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雪の精霊~命のきらめき~  作者: あるて
第2章 開花・覚醒

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第103曲 あの雪の日②

 心肺停止? でも今でもゆきは元気にしてるじゃねーか。


「ゆきは一度死んでいるのよ」


 そんな……。ゆきの姿を思い浮かべる。あいつが一度死んだ? その事実がまだうまく呑み込めない。


 他の姉妹を見ても、みんなショックを受けて固まってしまっている。


 今の元気なゆきの姿からは想像もつかない。ひとつだけ心当たりがあることと言えば……。


「あなた達、4分間の壁って聞いたことある?」


 突然母さんが質問を振ってきた。全員が首を横に振る。


「そう。これから何かの役に立つこともあるかもしれないからよく覚えておいて。人間はね、心肺停止から3分で生存率が50%に下がる。

 そして4分を過ぎると高い確率で脳に障害が残ったり、下手をすると植物状態になったりするのよ」


 脳の障害……。まさか!


「あの子の心肺停止の時間は6分。奇跡的に息を吹き返したけど、なんらかの障害が残ることは間違いないとまで言われたわ。

 幸い、言語や行動に大きな障害が残ることはなかった。それでもあの子の世界から全ての色は消えてしまった」


 やっぱり……。ゆきの目はそんな事情で……。


 ひとり知らされていなかったひよりが驚いた表情のまま硬直している。その気持ちは分かる。あたしだって最初に聞かされた時はなんて声をかけていいか分かんなかったもんな。


「ひより以外はみんな聞いていたみたいね。ひより。気持ちをしっかり持って。ゆきの目はね、全ての色が見えないの。

 普通は色覚障害というと光の三原色のうちひとつかふたつが見えないだけでなんらかの色は見えるのだけど、ゆきの場合は全色盲といってすべての色が見えず、完全に白と黒しかない世界に住んでいるのよ」


 驚きのあまり固まっていたひよりが目に涙をいっぱいに溜めながら声を上げた。


「でも! ゆきちゃんは普通に生活してたよ? 信号の色もちゃんとわかってるもん!」


「あの子の本棚見たことある? その中に色彩図鑑ってあるでしょ。毎日それを一生懸命に見て白黒の濃淡だけで色を識別できるように勉強したのよ」


 前にも思ったけど、正直そんな話聞いたこともない。わずかな濃淡の違いだけでそこまで色を判別できるものなのか?


 そもそもそんな細かい違い、いくら天才のゆきでも覚えきれるものなのか?

 

 その答えは母さんの次の言葉でさらに衝撃的な形として返ってくることになった。


「もうひとつ、ゆきの脳に残った障害。それが全記憶障害よ。あの子は一度見たものを決して忘れない。いえ、忘れたくても忘れることができないのよ」


 その言葉に全員が硬直した。忘れることができない? それってどんなことでもってことだよな……。


「たとえ嫌な事、悲しいことがあっても、普通の人のように時間が経って記憶が薄れていくなんてことはあの子にはない。

 あれだけ自分は人々に幸せを届ける雪の精霊だって言ってるのに、直接人を守れる警察官やお医者さんになれないのはそれが理由。

 ゆきの中ではその時の光景だけでなく、その時抱いた感情や思いまで完全に記憶されているの。

 ただでさえ人の不幸を嫌うあの子がだれかの死を看取るような職業になんてつけるわけがないのよ。

 最近のことで言えばあの繁華街での通り魔事件。あの時亡くなった子のことでゆきがどれだけ動揺したか、あなた達も覚えているでしょう?

 あの気持ちを未だに消化しきれずにずっと抱えているのよ。思い出さないよう必死に記憶に蓋をしているんでしょうね。

 お母さんがゆきを見つけたあの日のことも完全に覚えているわ。その反作用か、それ以前の記憶に関しては母親の顔含めて何も覚えていないんだけどね」


 そんな。辛いことがあっても記憶が薄れないってことはいつまでたってもその出来事から抜け出すことができないってことじゃねーか。


 全てを覚えているってことは五感で感じたもの全て、景色や匂い、音、感触、味、おまけにその時の感情までってことだよな。


 それってもはやゆきにとって思い出すって行為はその出来事を追体験するのと変わらないんじゃ。


 色もない、記憶が薄れることもない。そんな世界で今までゆきはどんな気持ちで生きてきたんだろう。


 ゆきの心境を考えて胸を痛めていると母さんがさらに話を続けた。


「あの子の脳はね、常人では考えられないほど常に活発に活動しているそうよ。そりゃそうよね。

 常に頭の記憶する部分に全ての光景を焼きつけながら生活してるんだから。

 あの子の運動神経や反射神経の良さはその活発に働く脳のおかげってことらしいわ。あれも一種の副作用なのよ。

 そしてあの子の体が男の子にしては細くて小さいのは、幼いころに十分に栄養をとっていなかったせい。

 お母さんが見つけた時にはひどい栄養失調と凍傷でボロボロだったわ。本当によく生きていたものだと思うわね。

 あげくに目が覚めるなり自分を雪の精霊の生まれ変わりだなんて言うんだもの。脳に重大な障害が残ったのかと思ったわよ。お母さんのことは天使様って言ってくれたけどね」


 そう言って笑顔を見せる母さん。いや、全然笑えねーよ。


 確かにあいつはいろんな才能を与えられているよ。でもその代償としてこれはあまりにでかくねーか?


