし誰も知らなかったら……。
「幼馴染くらいには相談してほしいね」
「そうだな。誰にも秘密にしてるんだったら寂しいよ」
「ほんと、どれだけゆきちゃんのこと好きなんだって話だよね」
二人で顔を見合わせて笑い合う。
「人を好きになるって……辛いな」
穂香、泣いてる……。
静かに涙が頬を伝う。
「悪いことばっかりじゃないよ。少なくともわたし達はずっとそばにいることが出来るんだから」
そばにいれば辛い思いをするかもしれない。だけど会えなくなる方がもっと嫌だ。
「いつか、この想いを笑い話に変えられるように……。また三人笑顔で過ごせるように……」
この気持ちを忘れるんじゃなくて、良い思い出として昇華してしまおう。すぐにそうするから。
「すぐに笑顔になるから……。今は、泣いてもいいかなぁ」
耐え切れなくなったわたしは涙を流す穂香を抱きしめ、二人でしばらく泣き続けた。
* * *
「どうしたんですか、ボーっとして」
動画収録のためスタジオにこもったけど唄う気持ちになれなくて、ソファーに座り天井を眺めていたら、かの姉に声をかけられた。
「ん、なんでもない」
天井を見つめたまま返事をしてしまう。
「ここに下りて行ってからもう二時間も経ってますよ。ずっとそうしてたんですか?」
驚いた。もうそんなに時間が経っていたんだ。
「いっぱい練習したからちょっと疲れたのかも」
ふっと笑う気配がしたので顔を向けると、かの姉の腕が後ろから回ってきた。
「かの姉? どうしたの?」
「ゆきちゃんは本当に嘘が下手ですね。お友達の事を考えていたんでしょう?」
「……」
肯定も否定もしない。無言でいることが何よりの返答になるから。
「あの二人がそんな気持ちでいるなんて知らなかった。わたしってひどい奴だよね」
「ゆきちゃんは鈍いですからねぇ」
フォローしてくれないんだ。
「でもそれでいいんですよ。それもゆきちゃんの魅力のひとつです」
わたしの髪に顔を埋めるかの姉。少しくすぐったい。
「鈍いのが魅力なの? 気づかずに傷つけることもあるのに?」
「誰かに恋をすれば大なり小なり傷つくことはありますよ。だからといってゆきちゃんに全ての責任があるわけじゃありません。逆に乙女心に敏感で女性の扱いが上手いゆきちゃんなんて、気持ち悪いです」
そう言ってくすくすと笑うかの姉。
「気持ち悪いってひどいなぁ」
抗議の意味を込めてかの姉の腕に噛みついた。甘噛みだけど。
「あらあら、ごめんなさい。でもね、鈍感で傷つきやすく、そのくせ自分の事より他人のことばっかり気にしてる純粋なゆきちゃんだからこそ、いろんな人から慕われるんですよ」
「わたし、慕われてるのかなぁ」
「ファンクラブまで持ってる人が何言ってるんですか。それにわたし達にも愛されてるでしょう。それでは不満ですか?」
そういえばそうだった。
珍クラブのことはすっかり頭から抜けてたよ。
今現在わたしのことを好きだと言ってくれている人には失礼だったかもしれない。
「ごめんなさい」
素直に謝った。でももう一回噛みつく。
「謝りながら噛みつくのはどういうことなんでしょう? 可愛いからいいですけど」
そう言って右手で頭を撫でてくれるかの姉。左腕が首に回ってるから体勢的にはチョークスリーパーみたいだ。
「お友達も今は辛いかもしれませんが、きっといい思い出になりますよ」
そんなものなんだろうか。恋をしたことがないわたしには分からない。
首をひねっているとかの姉が笑い出した。
「うふふ。まだ難しかったでしょうか。ゆきちゃんはね、ただそこにいるだけで心を明るく照らしてくれるんですよ。そばにいるだけで安心することが出来る。誰にでも等しく愛情を注ぐことが出来るゆきちゃんだからこそです。そんな人を想うことが出来ただけでいい思い出になりますよ」
誰を好きになったかで違うんだろうか。
恋をしたからって必ずしも実るわけじゃないというのは分かっているけれど。
「かの姉はいい恋をしてるの? 後悔したりしない?」
つい聞いてしまった。
自分の事を好きだと言ってる人に何を聞いてるんだ、わたしは。
「もちろんです。ゆきちゃんに恋をした自分を褒めてあげたいくらいですよ。たとえどうなっても後悔なんてするはずもありません」
かの姉はそうなのかもしれないけど……。
「お友達もきっと同じ想いのはずですよ」
先読みされてしまった。
なんか悔しいのでもう一度噛みつく。
「うふふ。なんだか子猫にじゃれつかれてるみたいです」
喜ばれてしまった。
「かの姉の腕、よだれ臭いよ」
「ゆきちゃんにマーキングされてしまいましたぁ」
しまった。
服の袖で慌てて拭い去った。
「どうして拭いてしまうんですかぁ」
「恥ずかしいでしょ。さて、そろそろ唄おうかな」
ソファーから立ち上がり、曲をセッティングするためPC前に座る。
「かの姉、ありがとね。少し気分が楽になったよ……って何してんの?」
左腕を見つめ、じっとしたままのかの姉。
わたしが噛り付いていたところがそんなに気になるんだろうか。そんなに強く噛んではいないんだけど。
「……うふふ。ゆきちゃんの唾液~」
な! 舐めてやがる……。
「これはしばらく洗えませんねぇ」
いや、バッチいので洗ってください。
わたしを好きになる人って変態さんが多いのかなぁ。




