第106曲 またしても時の人
休み明け、学校に登校する道すがらですでに予兆はあった。ひよりとあか姉、3人で歩いているとあからさまに感じる視線。
同じ学園の生徒だけでなく、近所の主婦やお店の人、果ては小学生までじっとこちらを見てくるくらいだから、相当広まっていると考えたほうがよさそうだな。
学校が近づくにつれて視線はさらに増え、そこかしこでヒソヒソ話も。なんか悪いことした人みたい。
視線の集中砲火を潜り抜け、ようやくたどり着いた教室。だけどそこは安住の地などではなかった。
教室に入るなり押し寄せる群衆。口々に発せられる質問の数々。
あーもーうっせー!
「とりあえずみんな落ち着こう! 何言ってるかさっぱり分かんないよ」
動体視力は人並外れてるから、怒涛の勢いで流れるコメントを拾うことができるけど、耳まで同じというわけにはいかないんだよ。聖徳太子にはなれません。
とりあえずみんなを代表して文香が質問してきた。さすが副会長。身分が人を変えると言うけど、文香も副会長になってからずいぶんと頼もしくなったもんだ。あれだけ引っ込み思案だったのに。
「ゆきちゃんの家に強盗が入ったって街中の噂になってるけど本当なの!?」
うん、やっぱりその話題だよね。知ってた。でもわずか2日で街中とか。
いくら普段事件なんて起きない平和な田舎町とはいえ噂が広まるの早すぎない?
「一応ほんとのことだけど、どうしてみんながそのことを知ってるのかが疑問なんだけど」
それに応えてくれたのが木野村君。まさか……。
「俺は従弟に聞いた。同じ道場に通ってた兄弟弟子なんだろ?」
そう、木野村君は事件当日に来てくれた松田巡査の従弟。
「うん、当日うちに来てくれたのも松田さんだったしね。それでどこまで聞いているの?」
仮にも警察官なんだからいくら従弟とはいえ、詳細には話していないだろう。
「けっこう詳しく教えてくれたぜ。広沢が強盗を半殺しにして病院送りにしたらしいな」
松田ぁぁ!
警察官が事件内容を一般人にペラペラしゃべっていいものなの!?
あんにゃろ、今度道場で会ったら絶対にぶん投げてやる。
「でも強盗って言うからには凶器とか持ってたんじゃない? 大丈夫だったの?」
そう言って心配してくれるのは穂香。でもわたしの腕に貼られたテープを見て青ざめる。
「それ、怪我してんじゃん! ちょっとマジで大丈夫!? 傷跡とか残ったりしないの?」
「大丈夫だよ。薄皮一枚切っただけだし、跡にもならないよ」
男だし腕に残った傷のひとつやふたつ気にもしないんだけど、周囲はそうじゃないらしい。
「そんな危ないことして、もしそのキレイな肌に傷のひとつでも残ったらどうすんの!」
怒られた。
「嫁入り前なのにキズモノにされたらダメでしょ!」
誰が嫁か。あといろいろ誤解を招きそうな言い方やめなさい。
「みんな大げさだよ。あんな奴に後れをとるようなわたしじゃないし」
「そう言えば従弟が言ってたな。その傷、犯人の刑期を長引かせるためにわざと切らせたんだって?」
まつだぁぁぁぁ!
そんなことまでしゃべってくれちゃってんのか! 絶対乱取り稽古で投げまくってやるから覚えてろ!
そしてそれを聞いた文香と穂香が怖い顔をして迫ってくる。出たよ金剛力士。
「やっぱり自分から危険な事やってんじゃん! いくら動体視力がすごいと言っても一歩間違えたら大怪我どころじゃすまなかったかもでしょうが!」
憤怒の形相で叱ってくる穂香。阿仁王さま怖い。
「生徒の規範となるべき会長がなに危ないことやってるの! ちゃんと怪我が治るまで左手使用禁止!」
吽仁王さまもお怒り。
「いや、ほんと怪我は大したことないから。使用禁止とか大げさすぎるってば」
「「ダメ!」」
さすが阿吽の呼吸。2人同時にダメ出しされちゃったよ。でも左手が使えないとけっこう不便なんだよ?
