光る短剣
上下に軽く揺さぶられる。ユウキさんは私を背中にのせ、息を切らしながらもヒューデットから逃げながらどこかの家に私を降ろした。
「――リ――――――、ま――――」
ユウキさんが何かを言っている。でも、体から力が抜けすぎてもうなにも出来ない。もう体中が本来の機能を果たしていない。こうやってユウキさんの声もほとんど聞こえない。目を開けることも出来ないからなにかを見ることすら出来ない。
私の体は一体どうしてしまったんだろう?
いや、考えなくても分かる。あの時、神様に願ったから、あの悪魔を倒す力をくださいって言ったからだ。
多分神様がその願いを叶えてくれた。本当に……ほんの少しだけだったけど、あの悪魔を倒せる力が体中に漲ったのを感じた。
でも……ダメだった。魔法の威力が強くなったのを感じた。超級魔法も使うことが出来た。それでもフロウアは倒せなかった。
あれだけのチャンスを活用できなかった自分への怒り、悔しさ、そして皆を殺したフロウアへの憎しみが胸の中をグルグルと駆け巡る。
「――――っ、ァァ――――!!」
「――――う――――て――――!」
突然地面が振動し、なにかの叫ぶような音が僅かに聞こえる。そしてユウキさんの声のようなものも。
もう私はダメなんです、逃げてください!
そう言いたいのにユウキさんの姿を見るために瞼を開く力も、口を動かす力も微塵も湧いてこない。それどころか意識を保っていられるのももう限界だ。もしも意識を失ったらもう二度と私の意識は戻らないんだろう。
「…………ぅ」
そう思ったら胸の奥から感情が湧き出てきた。それをどこか客観視するような自分もいてなんだか変に笑ってしまった。口を動かす筋肉を動かす力すらないからほんの少し声が出ただけだけど。
『死にたくない』
今更何を思っているんだろう。あの時神様にお願いする時、自分の命すら賭けて願ったんだ。そして力を使った代償が今の状態だ。死にたくないなんて思うことは力をくださった神様に失礼だ。
――でも――
死にたくない……死にたくないよぉ……
あぁ、あの時は目の前の悪魔を殺すことしか頭になかった。でも、今こうやって時間が経って自分が置かれている現状を考えると……迫る死がとても、とてもとてもとても……恐ろしい。
でももうどうすることも出来ない。私の体は動かない。私の中には生きるためのエネルギーがどこにもない。空っぽだ。全部全部全部憎しみの力に変えて、死に恐怖した今になって気付いた。
死ぬのが怖い。
もしも体が少しでも動いていたら体をカタカタとみっともなく震わせていただろう。でもそれすら出来ない。私はただ……何も出来ないまま『死』が来るのを待つだけ。
――誰かが私の手を握った――
手の感覚も死んでいてまるでものすごく分厚い布越しに触られているような感じだけど、それだけは分かった。
そしてその握った手から、暖かい……とても安心するなにかが私の手を伝い、全身にそれが広がっていく。
この感覚は……そう、数年前の寒い冬の日に母が入れてくれたホットミルクを飲んで体中が暖かくなった記憶が脳裏に浮かぶ。それと同じような感覚が今この体に起こっている。ここ数日間あまりにも現実離れしたことが起こりすぎて、笑ったりすることなんてなかったけど、当時の記憶を思い出し、回復していく体が、口が、自然と笑みを浮かべるように口角が上がる。
体の奥から少しずつ暖かくなり、そして感覚が戻ってくる。でも、なんだかとても眠たい。この眠気に抵抗しようという気すら起きず、その暖かさに包まれて私の意識は堕ちていく。
「ぅ……あ、れ?」
目が覚め、私は辺りを見渡す。まだ空は薄暗いが僅かに日が出ているのが分かる。おそらく朝の4時とかそのあたりだろう。
「……え?ユ、ユウキ……さん?」
私の隣でうつ伏せに倒れているユウキさんを発見する。しかもお腹のところが血で真っ赤に染まっていて服も剣で刺されたのか大きな穴が空いていた。
慌ててユウキさんの首元に腕を通し、体を上に向けさせて口元に自分の顔を近付け、呼吸があるか確認する。
「良かった、傷は完全にじゃないけどなんとか死なないくらいには治ってる。」
ユウキさんのお腹の傷はポーションでも使ったのか、完治こそしていないが、死ぬまでには至らず、ユウキさん本人は気絶しているだけで命に別状はないみたいだった。
「でも……これは一体なに?」
ひとつ気になるのは胸の辺りを掻きむしったかのような跡があること。服はボロボロでそこからユウキさんの胸がちらりと見えたが、そこには赤く引っ掻いたような傷が大量にあった。
「なんだか分からないけど、とりあえず回復魔法を。〈更なる癒しよ〉」
大きな傷では無いとはいえ、見ているだけで痛々しく、『ライトヒール』で治療しようとユウキさんの傷に手を伸ばし詠唱する。
