第102曲 あの雪の日①
パトカーと救急車が家の前に停まり、警察官や救急隊員が忙しなく動き回っているせいで近所の人の目をひいてしまい、外はにわかに野次馬でごった返すほどに注目されてしまった。
強盗が入ったなんて一大事だもんね。
みんなそれぞれ警察から事情聴取を受け、最後にわたしの番が回ってきた。
他の姉妹には聞かれたくないので玄関先に移動して聴取を受けることにした。担架に乗せられ、運ばれていく男の姿が見えた。
「いてーよー。なんなんだ、あの女ー。化け物かよ」
やかましい。誰が化け物だ。それだけ話せる元気があるなら十分だろ。
もっと恐ろしい目に遭わせてやればよかったと、背中がチリっとするのを感じた。
「やれやれ、ゆきさんの実力は知っているけれど随分な無茶をしたね」
わたしの気配を察したのか気安い感じで話しかけてくる警察官。
担当に当たってくれた警察官は顔見知り。同じ柔道場に通う松田巡査だった。
事情聴取ということだったのでわたしが帰ってから見聞きしたことを簡単に説明した。
「なるほどね。事情は大体わかったよ。犯人は強盗未遂ってことで厳罰を食らうだろうけど、その前に治療してやんないとだ」
苦笑交じりに冗談っぽく語る松田さん。普通ならわたしが過剰防衛に問われてもおかしくない。
脱臼した肩は元に戻しておいてやったけど。
戻すときも痛いってうるさかったな。
「松田さん、強盗未遂じゃないです。強盗致傷、もしくは強殺未遂ですよ」
そう言ってまだ血がついたままの左腕を見せた。
「なるほど」
そう言って傷口をじっと見つめる松田さん。やがてため息をこぼしながらやれやれと言った様子。
「ゆきさん、これ絶対に狙ってやったでしょ。ま、これならちゃんと正当防衛が成り立つか。それにしても薄皮一枚だけ切らせるとかどんな動体視力してんだか。一応写真も撮るし、病院に行って治療も受けてもらわないといけないよ。診断書はもらっておいてね」
すっかり血も止まり、凝固しかけているのを見て心底感心したようだ。
「承知しました」
あの男の刑期が伸びるならなんだってしてやる。復讐なんて考えられないくらいの厳罰を望む。
「ま、法定刑では最低6年。前科次第で下手すりゃ無期ってことになるだろうけど、10年以上はぶち込んでやるから心配すんな!」
そう言って肩をポンポンと叩いてくれる松田巡査。
10年。それだけあればみんなも家庭を持ってこの家からは離れてしまっているだろう。
両親もみんないなくなればこの家を売り払ってもっと手狭な家に引っ越すだろうし。
これで後顧の憂いは何もない。
「ありがとうございます。それじゃ、わたしは救急車に乗ればいいんですか?」
気持ちがまだ収まりきっていないわたしは終始淡々とした受け答え。それでも松田さんの優しい表情は変わることがない。さすが警察官というか、大人な対応だ。
「あぁ、救急車2台ってことだったからね。通報があったのがゆきさんの家だったからご家族に何かあったのかと思ってヒヤッとしたよ」
もし家族になにかあったら。そんなこと考えるだけでまた青い炎が燃え上がりそうになる。
「もしそんなことになっていればあの男は今頃この世にいないでしょうね」
わたしの言葉にまたしても苦笑いの松田さん。
「こらこら、滅多なこと言うもんじゃないの。日本は法治国家なんだから、そこは警察に任せてもらわないとね。ちゃんと厳罰で対処するから」
そんなことは関係ない。もしわたしの大切な天使たちに危害を加えようものならその罪は命をもって償わせる以外にない。
わたしは幸せを届ける雪の精霊だけど、愛しい存在を守るためなら不動明王にも断罪の天使にだってなってやる。
わたしはその言葉には返事をせず、救急車に乗り込むため靴を履き、玄関から外に出た。
* * *
ゆきが救急車に乗って行っちまった。
母さんはそこら中についた血を一生懸命ふき取っている。乾いてしまったら掃除が大変だもんな。
あたし達はまだ部屋の隅から動けずにいる。
「より姉……」
ひよりが不安げな顔でわたしの腕をつかんできた。視線は少し前にある小さな血だまり。ゆきが立っていた場所だ。
