20.黒くて悪いクロワール【2】
この世界の契約は、魔法で成り立っている。
一度結べば、現代日本の法執行よりも、絶対の強制力が働くのだ。
例えば、奴隷。
俺とポムのようなゆるい内容なら、日常にさほどの問題もないが。
口答えも許さない! みたいな場合、本当に何も言い返せなくなる。
更に、それを気力で弾いて物言いをしたとして、違反時の罰則に生命を奪うとか記載されていたら、その場で死もありえるのだ。
しかし、そんな強制力があるからこそ、契約時は "双方の合意" が絶対条件となっている。
魔法を行使する時に、誰かが無理やり抑え込んで紙に手を置いたとしても、それは "合意" とみなされず、契約は締結しない。
おかげで俺は、とりあえずクロワールの倉庫に放置になっていた。
もし、奴らが俺を拷問とかしてたら、根性のない俺はすぐにも陥落しただろう。
だが、クロワールは俺の能力を、未だ測りかねているらしい。
要は「ただのイカイジンかぶれのイカレポンチではない不気味な奴」であり、「実際に精霊魔法を行使出来る分、精霊の怒りを買う可能性は否定出来ない」って思ってるのだ。
俺にとっては、怖がられてるのはせめてもの救い……ではあるが。
だがこれも、少々時間が稼げたってだけだろう。
なんせ俺は、食物保存用の倉庫……簡単に言うなら "冷蔵庫" に、手足を拘束され、シャツ一枚で放置されているのだ。
直接的な暴力を避け、じわじわと精神的に追い詰めるとは、喪黒ふ……いや腹黒な黒幕らしい、いやな方法だ。
さすがに手足が痺れてきたし、寒さで歯の根が合わなくなってきている。
「契約がしたくなったら、声を掛けてくださいね」
と言って、笑いながらクロワールは出ていった。
もやしの俺にも、矜持はある。
なぜ俺が、谷川岳に接待の下見に行っていたのか?
それは職場の上司が、女子社員にセクハラしてるのを咎めた所為だ。
それ以来、SEとしての仕事は一切やらせてもらえなくなり、使い走りばかりさせられていた。
専務の息子である上司に、誰も逆らえないクソな職場。
だが、俺は絶対に、奴に謝らなかった。
今に見てろよ、クロワール。
俺は、あの上司を 労働局に訴えてやるつもりだった。
準備もしてたし、証拠だって集めてた。
実行する前に、こっちに来ちまったけどな。
絶対に、契約はしない。
それは、命をかけても貫くつもりだ。
もっとも、無駄死にする気もないけどな。




