第130曲 飛んで火にいる
「はい、こっち向いて笑って~」
指示されるとおりにポーズを取ると、そのたびにフラッシュがたかれていく。
最初は渋々引き受けたモデルだったけど、撮影が進むうちにだんだん変わってきた。
なにこれめっちゃ楽しい!
「その表情いいわね! もう少しだけ右を向いてくれるかしら」
レイさんの言葉に嬉々として従ってしまう。カメラマンってすごいな。
被写体の魅力を引き出す能力に長けているんだろう。声をかけられ、従っているうちにどんどん気分が高揚してくる。
もともとカメラの前に立つのは慣れているし、決して嫌いなわけではない。むしろ好きだと思う。
だけど、これだけ気分よく撮られることは初めての経験。
「より姉! 次の衣装は?」
すっかりテンションのあがったわたしは、次々に衣装を着替えていた。どの服も可愛いデザイン。
「その恰好も可愛いわね。何を着せても似合うから、写真の撮りがいがあるわね」
そんな嬉しいことを言われたら、もっといろんな姿を撮って欲しくなる。乗せるのがうまいなぁ。
「今着替えたそれで最後だぞ~」
より姉の言葉で我に返った。
嘘、あんなにあった服を全部着ちゃったの? 楽しかったから、あっという間に終わってた。
「なんだかんだ言ってノリノリだったじゃねーか」
ニヤニヤしてやがる。なんかしてやられたみたいで悔しいぞ……。
「……夕飯のメニューは変わらないからね」
「しょんなぁ~」
がっくりとうなだれるより姉。どんだけ嫌いなのさ。
ちなみにより姉の嫌いなものはピーマン。子供みたいで微笑ましいんだけどね。
最後の衣装も撮り終えて、今日の撮影はお開きになった。
「ゆきさん、今日はありがとう」
清々しい表情で右手を差し出してくるレイさん。なんだか試合が終わった後のスポーツマンみたいだ。
「こちらこそありがとうございます。楽しい時間を過ごすことが出来ました」
出された手を握り返し、感謝の気持ちを込めて微笑んだ。
えっと……。いつまで手を握ってるんでしょう?
「はぁ。もうたまんないわ、その天使の微笑み!」
ふいに腕を引っ張られたと思ったら、レイさんに抱きしめられていた。
えぇぇ……。
レイさんっておネェだよね? この抱擁は男としてなのか、女としてかどっちだろう。
あ、わたし見た目は女の子だな。でも中身は男の子であって……。
あぁもうややこしい!
「ちょっとレイさん! うちの弟に何してくれてんだ!」
より姉が引きはがそうとするものの、がっしりと抱きしめられていて離れない。この力強さは男性なんだよなぁ。
ということはわたしを女の子として見てるのか?
「弟でも妹でもどっちでもいいわよ。このままお持ち帰りしてもいいかしら?」
まさかの両刀だった。
「ちょっとレイさん? わたしノーマルなんですけど……」
「わたしは両性、あなたも両性具有。ベストカップルじゃないの」
いや、具有はしてないんですが。
「かーえーせー!」
あ、より姉がキレた。
レイさんの後ろに回ってお尻をゲシゲシ蹴り始めたよ。
「痛い痛いって。もう、わかったわよ」
より姉のおかげでなんとか解放されたわたし。男の人に抱きしめられたのは初めてだ……。
なんだか鼓動が早いような気もするんだけど……まさかね。
違うよ!? ちょっとときめいたとか全然そんなことはないんだからね?
「せっかく離してくれたのになんで頭を抱えてんだ?」
ちょっとジェンダーアイデンティティの危機に陥っているだけです。
助けてより姉!
安住の地を求めるかのように、より姉の腕を抱え込んだ。
「おぉ? なんだ急にしがみついてきて」
うん、やっぱりわたし男の子。より姉にくっついたらドキドキするもん。
「あらあら、やっぱり仲良しね。これはわたしの入り込む隙なんてないかしら」
そうです。ちゃんと女の人を好きになる健全な男子です!
