七夕情人節で願った来夏の予定
挿絵の画像を作成する際には、「Ainova AI」と「Gemini AI」を使用させて頂きました。
中華圏なら何処でもそうだけど、冬の情人節よりも夏の情人節の方が大いに盛り上がるわね。
何しろ冬の情人節は「バレンタインデー」という外来行事が由来で、オマケに春節と被ってしまっているのだから。
だけど夏の情人節は七夕という伝統行事と直結しているのだから、何処でも盛大にお祝いするのよ。
私こと王白姫が生まれ育った台南市も、 その例外じゃないわ。
安平や神農街を始めとする街のアチコチが七夕に合わせてライトアップや装飾を施されて幻想的なムードが漂っているし、林百貨店やショッピングモールでは色んなキャンペーンをやっているし。
それに高校生の時には做十六歳の儀式に参加し、十六歳まで無事に育った事を家族にお祝いして貰いながら七娘媽に感謝を捧げたわね。
とは言え七夕が織姫と彦星の伝説に因んでいる以上、青春真っ盛りのカップルが七夕情人節を最もエンジョイしている事は確かだわ。
そんな七夕情人節を基礎ゼミで知り合ったボーイフレンドと一緒に過ごせるのだから、「大学生になって良かった」と改めて感謝した次第よ。
エアコンの効いた林百貨店から一歩出た台南市の街並みは、今の時期らしい暑気が支配する空間だった。
だけど街灯やライトアップに光が灯される夕暮れ時ともなると、昼間に比べて随分と過ごしやすくなるのよ。
「これなら神農街を無理なく散策出来そうだね、白姫さん。だけどバテそうになったら何時でも言ってよ。喫茶店やジューススタンドに行けば、冬瓜茶やパパイヤミルクでリフレッシュ出来るんだから。」
「ありがとう、その時には御言葉に甘えさせて頂くわ。小竜君は私の事をいつも気遣ってくれるのね。」
紳士的なボーイフレンドの声に応じながら、私は歩みを進めたの。
定期的な水分補給でも事足りないなら、エアコンの効いた屋内や騎楼の軒下に潜り込めば良い。
そうすれば、今回の七夕デートのためにおろしたばかりの新しい夏物に汗染みが出来る事もないはずだわ。
「小竜君が初めて私に声をかけてくれた時の一言、覚えてる?『肩肘張るよりも自然体でいた方が、白姫さんは良いと思うよ。』ってね。」
「入学したばかりの白姫さん、黒染めしていただろう?だけど光の加減で地毛の茶髪が見える事があったんだ。それが僕には無理して肩肘張っているように感じられてね。」
ボーイフレンドの見立ては、実際その通りだったわ。
生来の顔立ちや髪の色が派手過ぎると感じていた私は、悪目立ちしないようにと茶髪を黒染めしていたの。
だけど小竜君に言われて黒染めスプレーを化粧台から放逐した私は、生まれ変わったような晴れやかで清々しい気持ちでキャンパス内を歩く事が出来たのよ。
そんなありのままの自分で七夕情人節を迎えられたのは、本当に喜ばしい限りだわ。
大清帝国との防衛の窓口だった五橋港からも程近い神農街は、レトロで趣深い街並みの楽しめる路地として国内外の人々から親しまれているわ。
神農街には清朝時代の建物をリノベーションしたカフェや雑貨店が沢山軒を連ねているから、過度に畏まる事なく気安く歴史と触れ合えるのが魅力なのよ。
特に七夕仕様の提灯に明かりがつけられた夕暮れ時には、ノスタルジックな郷愁に否応なしに誘われるわ。
「どうかな、白姫さん?上手く撮れていると良いのだけど…」
「素晴らしいわ、小竜君!提灯の明かりが幻想的じゃないの!」
観光客の列が途絶えたタイミングで撮影して貰った写真を確認しながら、私は柄にもなく弾んだ声を上げてしまったの。
観光客に当たると危ないから自撮り棒は使えなかったけど、ピントの正しく合ったツーショット写真は喜ばしい限りだわ。
早速スマホのフォルダに保存しないとね。
「それは良かった。僕にはとても、植写真館の玉燕さんみたいには撮れないからね。気に入って貰えて何よりだよ。」
「比較しちゃ駄目よ、玉燕は大学で本式に写真を学んでいるのだから。だけど彼女には感謝しないとね。玉燕が協力してくれたからこそ、今の私達があるような物だから。」
‐小竜君の一言があったから、私はここまで変われたんだよ。
このメッセージを伝えようとする私の思いを、高校時代に共に青春を過ごした幼馴染は全力で応援してくれたわ。
変身写真のプロデュースという、写真館の跡取り娘ならではのアプローチでね。
「あの時の白姫さん、凄く可愛かったよ。ピンクのバニーイヤーが茶髪によく映えて!」
「そ…、そう?それは良かったわ…」
こう褒められると、色んな意味で顔が赤くなっちゃうの。
