第122曲 大天使ひより様
もう、ゆきちゃんたら。本当に天使なんかじゃないって。
だけど……。そんなこと言われたら嬉しくて照れちゃうよ。
今日のゆきちゃんはいつにも増して上機嫌だなぁ。
わたし達全員で協力することになったのがそんなに嬉しかったのかな。はしゃいでるゆきちゃん可愛い。
わたしのことも可愛い可愛いって……。リスナーさんにめっちゃ同調圧力かけてるし。
また天使様って言ってる。だから違うってば。
でもありがとうね。
だけどね、わたし達にとってはゆきちゃんこそ天使のように見えるんだよ。
いつも優しくて、カッコよくて。なんだってできるのにそれを自慢したりなんかしないでいつも自然体で。すっごく頼りになる自慢のお兄ちゃん。
ただそこにいるだけでわたし達を明るく照らしてくれて、たくさんの元気と愛情を注いでくれる。
まるで太陽のような存在。天使じゃなくて神様みたいになっちゃうけど。
「わたしは天使様にお仕えするために生まれてきた雪の精霊だからね!」
雪の精霊……。昔からゆきちゃんは自分のことをそう言っているけど、最近はそれを聞くとなんだか不安な気持ちになっちゃうんだ。
だって精霊っていうとなんだか曖昧な存在で、儚くて……。それこそ雪の様にふっと溶けて消えてしまいそうで……。
ねぇ、ゆきちゃん。ずっとそばにいてくれるんだよね? いつまでもその素敵な笑顔でわたし達の心を明るく照らしてくれているよね?
「ん? どうしたの、ひより?」
気が付いたらゆきちゃんの服の裾を掴んでしまっていた。ふわりと優しく微笑んでくれる。あぁ、綺麗だなぁ……。
そんな表情で見られたらドキドキして言葉が出てこなくなっちゃうよ。
「どうしたの? また緊張してるのかな?」
もう緊張はしていないけど……。それ以上に鼓動は激しいかもしれない。
「ううん、大丈夫。ただちょっとくっつきたくなっただけ」
わたしったら何言ってるんだろう。まだ配信中だからみんな見ているのに。
【甘えん坊ひよりちゃん】【かわいい】【ゆきちゃんのこと大好きなんだね】【なんかめっちゃ尊いんだが】
リスナーさん達にもしっかり見られちゃった。みんな好意的な反応をしてくれているけど、なんだか恥ずかしい。
「今度は赤くなっちゃって、もう可愛いなぁ。みんなもそう思うよね!」
また圧かけてるし。兄バカ。
リスナーさんに呆れられても知らないよ?
【ゆきちゃんも尊い】【妹ちゃんのこと好きすぎ】【ほっこり】【はいはい可愛いよ】
みんな優しいなぁ。
どうしてゆきちゃんの周りに集まってくる人は優しい人ばっかりなんだろう。
違うか。
優しい人が集まってくるんじゃなくて、ゆきちゃんに触れると誰もが優しい気持ちになれるのかもしれない。
この眩い笑顔に照らされて、みんな気持ちが穏やかになっちゃうんだよね。
やっぱりゆきちゃんはすごいなぁ。こんな人きっと世界中どこを探してもいないよ。
ゆきちゃんなら本当に世界の人々に幸せを届けることが出来るのかもしれない。
「今日はなんだか元気がないね。大丈夫? どこか調子が悪いの?」
しまった。ゆきちゃんのことばっかり考えてボーっとしちゃってた。
「ううん。大丈夫。ゆきちゃんがあまりにも生き生きとしてるから、つい見惚れちゃってただけ」
今度はゆきちゃんが頬を染めて黙っちゃった。驚いた表情が可愛すぎるよ。
【なんだこの空気】【甘酸っぱい】【もう付き合っちゃえよ】
付き……! リスナーさんのせいでわたしも顔が熱くなっちゃったじゃんか。
【日向キリ:ひよりちゃんかわいすぎ】【鼻血出そう】【なんだかこっちまで悶えちゃう】
二人してもモジモジしてたらコメント欄がお祭り状態に。
「もう! みんなからかわないの! わたしは恋人を作らないって何度も言ってるでしょ」
……。
まただ。
どうしてゆきちゃんは恋人を作るということに対して、そこまで頑なになっているんだろう。
誰かを好きになるということがそんなにマズイことなんだろうか。
わたし達姉妹だけが知っているゆきちゃんの秘密。
お母さんから聞いた内容だけでも十分ショックだったけど、ゆきちゃんはその上にまだ隠していることがある。
卒業までには話してくれるということだから、絶対に秘密ってわけじゃないんだし大丈夫だよね。
一瞬、より姉の言葉が頭をよぎった。
ダメダメ。今はそんなこと考えちゃいけない。
リスナーさん達も見てるんだし、配信に集中しないと。
そこからはなんとか気持ちを切り替えて、いつもの明るいわたしに戻って面白おかしくお話をしていった。
ゆきちゃんが大事にしているチャンネルだもん、盛り上げていかないとね!