「最初っからゆきはあたしのもんだ!」
レイさんから隠すようにわたしの方へ向き直ると、そのまま抱きしめられた。
正面から来られるといろいろマズいんですが。感触が……。
レイさんへの警戒心で気付いてないのかなぁ。
「そんなに隠さないでも無理やりとったりしないわよ。ふふふ、本当に弟さんのことが好きなのね」
「そんなの当然だ。ゆきのことは誰にも渡さねーっての」
「熱烈な愛の告白ね。それはいいけど、そろそろ放してあげないとゆきさん茹っちゃうわよ」
「ん? なんだゆき。顔が真っ赤だぞ」
レイさんの言葉でようやく気付いてくれた。
そろそろ限界なんで、放してくれない?
「ははーん。ゆきもちゃんと男の子なんだなぁ~」
さらに力を込めて抱きしめてきた。何やってんの!
男の子と分かってるなら押し付けて来るなって!
「ちょっとより姉!? 放してってば……わぷ!」
抗議しようとしたら頭を押さえられ、胸に顔を埋められてしまった。わーやわらかーい……じゃなくて!
「この頑固頭にはこれくらいの荒療治しねーとな。ほれほれ、お姉ちゃんにたんと甘えなさい」
面白がって余計に胸を押し付けてくるより姉。
ちょっとは恥じらいってものを持ってください……。息が……できない……。
非力なわたしでは拘束を解くこともできず、ただジタバタするだけ。あぁ、そろそろ意識が……。
「もう、ラブラブなんだから。妬けるわ~。でもそろそろ死ぬわよ?」
「お? ちょっと強くしすぎたか。わりーわりー」
ようやく解放された……。あと少しでまた雪の精霊に会うところだったよ。
「より姉……3日くらいは夜の献立、覚悟しておいてね……」
「ひんっ」
その後は撮影したデータをパソコンに落とし、どの写真がいいかを3人で話し合った。こうやって見てみるといっぱい撮ってるなぁ。
雑誌に載るのはその中の数枚だけ。他の写真はどうするのかな?
「これが納品用ね。あとは予備として置いておくものと、映りがよくないものは破棄ね」
そう言って手際よくフォルダ分けしていくレイさん。破棄しちゃうのかぁ。
少し残念に思っていると、より姉がレイさんの肩を叩いた。
「破棄なんて許さないよ。ここに全部入れてもらおーか」
手に持っていたのは大容量ハードディスク。
どこから出した。四次元ポッケか? しかも8テラバイト。そんなにいらんでしょ。
「そのデータどうするの?」
「もちろん観賞用だが? あ、妹たちに売りつけてもいいかもな」
やめなさいって。
「これから先撮影したゆきのデータは全部ここにコピーしてもらう」
これから?
「……え、今日だけじゃないの?」
「は?」
「ん?」
3人で顔を見合わせる。
「ゆきさんはもう、うちの専属モデルになってくれたんじゃないのかしら?」
なんですと?
「楽しそうに撮られてたから、てっきりそうなんだと思ってたぞ」
なんでそうなる?
「いやいや、専属モデルなんてこんな成り行きでなるもんじゃないでしょ。契約も交わしてないんだし」
無言で一枚の紙を取り出すより姉。
なになに? 『専属マネジメント契約書』? わー用意がいいー。ちゃんとわたしの名前も書いてあるー。
そうじゃなくって!
「なんでこんなものが既にあるのかな? より姉?」
あからさまに目を逸らしたね。
「いやぁ、今日朝から昼寝をしてたら予知夢を見たってーか? 最初からそのつもりだったというか……」
朝から昼寝っておかしいね。予知夢かぁ、すごいね。
って最初から!?
「まさか会社に来るよう誘った時点で?」
「あははは……」
こやつ……。
「より姉、1週間ね」
「ひいっ」
すっかり足場を固められて罠にかかったわたしは、なんだか煙に巻かれたような気持のまま専属モデルの契約を交わすことに。
レイさんはすごく喜んでくれたけど。
生徒会長としての仕事や配信で忙しいわたしは、月に一度だけ会社に来て撮影をするということで合意した。
ちなみに夜の食卓、より姉の前は1週間しっかりとピーマンの緑で彩られることになりました。
半べそで鼻をつまみながら食べるより姉、可愛かったなぁ。
なんだかクセになりそう。
「やめてくれー!」




