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猫の獣人

「はぁ……はぁ……グレイトウルフは、追ってきてないな。」


 グレイトウルフ達との戦闘から逃走し、元いた場所に向かう。さっきまではまだ夕方で視界は大丈夫だったが、日はもうすぐ沈む前で辺りは薄暗く歩きずらい。


「ちゃんと戻れているか不安だな。いてて……そういえば怪我したんだった、〈安らぎ与えよ〉。」


 グレイトウルフに負わされた胸の傷を『ヒール』で回復させる。『ウォーターフィルム』を二重で貼ったことが功を奏し、傷は浅く『ヒール』一発で傷は塞がった。


「さて、着いたけど……リーフの姿が見当たらないな。早めにここを離れないといけないのに。」


 先程まで火を起こしていた場所、そこに戻ってきたが乗ってきた馬と焚き木は無事変わりないが、周りを見渡すもリーフの姿が見当たらない。グレイトウルフ達が匂いなどで俺達を追ってくる可能性も考えられるためここを離れなければいけないだろう。


「まさか別の魔物に遭遇したとかじゃないよな……。〈魔の気配・察せよ波動〉。」

 

 背後の森を振り返り、『エリアハック』でリーフの場所を探る。すると近くにあった大きな岩の後ろに2人分の人間の魔力を感知する。


「リーフ、いるのか?」


 魔物を警戒してできるだけ小さな声で岩に近付き声をかける。


「あっ、ユ、ユウキさんっ!」


 岩陰を覗くと予想通りリーフがいた。抱えた為か、着替えた服には助けた人の血がべっとりと付いている。そしてリーフは目を赤くしてその顔には涙を流していた。


「助けて、この人を……この子を助けてくださいっ!ぐすっ、私の魔法回復力じゃ……どれだけ魔法を使っても、傷を治すことが出来なくて……」


 そう言ってリーフは助けた人を俺に見せてくる。服はリーフの手によって脱がされており、現在は下着姿だ。見た感じ女性、しかも子どものようでありさっき俺が受けた傷よりも深い傷が右腕と左の太ももに出来ている。さらに脇腹が重症で流血もそこがいちばん酷い。オマケに古傷のようなものがいくつも身体中にありとても普通の子どもの肌とは思えない。


「よくこれで死ななかったな。」


 僅かに胸が動いており息もしているため死んではいない。しかしその表情はとても苦しそうであり、もしここで何もしなかったら死んでしまうかもしれない。


「この世界にいることは知っていたが初めて会うのがこんな場面とはな。」


 リーフに聞こえないように小さく呟く。この子の頭にある白い猫耳、少し短めのしっぽ、それを見てビギシティの図書館で見た獣人なんだろうと予想する。


「とりあえず俺が回復魔法を使ってできるだけ治療しよう。魔力も戦闘でかなり使ったから少し使うからな。」


 リーフとお金を出し合い、魔石をいくつか購入していたがどうやら使う機会が来たようだ。といっても数には限りがあり王都に着く前に使い切るのは不安のため、できる限り節約はしないといけないが今回はそうも言ってられない。

 

「もちろん使ってください。それと見た目も酷いんですけど何故かこの子身体がものすごく冷たくて……見てください、身体が震えていて呼吸もしずらそうなんです。」


 リーフの言葉を聞いた俺は少女の震える右手を触ってみる。するとまるで死人かと思う程に冷たかった。


「本当になんで死んでないのか疑問だけど……とりあえずやるか。リーフは馬を連れてきてくれるか?グレイトウルフ達が俺達に気付く可能性もあるからできるだけこの近くから離れておきたいんだ。戦闘した場所からあまりここは離れてないからな。」


「分かりました。その子を……どうかお願いします。」


 俺の言葉に頷き、苦しそうにしている少女の顔を見てリーフはそう言い、馬を連れてくるため離れていく。

 

「初対面の人だってのにあんなに血相を変えて……まぁそれがリーフの長所だな。『無は有に(マジックチェンジ)』〈癒しの光よ・我が身を照らせ〉。」

 

