「君を愛することはない」と言いますが、そもそも政略結婚に愛なんて不要ですわ
わたくし、アルバー伯爵家が次女カムネ・アルバーは、本日マキュエス侯爵家の嫡男スターグ・マキュエス様と結婚し、マキュエス侯爵家に嫁入りすることになりました。
結婚とはいうも恋愛結婚ではなく政略結婚です。
幼少の頃、マキュエス侯爵がスターグ様との婚姻話を持ち掛けてそれをお父様であるアルバー伯爵が了承しました。
それからは時間があればスターグ様と一緒に食事をしたり、劇を見たり、出掛けたりして交流を深めます。
お互い不満もなく、不仲になることもなく、適齢を迎えて本日無事に結婚式をあげることになりました。
式は滞りなく執り行われ、その日の夜わたくしはマキュエス侯爵家が用意した寝室で、ベッドに腰かけて今日から夫であるスターグ様をお待ちしております。
しばらくするとスターグ様が扉を開けて入室してきました。
初夜を迎えるべく用意をしていたわたくしにスターグ様は開口一番こう仰いました。
「カムネ、君を愛することはない」
スターグ様の言葉にわたくしは頷いて同意します。
「ええ、政略結婚ですもの。 愛なんて不要ですわ」
するとスターグ様はなぜか泣きそうな顔でわたくしを見ます。
「カムネ、君は僕を愛していないのか?」
「? 家同士の結婚に愛が必要なのですか?」
スターグ様の疑問に対してわたくしも疑問で返します。
わたくしの言葉にショックを受けたのかスターグ様がその場に崩れ落ちました。
「そんな・・・君は僕の家と結婚したのか?」
「はい。 スターグ様の仰る通り、家同士の結婚です。 それに何の問題があるのですか?」
貴族家同士の結婚なのですからこれが当たり前なのにスターグ様は納得されていないようです。
「・・・僕のことを見てくれていたんじゃなかったのか?」
「ちゃんと見ていましたよ。 スターグ様を通してマキュエス侯爵家がどういう家なのか、信用に足るのか、将来有望なのか、わたくしなりに見極めさせていただきましたから」
わたくしが説明するとスターグ様は驚いた顔をしています。
「僕を?」
「はい。 素行が悪かったり、常識に欠けていたり、財力に不安があれば、お父様に報告してこの縁談はなかったことにしてもらうつもりでした」
わたくしとしても『嫁ぎ先に難あり』では、この先思いやられるというものです。
「幸いスターグ様は誠実で、信頼でき、将来安心できるお方と判断しました。 わたくしとしても将来有望なお方との破談はもったいないので努力いたしましたわ」
理想とかけ離れた答えなのかスターグ様は首を横に振ります。
「違う! そういうことじゃない!!」
「もしかして相思相愛をお求めなのですか? だとすれば、わたくしたち貴族はそういうのは無縁ですわ」
実際に恋愛で結婚する貴族もいますが、それはほんの一握りしかおらず、大体は政略結婚になります。
「どうしても恋愛をしたいのであれば貴族を捨て平民になられることをお勧めします。 とはいえ、平民とて愛で食べていけるほど楽ではありませんわよ」
わたくしの回答が的外れなのかスターグ様は額に手を当てます。
「だから、違うって・・・」
「これも違うのですか? あ! もしかして外にわたくし以外の女性がいると? それならそうと言ってくださればよろしいのに」
貴族の妻たる者、夫の浮気や愛人くらいはある程度許容する懐の深さは必要でしょう。
「スターグ様に愛人がいても一向に構いませんわ。 ですが、愛人との間に子ができたらお家騒動になるので避妊だけはしてくださいね」
愛人関連だと思い話すもスターグ様は頭を抱えて否定します。
「いや、そうじゃなくて・・・」
「もしかして相手の女性をすでに身籠らせたのですか? なるほど、つまりわたくしとは夫婦関係ではなく『白い結婚』みたいな関係をご所望と?」
スターグ様には心に決めた女性がいるのでしょう。
「わかりました。 では、今日からわたくしたちは『仮面夫婦』として生活していきましょう。 それではスターグ様、失礼いたします」
空気を読んで身を引くのも時には大事です。
わたくしはベッドから腰を上げて一礼すると部屋の扉へと向かいました。
「待ってくれ!」
「?」
スターグ様は大声でわたくしを呼び止めます。
「僕はただ君の愛を独占したかっただけなんだ!!」
「・・・え?」
予想外の言葉にわたくしは驚きました。
「僕はマキュエス侯爵の嫡男として父母から厳しく育てられた。 だけど弟たちは違う。 いずれ家を出ていくのだからと愛情を注がれていた。 正直、弟たちが羨ましかった」
ここでスターグ様の家庭環境を聞かされるとは思いもよりませんでした。
え? わたくしの家ですか?
良くも悪くも普通です。
「弟たちみたいに僕も愛を知りたい。 父母からは無理でも君なら僕に愛を注いでくれるのではないかとそう考えた」
「それならなぜ『君を愛することはない』なんて言葉をわたくしに申し上げたのですか?」
スターグ様は頭を掻きながらわたくしの疑問に答えます。
「巷では『異性の気を引く手段として相手を一旦突き放しておいて、縋ったところで優しく抱擁する』小説が流行っているとか」
「ああ、あの小説ですね。 わたくしもその小説は拝読いたしましたわ。 道理で既視感がある光景だと思いましたわ」
わたくしはスターグ様の発言に納得しました。
小説の内容を基にスターグ様はわたくしの愛を求めたのでしょう。
「本当に済まなかった!」
「それならそうともう少し気を引くお言葉をかけていただければよろしかったのに」
気まずさからかスターグ様はわたくしの視線から目を逸らします。
「それについては僕が悪かった。 けど、君も勘違いが過ぎるのではないか?」
「そうですか? こういうのははっきりしたほうがよろしいかと思いまして」
わたくしは事実を簡潔に述べました。
「スターグ様が愛を渇望していることはわかりました。 それなら今日からわたくしと一緒に愛を育んでいきましょう」
「愛を育む?」
わたくしの提案にスターグ様は驚いていました。
「そうです。 これからは家同士の付き合いではなく、わたくしとスターグ様で愛の関係を築いていくのです」
「なるほど」
わたくしの説明にスターグ様は納得しています。
「そういう訳で早速愛を育んでいきましょう。 まずは初夜からです」
「わかったよ」
お互いにわだかまりもなくなったところで、わたくしたちは濃密な一夜を過ごしました。
スターグ様は翌日から毎夜愛を求めてくるので、わたくしもそれに応えます。
身体を重ねるうちにこういう関係も悪くないかなと次第に思うようになりました。
ほかにも時間があれば二人でお茶をしたり、外出してデートを満喫したりと順調にスターグ様との愛を育んでいきます。
そして、なんだかんだでわたくしも結構楽しんでいることに気づきました。
わたくしの世界観に今までにない彩が少しずつですが加わっていきます。
その変化に不快はなく、むしろ心地よさすら感じるほどです。
それが愛だと認識するまでさほど時間はかかりませんでした。
それから一年後、スターグ様が愛を求めた結果、わたくしはお腹の中に子を身籠りました。
スターグ様は喜ぶと同時にわたくしからの愛が途絶えるのではと心配もしております。
葛藤するスターグ様をよそにわたくしはお腹の子に語り掛けます。
「父も母もあなたが産まれてくるのを楽しみに待っていますからね」
わたくしはそっと自分のお腹を撫でるのでした。