授業中にノートも取りにくいし、昼休みもお箸は持てるけど左手の支えがないとお弁当が食べづらい。
「今日のノートはわたしが取ってあげるから授業中は大人しくしてなさい」
文香副会長の厳命。言うこと聞かないと後が怖そう。
「ご飯はわたしらが食べさしてあげるから、口開けて待ってればいいよ」
餌付けか。ヒナじゃないんだから。いくらなんでも恥ずかしいのでさすがにそれは遠慮したい。
「せっかくの申し出に対して悪いんだけど、それはさすがにいいかなぁ」
善意で言ってくれているので頑なに拒んでも可哀想だと思ってやんわりと断ったんだけど……。
「いいから黙って好意を受け取る! わたしらが好きでやってることなんだから変な遠慮なんてしなくていいんだよ」
いや遠慮じゃなくて恥ずかしいんだよ、穂香。
「それともなーに? わたし達の好意なんていらないっていうの?」
圧がすごいです、文香。
厚意を受け取ることはやぶさかじゃないんだけどね。ここは逆らうだけ無駄か。
「わ、わかりましたよ、お2人の気持ちはありがたく受け取らせていただきます」
素直に降参して言うとおりにしたはずなのに、なぜか無言でわたしを見つめる2人。
「絶対字が違うんだろうね」
「だろうね。でもそんなボケたところもゆきらしいと言えばらしい」
なんかひどい言われようをしている気がするんだけど。字が違うってどういうことだろ。
結局昼休みは衆人環視の中、文香と穂香2人がかりで餌付けをされることに。
普通なら何やってんだな絵面のはずなのに、温かい目で見守るクラスメート達。なんだこのアットホームな雰囲気。
昼食という名の餌付けを終えて、わたしは放送室へ。休み時間に打ち合わせをしてあったので伊山君は先に到着して準備を整えてくれていた。
普段は火曜に『お昼休みはウキウキリスニング』を放送することはないんだけど、今日は学校中で今一番ホットな話題になっている我が家の強盗事件について、これ以上変な噂が広まらないようにする必要があった。
クラスでの騒ぎは落ち着いたけど、直接話を聞いていない生徒の間で話が大げさになっても困るからだ。
それで無理を言って急遽伊山君を駆り出したわけなんだけど、彼は嫌な顔ひとつせず快く協力してくれた。
すぐに準備は完了したのでいつものように放送を開始する。
『こんにちは! 生徒会長のゆきです! 今日はいつもの放送日じゃないんだけど、いろいろと噂になっているようなので無理を言って臨時放送をさせていただきました。伊山委員長、本当にありがとうございます』
まずは協力してくれた伊山君にお礼。そして本題を切り出すのは司会の役目。
『いえ、こちらこそ今学校中で話題になっている件についてお尋ねする機会を与えていただきありがとうございます。さっそくですが、一昨日の土曜日に会長の家に強盗が入ったということなのですが、それは事実ですか?』
『はい、事実です』
そこから事件のあらましを説明し、無事に強盗を撃退することができたことを伝えると再度伊山君から質問が。
『事件の際にゆき会長がケガをしたということで心配をしている生徒が一部いるんですが、大丈夫なんですか?』
そっか。心配してくれている人もいるんだね。
『みんな、心配かけてごめんなさい。左腕にうっすらと切り傷がありますけど、犯人の罰を重くするためにわざと負ったものなのでちゃんと見切っていましたし、跡にもなりませんのでご心配なく! 2~3日もすればテープも必要なくなりますし、すぐに傷も見えなくなりますよ』
なんてことないように言ったつもりだったんだけど誤魔化せなかったようで、驚いた表情をしている伊山君。
『いやいや。簡単に言ってますけど相手はナイフですよね? そんなこと狙ってできるものなんですか』
やっぱりそう思うよね。
『これでも一応合気道と柔道の有段者なので。あと動体視力には自信があるからできたこと、でしょうかね。あはは』
有段者というだけでこんなことができるなら、世の中から刃物での犯罪は激減するだろうね。
自分の異常性は自分が一番よく分かっておりますとも。脳がバグってるわたしはチート能力に目覚めてしまったのだから。
『わたしはある意味特殊な訓練を受けているので、良い子のみんなは決して真似しないように! 刃物を持った人はちゃんと警察に対処してもらってくださいね』
『真似しようと思ってもできるものでもありませんけどね。それにしても本物のナイフを持った相手に対してそんな冷静に対処できるとか、どんな胆力してるんですか。周囲の人たちも心配したことでしょう』
そうなんです。いろんな人から怒られました。
姉妹はもちろんのこと、文香や穂香まで怒ってたもんなぁ。
『はい、すいません。心配かけちゃいました。でもわたしはこの通りピンピンしていますし、事件も解決していますのでもう何も心配はありませんよ!』
『やれやれですね。ゆき会長はみんなから慕われているんですから、これ以上無茶をしないようにお願いしたいですね。それでは時間も残りわずかとなりましたので最後に一言どうぞ』
いつも締めは司会役がやるのに今日に限って投げてきやがった。伊山君、なんか怒ってます?
『みなさん、余計な心配をおかけして本当にすいませんでした。今後は無茶なことをしないように最大限善処します』
『なんだか政治家の答弁みたいな締めくくりでしたがまぁいいでしょう。それではみなさん、また明日!』
なんとか及第点の締めだったらしい。また家族に危険が及んだ時を考えたら絶対にしませんとは約束できないんだもの。
だけどこの放送の効果はあったようで、一部にわたしの無茶を心配する声は残ったものの概ね噂話は沈静化した。
これでひよりやあか姉も質問攻めにあって煩わしい思いをすることも無くなるだろう。
たった2日前の出来事だったけど、これで騒ぎに終止符を打てたと言っていいだろう。
ミッションコンプリート!