「うっ……!」


 まずはいちばん酷い傷を負っている脇腹に『無は有に(マジックチェンジ)』で光属性に変換した『ライトヒール』を使用する。少女はピクりと動くが意識が戻った様子はなく、恐らくグレイトウルフの爪で抉られたであろう傷は思うように塞がらない。


「くそっ、傷が深すぎるな。〈癒しの光よ・我が身を照らせ〉!」


 もう一度『ライトヒール』を脇腹に使用する。今度は『無は有に(マジックチェンジ)』が使えない代わりに魔法が暴走しない程度に大量に魔力を注ぎ込む。


「ちっ……〈魔法のポケットよ〉。」


 ほんの僅かに傷が塞がっていくが、グレイトウルフ達との戦闘で魔力を大量に使って魔力切れ寸前の為、『マジックポケット』から取り出した中級魔石を使用する。


「痛いと思うけど堪えてくれよ。」


 今の俺に使える回復魔法は『ライトヒール』が一番効果があるが、それでダメならこうするしかない。追加で『マジックポケット』から綺麗な布と包帯を取り出す。

 ビギシティで魔力切れの時に怪我した際の保険で購入したものだが、ここで使うことにする。


「うっ……ッ!」


 布を傷口に当てるとビクッと身体がはねるが、少女の身体を抑えながら包帯を巻いていく。


「あっ、ぐっ……誰っ!」


「うぉ!?」


 痛みで少女は意識を取り戻し、俺を認識した途端俺の身体に蹴りを入れて俺は態勢を崩し後ろにひっくり返る。


「落ち着けっ、俺は敵じゃない。グレイトウルフ達に襲われていた君を助けた者だ!」


「グレイト……ウルフ……、私あそこで倒れた……?」


 態勢を崩した俺にさらに追撃してきそうな雰囲気だったため、俺が助けたことを説明する。


「そうだ、それで俺は君を見つけてここまで逃げてきたんだ。そして今傷の手当てをしていたんだ。まだ身体のあちこちに傷が残っているし、特に脇腹の傷は俺では治せないくらい酷いからあまり動かない方がいい。手当てを続けていいか?」


「余計なお世話っ、私にかかわらないで!」


 手を伸ばすがそれをはたかれて少女は逃げようとするが、傷が痛むのか途中で蹲り、脇腹を抑える。


「やっぱり動けないだろ。ここは大人しく手当てされて――」 


「ガルルルル!」


「グ、グレイウルフっ!」


 さっきのグレイトウルフの連れていた1匹だ。幸いにも他にはおらず1匹だけのようだ。


「ガルァッ!」


「――っ!」


「〈我は力を求む〉!」

 

 グレイウルフは俺よりも仕留めやすい少女の方を狙い、口を開けながら飛びかかってくる。少女は左の太ももも負傷しているため動くことが出来ず、腕をクロスし衝撃に備えるが、その前に少女の前に俺は立ってデュアルアクションを使用した『パワーライズ』で両腕の筋力を強化し、グレイウルフの顎を右手でアッパーでぶん殴り、顔面が上を向いて隙ができたグレイウルフの喉を左手で殴って追撃する。


「――グッ!?」


 喉に衝撃を受けグレイウルフは苦しそうにふらつきながら数歩下がるが、グレイトウルフに俺達の場所を教える可能性があるため逃がしはしない。


「〈赤き炎を纏いし火矢よ・刺し射抜け〉!」


 グレイウルフは回避する余裕がなかったのか、5本の『ファイアアロー』が全て命中し息絶えた。

 ふぅ、と一息つくと後ろから声をかけられる。


「なんで……私を庇った?」


「なんでって……庇わなきゃお前は殺されてたからな。目の前でそんな状況に出くわして、そして今の俺にはそれを防ぐ力がある。だから庇った。」


「私は、獣人。なのに庇うなんて……」


 俺から目を逸らし悲しそうに少女は呟く。その言葉にビギシティの図書館で見たペティオ王国の説明文を思い出した。

 俺が今いるこの国では獣人に対する扱いが悪く、基本的にこの国にいる獣人は奴隷であると書かれていた。

 さっきから気になってはいたが、首に黒い首輪をつけている。もしかしたら奴隷というのが分かるようにつけられているのかもしれない。

 