何しろ玉燕が用意してくれたバニーガールの衣装は、かなり際どいデザインなのだから。
ハイレグカットの切れ込みは深くて肩や胸元は丸見えだし、身体のラインもクッキリ際立っているし。
しかも玉燕ったら「オプション」と称して手錠までかけるんだから、一時はどうなるかと思ったわ。
だけどこうして小竜君に「可愛い」と言って貰えた訳だし、今にして思えば良い経験になったのよね。
それに玉燕の御両親にもバニーガールの写真を気に入って貰えて、広告やパンフレットに使う素材写真のモデルとして割の良いアルバイトも出来るようになったのだから。
とは言え傾向としては、ビキニやランジェリーみたいな露出度の高い衣装が多いのよね。
バニーガールの印象が、よっぽど強かったのかしら。
しかも玉燕のインスピレーション次第では、鎖で吊るされるような大胆な構図の写真まで撮られちゃうし。
まあ、その御陰で御小遣いには不自由していないのだけど。
そうして二人で散策する神農街の路地には、七夕情人節で増加する観光客を見越して普段以上に屋台や露店が出店していたの。
綿菓子やタピオカドリンクのような甘味は勿論だけど、似顔絵屋や辻占いみたいなアクティビティ系のお店もね。
ちょっとした夜市みたいで、否応なしに食欲を刺激されちゃうわ。
そんな露店のうちの一軒に、小竜君は興味を惹かれたらしいの。
「おっ!見てよ、白姫さん!あの糖葫芦、ちょっと珍しいんじゃない?ご馳走してあげるよ。」
「へえ、日式糖葫芦…姫リンゴを丸ごと使っているのね!日本風のリンゴ飴って、この辺りでも食べられるようになったんだ!」
イチゴやスモモみたいな小粒の果物を串刺しにして水飴コーティングしたフルーツ飴である糖葫芦は、台湾の夜市なら何処でも見かける定番商品なの。
だけど日本式のリンゴ飴は大きなリンゴの果実を丸ごと使っているから、見た目のインパクトが凄いのよね。
「だけど悪いわよ、小竜君。小竜君にはカフェで冬瓜茶をおごって貰ったばかりだし。このままじゃ私、公主病になっちゃうわ。玉燕の御両親からバイト代を頂いて、懐もまだ暖かいし…」
だけど小竜君は譲らなかったの。
「良いじゃないか、公主病でも。白姫さんには名前通り、僕にとっての公主かお姫様になって欲しいんだからね。」
「あっ…やだ、小竜君…」
そうしてリンゴ飴以上に頬を赤く染めた私が気付いた時には、小竜君は小振りのリンゴ飴を嬉々とした様子で掲げていたのよ。
「あの露天商のおじさん、日本の人らしいよ。糖葫芦の本場の中華圏で、日本のリンゴ飴が何処まで通用するか。そんなチャレンジ精神があるんだって。」
「そうなんだ…じゃあ、これは正真正銘の日式リンゴ飴なのね…」
そう呟きながら、私は割り箸の先端に突き刺さった姫リンゴを見つめたの。
綺麗な丸型の姫リンゴは水飴で丁寧にコーティングされていて、実に美しかったの。
提灯の柔らかい明かりに照らされて、その光沢も堪らなく蠱惑的だわ。
「へえ、どれどれ…」
表面をコーティングする水飴のカリッとした食感を楽しみながら食べ進めたら、酸味の効いたジューシーな姫リンゴの風味が口の中に広がってくるの。
この表面と内側とで劇的に遂げる味変が、日式リンゴ飴の醍醐味なのね。
「日式の糖葫芦というのも趣深い物ね、小竜君。んっ…?」
そう笑い掛けた次の瞬間、小竜君のスマホがシャッター音を轟かせたのよ。
「もう〜、小竜君ったら…撮るならそう言ってくれたら良かったのに。」
「ごめん、ごめん!だって白姫さん、モデルのバイトを始めてから表情を作るようになったじゃない。自然体の笑顔も写したかったんだよ。」
口では不平を漏らしたけれど、スマホを手にした小竜君の笑顔を目にしたら怒る気も失せちゃったわ。
「そうだ、白姫さん。その日式のリンゴ飴が随分お気に召したみたいだけど、来年は日本の夏祭りにも行ってみないかい?京都の祇園祭とか、大阪の天神祭とか。」
「それは良い考えね、小竜君。日本の祭りで日式のリンゴ飴を食べたなら、私も正真正銘の哈日族になれる気がするわ!」
そうなった以上、今年の七夕情人節で月下老人にお伝えする願い事は決まったような物ね。
浴衣を着て小竜君と一緒に日本の夏祭りを満喫する。
なんて素敵なのかしら。
「楽しみだね、白姫さん。一緒に日本のお祭りに行ける来年の夏が。」
「ええ!勿論よ、小竜君!」
そして日本の夏祭りから帰ったなら、今度は七夕情人節で月下老人に御礼を言わなくちゃ。
日本の夏祭りと、台湾の七夕情人節。
それを二人で梯子するのも、なかなか乙な夏の過ごし方よね。