でもさすがというか、わたしは話題についていくのが精いっぱいで自分から話を振ったりはできないけれど、ゆきちゃんはコメントを拾いながらいろいろと話を膨らませていってリスナーさんを飽きさせないようにしている。
やっぱりすごいなぁ。
わたしも追いつけるように頑張らないと!
せっかくゆきちゃんと同じステージに立ってるんだ。後ろ姿を見るんじゃなくて、横に立って同じ景色を見ていたい。
小さいころからそうだけど、わたしはいつもゆきちゃんに憧れて、その後ろをついて回っていた。
でも今は違う。
ダンスという武器を身につけて、ようやくゆきちゃんが見ている世界の一部分だけでも共有できるようになったんだ。
わたしが想像していた通り、そこはとってもキラキラしていて楽しくて、今ここにいることがすごく誇らしい。
まだまだゆきちゃんには敵わないけどね。
ゆきちゃんの軽快なトークのおかげで場の雰囲気も十分に温まってきたところで、いよいよダンスの時間がやってきた。
クリスマスに出演してから、毎日欠かさず練習してきた。そんなに期間があったわけじゃないけど、ゆきちゃんと踊りたいっていう気持ちは誰にも負けない。
この1曲に全身全霊をかけ、ゆきちゃんにとって必要不可欠な存在になるんだ。
気持ちを引き締めなおし、心地いい緊張感を感じながらゆきちゃんの隣に立つ。
音楽が流れ出し、呼吸を合わせて体を動かしていく。
練習の時はついていくので精いっぱいだけど、一緒に踊るとスムーズに体が動いてくれるのが不思議。
きっとゆきちゃんが上手くリードしてくれているからだと思うんだけど、気持ちを込めて歌いながらそんなことができるんだからすごい。やっぱり天才だよ、この人。
わたしがミスをしてしまっても、それをカバーするように動いてくれるおかげで、見ている人にはそれがミスなのかも分からないくらい自然につながっていく。
別々に踊っているはずなのに、手取り足取り教えてもらってる時と同じような感覚になってくる。
ゆきちゃんの体温を間近に感じ、息遣いすら聞こえるわたし達だけの世界。もっと、もっとだ。ゆきちゃんをもっと感じたい。どこまでも溶け合っていきたい。
無我夢中で動かしていたはずの体がどんどん軽くなり、自然とリズムに合わせて動くようになっていく。
すごい。
今わたし、ゆきちゃんとひとつになってる!
二人で織りなす恍惚のダンス。きっと今わたし達は心臓の鼓動さえ同じビートを刻んでいる。楽しい、嬉しい、愛おしい。
ゆきちゃんの歌声が止み、最後の伴奏に入っていく。
嫌だ。
もっと踊っていたい。この時間をもっと感じていたい。
時の流れを少しでも遅らせたくて、さらに情熱的になっていく二人のダンス。ゆきちゃんも時が過ぎ去るのを惜しんでくれている。確かに今、わたし達は通じ合っている。
だけど時間は決して止まらない。
どんなことでも必ず終わりは訪れる。
だったら! この時間をわたし達に相応しい最高の形で締めくくろう!
わずかな時間のアウトロに、全ての思いを乗せて。
音楽と共にわたし達の動きも止まった。
最後のポーズは左右対称。一瞬、ゆきちゃんの姿が鏡に映った自分自身を見ているような錯覚を覚えた。
わたしは当然汗だくになっているけれど、ゆきちゃんも珍しいことに肩で息をしている。しばし呆然自失とする二人。
ゆきちゃんが弾けるような勢いで飛びついてきた。
「すごいすごいすごい! ひよりすごいよ! わたしこんな感覚初めて!」
喜びを爆発させたゆきちゃんに抱きしめられている。それに対して、わたしはまだ少しボーっとした感覚。
わたし、踊ってたんだよね?
どこか現実離れしたような感覚に襲われながらも、夢のような時間が過ぎ去ったことを実感してしまう。
「え、ひより、泣いてるの?」
ゆきちゃんの言葉で我に返った。
「あれ?」
気が付けば、涙が頬を伝っていた。わたし泣いてるの? どうして?
達成感から来る喜びの涙なのか、終わってしまった喪失感の涙なのか。たぶん両方だ。
「そかそか。頑張ったね、ひより」
慈愛に満ちた、天使の微笑み。ダメだよ、今そんなに優しい目を向けたら……。
「ゆきちゃん……」
涙が止まらなくなっちゃうよ。
【なんだこれ……】【何を見せられたの?】【ダンス……だよな?】【なんでこんなに泣けてくるんだろ】【クリスマスの時とは別物】
PCのモニターにはいつもと違い、ゆっくりとコメントが流れていく。
誰も彼も、わずか4分間で起きたことに理解が追い付かず、言葉にならない。
【彩坂きらり:敵わないなぁ。こんなのもはや伝説じゃない】
その言葉通り、この配信は瞬く間に拡散され世界中で見られることになり、やがて再生数が1億を超えた。




