第110曲 彼女たちのポーラスター
民宿に到着。
今回はみんな一緒の部屋なので、前のような殺伐とした部屋の争奪戦もなく、平和にくつろいでいる。
「いっぱい遊んだからお腹すいたねー」
ゴロゴロしながら空腹を訴えるひより。
もうすぐ夕食の時間だからもうちょっと待ちなさい。
民宿なので部屋まで夕食を運んでくれるサービスはなく、大部屋に用意された夕食を食べにいくという形式。
時間が来たのでさっそく食事部屋に移動したんだけど、浴衣姿の美女4人+1のまぁ目立つこと目立つこと。
それまで騒がしく和気あいあいとしていた大広間に入った途端、急に静かになってしまった。
なんか邪魔しに来たみたいでこういうのはやめてほしいんだけどなぁ。
おじさん、お箸落としてるよ。
部屋の名前が書かれたプレートの置いてあるテーブルに、ちょうど5人分の食事の用意がされてある。ちなみに部屋の名前は「牡丹の間」だ。
全員がそのテーブルにつくと、まさに牡丹の乱れ咲き。
普通の民宿には似つかわしくない豪華な演出。そりゃ目立つわな。
田舎の民宿だから家族連れとかお年寄りが多いのかなと思っていたけど、けっこう若いお客さんも多くて、中にはわたしのことに気が付いた人もいるみたい。
「あれ、YUKIちゃんじゃない?」「他の人は家族だよね? 一度配信中に見た」「実際に見るとほんと可愛い」
なんて声がちらほら聞こえてくる。幸い、無遠慮に声をかけてくるような人もいなかったのでよかった。
周囲の目ばかり気にしていても仕方がないので、料理の方に集中する。
旅館のような派手さはないものの、魚介類はどれも新鮮で、ここでしか食べられない美味しさというものがある。
そして、こだわりがあるのか、今まで食べたことのある中でもトップクラスに入るくらいお米が美味しい!
どんな炊き方をすればこんなにふっくらとして美味しくなるのか、後で秘訣を聞いてみたい。
そんなお米に合うように作られた出汁巻きがこれまた絶品で、ふわふわの玉子からじゅわっと染み出る御出汁の味でさらにご飯が進む。
素朴ながらも満足できる内容にみんなご満悦。なんだか温かい家庭の味というか、たまにはこういうのもいいよね。
食後にちゃっかり大将から作り方のコツを聞いて、わたしのレパートリーに素朴な味わいというものが加わった。
食後のまったりタイム。
わたしはじっとしているのも退屈だったので、周囲の散策へ出かけることにした。
みんなはこの地域でしかやっていないテレビ番組を楽しそうに眺めてワイワイやっているから、邪魔をしないようにそっと抜け出してきた。
田舎の海辺だけあって街灯などもなく、雑木林の中は足元も見えないくらいに真っ暗だったけど、海岸に抜けると月明かりに照らされて、暗闇に慣れた眼には眩しいくらいだった。
幸い今日は満月。
空に浮かぶ月と、海面に反射する月。両方の光を取り込んだ海は、波に合わせてキラキラと輝き、まるで空の星が落ちてきて波間を漂っているかのようだ。
砂浜に打ち上げられた流木に腰掛け、いつものごとく空の何もない部分を見上げる。
少し強めの潮風に吹かれるのが気持ちいい。
夜になって気温が下がった時、陸地の方が冷えるのは早いから、その温度差で海から陸に向かって吹く海陸風。
その風に運ばれてくる少し生臭い匂いが、生命の息吹を感じられて安心する。
地球という星に奇跡的な確率で誕生し、進化して、いまやこぼれんばかりに溢れた生命。その紡がれてきた命を宿して今ここにいるわたし。
優しい家族に囲まれて、魅力的な友人たちにも恵まれて。それはとてつもない奇跡が重なってできたものなんだろうな。神様に感謝。
出来うるならばこの時間がいつまでも続けばいいのにと思ってしまう。
だけど時間は万物に平等に過ぎていくもの。
いずれ終わりの来る幻のような時間だからこそもっと大切に、一秒一秒を慈しむように生きていきたい。
「こんなところで何やってんだー」
背後からふいに声をかけられたので振り向くと、月明かりに照らされたより姉が立っていた。
