第11曲 Go ahead
その後は何事もなく家に帰り、自分の部屋用に購入したノートパソコンを開いて収録しておいた月曜投稿をするついでに今の登録者数を確認。
14586人。
なんだ、数百人増えただけか……って違うがな! 桁が増えてる! とノリ突っ込みを入れながらちゃんと数字を確認する。
見間違えなんかじゃない。マジですか。
わたしが見ている間にも数人増えた。
これも気合を入れてかわいい分身を作ってくれたキリママのおかげだね。まずはキリママに一万人突破の報告と感謝のメッセージ。
1万人突破記念の曲は用意してあったけどこんなに早く使うことになろうとは……。
とにかく急いで記念配信の予約を入れて、SNSにも感謝のメッセージと配信のお知らせを投稿。
メッセージもたくさん来ていて、キャラがかわいいって投稿もやっぱり多かった。
キリママには感謝してもしきれないな。
他にも声がかわいいとかいろんな誉め言葉が並んでいたけど、その中でも目を引いたコメント。
【歌とダンスにしびれました】【心に響いて元気がもらえました】【元気な歌声に、嫌なことを忘れられました】
こういったコメントもたくさん来ていて、心がジーンとした。
だって、これこそがわたしの本当にやりたいことだから。
これからも地道に、真摯にリスナーさんと向き合っていこうと心に決めた。
自分の口から感謝を伝えたかったので本日記念配信をすることだけ告知してノーパソを閉じた。
その日の晩御飯は少しだけ豪華にして、登録者一万人を突破したことを伝えたらみんなで祝福してくれた。
リスナーさんの反響も嬉しいけど、やっぱり家族からの祝福と応援が一番心を温かくしてくれる。
家事を全部終わらせていよいよ配信の時間。
今日の配信はあっという間にここまで来させてくれたリスナーさんへのお礼を言う回。始まるのが待ち遠しくて仕方ない
だから配信が始まるなり、前置きも忘れて喜びが爆発してしまった。
「みんなのおかげでいきなり登録者一万人突破しましたー! ほんとうにみんなありがとうね!」
【いきなりだなw】【よっぽど嬉しかったんだなw】【大台突破おめー!】【はしゃいでるゆきちゃんかわいい】
唐突さを指摘する声に、名乗りもしていなかったことを思い出し、慌てて軌道修正。
「嬉しすぎて最初の挨拶忘れてた! ごめんなさい! 雪の精霊YUKIが今日もみんなに歌声を届けるよー!」
【今日は報告だけかと思ったのにちゃんと歌うんだ】【投稿もあったし一日に二曲も聴けるとかラッキー】
歌が聞けることを喜ぶ声がまじっているのがこれまた嬉しい。
楽しみにされていることに嬉しくなって目頭が熱くなる。
【日向キリ:わたしは嬉し涙でコメントが良く見えません】
もう先に泣いてる人がいた。
【感極まってますな】【ほんまのママみたいや】【溺愛】【愛されてるね】
キリママの過保護ぶりがいじられてる。
Vtuberゆきの誕生に力を貸してくれた当人が、その成長まで応援してくれているのだから本当にありがたい。
なぜかはよく分かんないけど、愛してくれてるんだなぁ。こんなママもいいな、なんて思ったり。
「キリママありがとう! またちゃんとお礼も言いたいし、後で連絡するね」
わたしと直接コンタクトを取れるキリママにはうらやましい、ずるいとの声がたくさん。
「みんなでキリママをいじめないの~。わたしもいつかはみんなの前で直接唄ってみたいよ」
【それはコンサート!】【生歌聞いてみたい】【絶対チケット手に入れる】
「あと二年足らずで素顔見せるからコンサートもできるかもね。だから今は我慢して。じゃ、さっそくこの高いテンションのまま歌の方に行こうかな! 万を突破したら歌おうと前から作ってあった曲です! 『Go Ahead』、聴いてください!」
Go Ahead。
船を進める時にかける「前へ進め!」の合図。
この数字はまだまだ通過点の一歩でしかないと思っているわたしにはまさにうってつけの曲だろう。
【一万人突破したばかりでさらに前へ進めか】【YUKIちゃんらしい】【どこまで行くのか楽しみ】
そうやって温かく見守ってくれる人達の応援に応えたい。
さらなる高みを目指す決意と感謝を胸に、歌声は熱を帯びていく。支えてくれる、全ての人に感謝を込めて。
この歌を聴いた人がまた、笑顔になってくれたらいいなぁ。
* * *
