迷い
「本当にうるさい……あの女」
途中で休憩し、私は苛立ちを解消するため好物であるブルーフィッシュを捕まえようと靴を脱いで川に入った。冷たい水が足を濡らし体が僅かに震えるが、すぐに慣れる。
「……っ、そこ」
川をよく見ていると魚影を察知し、手を動かす。
「うっ……やっぱりまだ痛い。」
しかし、体の傷の痛みで素早く体を動かすことが出来ず逃げられてしまう。
「次こそは……」
もう一度魚影が来るのを待ち、見つけた瞬間手を動かすとなんとかブルーフィッシュを捕獲することに成功した。
「やった……」
肉もいいけど魚も好きだ。せっかく主人から離れられているんだ。そういう時は自分の好きな物を食べたい。そう思いさらにブルーフィッシュを狙おうとすると、ユウキとリーフのいる方向からなにか声が聞こえる。
女の方がうるさいとはいえ移動手段としては使える。何が起こったのか確認するため、私は向かって行った。
「ぁ……ぅ……?」
なにが起きたのか分からない。私に飛びかかってきたケイブスパイダーは私の目の前に入り込んできたリーフの右肩と左の太ももに牙を突き刺した。ケイブスパイダーの牙は麻痺毒を相手に流し込むための器官で、実際目の前のリーフは麻痺毒で動けなくなったのかその場で倒れ込み、小さく声をあげるだけで何も出来ない。2匹のケイブスパイダーがリーフを捕食しようとリーフの体に乗って口を開けた。
話を無視し酷い態度を取った私を庇おうとして死ぬなんて……私からは手出できないからここで死んでくれるなんてちょうどいい
「や、やめて!リーフに触れないで!」
意思とは反対の行動をしてしまった。私はリーフの前に移動しながら手に持っていたブルーフィッシュをリーフに乗っていた1匹に向かって投げた。
「どうして私……」
咄嗟の判断だった。ほんの数時間前まで憎しみの対象だった。ほんの数分前までうるさくて煩わしい女だった。そんな奴が魔物に襲われ動けなくなったんだ。なら放置して始末してもらえばいい。
――なのになんで私は――
ケイブスパイダーはブルーフィッシュに直撃し、ひっくり返った。それを見たもう1匹が私を見て威嚇し、ひっくり返ったケイブスパイダーもほとんどダメージがなかったのか私に近付いてくる。完全に敵として認識された。
戦うことはできる。でも、今の傷付いた状態で戦闘したら……
「……っ!」
ぶるりと背筋が震える。絶対に酷い目にあってしまう。私の力は他のものとは違う。力には代償が付きまとう。もう『あれ』を経験したくない。主人に命令で使わされいつも酷い目にあう。でも今は主人はいないんだ。自分の意思で、自由に選択できるんだ。
「なのに……なんで?」
どうして私の手はケイブスパイダーに向けられている?どうしてケイブスパイダーに力を使おうとする?
「……っ」
ニンゲンは酷い奴、リーフもユウキもニンゲンに変わりは無い。
だから思い出せ私っ!どれだけ酷いことをされた?ニンゲンにどれだけ大切なものを壊された?
思い…...出した!ニンゲンは敵だ、絶対に許してはいけない敵なんだ!
数々の過去の出来事が私の思考を塗り替え、普段の思考にもど――「絶対にあなたのことを助けてみせる。」
「…………!」
昨日のリーフが私に言った言葉を思い出し、ノイズとなって私の意識を邪魔した。
「リーフっ!」
リーフが2匹のケイブスパイダーに噛み付かれ、その場で倒れてしまった。しかしリーネがブルーフィッシュをケイブスパイダーに投げつけたことでケイブスパイダーの攻撃はほんの少しの間だけ止まる。
「すぐに助けに行かないと……このっ、今更Eランクの魔物程度に押されるわけにはいかないっての!」
俺の左腕に糸を巻き付けているケイブスパイダーに向かって俺は言う。糸を引かれケイブスパイダーはもう目と鼻の先だ。糸は思っていたよりも丈夫で短剣で斬りかかってもほんの少し斬り込みが入るのみ。
「だったらこれでどうだ〈不可視の刃よ・鋭く切り刻め〉!」
糸に向かって中級風属性魔法の『エアブレード』を放った。俺の真・無属性で無属性となっているが、特に影響はなくスパッと糸を断ち切ることができた。
「〈赤き炎を纏いし火矢よ・刺し射抜け〉!」
かなりの力で引っ張っていたのか、糸が切れた途端勢いよく後ろにひっくり返ったケイブスパイダーの頭目掛けて『ファイアアロー』を集中砲火させると耐久力はさほどないのか一撃で倒すことができた。だが、喜んでいる場合ではない。すぐにリーフとリーネの助けに向かわないといけない。
「リーネ?」
ケイブスパイダーを倒し、後ろを見るとリーネは手をケイブスパイダーに向けて構えている。まるで今から魔法でも使うような感じだ。だが、リーネはそのままの体勢で動く気配はない。
「くそっ、間に合え!『無を解放する』!」
