永禄元年、この地にて
意識が戻ると、蓮たちは見慣れない場所にいた。土の匂い、古い木造家屋。現代のビル群やアスファルトはどこにもない。
「父ちゃん……」
あの別れが頭から離れず、蓮の目から涙がとめどなく溢れ出した。
どれくらいの時間が経ったのか、わからない。ただ、蓮はしばらくの間、声も出さずに泣き続けた。隣にいた颯真もまた、静かに涙を流していた。普段は冷静な颯真の頬を伝う涙を見て、蓮の悲しみはさらに深まる。やがて、颯真が静かに口を開いた。
「泣くな、蓮……親父さんの思い、無駄にするんじゃねぇ……」
颯真は声を震わせ、蓮の肩に手を置いた。その唇の端には、悔しさから噛み締めた薄い血が滲んでいる。
「あぁ……絶対、許さねぇ……あのクソ野郎、絶対ぶっ殺す……!」
蓮は拳を強く握りしめ、目に怒りの炎を宿した。その決意は、傍らの颯真にも強く伝わってきた。
「その前に、まず俺たちがどこの時代に飛ばされたか、確認しないとな」
颯真は涙を拭い、なんとか冷静さを取り戻そうとした。
しばらく森の中を歩き、開けた場所に出ると、目の前には田んぼと畑が広がっていた。現代では見ることのない、どこか懐かしい日本の原風景がそこにあった。畑を耕していた初老の男に、蓮が駆け寄って声をかける。
「すいません、今は西暦何年になりますか?」
男は怪訝そうな顔をした。
「せいき?なんだそりゃ?」
この時代は西暦という言葉が浸透していなかった。
「その……元号で言うと、何年になりますか?」
蓮が慌てて尋ね直す。
「ん? 永禄元年、つまりは1558年になるな」
男は少し首を傾げながら答える。
「ありがとうございます!」
蓮は興奮気味に、その言葉を颯真に伝える。
「てことは、信長が天下を統一する前ってことか」
男は二人の様子を訝しげに見つめ、尋ねた。
「ところで、なんでそんなことを聞くんだ?」
蓮は勢い込んで答えた。
「信じられないかもしれないですけど、俺たち、未来から来たんです!」
男は一瞬、眉をひそめた。その顔には、驚きと同時に、何かに気づいたような微かな光が宿る。しかし、すぐにその表情は消え失せ、怒りに歪んだ顔へと変わった。
「バカ言うんじゃねーよ、ガキども。大人をあんまりからかうなよ」
その言葉に、蓮は「そんな言い方することねえだろジジイ!」と大声で言い返し、男と一触即発の雰囲気になった瞬間、颯真が蓮と男の間に入り込む。
「申し訳ございません。どうか、このバカの無礼をお許しください」
颯真は深々と頭を下げる。「誰がバカだ!謝ってんじゃねえよ」
「お前はもう黙れ!」
颯真はそう言って、蓮を睨みつけながらその口を片手で塞いだ。
男は鼻で笑う。
「お前らの名前はなんだ?」
「蓮と、颯真です」
「そうか、じゃああっち行け」と初老の男は端的に言った。
颯真は頷くと、蓮と来た道を振り返らずに歩き出した。
二人の姿が見えなくなると、男は不適な笑みを浮かべ、懐から煙玉を取り出して爆発させた。
その日の夜、闇に包まれた屋敷の一室。
先ほどの畑の男が、一人の人物に深々と頭を下げていた。
「親分、ガキが二人、未来から来たなどと馬鹿げたことを申しておりました。名は、蓮と颯真と」
男の報告を聞いた人物は、静かに酒を飲み干す。
「そうか。ようやく来たか」
その言葉には、一切の動揺がなかった。
「あのお方に、すぐにこのことを報告せねば」
「……いや、その必要はねぇ。お前らは、もう用済みだ」
背後から声が響き、男は驚いて振り返る。そこに立っていたのは、見慣れた隻眼の男。
その男は、懐から赤い刀を取り出した。
「まさか、貴方様は……!?」
男の驚愕の悲鳴は、闇夜に吸い込まれるように消えていった。