「治療法とかはねーのかよ」


 分かりきったことだろうけど聞かずにはいられない。


「ないわ」


 きっぱり言い切りやがった。


「人間の脳に関してはまだ未解明な部分が多いのよ。あの子が与えられた能力を考えれば日常生活に支障をきたすような障害が残るのが普通なんだって。

 でも一見普通の学生生活を送っているでしょう? その陰には見えない努力もたくさんあるんだろうけど。

 それだけでも奇跡のようなもので、治療法はおろか原因すらはっきりとは分かっていない。たぶん脳機能障害のせいだろうっていう漠然とした推測しかできないの。

 お母さんだって何とかしてあげたいんだけどね。親としてどうにか救ってあげたい。だけどあの子自身はそんなこと望んでいないみたいなんだけどね」


 どういうことだ? 治せるものならちゃんと治療した方がいいと思うのが普通じゃねーのか。


「人との出会いや出来事を忘れたくないんだって。『せっかく出会えた人のことを全て覚えておきたい、だってわたしは雪の精霊だから』って言うんだけどね。

 心肺停止したときに見た夢なのか本当に臨死体験をしたのかはわからないけど、お母さんから見れば『雪の精霊の使命』っていうのはゆきにとって呪いに近いものでもあるんじゃないかと思うの。

 確かに人間という生き物を好きになることであの子はとても優しく朗らかに育ってくれた。それはいいんだけど、あの子には何かが欠けているのよ」


 ゆきに欠けているもの。あれだけ何でもこなして、誰からも好かれているゆきに欠けているもの?


 考えてみても分からない。


「一見隙の無い完璧超人で誰からも愛されて、みんなに平等に愛情をもって接する、本当に妖精のような子。

 でもね、人いう生き物として完璧に見えても、人間としてはそれじゃ足りないのよ」


「いったい何が足りねーって言うんだよ」


 じれったくてつい強い言い方になってしまった。でも他の姉妹も同じ意見のようで身を乗り出すようにして話の続きを待っている。


「ゆきが自分の幸せについて考えてるとこ、行動してるところを見たことがある? 

 今日だってね、全力で犯人を叩きのめしてたけど、あの華奢な体で本来そんな力を出せるものじゃない。

 あの子の運動神経は自身の体の限界を超えてしまっている。だからきっと明日は全身筋肉痛で動くのも辛いでしょうね。そんな状態でもあの子は普通に起きて朝食を作ってるとは思わない?

 それにあの子怪我をしたでしょう?

 あれもわざとよ。犯人が少しでも重い罪になるように狙ってやったのよ」


 そんな……。


 そんなことのためにあんな危険を(おか)したってのかよ。


 でも言われてみれば確かにその通りだ。ゆきのやってることはいつだって誰かのためだ。


 美味しい料理を作るのも、家をキレイにするのも家族のため。


 生徒会長だって生徒が楽しい学園生活を送れるようにと奔走している。


『みんなの幸せそうな顔を見るのがわたしの幸せなんだもん』なんて言ってはいるけど、あいつ自身の幸せって何なんだ?


 今日だってそうだ。わたし達が危険な目に遭ったというだけで、自分がどうなるかなんてことも省みず、あそこまでキレてたんだよな。


 まさか自分の限界を超えてまで全力を出していたなんて……。


 人に幸せを振りまきながら自分の不幸には蓋をしてしまい一顧だにしない。いや、自分を不幸だなんてことすら思っていねーだろう。


「お母さんには明日ゆきが何を言い出すか大体わかるわ。その時にあなたたちはどうするのかしらね。

 『雪の精霊』の名前通り、あの子の記憶と心は凍り付いてしまっている。それを溶かしてあげられるのはあなた達4人しかいないとお母さんは思っているんだけどね。

 明日も今日と同じように怯えた目をあの子に向ける気かしら?」


 こんな話を聞かされてそんな顔をするわけねーだろ。それ以前にどんな一面を持っていてもゆきはわたし達の大切な弟だ!


「なわけねーだろ。明日ゆきが変な事言い出したらぶん殴ってやるよ」


「わたしにとってもゆきちゃんは大切な家族です! 何があっても受け入れてみせます」


「ゆきを愛してる」


「わたしだってみんなと同じだよ! ゆきちゃんのことを大好きな気持ちは何があったって変わらないんだから!」


 みんながそれぞれに自分の想いを告げると母さんは満足そうに笑った。


「おーおー。親の前で堂々と愛の告白してくれちゃって。でもそれでいいわよ。あなたたちの愛情であの頑固頭を少し柔らかくしてあげて」


 正直を言えば、ゆきのあんな姿を見て最初は少し怖かった。でも話を聞いた今、そんな気持ちは微塵もない。


 むしろ愛しさが溢れてくるくらいだ。


 今は一刻も早くゆきに会いたい。

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― 新着の感想 ―
姉妹とお母さんの愛情が切ないですね。 ゆきの置かれている状況はとても苦しいですが、反面、この家族がいて良かったなと読者的に思います。^^
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