まだ俺の魔法の射程ではケイブスパイダーまで届かない。リーネになんらかの原因があって魔法が使えないのなら俺がケイブスパイダーを倒すしかない。『無の加護』を再度使用し、黄色に変色した結晶を握り潰す。ケイブスパイダーとほぼ同じところにいる2人に誤射しないように魔法制御力が比較的低い雷属性を選択し、詠唱をしながら全力で駆け出す。
「〈痺れの荒縄よ〉、〈集いし魔力よ〉!」
詠唱中に魔法の有効範囲内に入った途端に俺は雷属性となった『エレキバインド』で1匹目のケイブスパイダーを拘束し、誤射を防ぐため使い慣れていてなおかつ効果範囲の狭い『マジックショット』でリーフの背中に乗っていたケイブスパイダーを吹き飛ばす。
「フシュ!」
吹き飛ばした方のケイブスパイダーは少し動きが鈍くなったが、体制を立て直して俺に目掛けて糸を吐いてくる。
「〈風よ阻め〉、〈更なる魔力纏いて・爆ぜよ魔弾〉!」
だが俺のところに来る前に『ウィンドブロウ』で糸を吹き飛ばして無効化し、『マジックボム』を発動する。弧を描いて魔力の塊がケイブスパイダーの背中に直撃し、爆発後には背中に大きな穴を開けて絶命していた。
「これで最後だ、〈不可視の刃よ・鋭く切り刻め〉!」
『エレキバインド』で身動きの取れないケイブスパイダーに『エアブレード』を放ち、何とか殲滅に成功した。
「はぁ……はぁ……リーフ大丈夫か!?」
全力疾走で乱れた呼吸を正しながらリーフに駆け寄る。
「だ、……ぃ、じょ……ぶ……です」
見るからに辛そうな表情で、さらに全身どころか口を動かすのも精一杯な状況だが大丈夫ですとリーフは言う。
「痛みはあるか?」
「……っ」
リーフはゆっくりと首を横に振る。それを見て動かしても大丈夫な様だったのでリーフに触れるとリーフの表情は辛そうなものへと変化する。
「大丈夫か!?」
「痺れが……少、し……強くなる……だけで、す」
「そうか……ならすまないが少しだけ我慢してくれ。」
そう言ってリーフを背負い、その場で顔を伏せているリーネに手を差し伸べる。
「リーネ、馬に戻ろう。それと、リーフを守ろうとしてくれてありがとな。ブルーフィッシュは……うん、流石にあれはもう食べられないけど。」
土まみれになっているブルーフィッシュを見て俺は苦笑いをしていると俺の言葉を聞いてリーネは顔を上げた。
「なんで……お礼なんか言うの?私が……私が来たから、私が攻撃されそうになったからこいつはこうなったんでしょ。」
「確かにそうだけど、でもリーネはリーフを守ってくれたじゃないか。リーフの前に立ってあえてケイブスパイダーを自分に引きつけようとしたんだろ?」
「ち、ちがっ……私は……私はっ!」
「ありがとな」
明らかに動揺しているリーネに優しくできるだけ笑顔で俺はそう言った。それを聞いたリーネは口を開けたまま固まり、数秒後にハッとして唇を噛み締めた。
「おっ、おい血が」
「ほっといて!」
リーネに手を伸ばそうとすると思いっきり手をはたかれる。
「お前達の予想どうり、私はニンゲンの奴隷。」
「えっ……」
「昨日の話は聞こえてた。獣人は身体能力に優れている。もちろんここも。」
リーネは自分の耳に触れて話を続ける。
「私はずっと奴隷生活で主人にはたくさん酷い目に合わされた。奴隷になる前もニンゲンに私のたくさんのものを奪われ、壊されてきた。私は……私はこの首輪が取れたらニンゲンに復讐するって決めてる!だから……だから私はリーフを助けようとして助けたわけじゃ……ない!ニンゲンなんて……助けないの!」
怒りの感情を俺にぶつけたリーネははぁはぁと、息を乱して俺達から逃げるように真逆の方向に走ろうとする。
「あぐっ!」
数歩走ったところでリーネからバチバチっと激しい音が響いた。走っていたリーネは転び、苦しげに首元に手をやる。
「リーネっ!?」
「リーネ……ちゃん!ユウキ、さん私は大丈夫……なので、リーネちゃんを!」
リーフは痺れが少し治まったのか下ろすように俺に言ってリーネの方を心配そうに見つめる。
「……っ、分かった。おいリーネ大丈夫か?」
「ぐ、ううっ」
よく見ると首輪から電撃のようなものがバチバチと放たれており、それがリーネを苦しめているのは明らかだ。
「っ、リーネ助けてやる!」
意を決して首輪を外そうと首輪に手を伸ばし掴む。
「ぐあっ!?」
スタンガンなんてものを食らったことはないが、恐らくそのくらいの威力の電撃が手から全身に駆け巡る。
「ぐぅ……はぁ……止まった?リーネ!〈癒しの光よ・我が身を照らせ〉!」
数秒経つと電撃が止まる。手がピクピクと震え、痛みが続くが歯を食いしばって耐え倒れているリーネに『ライトヒール』をかける。
「くそっ、なんてものをつけてるんだ。これも奴隷を制御するためのものかよ。」
「うぅ……」
リーネは全身をピクっと震わせながら目に涙を浮かべる。
「ニンゲンは敵……ニンゲンは敵、ニンゲンは敵……」
「リーネ……」
小さく呟くリーネ、この惨状を見て俺はほんの少しだけだがリーネの主人の闇を見たような、そんな気がした。