あいつは凶器を持った相手に対して、わたし達を背後にかばいながらひるむことなく向かっていった。ゆきのことだからあんなオヤジ相手に万が一にも怪我をすることなんてねーと思ってたのによ。
でもそれ以上に衝撃的だったのはその後のゆきだ。あんなに激しく怒っているゆきをわたし達は誰も見たことがねー。
正直、信じられなかった。ゆきが本気を出せばあんなことになるなんて。
今までもナンパ男を撃退したり、あいつの力を見てきたことは何度もあるけど、あんなのはあいつにとっては遊びみてーなもんだったんだな。
あらかた飛び散った血をふき取り終えた母さんが最後に手をつけたのは今あたしが見ていたゆきの血。
「ほんとに。こんな怪我までする必要なかったのに」
少し怒ってるのか? でもそのふき取る手つきはとても優し気で、まるで傷口をいたわるかのように丁寧に拭いている。母さんのゆきへの愛情が伝わってくる。
掃除が終わると、リビングは何事もなかったかのようにすっかり元通りになった。あれだけ暴れていたのに、壊れたものひとつない。
ゆきのやつ、周囲に気を配る余裕まであったっていうのかよ。
「あなた達、いつまでそんなとこにボーっと突っ立ってるつもり? そんなにゆきが怖かった?」
4人ともがビクリとした。
「そんなこと……!」
あるはずがない。あんなに心優しい弟の事を怖いだなんて……。でもだったらなんなんだよ、この気持ちは。
今はゆきが救急車に乗って病院に言ってくれたことにホッとしてる自分がいる。会いたくないのか?
ゆきが体を張って守ってくれたってのによ……。
あたし達が何も言い返せずにいると、母さんはため息をついてまずは全員テーブルに座るよう促した。
「ひよりも高校生になったことだし、あんた達には伝えておいた方がいいわね。ひより、これから言うことはゆきのことだから心して聞くように。あなたにとってはショックな内容も含まれているからね」
どこか呆然としていたひよりだったけど、母さんのその言葉に何かを察したのだろう。真剣な眼差しになって力強くうなずいた。
「まず、ゆきがうちとは何の血のつながりもない、里子としてうちに引き取られた子だっていうのは知ってる?」
全員が頷く。
「そう、ひよりももう知ってったのね。だったら話は早いわ。
どうしてあの子を引き取ることになったのか。ゆきはね、実の親からひどい虐待をうけていたのよ」
あたしはうちに来たばかりの頃のゆきの様子からなんとなくは察していたけど、他の姉妹にとってはショッキングな話だったようだ。みな目を見開いている。
「普段からの暴力に育児放棄、今でいうネグレクトね。そんなのは当たり前。
何度も児童相談所に強制保護もされていたらしいわ。
そして忘れもしない。ちょうどあの子の3歳の誕生日だった1月13日。あの日は大雪だった。
お母さん洗濯物を取り込むのを忘れていてね。結構吹雪いていることに気が付いて慌ててベランダに出たの。
その時に向かいのアパートの2階ベランダにあの子が横たわっているのを発見したのよ。
少し吹雪いてたせいですでに雪がうっすらと積もっていたから最初は人形か何かだと思ったわ。でもちょうど白い息を吐いているのが見えてそれが人間の子供だって分かったの。
思わず叫び声をあげてしまったけど、それどころじゃないと思ってすぐに警察に電話して救急車を呼んだの。
近所の人も出てきてくれてね、玄関に回って親に知らせようとしてくれた人もいたみたいだったけど、出てこなかったらしいわ。
裏側ではなんとかよじ登ろうとしてくれた人もいたけどなかなかうまくいかなくてね。ちょうど近所の工務店の人がはしごを持ってきてくれた時に救急車が到着したの。
後で聞いた話だけど、母親はあの子を外に放り出した後、睡眠導入剤を飲んで眠っていたそうよ。
母ひとり、子ひとりで暮らしていてどうしてそんなことができるのかしらねぇ。
どうしてもお母さんはあの子を放っておけなくてね。こんな騒ぎになってるのに出て来ることもしない母親に腹が立っていたのもあるけど、あの子が救急搬送されるときに一緒に乗り込んでついていったの。近くに住んでる第一発見者ということでね。
そしてね、救急車の中でとうとうゆきの心肺が停止してしまったの」




