消えた分家と織田の時代
「はぁ、はぁ……」
息を切らし、膝に手をつく蓮の額から汗が滴り落ちる。組み手は互角。この勝負は、いつものように決着がつかなかった。
「また腕上げたな、蓮」
颯真が落ち着いた口調で言う。疲労の滲む声の奥に、わずかな称賛が感じられた。
「へへっ、だろ!カマイタチの術、教えてやろーか?」
「いや、それはいい」
颯真が即座に否定する。風を操るだけで何の威力もない、蓮の術に付き合う気は毛頭なかった。
「なんでだよ!」
蓮からの初めてかもしれないツッコミに、颯真の口元が緩む。普段は真剣な眼差しで、ただひたすら自分の技を追求する蓮が、子どもみたいに駄々をこねるのが可笑しかった。
「そんなことより、今度総理大臣が変わるらしいぜ」
慌てて話を逸らす。これ以上、くだらない術の話に付き合っていられない。
「まじ? 誰?」
「織田……なんだっけ?」
「いや、覚えてねぇのかよ!」
颯真はくつくつと笑う。無理もない。
本能寺の変を返り討ちにした織田信長は、その後すぐに天下を統一した。その圧倒的な勢いは現代まで止まることなく、日本を支配しているのは間違いなく織田の一族だ。
「毎回織田だからな。覚えるのも大変だわ」
笑いながら颯真が言う。その言葉には、織田という絶対的な存在に対する諦めにも似た感情が含まれていた。
「まぁ、俺らは家を継がなきゃいけない身だし、いつまでも遊んでられないよな」
蓮の言葉に、重苦しい空気が漂う。その表情は真剣だった。
「俺なんて、分家に頼りまくろうとしてたのに、それも出来なくなっちまったしなー」
3ヶ月前、東雲家と月影家の分家が、まるで最初から存在しなかったかのように姿を消した。本家の者たちは手当たり次第に探したものの、一人も見つからず、手掛かりすらも恐ろしいほどに消え失せていた。
「このまま、俺たちだけで、あの人たちを探さなきゃいけないのかもな」
「……そうかもな」
蓮と颯真は、空を見上げる。そこには、ただただ青い空が広がっていた。