「獣人だから差別するとかは俺はしないぞ?むしろ初めて見たけど猫の獣人だろ?可愛いじゃん。元気になったらしっぽ触っていい?」


 俺の言葉に逸らしていた目を俺に合わせ瞳を大きく開く。


「……変なニンゲン。あと変態」


「えぇ……?とりあえず手当てを続けていいか?」


「……。」


 ものすごく嫌そうな表情をしながらもさっきのように逃げることはなく傷を負った部分を見せてくる。

 嫌われている?ようだがさっきよりはマシになっただけ喜ぶとしよう。

 少女の腕に触れるとやはり少女の腕はさっきと同じで冷たく、そして震えていた。


「寒いのか?〈魔法のポケットよ〉、こんなものしかないが使ってくれ。安物だからあまり防寒性はないけどな。」


 『マジックポケット』からビギシティで買ったマントを取り出し少女にかける。振り払われる可能性もあったが、素直に受け入れてくれたため少しほっとする。


「さて、腕もまあまあ傷が深いな。この冷たさも大量に出血しているからなのか……?〈癒しの光よ・我が身を照らせ〉」


 傷口に『ライトヒール』をかける。さっきの脇腹の傷よりはまだマシだが、こちらも『ライトヒール』の効き目が薄い。


「ユウキさん、馬を連れてきましたよ。」


 どうするかと悩んでいるとランタンを片手にリーフが馬を連れて現れる。


「あっ――、良かった!目が覚めたんですね!」


「なっ、何この女……」


 リーフは少女が目覚めたのに気づくと目に涙を浮かべギュッと少女を抱きしめる。リーフの胸に顔面を圧迫されている少女は俺の時と同様にものすごく嫌そうな顔をしながら離れようとしている。


「リーフ、まだ傷は癒えていないからあまり動かさない方がいいぞ。」

  

「そんなっ……ユウキさんの回復魔法でもダメでしたか。ごめんなさいそんな状態で抱きしめてしまって。」


「……。」


 リーフは少女を解放して謝るが、抱きしめられた時に傷が傷んだのか脇腹を擦りながら少女は無言で睨みつけていた。


「とりあえずここを離れよう。さっきグレイトウルフと一緒にいたグレイウルフが現れた。もしかしたらグレイトウルフも来るかもしれない。」


 さっき倒したグレイウルフの死体を見てリーフは眉をしかめる。


「まずいですね、分かりました。私が馬を走らせるのでユウキさんは荷車で引き続きこの子の手当てをお願いしていいですか?」


「あぁもちろん。お前もそれでいいか?」


「…………。」


 少女に尋ねると感情の読めない表情で10秒ほど俺を見て軽くため息をついて小さくコクっと頷いた。


「よし、じゃあリーフ頼む。」


「……っ!?」


 身体の傷が痛むと思いお姫様抱っこで荷車に少女を移動させるが、少女は無言で目を見開いていた。


「だ、大丈夫か?」


「なんでもない。」


 気になって聞いてみるが真顔に戻り、素っ気なく言い目をそらされる。

 

「そ、そうか。」


「それじゃ動かしますよ。」


 相変わらず愛想ないなと思っているとリーフがそう言ったあと、馬車が動き出す。


「流石に暗いから使うか。」


 日は完全に沈み荷車に積んでいた道具を取り出す。リーフが使っていたものと同じで見た目は完全にランタンで、違う点があるとすればこれは閃光石を利用して光を確保するというものだ。蓋を開いて中に閃光石をセットして蓋を閉めると蓋についている細い1センチほどの針が閃光石に突き刺さる。

 本来閃光石は衝撃を与えて強い光を放つが、少し傷をいれることで弱い光を少しずつ放ちランタンのようにして使用することが出来る。


「……っ」


 ランタンで荷車を照らすと少女は顔を顰めていた。


「やっぱり傷が痛むよな。」


 辺りは完全に暗くなっていて馬の走るスピードも日中に比べてかなり遅いが、度々枝や小石を踏んで荷車に衝撃が伝わる。それでその衝撃で少女の傷も痛むのだろう。


「……。」


 神気解放をすれば『魔力昇華』を使用することができ、魔力のゴリ押しで多分完治させることが出来るだろうが2人に見られたらアウトだし、寝てる間に神気解放で回復させたとしてもどうやってやったんだってなるに決まってる。

