1.川に落ちたら、そこは異世界だった。【1】
唐突に接待の日程を伝えられ、「今から現場の下見に行ってこい!」と上司に怒鳴られたのが、数時間前。
「どうせオマエなんか、社内にいたって役に立たないんだから」
との、ありがたいお言葉を背に、俺こと風車虎七郎は、自腹で谷川岳へと向かっていた。
交通費ぐらい支給してほしいところだが、そんなことを言ったら「お前の存在自体が経費の無駄」くらい言われるのがオチだ。
で、なぜ接待の下見が谷川岳なのかと言うと、 "先方のご家族を招いたオートキャンプ場でのバーベキュー" だからである。
駐車場の位置、当日の混雑予想、予約の可否……そんなことを調べ、最後に俺は湯檜曽川の河原を見に行った。
「ご家族の招待なんだから、子どもが遊べる場所があるかチェックしとけ!」
という無茶な "ご要望" があったからだ。
まさか自分が、その河原でコケて川に落ち、流されるなんて……。
……マジで思いもしなかった。
独身歴37年。
長かったようで短かった人生で、心残りと言えば、女っ気が全くなかったことだけかもしれない……と、遠のく意識の中でぼんやりと考えていた。