わたしの見える世界はモノクロだけど、だからこそ光の明暗が顕著に見えて、儚い光に照らされた姿をより鮮明に、蠱惑的に浮かび上がらせる。
満月の明るさに照らされたより姉はとてもキレイで……。あまりにも美しいものを見た時って涙が出そうになるんだね。
「どうしたんだ? そんなにじっと見て」
目が潤んできたのを見られるのは恥ずかしいから、また正面を向いて夜空を見上げる。
「ちょっと潮風に当たりたくてね。星を見てたところに声をかけられて驚いただけだよ」
「そっか」
それだけ言うと隣に腰掛けるより姉。
そんなに大きな流木じゃないので自然と身体がくっついてしまう。お互い薄着なので肌と肌が直接触れ合う。
より姉の体温を直接感じる。その触れた部分だけが火傷しそうなほどに熱くなるのを感じてしまう。
周囲が暗くてよかった。きっとわたしの顔は耳まで赤くなっている。
「どうだ、旅行は楽しんでるか?」
突然そんなことを聞いてきてどうしたんだろう。みんなと一緒にいて楽しくないわけがない。
「もちろんだよ。みんなといる時間が一番楽しいんだから」
笑顔を向けるわたしに、より姉もまた笑顔で返してくれる。でもその笑顔はどこか寂しそうにも見えて。
「そっか。それならよかった。あたしらだってゆきといる時間が一番楽しいよ」
そう言ってわたしの目を覗き込んでくるより姉。
柔らかい表情だけど、まるでわたしの心の奥底を確かめるかのようにじっと見つめられ、つい目を逸らしてしまった。
わたしの負けだ。
「……やっぱりまだ何かあるんだな。ゆきをいじめたくはないからしつこく聞いたりなんかはしねーよ。
ただ、あたしはいつまでもゆきのそばにいてーんだ。あたしの中には本当にそれだけしかないんだよ」
『あたしら』じゃなく、『あたし』に変わっている。これがより姉の偽らざる本心なんだろう。
わたしだって本当はみんなと……。
でもね、それを言葉にすることはできないんだよ。
人を幸せにする使命を背負って生まれ変わったわたしが、人を傷つけることなんてできないから。
言いたいこと、伝えたい想いはたくさんある。でもわたしはそれを全部飲み込まなくちゃいけないんだ。
いつの間にか膝の上で握りしめていた拳により姉の温かい手が重なった。
「そんな顔しなくてもいいんだよ。ゆきは今まで通り普通に過ごしていればいい。あたしが勝手にしたいことするだけだからさ」
どこまでも優しい声。きっとわたしの負担にならないようにと思って言ってくれているんだ。
そんなに優しくされると余計に切なくなっちゃうよ……。
「したいことするって言われたら何も言えなくなっちゃうけど……。みんなにはちゃんと幸せになって欲しいんだ」
これもまたわたしの偽らざる本心だ。みんなにはいつまでも幸せに笑っていて欲しい。
涙は最小限で。
笑いの絶えない、豊かで彩りある人生を歩んでいってほしいんだよ。
「今が幸せすぎるほど幸せだからな。これ以上なんて考えることもできねーよ。
ゆきが家族になってもうすぐ14年。ずっと笑顔が絶えなかっただろ?
でもその中心にはいつもゆきがいた。あたしらはゆきのそばにいるから笑っていられるんだ。迷わずに生きていけるんだよ。
ゆき、おまえはあたしらにとっての北極星みたいなもんなんだよ」
地球から見て全ての星が北極星を中心にして回っている。全天の中で唯一その場所を動かずにいる指針となる星。
船乗りたちは何も目印になるものがない大海原で、まずは北極星を見つけて自分の位置を確かめていた。
「今はポラリスっていう星が北極星になってるけど、2000年もしたら今度はベガが北極星になるんだよ」
わたしもいつまでもみんなの北極星ではいられない。
「屁理屈言うんじゃねーよ。2000年もあれば十分じゃねーか。
それに知ってるぞ。一度は北極星じゃなくなっても1万2000年経てば、またポラリスが北極星に戻ってくるんだろ」
よく知ってたね。わたしの影響かな? そうだね、ポラリスはまた戻ってくることができる。
わたしは……また戻ってこれたらいいなぁ……。
また夜空を見上げ、今度は北極星に目をやる。
諦念と羨望の入り混じった眼差しで。