 ミラン村の時は切り札と言って誤魔化したがそう何度も誤魔化せるとは思えない。しかも神気解放は使ったらステータスが低下して倦怠感も発生する。いつ魔物と遭遇するか分からない上にリーフはFランクで少女はボロボロで戦うことすら出来ない。つまり俺が最高戦力なわけであってむやみにステータスを低下させては全滅も有り得る。


「今回復魔法を使っても回復しないから俺の魔力が完全に回復してからまた試してみる。それまでこれで我慢してくれ。」


 布と包帯を取り出し腕と太ももに巻いていく。俺の中にある魔力は今は魔石の魔力であるため、魔法の効果が一段階低下し完全には発動できない。時間経過で魔石の魔力が俺自身の魔力に変わってから『無の加護』で効果を上げもう一度手当てを試みる予定だ。


「そういえばなんでこんな所に一人でいたんだ?」


「王都に行かないといけない。」


「王都ですか?よかった、ちょうど私達も王都に向かっていたところだったんですよ。どうせですし一緒に送っていきましょう、いいですよねユウキさん?」


 少女の言葉を聞いていたリーフは馬を操作しながら振り向き笑顔を浮かべる。


「あぁ流石にこれで降りろとは言わないさ。だけど歩いて王都に行くつもりだったのか?それとも馬とかの移動手段を持っていたけどさっきみたいに魔物に襲われて失ったのか?」


 まだ俺達よりも歳下であろうこの少女が一人で、しかも何も移動手段を持たずに王都に行けるとは思わない。ここから馬で7~8日はかかる。


「私は……。」


 俺の質問に少女は何かを言いかけ俺に顔を向ける。


「お、おい?」


「……いや、お前に言うようなことじゃない。」


 虚ろな目でまるで自分に言い聞かせるように少女は言って俺から視線を逸らした。


「……まぁいいたくないんならそれでもいいんだが。どっちにしろ一緒に送っていくとしよう。とりあえず安全そうな場所を探したら食事にしよう。さっき食べ損なったからお腹空いた。」


「あ、確かにそうですね。そういえばご飯食べるのまだでしたね。」


「もちろんお前の分もあるからな。」


 元々少し多めに食料を準備しているし、ブラックボアの肉もあるし途中で魔物を狩れば大丈夫だろう。


「……。」


 少女は無言ではあるが先程までとは違い嫌そうな表情はしていない。


「よしよー――いってぇ!?」

 

 少しは前進したか?そう思いながら俺は頭を撫でようと手を伸ばすが少女にひっぱたかれる。


「触らないで……。」


 冷ややかな目をして少女は呟く。どうやらまだまだ心は開いてくれないらしい。





「グルルルル……」


 獣人を追い詰めたグレイトウルフは獣人を仕留め損ない、自分の群れのグレイウルフ達に獣人とそれを奪った男の捜索を命じた。


「ガゥッ!」


 一匹のグレイウルフが何かを見つけたのか戻り焦ったかのように吠える。目標を見つけたのか、そう思ったグレイトウルフはグレイウルフに案内を命じ、グレイウルフに着いていく。


「ガルルルル……ガルァ!」


 グレイウルフは戦闘した場所から近くの大岩の裏にグレイトウルフを案内した。そこには彼の群れの一体の死体があり、仲間を殺されたグレイトウルフは怒りに身を任せ大岩にその大きな爪を振るう。

 岩はその巨大さ故に真っ二つにこそならないもののかなり深く抉られそれに恐怖したグレイウルフは小さく身を震わせる。

 怒りで頭がいっぱいだったグレイトウルフは一旦深呼吸して落ち着こうとし、そして気付く。グレイウルフ以外の血の匂いがし、そしてそれはあの獣人のものであることに。

 注意深く匂いを嗅いでみれば獣人、そしてあの男の匂いがすることにも気付く。


「グルッ」


 確実に少し前にこの辺にいたことが分かったグレイトウルフはグレイウルフに群れの者達を連れてくるように合図をする。仲間の復讐ができる――グレイトウルフは僅かに口を歪ませ群れの到着を待った。

 

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