「張り切ってる」
自室のベッドに横たわり、わたしは愛する弟の歌声に聞き惚れた。
いつも「茜は無表情すぎて感情がわからない」と言われているが、この時間だけは頬も緩む。
記念曲らしくハイテンポでダンスも激しめ。ここからが始まりだと宣言する力強い歌詞と声。ハイトーンの伸びも尋常ではなく、この部屋で直接聴かされたらうるさいだろう。
いつもそうだけど、ゆきは全身全霊で唄っている。
でも今日は特に気合が入ってる。
この短期間で万という数字を突破したことは十分すごい。それでも満足することなく上に駆け上がっていく決意が伝わってくる。
この歌声をもってすれば、すぐトップクラスの人気者になれるだろう。
そんな歌唱力を持ったゆきがあの美貌を世間に出すと。
間違いなく騒がれ、引っ張りだこ。
きっとなるだろう。身内びいきなんかじゃなく。
ピーノちゃんは小さな頃から知っていたけど、家族になったのは芸能界を引退した後。理由は知らない。
これから配信者として人気が出たら芸能界に戻るのかな。
かつての神童子役がまた大活躍していたら芸能界が放っておくはずもないし、再デビューしたら人気者。
きっと今よりずっと忙しくなる。
一緒に過ごす時間が減ってしまう。
寂しさはあるけど、それがゆきの望む道なら、全力で応援。
ゆきはいつもわたし達の笑顔が自分の幸せだと言っている、それはこちらも同じこと。愛する弟が幸せそうにしている姿を見れば満たされた気分。
「そのまま昇っていけ、ゆき」
愛しの弟を抱きしめるようにスマホを胸に抱き、祈った。
* * *
「やっぱりゆきちゃんは何もかもが可愛いです~!」
うちの弟はどうしてこんなにも愛らしいのでしょう。
茜やひよりちゃんももちろん可愛い妹ですけど、ゆきちゃんはまた別格。弟なのに。
「今日の歌は少しかっこいい感じでしたね。綺麗、美しい、かっこいい、凛々しい。すべての賛辞はゆきちゃんのためにあるようなものです!」
高音質なゆきちゃんの声に、楓乃子はとてもご満悦です。
「えへへ。奮発した甲斐がありました」
より良い音を追い求めて購入した高級ヘッドホン。
決して聞き逃すことの無いよう両手で押さえ、画面に映るその姿を見つめると飽きることを知りません。まるで狂信者ですね。
ピーノちゃんの時代から大ファンでした。
家族になれたときは嬉しさのあまり気を失いそうになりましたとも。
法的に義理の姉弟は結婚できるということも調べました。
その心を射止めるために虎視眈々と機会を狙っていますし、そのことを隠すつもりもありません。
さすがに本人へのアプローチはまだしていませんが、友人には弟にガチ恋していることを公言しています。
他の姉妹も同じ気持ちを抱いているのはリサーチ済みです。
姉妹だからといって譲る気なんてありませんけどね。
家族といえどみな恋のライバルです。
「それにしてもこの短期間で万人越え……。さすがです! まだ遅いくらいだと思いますけど、100万人くらいすぐにいっても全然不思議じゃありませんね。ずば抜けた才能を持ちながら、人並外れた努力も重ねられる子ですもの。ピーノちゃんの頃も神童と呼ばれてましたけど、今では本物の天才と言えるでしょう」
実際に今まで必死に頑張る姿を間近で見てきました。
元々物覚えが並外れて良いことに加えて、いつ息を抜いているのかと思うほど常に何かを吸収しています。
習い事や通信教育、読書。図書館の本を読み漁ったり、家にいる間もよく読んでます。
頭の中は一体どうなってるんでしょう。
身体能力も異常で、なにやらせてもそつなくこなすんですよね。
柔道、合気道、古流武術は大人顔負け。あの子はどこを目指してるんでしょうね。
神様が人類を生み出して以来コツコツと作り続けてきた最高傑作を、現代になって世に送り出したのがゆきちゃんだと思います。
普通の人間ならこれだけのギフトを授けられたら多少なりとも図に乗る面が出てくるもの。なのにゆきちゃんはそんなこともなく謙虚で素直、いつも明るく朗らかで優しい。
この非の打ちどころのない人間性はまさに神様の創作としか思えず、本人がいつも言っている雪の精霊という言葉に信ぴょう性すら与えてしまっています。
「ゆきちゃんのことはいつもわたしが見守っていますからね」
スマホに映る最愛の弟。わたしの目は完全にハートマークです。




