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オアシスの闇

作者: りょう

 砂漠。それは酷く暑く、乾いた風が吹き荒れ、砂煙が立ち上り、夜は寒い、まさに命の危機に直面する、大変危険な地帯です。

 男は、その危険な砂漠地帯を一人で歩いていました。

 行けども行けども太陽がギラギラした砂漠が続きます。

「俺の命もここまでか」と男は気弱になってしまいました。

 そんなとき、ふと視線を上げると、遠くの方に水が見えました。

 蜃気楼のように見えたが、それは本物のオアシスでした。

 渇きで死にかけていた男は、九死に一生を得ました。

「よし、これで俺も助かる」

 男はありがたく水を飲みました。大喜びで水浴びもしました。

 男は思いました、砂漠は死だ。海とは違う。


 男が随分ゆっくりと水浴びを楽しんでいると、宙に浮かぶ光の玉のようなものが現れました。

「なんだ、この光の玉は?」

「私はオアシスの精です」

 男はオアシスの精を初めて見ました。

 オアシスの精は言いました。

「あなたはひとりですか?」

 男は驚きながらも、しっかりとした口調で答えました。

「実は、激しい砂嵐で姉とはぐれてしまったのです。姉も今頃は、どこかで苦しんでいるに違いありません。俺は姉さんのことを忘れていた。ああ、今頃姉さんはどうしているだろうか」

 自分の心配がひとまず無くなったとき、男はお姉さんのことが急に心配になってきました。

「もしかして、いい気分になっているのは、自分だけではないだろうか。姉さんは酷暑や渇きにやられ、ずいぶん苦しんでいるのではないだろうか」

 恐怖や不安が男を襲いました。


「ああ、姉さん、あなたは一体今どこでどうしているんだろう。オアシスの精よ、俺の姉さんはどうしているだろう。もし、あなたに姉さんの安否が分かるなら、教えて欲しいのです」

「では、あなたの姉さんもここへ導いてあげましょう。しかし、それと引き換えに、あなたは目が見えなくなってしまうよ。それでもいいですか?」

 俄かに発せられたオアシスの精の言葉に、男はショックを受け混乱しました。

「目が見えなくなる?」

 目が見えなくなるなど、今まで考えたこともありませんでした。

「しかし、もしかしたら今にも姉は渇きで死んでしまうかもしれない。いや、でも目が見えなくなるのは、どんなことだろう。もう二度と愛する人の姿をみることはもちろん、僕は光を失ってしまう」

 男は深く悩みました。


 一方、男と同じように、姉は自力でオアシスを見つけていました。

 姉もオアシスの精に弟と同じことを言われました。

 つまりは、目が見えなくなる代わりに、弟に会わせてやるということでした。

 姉も弟同様、深く悩みます。

「目が見えなくなるなんて、どんな気分だろう。きっと、暗闇の中で、苦しい日々を送るに違いないわ。愛する弟が側にいてくれれば幾分楽かもしれないけれど、どうだろうか。今、オアシスの精に、目が見えなくなる代わりに、弟と会えると言われたけれど、私はやっぱり自分が可愛い。ああ、でも、幼き日、弟と一緒に積み木やパズルで遊んだ記憶は、私の心を惑わせる。弟は可愛い」


 太陽が言いました。

「どうだ、俺の光は強烈だろう。体調が万全のときは、自分が幸せなときは、他人にも優しく出来るが、俺の光を受け続けて、オアシスの水がなくなれば、お前はどうなるかな? 果たして、姉さんのことは、どう思うかな?」


 月が言いました。

「ちょっと待って、あなたはお姉さんがいなくて寂しくないの? 私には星々がいるわ。 だけどあなたは独りきり。たとえ目が見えなくとも、お姉さんが生きてくれてさえいれば、納得のいく選択になるかもしれないわ。臨終のとき、後悔しない選択はどういうものかしら、よく考えなければけないわ」


 風が言いました。 

「そうら、砂嵐だ、今頃姉さんも苦しんでいるぞ。ははは、目に砂が入ったか。痛いだろう。涙が出るだろう。生きるとは、いつも順調なときばかりではないぞ。目に砂が入ったときのように、不愉快なときでも、自分の選択に満足できるかな? 人の人生まで、考える余裕は、さて、これからの人生で存在するだろうかね?」


 暗闇が言いました。

「この闇のように、どこまでも果てしなく続く暗闇に、君は耐えられるかな? 恐ろしいだろう。怖いだろう。何も見えなくなることが。いくら頭を強くたたいて抗っても、見えないものは見えないぞ。闇は夜だ。朝が来るから、身の回りの光があるから耐えられる。炎も電球もない闇に、君は本当に耐えられるかな?」


 木片が言いました。砂漠に埋もれていましたが、風が吹いて、姿を現しました。

「今まで僕の近くを何人もの人が通って行った。あなたもただ通り過ぎるだけでしょうか? 私はあなたにまた戻ってきてほしい。あなたのお姉さんと一緒に」


 影が言いました。

「本当にそれでいいのか?」

「やはり自分が可愛いか。姉さんは泣くだろうな。それで、姉さんの死に顔を見て、悲しくならないか?」


 いろんなことを考えましたが、結局、姉も弟も、二人ともオアシスの精と取引をしませんでした。

「では、これでいいのですね? 私の提案に応えれば、姉弟に会えるというものを」

「はい」

 この言葉の裏で、二人とも震えました。

 自分はもしかしたら、酷く人の道に外れた選択をしたのではないだろうか。

 だって、もしオアシスの精の取引に応じれば、姉弟の命は今にも助かり、親愛なる姉弟に会えるのだから。

 そして、もし、応じなければ、姉弟は飢えと渇きで死んでしまうかもしれないのだから。

「わかりました。あなたが出した答えに迷い、苦しみ、いくら涙を流しても、もう私は知りません」

 光を放つオアシスの精は、ふうっと、消えてしまいました。


 姉弟はどちらも、自責の念に襲われながらも、オアシスで十分休み、水分補給もしっかりして、町を目指しました。


 目指している間、男の脳裏には、姉の息絶えた干からびた姿がちらちらと浮かびました。

 自分は、もしかしたらとんでもない残酷なことをしてしまったのではないだろうか。

男は涙を流しました。


 その後しばらくして、二人は再会しました。オアシスの精なしで。

「本当に迷ったんだ、姉さん」

「私も同じことをオアシスの精に言われたわ。姉弟だから、どこか似てるんだろうね」

 男は呟くように言いました。

「自分第一の利己主義に走っても、得られるものは存外にあるということか」

 あの時、たしかに心の中で姉弟は互いを殺しました。その心。

 南無阿弥陀仏。

 南無阿弥陀仏。


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