「発動しない?どうして……もしかして……」
魔力が手に集まっているのは分かるがなぜか魔法は発動しない。もしかしてと思い、ギルドカードを探す。しかし、ギルドカードを入れていたポケットは破れていてどこかで落としたらしい。仕方なく脳裏にステータスを思い浮かべる。
リーフ・クレイン(16)
魔法使い 得意属性【光属性】
魔法攻撃力 G
魔法防御力 G
魔法回復力 G
魔法制御力 G
魔力回復速度 G
魔力量 G
Gランク
スキル欄(1)
回復魔法使い
EXスキル
光の魔法使い
詠唱省略(光Ⅱ)
■■の加護
「ぅ……そ、Gランク?」
一瞬何かの間違いかと思った。最後にステータスを確認したのはアレンさんとリーパーさんと洞窟に逃げ込んだ時。
その時はDランク、しかもその後もヒューデット達を倒したから多分Cランクにはなっていたと思う。
「もしかしてあの力の反動?……『■■の加護』、ってのがあの力が使えた理由?」
新しく入手したEXスキルの『■■の加護』、なんでか知らないけど、それくらいしか思い当たりがない。
『■■の加護』の効果を知ろうと『■■の加護』に意識を集中させる。
「うっ、頭がっ!」
すると、ざざっ、と音がなり、軽く頭痛が起こり頭の中になにかの記憶?がなだれ込んでくる。
「えっ……これは一体?」
どこかのお城のような場所に1人の金髪の女性が膝をついている。その顔はどこか怒りや悲しみ、憎しみといったマイナスの感情で覆われ涙を流していた。
女性の目の前でおそらく城の主であろうなにかが椅子を立ち、女性の目の前でしゃがみこみ女性の頭に手を置く。
城の主であろうなにかの表情は分からない。顔を見ようとすると、そこだけ霧に覆われたかのように顔が見えない。
城の主であろうなにかがその女性に対してなにか酷いことをするんじゃないか――そう思い手を伸ばそうとするが女性は初めて顔に笑みを浮かべ、城の主がすることに喜びの表情で、おそらくありがとうございますと言いながら城の主を見る。おそらくと言ったのは音がせず女性がありがとうございますと口を動かしたように見えたからだ。
それに対して城の主も笑みを浮かべ、そして女性の体が光り――そこで現実に意識が戻った。
「今のは……なに?」
突然なにかの記憶を見て、すぐに記憶から現実に戻り頭が混乱している。片手で頭を触りながら今の記憶について考えようとするが、目の前に映るユウキさんを見て頭を振り今はそんなことをしている場合じゃないことを思い出す。
「……〈安らぎ与えよ〉」
とりあえずユウキさんの意識が戻らないか、『ヒール』で胸の辺りの傷を癒そうと詠唱する。幸いにもEXスキルの『光の魔法使い』と『詠唱省略光Ⅱ』は使えるため、魔法制御力がG+と私の魔法制御力よりも1段階上だったけど使うことができ、さらに一節で唱えられる。
「当然といえば当然だけど回復力も落ちてますよね……。」
ユウキさんの傷が僅かに癒えた気がするが、私の魔法回復力もGにまで減少し、回復力を上げる『回復魔法使い』があっても完全に傷を癒すことが出来なかった。
「私は……多分あなたに助けて貰ったんでしょうね。こんなにポーションを使うほどまでに怪我をして、それでも助けてくれた。なのに私はなにも出来ない。」
フロウアにも負けて、自分の手で村の皆の仇も取れなくて、助けてくれたユウキさんにもなにも出来なくて……そんな自分に怒りを通り越し、涙がツーと頬を伝った。
「なにが皆さんの仇は絶対とる、ですか……。何も出来なかったじゃないですか。」
アレンさんがまだ生きていた時、ヒューデットとなったミラン村の人々に私はそう言った。なのに……なのに――
どしゃっと、音を立て膝から地面に崩れ落ちる。膝に痛みを感じるがもうどうでもいい。
キラっとユウキさんの近くに短剣が落ちていて、僅かに出てきた陽の光で表面が光り輝いた。
「これは……確かユウキさんの」
短剣を手に取る。
そして……上を向き、喉を突き出して短剣を逆手に持ち、切っ先を喉に向ける。
「もう……嫌だ……私なんてっ、消えてしまえばいい……。」
多分幻響だろうけど、ユウキさんが止めるような……そんな声がする。でも、ユウキさんは目を覚ましていない。
せっかく助けてもらったのに、その命を捨てるなんて本当はいけない事だ。でも……もう無理なんだ。私なんて皆と一緒にヒューデットに殺されておけばよかったんだ。そしたらこんな思いせずに済んだんだ。
歯がカチカチと音を鳴らす。手は震えが止まらずちゃんと喉に突き刺すことが出来るのか心配になるほど揺れている。
深呼吸を繰り返し、少しだけ心を落ち着かせる。
震えは止まらないが、僅かに止まり……そして
短剣を勢いよく喉に突き刺そうと手を動かした。




